第三話「性格破綻とゴリ顔男子3」
昼休み、辺りには賑やかに昼食を楽しむ生徒たちの姿が見える。
一方、私はといえば今の気持ちと同様に重い足取りで廊下を歩いていた。
早朝のあの一件――。
あれからクラスメイトたちの態度は、どこかよそよそしい。
すべては天音イト、あの性格破綻者のせいだ。
彼から渡されたタブレッPCを見つめながら、私は溜め息を漏らした。
因みにこの中には私の交遊録がたっぷりと入っている。
一時限目から、授業をそっちのけで修正をしたのだ。
これでもし、またダメ出しされたら私の心は完全に折れてしまう。
どうか神様、ヤツからのお許しがでますように……。
私は神様に願いつつ、性格破綻者のいる1年A組を目指した。
憂鬱な気持ちを引きづったまま1年A組に到着した。
すると窓際の席には小動物のような来道リツさんの姿が見えた。
私の存在に気付くと、ロリロリ美少女は満面の笑みで両手をふってくる。
そんな無防備な彼女の笑顔をみると不思議と心が安らいだ。
そんな中、辺りを見回しても性格破綻者の姿がどこにも見えない。
私は来道さん真向いの席に腰を下ろすと、彼の所在について尋ねた。
「現国の佐田に連行されて生徒指導室」
「あの人……また何かやったの?」
「うん。まあ、いつもの事だよ」
「あれ、玲ちゃんお弁当は?」
初対面から二日目にして、このフレンドリーっぷり――。
天音君ほどではないにせよ、この子もかなり変わっている。
まあ、可愛いから全然OKなんだけど。
「うん、ちょっと食欲がなくて」
「ダメよっ! そんな事じゃ」
背後から覇気のある大きな声が聞こえてきた。
振り返るとそこには予想通り、百合先生の姿ある。
彼女は両手で様々な総菜パンや菓子パンを抱えていた。
そしてもむろに大量のパンたちを机に置くと、私たちに強引に勧めてきた。
「やったあ! 百合ちゃん、太っ腹!」
来道さんは百合先生のスレンダーな体に抱き着く。
すると彼女はまるで子犬でもあやすかのように、ロリロリ美少女を軽くいなした。
そして程なくして、女性3人の楽しいランチが始まったのです。
「どう、何か進展はあった?」
百合先生はコロッケパンを豪快に頬張ばりながら尋ねてきた。
相変わらずの女前である。でも、この気取らない感じが素敵なのだ。
「”メールの送り主は女性、友人もしくはそれに準ずる身近な人間の可能性が高い” だって」
「なるほどね、気に入らない訳だ?」
「することなす事すべて全部ね」
あいつの小憎らしい顔を思い出すと、途端にお腹が空いてきた。
私は手近にあったサンドウィッチを、ぱくりと頬張る。
すると百合先生は満足そうに、にこっと微笑みを浮べた。
「あら? 食欲でてきたじゃない。良いこと、良いこと」
「自信たっぷりな物言いに人を小バカにしたあの態度……今朝だって、本当に大変だったんだからっ!」
「ものすっごい分る、その気持ちっ! 私もあの可愛いらしい顔を、ボッコボコにしてやりいって常に思ってるもの」
「百合先生、私もう限界かも……」
「まあ、そんな深刻に考えないで。犯人が見つかるまでの辛抱なんだから。それに、ああ見えてアイツ結構役に立つのよ」
そうかなあ……少なくてもこの二日間は、役に立っているとは思えないんだけど。
「それより、アイツは?」
百合先生はそう言うと辺りを見回し始めた。
話題の中心である、性格破綻者の姿が見当たらないからだろう。
百合先生は私と同様に、菓子パンに夢中の来道さんに彼の行方を尋ねた。
「ええっ! また?……もう何なの、あの子っ!」
来道さんは激しく首を縦に振り、百合先生の言葉に同意した。
言うまでもなく私も同意見である。
「でもしょうがないよ、百合ちゃん。だってイト君て超頭おかしいから、人の地雷原とか分んないんだよ。だから無意識にみんなを怒らせちゃうの。ちょっとした病気だね、あれは」
可愛い顔して、来道さんって超毒舌家だわ。
っていうか、幾らなんでもいい過ぎじゃない?
私はサンドウィッチを頬張りながら、心の中で呟く。
するとロリロリ美少女の背後には、いつの間にか性格破綻者が佇んでいた。
「言いにくいことをサラッと言ってんじゃないよ。二人が引いてるだろっ!」
天音君は眉間にしわを寄せながら、来道さんの小さな顔を鷲掴みにする。
そして目一杯、その手に力を込めた。悶絶するロリロリ美少女――。
や、やばいっ! 早く止めなきゃっ!
