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第三話「性格破綻とゴリ顔男子1」

 「これは一体なんだ?」


 窓に目を向けると昨日と同様に、雲一つ無い爽やかな空が広がっていた。我が1年D組の教室では、いつものように一時限目の準備を始める生徒たちの姿がある。

 そんな中、私の目の前ではスカートさえ穿かせれば美少女アイドルとして即通用するであろう、恵まれた容姿の男子生徒が眉間に皺を寄せながら佇んでいた。


 「もう一度言うぞ、一体これはどういうことだ?」


 性格破綻者はイラつきながら、タブレットPCの画面をスクロールさせる。そこには私の友人たちの名前が映しだされていた。


 「瀬名朱里・友人。田辺詩織・友人。田端咲子・友人……僕はこってり背脂の濃厚とんこつラーメン、のような詳細な交友関係のリストを頼んだんだ。それにもかかわらずこの濁りのない透明なスープが目に浮かぶ、あっさりとした塩味リストとは一体どういうことだっ!」


 また言葉による暴力が始まった……もう勘弁してよ。


 「しょうがないでしょ、こういうの慣れてないんだから……」


 「それ以前の問題だ。小学生でもまだましな事を書くぞ、それに――」


 「おいっその辺にしとけよ、天音っ!」


 性格破綻の問題児の嫌味攻撃は、私のクラスメイトによって遮られた。

 奥山春樹――180㎝を超える大柄な体格に加え、相手に威圧感を与えるゴリ系のお顔。それもそのはず、彼は1年生にして柔道部のエースなのであった。


 「誰だ知らないけど、取りあえず僕の肩に置いてるその汚い手をいますぐどかせろ」

 

 性格破綻者は柔道部の猛者相手にも怯むことなく、いつものように悪態をついた。すると奥山君は厄介な問題児を睨みつけながら素早く顔を近づけてゆく。


 「そうはいかねえな。クラスのアイドル、いいや学園のアイドルがお前みたいな嫌われもんに恫喝されてるんだ、フェミニストの俺としてはほっとけねえなよ」


 この状況ってかなりヤバくない?……コイツいつもみたいな軽口叩いてるとブン投げられるわよ。そんな私の心配をよそに性格破綻者は柔道部のエースを静かに見据えた。

 睨みあう実に対照的な二人――険悪な空気が流れだし、教室内は一瞬にして緊張に包まれる。するとこの空気を作った張本人が普段通りのよく通る声で語り始めた。


 「柔道部か?」


 「ああ、だから何だ。稽古でもつけて欲しいってか?」


 「それなら体にも悪いから、()えた(・・)方がいいぞ」


 性格破綻者は奥山君の耳元で囁くように呟いた。恐らく聞こえたのは本人と私ぐらいのもだろう……それにしても控えた方がいい、ってどういう意味?


 「な、なに訳の分んねえこといってんだ」


 「訳が分からない? そんなはずはないだろ」


 「一体なにが言いてえんだよ、てめえはっ!」


 「スモーカーズ・フェイス。知ってるかい? 喫煙者の顔に多く現れる特徴的な変化を現す言葉だ。喫煙行為は血行障害をともない皮膚の老化や唇の乾燥などを招く。加えてニコチンやタールにより、歯や歯茎が黒ずむスモーカーズ・メラノーシスという現象もよく起きる。一応忠告しとくが只でさえ厳しいその顔が数年後にはもっと酷くなるぞ」


 「て、てめえ――」


 性格破綻の問題児は一気にまくし立てると、静かに奥山君を見据えた。当然ながら柔道部のエースは顔を紅潮させながら、天音君の胸倉を掴みにかかる。

 ほらっ、だから言わんこっちゃないっ! 私は慌てて怒り心頭の奥山君を止めに入る。だがそんな私を厄介な問題児は片手をかざして制した。その表情からは ”問題ないから余計なことはするな” と言わんばかりのドSっぷりであった。


 「タバコ試験紙って知ってるか?」


 胸倉を掴まれたまま、性格破綻者は動揺など微塵も見せずに尋ねた。一方、奥山君は相変わらず顔を紅潮させたまま、無言の圧力をかけている。そんな中、厄介な問題児は先程と同様に小声で語り出した。


 「喫煙者の唾液が触れると即座に色が変わる、リトマス試験紙みたいなものだ。薬局でも普通に手に入るし、学校にある薬品でも簡単に作れる」


 「だ、だから何なんだってんだよ?」


 「科学の神楽先生いるだろ、あの人いつもそのタバコ試験紙を持ち歩いてるんだよ。自身も極度のヘビースモーカのくせに、未成年が喫煙するのがどうしても許せないらしいんだ。変わってるだろ? あの人」


 天音君のこの言葉に、柔道部の1年エースは途端に黙り込んだ。ああ、そういうことか……この天使のような顔をした性格破綻者は脅しているんだ、力で来る相手にその巧みな言葉のみで。


 「どうした? 顔色が悪いぞ柔道部。急な腹痛か? それとも何かマズい事にでも思い当たったのか?」


 無言の奥山君にそう畳み掛けると、性格破綻者は最後のダメ押しとばかりに微笑んでいた顔を一転させた。そしてこの私も何度となくされた事のある、ドSよろしくの氷のような冷たい眼差しで更にこう続けたのです。


 「喫煙行為が発覚すれば、うちの学園は即退学だったな? そうなれば大好きな柔道も出来なくなるぞ。その皺の少ない脳みそでも、これだけ噛み砕いて言えば僕の言いたいことは分かるな?」


 ドSの性格破綻の問いかけに、奥山君は力なく頷いた。


 「だったら今すぐ僕の胸倉から手をはして、おとなしく自分の席に戻れ」


 さっきまでの勢いは一瞬にして影を潜めると、奥山君は肩を落としながら早々に自分の席へと戻って行った。私や他の生徒たちが呆気にとられている中、ドSの性格破綻者は何事もなかったように当たり前のようにこう語り出した。


 「とにかく大至急やり直しだ」


 彼はそう言ってタブレットPCを手渡してきた。そして目を細めながら私の顔を間近に覗き込んでくる。えっ、なに? 途端に顔が火照ってしまう。恐らく今の私の顔色はお猿さんのお尻のようになっているはずだ。

 程なくして性格破綻の問題児は、興味を失ったように私の顔から視線を外した。そして「どうやら、むくみ(・・・)の原因は寝不足のようだな。モデルとして失格だな」と付け加えて自身の教室へ颯爽と戻って行った。

 む、むくみですと? 失礼ねえ、確かに最近寝不足気味ではあったけど、この私の顔の一体どこがむくんでんのよ。一応、念のために手鏡で自分の顔を見つめた――あっ、むくんでるし……私は心の中でポツリと呟くと、本日何度目かの溜め息を漏らした。

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