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掟は破るもの

 女は、一言も話さない少女の様子を怪訝に思いながら家路につく。手を引けば、とぼとぼとやけに暗い足取りでついてくる。自分が大金をはたいたのは、この少女が自分の娘の魂を宿して、自分の娘として戻ってくると考えたからだ。

 だが、そんな様子は一切なく、少女は露天商で品物として並べられていたときと変わらない、虚ろな生気のない表情を浮かべている。まるで少女には心がないようだ。きっと、女に手を引かれて歩く日干し煉瓦をしっくいで塗り固めたアイボリー色の建物が並ぶ美しい風景も、少女の眼には映ってなどいないのだろう。

 であれば彼女の瞳にはいったい何が映っているのか。



*****



「こっちよ。さあ入って。ここが、私の部屋です。」

「……本当に何もないのね」


 リースは、フーに案内されるがままどうにか大人しくたどり着いてくれたようだ。母親と会う様に決心したのはどうやら、たぶらかしではないらしい。

 案内されたのは家具が一切置かれていない、真っ白な部屋だった。本当に机や椅子もベッドさえない、本当に何もない部屋だった。


「あなたは、自分の中に飾っておきたい風景とかないの?」


 あまりにも殺風景どころか、真っ白な生まれたてのままの状態の部屋にリースは疑問を浮かべる。

 リースが言うには、部屋の中には思い出として写真がたくさん飾ってあり、家族や親友からの贈り物が所狭しとかつ、大切に置かれているのが普通なのだそうだ。だが、フーはそれを説明されてもなお、自分の中には何もないとこの上なく虚しい居直りを続ける。


「私にはあなたの世界にも、あなたのお母さんがいる世界にも思い入れはありませんから。私はどちらの世界にも属さない半端ものなのです。半端ものには、個人の意思に基づいた身勝手な干渉は一切許されない」


「干渉って…あなたは、自分の意志で生きることすら許されていないっていうの!?」


 ついに我慢ならないと、リースはフーの肩を両の手で押さえて揺さぶった。

 かすれて涙声になった声色。肩に触れる彼女の手、すべてが死人とは思えないほど温かく強い意志に満ちていた。フーが持つことを許されておらず、手をこまねいて見てきたものの全てが彼女の心にはあった。

 フーによって呼び出された死者の魂は、誰もがフーには一切の関心を示さず、生前の家族や親友に限られた時間だけ会いに行く。自分はそのための媒体にしか過ぎない。まさに掟通りにことが進んでいたのに。なのに、リースはそれを許してくれない。


 苛立ちなのか、それとも自分にないものをすべて持っているリースへの淡い羨望なのか、フーは口を歪める。


「はい……それが、呼び出し人の宿命なのです」


 なおも平静を装い、そう答える。リースはフーの肩に置いていた手をほどく。

 思いを込めるようにして、ぐっと握りしめた後、何も言わず両手を広げてフーにがばりと抱き付いた。とまどう、フーの視界に一粒、宙に舞う涙の雫がのが目に入る。


「ちょ……、ちょっと!」


「……大丈夫……大丈夫だよ……」


 雫は河となりリースの頬を伝って、フーの胸元に触れた。優しく透き通っていて、温かかった。

 大丈夫。その言葉にはいったいどういう意味が含まれているのか。フーはそれを読み取ることはできなかったが、身体がなぜだか軽くなったように感じられた。今までずっとがんじがらめにされていた鎖が少しほどけたような、そんな感覚だった。


*****


「……お母さん……」


 少女が初めてそう口を開いたのは、女の家に連れてこられ、ソファーに座らされて、数時間後であった。

 所詮は人身売買などやっている闇市の品物だ。死者の魂を宿す少女などまやかしに過ぎない。自分は騙されたのだ。そうと胸に言い聞かされている最中、少女がついに口を開いたのである。女の目尻に涙があふれ、少女の肩をぐっと抱きしめる。死が分かった親子の再会がそこにはあった。