すぐに私と百合先生で性格破綻者を必死で止めに入った。
だが彼は一向にアイアンクローを止める気配がない。
そしておよそ一分後、ようやく彼は来道さんの顔から手を離した。
すると彼女のロリーでキュートなお顔には、性格破綻者の指痕がくっきりと残っていた。
やっぱりこの男は、ただものじゃない……言うまでもなく、悪いほうの意味でね。
「うん、まあ良いだろう」
天音君はタブレットPCを見つめながら事務的に呟いた。
良かったあ……土壇場で逆転無罪判決を勝ち取った、被告のような気分だ。
「なにが ”まあ良いだろう” よ。なんにも良くないわよっ!」
タブレットPCを忙しなく操作する天音君――。
そんな彼を見つめながら、百合先生はヒステリックに机を叩いた。
や、やばい……どうやらこれは相当ご立腹な様子だ。
「どうしたんです? 相良先生」
「どうもこうもないわよっ! モメ事を起こすのはヤメテね、ってあれほど言ったでしょうがっ!」
百合先生のあまりの剣幕に、教室にいた生徒たちがこちらに目を向けてきた。
そんな殺伐とした空気にも関わらず、天音君は何食わぬ顔でお弁当に手を伸ばす。
蓋を開けると、そこには可愛らしいクマさんがニッコリと微笑んでいた。
なんとも可愛らしいキャラ弁……。
この性格破綻者の母親は、どうやら息子を溺愛しているようだ。
「いただきます」
「ちょっと、あんた人の話聞いてんの?」
「聞いてますよ、そんなに苛々しないで。ほら、相良先生も一口どうです?」
「いらないわよっ!」
「さいですか」
天音君はそう言ってクマさん弁当を口に運んだ。
その様子を見た百合先生は、溜め息交じりで自慢の黒髪をかき上げる。
そして心底疲れたといった表情で性格破綻者をみつめた。
百合先生、可哀そう……今なら彼女の気持ちが痛いほど分る。
私はまるで自分のことのように、心から恩師に同情した。
「大丈夫ですか? 神楽先生。なにかお疲れみたいですけど」
「ええ、誰かさんのおかげでねっ!」
天音君の問いかけに、百合先生はぶっきら棒に返す。
すると彼は大げさに溜め息を漏らすと、なぜか私と来道さんに険しい眼差しを向けてきた。
「キミたち神楽先生に一体なにをしたんだ?」
……はあっ? あんたなに言ってんのよっ! 私は心の中で叫んだ。
すると同時に百合先生は机に拳を叩きつけながら、素早く腰を上げた。
そして鬼の形相で性格破綻者につかみかかる。
「したのは、アンタよっ!」
とうとう堪忍袋の緒が切れた百合先生――。
その怒りは凄まじく私と来道さんでは、到底止められるものではなかった。
ど、どうしよう……誰か、誰かヘルプっ!。
私たちがあたふたしていると、周りにた生徒たちが加勢に来てくれた。
その後は、みんなの力を総動員して、なんとか百合先生の怒りを鎮火させることに成功した。
因みにこの間すべての元凶である性格破綻者は、何食わぬ顔で愛母弁当を食べていたことはいうまでもないだろう。
「それで原因は? もう怒んないから言ってごらん」
ようやく怒りが収まった百合先生は、吐息を漏らしながら天音君を見つめる。
すると彼は青天の霹靂、といった表情を浮かべながら可愛らしく小首を傾げてみせた。
「原因? なんのことですか」
「キミが佐田先生に生徒指導室へ連行された原因よ」
「連行じゃありません、任意です」
「どっちでも、いいからっ!」
途端に苛つきだす百合先生――。
一方、性格破綻者はそんなことなどお構いなしだ。
自分は叱られるようなことは一切していない、と先程から頑なにそう言い続けている。
すると鎮火したはずの百合先生の心の炎が、再度めらめらと燃え始めた。
お願い、もう余計なことを言うのはやめてっ! 教室中にみんなの心の声がこだまする。
これには流石の問題児も空気を読んだのか、それからは貝のように口を噤み余計な事を話すのを止めた。
そんな天音君の態度に百合先生は早々と見切りをつけた。
そして今度は来道さんに事のしだいを尋ねはじめる。
だが彼女の説明は、驚くほどに全く要領を得ない。
そこで百合先生は手近な女子生徒を呼びつけた。
「何があったの? 先生に教えてちょうだい」
百合先生の柔らかい口調が、より一層恐怖を助長させる。
加えて女子生徒に突き刺さる性格破綻者の鋭い眼差し――。
百合先生と天音君との板挟み状態である。
正直、助けてあげたいんだけど……ごめん、かよわい私には無理なの。
「テスト中によそ見をしていた天音君を佐田先生が注意したんです。そしたら天音君がいきなり、先生の作った問題はつまらないとケチをつけ始めて……」
暫しの沈黙のあと、女子生徒は二人に怯えながら小声で話し始めた。
頑張ってっ、私はあなたの味方よっ!……何もできないけどね。
「佐田先生に言っといてくださいよ。ありきたりのものじゃなく、もっとオリジナリティーのある問題を作れって。あれじゃ参考書を開けばどこにでも載ってますよ」
天音君は不機嫌そうに唐揚を頬張った。
