第四章「性格破綻と4人の女子生徒1」
「ねえ、玲……天音君なんの用なの?」
詩織が不安げな表情で尋ねてきた。それもそのはずだ。
訳も分からずにあの性格破綻者に呼び出されれば、誰だって心細くはなる。
現在1年D組の教室には、私の友人たちが不安げに集まっている。
だが呼び出せ、と命令してきた張本人の姿がない。
あ、あの野郎……自分から言ってきたくせに、どこほっつき歩いてんのよっ!
友人たちに詳しい説明も出来ぬまま、5分が経過したころ天音君は来道さんを引きつれて現れた。
あれ、彼女って目が悪かったんだ……。
ロリロリ美少女は、少し大ぶりな黒縁の眼鏡をかけていた。
その様子はさながら ”Drスランプ・アラレちゃん” といった感じである。
「ごめん、呼び出しといて遅れるなんて失礼だよね……」
天音君は息を切らせながら、申し訳なさそうに呟いた。
その様子から彼が急いで走ってきた、ということが分かる。
でもその隣で笑顔を振りまく、ロリロリちゃんは全く息を切らしてない。
ということは、これも性格破綻者の芝居ということだ。
今度は一体何を企んでいるのやら……。
「別に全然待ってないよ。ねえ?」
反省しきりの天音君の様子を見て、詩織が気をきかせて言葉をかけた。
すると周りの友人たちも彼女に同調しはじめる。
「本当? 良かったあー」
天音君は安心した様子で胸をなでおろす。
そして天使のような笑顔を周りの皆に振りまいた。
当然ごとくぽーっと見惚れる私の友人たち――。
ちょ、ちょっと何なの? この清純キャラは……。
目の前で天使の笑顔を浮かべるている、性格破綻者を私は静かに見つめた。
「それじゃ早速なんだけど、綾瀬さんからはもう説明は受けたよね?」
天音君の問いかけに詩織たちは一斉に首を横に振った。
まあ、当然といえば当然である。私は何一つ彼女たちに説明などしていないのだから。
するとそんな彼女たちのリアクションを見て、性格破綻者は私に顔を向けてきた。
「あれ、まだ話してないの?」
「う、うん。そうなの」
ちょ、ちょっと ”まだ話してないの?” ってどういう意味よ。
天音君のいきなりのアドリブに、私は必死に口裏をあわせる。
すると彼は納得するように小さく頷いた。
「そりゃそうか。やっぱり自分じゃ言いにくいよね」
性格破綻者はそう言うと、詩織たちに呼び出しの理由を説明し始めた。
竹を割ったような性格と、涼しげなクールな眼差し。
我が校きっての姉御肌、神楽百合女教員――。
そんな彼女がこの度、学園のアイドルである綾瀬玲の広報誌を作る事を宣言した。
いまやCMや雑誌等で活躍する綾瀬玲――。
今更そんな物を作らなくてもと言う意見が続出するなか、神楽女教員が提案したのはCM・雑誌等では絶対に見る事の出来ない ”素の綾瀬玲” ここに重点をおいた物を作ると言う事だった。
だが彼女の素顔等どうやって探る?