 それを少し離れた位置から、うつろな眼差しで見つめる幼い少女がもうひとり。


「リ、リース…帰って来たのね…帰って来てくれたのね」


 だが女にはその存在が見えていない。女には目の前にいる、今自分が腕に抱きしめる、自分の娘の魂を宿した少女のことしか目に入っていない。


 遠巻きで淡い羨望を抱きながら指をくわえて眺める彼女のことなど気にも留めない。それもそのはずだ。彼女は女が抱きしめる少女の身体から抜け落ちた魂。自分の娘に会いたかった女からすれば、”いらない”部分なのだから。


(……わかっていたよ。そんなことくらい。私は誰からも必要となどされていない。呼び出し人にとって、個人の意思は邪魔な存在でしかない)


 彼女は心の中で、自分を諦めさせる呪文を唱える。自分が見ている世界は永遠に手に入らないものだ。自分の心を殺す言葉を唱え続ける彼女。いつもならそこで邪魔などはいらないはずだ。彼女の中には何もないのだから。


 だが今回は違った。


『あなたは、自分の意志で生きることすら許されていないっていうの?』


(……、許されているわけなんてないじゃない)


 心の中で湧き上って来る自分が問いかけられた疑問を、彼女は押し殺す。


「フー、聞こえてる?」


 だが、押し殺してもその声は止むことはなかった。

 彼女の、呼び出し人として自分を殺して生きる生き方に、疑問を投げかけるその声が、心の中の迷いではなく実体として話しかけてきたのだ。


「話しかけないでください、リースさん」

「嫌よ。あたしは、あなたに自分の意志で生きてほしいの」


「自分の意志って……そんなのあなたの母親は望んでいないでしょ。……私に会いたい人なんて誰もいない」


「わかったらもう話しかけないで」


彼女は自分に語り掛けてくるその声を黙らせるため、最後の念押しを加えた。

そして再び、自分の身体が女に抱きしめられるその光景を眉を細めながら、部屋の隅で三角座りになって眺めるのだった。


もう慣れた光景だ。


「ただいま、お母さん……」

「リース、おかえりなさい。あなたが戻ってくるために、家の中はもとのままにしておいたわ」


少女は女の家の中を歩き、家の中に置かれた家具やぬいぐるみ、写真を見て回る。そのどれもが、少女の中にいるリースにとって懐かしく慣れ親しんだものだった。


「……、本当にあたしのこと…待っていたのね」

「当たり前でしょ。リースは、私の大切なたったひとりの可愛い娘だもの」


 もはや少女が自分の娘であるリースの魂を宿したことに確信を覚えた女は、母親としての言葉を少女に送る。


 これも少女の身体から抜け出た魂である、部屋の隅でうずくまる彼女からすれば、非常に見慣れた光景だ。

 

 フーにとっては、自分の身体が他の誰かの魂を宿し、その家族と親しむのは非常に見慣れた光景だ。そのはずだった。――だが、何故かはわからないが胸の奥がまさぐられるような感触がしてたまらない。今まで押し殺していた自分の中の何かが、湧き上がってくるような感覚だ。


「リース、あなたのためにクリームシチューを用意したのよ」

「ありがとう! あたしもちょうど食べたいと思っていたんだ」


 どうしてこんな厄介な感覚を覚えてしまったのだろう。自分の身体が、女と本物の親子のように会話を交わす姿。何も感じずに感情を殺して見ることができたそのすべてが、今は自分の手に入れたくてたまらない。


(でも、自分は誰からも必要とされていない。そう、会いたかったのはリースであって、私なんかじゃないもの。自分の意志で生きてほしいなんて勝手なこと言わないで。私は…、私は……)


「フー、もう、あたしは帰るね」


 一生懸命にフーが自分を押し殺していたその時だった。不意にリースが帰るなどと言いだしたのだ。フーは自分の耳を疑い、リースの手首を掴み、自分の真っ白な部屋の中へと引き戻す。


