第二話「性格破綻とロリ系美少女1」
「2時間だぞ、2時間っ! それだけの時間があれば一体どれだけ有意義に過ごせたと思う? おいっ! 言ってみろよ、来道っ!」
放課後の1年A組。
部活や用事のない生徒たちは既に下校しており、残っているのは私たちの他には数名の女子生徒たちのみであった。
そんな中、私の目の前では天使のようなお顔をした性格破綻者が、不機嫌そうに眉間にしわを寄せている。
彼はかれこれ20分ほど、私の隣で涙目で俯く可愛らしいツインテールの美少女に、八つ当たり丸出しの愚痴を聞かせていた。
「そ、そんな事言われても知らないよお……」
来道リツ。
小学生と言っても通じるであろう小柄な体躯。ネコ科を思わせる大きな瞳。
それに加えて長い黒髪をふたつ結いにしたヘアースタイルが、余計に彼女の子供っぽさに拍車をかけていた。
要するに私から言わせれば文句なく100点満点のロリ系美少女といえる。
「何が ”そ、そんな事言われても知らないよお” だ。カワイ子ぶるなっ! 」
「ちょ、ちょっと、もうやめなさいよ」
流石に見かねた私は、ロリーでキュートな美少女に助け船を差し出した。
まあ、もとはと言えば私にも原因の一端はあるわけだし、当然といえば当然である。
因みにこの性格破綻者が、どうしてこれほどまでにイラついているのか?
その原因はいまから二時間前に、彼が何気なく百合先生に言った一言が引き金となっていた。
ストーカー犯の捜索に手を貸す事で、資料整理を免除された性格破綻者。
また、私の方も嫌々ではあるが百合先生の提案を了承した。
話しも纏まったところで、私はふと壁掛け時計に目を向けてみた。
するとと昼休みがそろそろ終了する時刻となっていた。
ああ、そろそろ戻らないと……。
私がソファーから腰を上げて教室へと戻ろうとした丁度の時だった、性格破綻の問題児が思い出したように百合先生に声をかけたのだ。
「先生、一つ聞いて良いですか?」
「うん? 何よ、急に改まっちゃって」
一仕事終えた充実感からか、百合先生は満足そうに煙草の煙を燻らせていた。
「原因は、やっぱり彼氏の浮気ですか?」
「……何の事?」
上機嫌だった表情は一瞬にして影を潜めると、百合先生は鋭い視線で問題児を睨みつけた。
そして瞬く間に生徒指導室に不穏な空気が流れ始める。
えっ、なにこの展開……私は二人を交互に見比べてみたた。
一人は微笑みを浮かべる、性格破綻の男子高校生。
もう一方は眉間にしわを寄せた、アラサー女教師。それは実に対照的な二人だった。
「水臭いですよ。僕と先生の仲じゃないですか」性格破綻者はそう言って百合先生のもとへと近づいて行く。「破局したんでしょ? ワイルド系の彼氏と」
百合先生ははソファーで煙草を燻らせながら、足を組んだままの姿勢で固まっている。
一方、問題児のほうは手のひらで鬱陶しそうに煙草の煙をなぎぎ払った。
「僕はね、先生には幸せになって欲しいんですよ」百合先生の肩にそっと手を置くと、厄介な問題児は静かに語りかける。そう囁くように優しく「だって男と別れる度に八つ当たりされて、今日みたいに面倒事を半ば強引に押し付けられるのは嫌ですから。ねえ、綾瀬さんもそう思うだろ?」
もう、お願いだからもう余計な事を言うの止めてよ……。
自分が何言ってんのか、アンタ分ってるわけ?
この問題児の一言で室内の雰囲気が一気に変わるのを敏感に察知した私は、この不穏な空気がひしめく生徒指導室からいつでも離脱できるように、ドアノブにそっと手をかけた。
そんな中、百合先生は嵐の前の静けさの如く、穏やかな表情を浮かべていた。
そして意を決したように自身の長い黒髪を後ろで一つに束ねる。
その光景はいまから一戦交える女武将のような勇ましさを私に感じさせた。
「玲ちゃん」
「はいっ!」
私は蛇に睨まれたカエルの如く微動だに出来ない。
いつもはフランクに百合先生と会話する私であだったが、この時ばかりは完全な敬語になってしまっていた。
っていうか、普通の神経なら誰でもそうなる……まあ、目の前の最悪な性格破綻者を除けばだけど。
「5時限目の1年D組の授業ね、あれ自習。みんなにそう伝えといてくれる?」
「それじゃ先生、気を落とさずに」
厄介な問題児は百合先生の肩を励ますように2回ほど軽く叩いた。
そして当たり前のようにその場をあとにしようとする。
ちょうどその時だった、怒り心頭の女前教師がゆっくりと口を開いたのだ。
「あれ、どこ行く気?」
「嫌だなあ、痴呆老人じゃないんですから。教室ですよ、教室。ほら、もう5時限目が始まっちゃいます」
性格破綻者は自分の腕時計を指しながら、天使の微笑みを浮かべた。
状況が分っていない、というのは何とも幸せなものである。
天音君、残念だけどキミはいまからドえらい目にあうのよ……。
「大丈夫よ、教科担任には私から言っとくから。だからもう少しキミはここにいなさい。玲ちゃん、貴女はもういいわよ」
物腰の柔らかい口調だったがけど、明らかに目がすわっている。これ以上の長居は禁物だっ!
動物的本能でそう判断した私は、天才的に頭は良いが空気の読めない天音君を置いて、そそくさと生徒指導室をあとにした。これが今からキッカリ2時間前に起こった出来事である。