悩んだ神楽女教員は、やはり友人たちに話を聞くというのが1番だと結論付けた。
しかし忙しい自分にはそのような事に割く時間はない。
そこで神楽女教員は自分の手足となって動く人物を探した。
そこで白羽の矢が立ったのが ”この僕” と性格破綻者は説明を締めくくった。
「”少しでも忙しい方がキミもモメ事を起こさなくて済むでしょう?” 神楽先生ったら、そんなこと言うんだよ、酷くない?」
性格破綻者は詩織たちの笑いを誘う。
そしていつの間にか、すんなりと彼女たちの輪に溶け込んでいた。
詐欺師だ……詐欺師がいるわ。しかも超がつく程の特A級のが。
それにしてもよく咄嗟にあれだけの嘘を吐けるもんだわ……。
私は目の前で友人たちと笑顔で談笑する、見知らぬ美少年を無表情で眺めた。
「それじゃ早速だけど、1人ずつインタビューしていきたいんだけど良いかな?」
インタビューとは名ばかりの事情聴取は、1年A組で一人ずつ行われる事となった。
他の子たちは自分の順番が来るまで隣の教室で待機となる。
その間は来道さんが提供してくれた、美味しいお菓子が振るまわれる。
要するに和やかムードの女子会ということだ。
事情聴取は一人10分程度だった。
全ての面談を終えた天音君は、にこやかに微笑みながら ”ありがとう。凄く参考になったよ” と詩織たちにお礼の言葉を述べた。
すると彼女たちも ”聞きたい事があればまたいつでも言ってね” と笑顔で応えた。
どうやら完全にこの性格破綻者の毒牙に、すっかりやらてしまったたようだ。
みんな騙されちゃダメっ! こいつはそんなたまじゃないのよっ!
喉まで出かかった言葉を私は強引に飲み込んだ。
友人たちを校門まで見送ると、私は足早に1年A組へと戻った。
そこには先程までの愛らしい笑顔をふりまいていた、美少年の姿は影も形もなく、ただ眉間に皺をよせタブレットPCを睨みつけている性格破綻者の姿があった。
ほら見たことか、これがやつの本性よ。
私は心の中でそう呟くと、溜め息交じりで彼の向かいに腰を下ろした。
「キミのアドリブにはがっかりだ。表現力が命の仕事を生業にしているのにも関わらずなんだい? さっきのは。正直、僕は残念だ」
その後も天音君は悲痛な表情を浮かべながら、ありとあらゆる嫌味を述べてきた。
それを肩身の狭い思いをしながら、私は無言で聞き続けるしかない。
小姑だ……小姑の嫁いびりだわ。
この二日間で私のプライドはズタズタに引き裂かれていた。
そんな私に目の前の性格破綻者は、即興劇を上手く行う事の重要性と、その方法の一部をおよそ10分程かけて説明してきたのです。
マ、マジでうぜえ……。
奥歯を噛みしめながら、そのありがたいご説明を聞き終えたあと、ようやく天音君は話を本題へと移したてくれた。
「やはり4人ともキミに対して、多少の劣等感や嫉妬等の感情は持っているね。ただ――」
「嘘っ、そんなはずないっ!」
「人の話は最後まで聞きなよ。良いかい? 嫉妬や妬みといったものは、僕ら人間には必ずついて回るものなんだ。それはいくら仲の良い友人同士でも同じなんだよ」
天音君はまるで駄々っ子でも諭すように優しく呟いた。
初めて聞く優しげな言葉――。
でもだからといって納得はいかない。あの子たちが私をそんなふうに思っているなんて……。
「そんな、そんなはず絶対にないっ!」
「良く考えてごらん。周りにキミみたいな有名人がいるんだぞ? 妬みや嫉妬を抱かない方が不自然なんだ」
天音君はそう言うと、静かに私を見据えてきた。
聞きたいことは沢山あるのに、どうしても次の言葉が出てこない。
彼の答えを聞くのが怖いからだ。
「あの子たち……本当は私の事が嫌いなの?」
私の問いかけに、天音君は飽きれるように首を横に振った。
そして小さく吐息を漏らすと、先程と同様に優しげな声色でこう答えてくれた。
「彼女たちは心底キミの事が大好きだよ、それは僕が保証する。でもね、それと嫉妬や妬みは別問題だ」
「……意味が分んない」
「キミは美人だ」
えっ! いまなんと?
