惨劇の人参
ある道の駅でハバネロを売っていました。そのハバネロの看板に「炒め物、野菜ジュースなどに」と書いてあり、わざわざ「野菜ジュースなどに」の部分が黒太線で消されていたのを見て、遊び半分で書いてみました。ものすごく短いので、暇つぶし用に、気軽にどうぞ。
「え、ハバネロくんが野菜ジュース界に参戦するんだって!?」
人参くんは、絶望していた。
だって、だって、ハバネロくんは、世界一辛いとうがらしだから。
「なんたって世界一」
そんなの、かないっこない。
勝ち目なんか、ゼロだ。
「僕の時代は終わった…」
人参くんは、長年野菜ジュース界に王者として君臨してきた。
もちろん、そのために手段を選ばなかった。
汚ない手も使った。
例えば、リンゴくんに協力してもらった。
野菜ジュースなのに、もはや果物といういかさまである。ペテンである。
「…リンゴくん、いい話があるんだ…」
リンゴくんには、都合のいいゴタクを並べた。
食べるひとを笑顔にできる、僕に足りないのはきみのような自然の甘さだ、とか。
すべては、自分の引き立て役になってもらうため。
でもハバネロくんはどうだ。
あまりの辛さに、自分の引き立て役にさえできない。
間違いなく、主役の器だ。
今、野菜ジュース総選挙が行われている。
人参くんと、ハバネロくんのどちらが主役に相応しいかを決める選挙だ。
名前を呼ばれた方が、勝ち。
人参くんは、絶望していた。
―――僕に、勝ち目なんかない。
緊張の一瞬。
名前が呼ばれた。
「…え?」
観客の、歓声が聞こえる。
頭の理解がようやく、追いつく。
―――勝者は、人参くん!!
司会者は、確かにそう言った。
司会者は続ける。
「えーと、人参くんは831103票、ハバネロくんが8800票でーす!!」
続いて、投票者が人参くんを選出した理由のうち、いくつかを司会者が述べる。
ハバネロくんの野菜ジュースは話題作はあるが実際辛すぎる、ハバネロくんの野菜ジュースは辛すぎて死人が出る、などなど。
「…あれ?ハバネロくんが駄目な理由ばっかりで、僕が野菜ジュースに相応しい理由がひとつもないなあ…」
なんて人参くんは一瞬考えたが、やっぱりどうでも良い。
「やっぱり僕は、野菜ジュースの主役だ!!」
人参くんは、喜びにふけっていた。
と、ここで。
主催者が椅子から立ち上がる。
怯える表情のハバネロくん。
主催者は、言う。
「野菜ジュースにハバネロ?
ばつううううううううううう!!!」
ハバネロくんが、周りで見ていたボディガードに捕らえられ、目の前の崖に落とさんとする。
「いやぁ~、や、やめぇ~!!!」
ハバネロくんが、雄叫びをあげながら、奈落の底へと落ちていった。
人参くんは、喜びのあまり調子に乗っていた。
いや、正しくは乗ってしまっていた。
「ざぁまあみろ!!
この野菜ジュースの王さま、人参さまに勝負なんか挑むからだぁ~!!
はっはっは~!
僕ちゃんに敵うわけがないじゃーん!!」
それを聞いた主催者の顔つきがかわった。
「…人参は、ちょうしに乗りすぎやなー…」
人参くんは、不穏な空気を感じ取った。
「これは、ヤバイ…」
会場が、静まり返る。
主催者は不穏な笑みを浮かべ、“あの言葉”を言い放った。
この言葉は、すべてを破滅に導く言葉。
「ばつううううううううううう!!!」
人参くんは、周りにいたボディガードに捕らえられた。
そして、ハバネロくんと同じく、崖に落とされそうになる。
「そ、そんな!それは、それはないよぉ~!!」
人参くんは、自分の体がなんの支えもなく、ただひたすらに奈落のそこへと落ちていくのを感じた。
「あぁぁぁ~~!!!」
人参くんは絶望していた。
「僕たちは、自分の意思なんか関係なくこれから奈落のそこで生きることになる。
…一生脱出できずに…」
惨劇の人参、おわり。