そんな彼に冷やかな眼差しを向けつつ、百合先生は女子生徒に話しの続きを促す。
「そのあとテストの問題はすべて解き終えているんだから、グランドの体育授業を眺めようが、晴天の空に目を向けようが、佐田先生の人工的な毛髪を凝視しようが僕の勝手だ、と言いだして……」
途端に頭を抱える百合先生――。
そんな彼女に天音君は真剣な眼差しを向けて語りかけた。
「AGA(男性型脱毛症)治療はいまじゃ医療機関でも積極的に行われてます。カツラなんかに頼らずに佐田先生も治療を受けるべきですよ。どうです、先生から勧めてみては?」
私は頭を抱えたままの百合先生を静かに見つめた。
そして最近の天音君と自分との距離感に ”明日は我が身” 的な戦慄を覚えた。
「そのあとは――」
女子生徒が続きを話し始めると、百合先生は片手で彼女を制した。
恐らくもう何も聞きたくないのだろう。勿論、私も同意見である。
「ありがとう、もういい……もうお腹いっぱい」
百合先生は力なく言うと、溜め息を漏らしながら俯いた。
その後は三分ほど無言の昼食が続く――。
そして半分ほどお弁当を食べ終えた天音君が、何かを思い出したように突然口を開いた。
「神楽先生」
「なあに? 天音君」
百合先生の表情は、考える事をやめてしまった人間のそれになっていた。
恐らくいまの彼女の頭の中は、お花畑で一杯なのだろう。
ご愁傷様です、百合先生……。
「生徒指導室でのやり取りは、考え事をしてたんで殆ど覚えてないんですが……佐田先生、なんか最後に気になる事を言ってたんですよね」
「へえ、なんて?」
「今日こそは僕の事について担任である神楽先生と、じっくり語り合わなければいけないな……そう苦虫を噛み潰したような表情で言ってましたね」
天音君はそう言い終えると、静かに食事を再開した。
一方、百合先生は抜け殻のような表情を浮かべている。
カンカンカン、ゴングの音が私の鼓膜に届いてきた。
どうやら百合先生は完全にノックアウト状態のようだ……マジでかわいそう。
私が心底同情した時だった、教室の入り口から男子生徒の声がこだましてきた。
「神楽先生、佐田先生が大事な話があるとかで探してましたよ」
百合先生は無言で椅子から腰を上げると、ふらつきながら幽霊のように教室をあとにした。
そんな様子を眺めながら、私は心の中でこう呟くのだ。
百合先生……負けないでっ! 明けない夜はないから……。
そして私は我関せずで食事を続ける、性格破綻者に非難の眼差しを向けた。
「かわいそう……百合先生」
「同感だ」
「100%天音君のせいだよね?」
「ああ、100%僕のせいだ」
「罪悪感とかないわけ?」
「罪悪感? そうだね、それを言われると僕もつらいな。だってそうだろ? そんなつもりは毛頭なかったけど、図らずも僕は神楽先生に迷惑をかけてしまった。そんな事を考えると、この美味しいご飯も全く喉を通らなくなるよ」
野郎は一気にまくし立てると、美味しそうにごはんを頬張る。
どうやら反省の色は皆無のようだ……。
「要約すると罪悪感はないって事でいいのね?」
「いいや、要約しなくてもないね」
「……」
「そんな事より彼女たちを、放課後この教室に呼び出しておいてくれ。話が聞きたい」
天音君はタブレットPCの画面を私に向けてきた。
そこにはこの学園で最も親しい4人の名前が映しだされている。
冗談でしょ、なんでこの人に私の大切な友達を……。
どうせまた、言葉の暴力を浴びせるに決まってる。
私だけならまだしも、彼女たちに精神的苦痛を負わせる訳にはいかない。
「ど、どうして私の友達に話なんて聞くのよ。言っとくけどこの中に犯人なんていないわよっ!」
「それはキミが決める事じゃない。それに本当はこんな面倒な事をしなくても、キミのスマホに残されている友人たちのメールやLINEのトークを見れば、犯人が分るかもしれないんだぞ。だがどうしてもそれは嫌なんだろ? それなら黙って彼女たちをここに呼び出せ」
うわっ、超腹立つっ! でも悔しいけど言い返せない……。
「話を聞くだけよ。絶対に変な事しないでね」
「キミ、ほんとに訴えるよ」
鋭い眼差しが私に突き刺さる。
顔は可愛いのに……睨まれるとやっぱり怖い。
「……でも、なんて言って呼び出すのよ?」
「そんなのは適当で構わない。とにかく放課後、彼女たちをここに呼んどいてくれ」
性格破綻者はそう言うと、私の顔を覗きこんできた。
黒くキラキラした瞳が静かに見据えてくる。
や、やばい……ま、また顔がお猿さんのお尻に――。
「むくみはまだ治ってないようだな。水分の摂り過ぎじゃないのか?」
「余計なお世話――」
「それじゃ、解散」
私の言葉を遮ると、小憎らしい性格破綻者は何事も無かったように昼食を再開した。
例えばここに拳銃があったとしたら、私は真っ先にコイツに眉間を撃ちぬいていることだろう……。
私は心の中で毒づくと、眉間にしわを寄せながら性格破綻者を睨みつけた。