天音君はご近所同士の朝の挨拶のように、当たり前のように言ってのけた。
突然の衝撃発言に、顔が火照ってゆく。
「な、なによ、急に」
「なにを赤面してるんだ。勘違いするな、これは僕の個人的な意見じゃない。ただの一般論だよ」
「べ、べつに勘違いなんかしてないし」
顔がどんどんお猿さんのお尻になってゆくのが、自分でもわかる。
そんな私を無視して、天音君は淡々と話を続けた。
「思春期真っ只中の彼女たちには、気になる男子の1人や2人、いいや3人や4人はいるだろう」
「あの子たちはそんなに気が多くないわよっ!」
「この学校の男子生徒の多くは、少なからずキミに好意を持っている。まあ、要するにそれが気に食わない、乙女心の小さな嫉妬と妬みだ。どうだ? これくらい可愛いもんだろ」
「じゃあ、あの子たちは?」
「極めてストーカー犯である可能性は低い。キミには勿体ないくらい良い友人たちだよ。大切にするんだね」
興味なさげに呟くと、天音君はタブレットPCに視線を戻した。
性格破綻の社会不適合者の癖に……なに、ちょっと良い事言ってんのよ。
不機嫌そうにタブレットPCを見つめる性格破綻者を盗み見ながら、私は心の中で呟いた。
それと同時にいま教室には自分と彼の二人きりだ、という事にも気付く。
先程の ”キミは美人だ” 発言が再度、私の頭の中を駆け巡る。
すると変に意識してしまい、二人きりの沈黙に耐えきれなくなった。
取りあえず、何でもいいから喋んなきゃ……。
「ね、ねえ、さっきからなに見てんの?」
「ああ、これかい?」
天音君はタブレットPCを私に向けてきた。
えっ、なにこれ……。
液晶画面には先程、隣の教室で行われた女子会の映像が流れていた。
「あのう……これは一体なに?」
「待機場での映像だ」
「……どうして、こんなもの撮ってるわけ?」
「キミと4人の関係性を知るためだ。事情聴取でなにもつかめなかった時の保険だったんだが……まあ、やはり僕には必要なかったな」
天音君はそう言って顎をさすると、にやりと微笑みを浮かべた。
いやいや、違う違うっ! あんたなにニヒルに決めてんのよっ!。
「っていうか、これどうやって撮ったのよ」
「これはね、来道自慢の眼鏡型カメラだ。その名も ”黒縁君2号” で撮った映像だ。因みに1号はサイズがデカすぎて眼鏡をかけると、違和感が半端じゃないので速攻で生産中止となったそうだ」
「おもいっきり盗撮じゃないっ!」
「ああ、盗撮だ。当たり前だろ? 撮られていると分っていれば、自然な表情なんて見れないじゃないか。なに言ってんだよ、今更」
御最もで……。
「それにしても来道のやつ、映っているのはお菓子ばかりじゃないか……ったく相変わらず使えないなあ」
目の前の性格破綻者が、苛つきながらタブレッとPCを睨みつけるなか、私は恐る恐る頭に浮かんだ一つの疑問を、思い切って彼に投げかけることにした。
「来道さんって……どうして、こんなもの持ってるの?」
「どうしてって、盗撮用に決まってるだろ」
私は軽い眩暈を覚えた。落ち着いて、落ち着くのよ、綾瀬玲――。
絶対に何かの間違いだから。私は深く息を吸い込みながら、ゆっくりと深呼吸をした。
「一応断っておくけど、盗撮と言っても対人間相手じゃないから安心しろ。殆どがスウィーツなどの食べ物が中心だ」
私のリアクションを見て、天音君はすかさず付け加えてきた。
っていうか、そう言う大事なことは早く言って……。
「なんだ、ビックリした……でもさあ、それなら盗撮なんかしないで普通に撮ればいいじゃん」
「そうもいかないんだよ。撮影禁止の店とか結構あるんだ」
「でもさあ、そんなスウィーツの写真ばかり撮ってどうするの? ブログとかにアップするとか?」
「いいや、単純に眺めてニヤニヤするだけだ。まあちょっとした変質者だな、あれは」
天音君は腕時計目を向けながら、溜め息交じりで呟いた。
ちょっとした変質者って……。
私は風邪の初期症状に似た、軽い頭痛と寒気を覚えた。