「だ、駄目……! 帰っちゃ駄目!」


「――あなたに本当に自分の意志がないなら、そんなこと思わないはずよ。あなたの中にだって変わりたい意思はあるんだから」


「変われっこなんかないよ! 捨てられたくないもの! 私は……、私はあなたがいないと捨てられてしまう!」


 フーは目を潤ませて声を荒げ、リースにここにいてくれと必死に懇願する。


「あなたの魂を宿さないと、私は……、また独りぼっちになってしまう!」

「でも、あなたはずっと独りだったんでしょ? ずっと手をこまねいて、誰かの魂にとられた身体が幸せそうに笑うのをあなたはずっと傍観してただけなんでしょ?」

「そ……それでも、いいもの。それでも、たとえ偽物でも……、孤独じゃないって思えるもの!」


 ここに来てついに押し殺していたフーの中の意志が解き放たれてしまった。


 呼び出し人は、死者の魂を自らの身体に宿し、死者の家族に会いに行く。だが、それは裏を返せば、自分の本来の人格が周りから否定されて求められていないということだった。


 呼び出し人に課せられた3つの掟はそれの現れだったのだ。



一、誰の頼みもなく、いたずらに霊と交わってはいけない。

二、死者の国の者とは、むやみやたらに交流を持たぬこと。

三、憑依させた霊には、ただ屈せよ。己を殺して、霊を宿せ。



 自分の身体は、契約した死者の霊のみを宿す媒体でなければならない。だから、死者と自分の意志で交流することも許されなく、死者と友達になるなどもってのほか、そして自分の身体を道具とするため、文字通り滅私奉公せよということを表しているのだ。


 その掟にフーは、ずっと従ってきた。掟に従い、自分を殺した。そうすれば自分は捨てられることなく、契約が終わったあともすぐに買い手がついて、孤独を感じる時間が減ってくれる。――それが呼び出し人としての幸せの形なのだと、フーは考えていた。


 だからこそ、それを壊されないためにリースに必死に縋り付く。


「もう、大丈夫よ。そんな淋しい生き方しなくても」

「できっこなんかないよ!……、私は誰からも必要となんてされていないのよ!」


「フー、そんなことないよ」


 だが、その価値観をリースは淋しいと否定した。そして自分は必要とされていないというフーの自己嫌悪でさえも、リースは優しい微笑みとともに両の手で包み込んでくれた。

 フーの小さく冷たい手がリースの手に握られる。ふたりの背丈は同じくらいだ。しかし、フーにはリースの手が自分のものよりもずっと大きく、そして温かく感じられた。


「ずっとしょっぱい顔してたけど。フーと食べたカツレツ、美味しかったよ」

「なっ……」


 リースの一言で、あの街で過ごした時間が思い出される。そう、あの瞬間初めて自分が独りでないとかすかに感じられた。


「じゃあね、それをお母さんに渡しておいて」


 そうとだけ言い残して、リースの姿は消えてしまった。フーをたったひとり、何もない真っ白な部屋の中に残して。





「どうしたの? リース、食べないの?」





 フーの背後から声が聞こえた。肩がびくんと跳ね上がる。

 もっとも言葉を交わしたくなかった人物に話しかけられてしまったのだ。リースの母親だ。


(……どうしよう、どうすればいいの? あたしの中には、何もないのに……)


 あたふたと自分がいる真っ白な部屋の中を探す。だが何もない。

 あたり前だ。自分はただの呼び出し人であって、リースの母親にとっては家族でも何でもない赤の他人なのだから。


(私がリースでないとバレたら、私は捨てられる。でも、リースとして取り繕ってみせることなんて、できるわけない。だったら……、もう……)


(全てを打ち明けて楽になろう)


 それがフーが出した答えだった。




「ごめんなさいっ!」




 女は突然のことでまごついた。

 いきなり、同じ夕食のテーブルについていた少女が頭を下げて涙ながらに謝って来たからだ。


 少女が身体にリースの魂を宿し、姿は違えど親子の食卓が叶ったと思った矢先の出来事だ。


「ど、どうしたの? いきなり……、謝ることなんて何もないじゃない、リース」


 フーは一瞬、自分を偽ることを考えた。だが、突き通しもできない薄っぺらい嘘をつくのは、心が痛む。もとより、目の前にいる女を騙し通すこと等自分には到底不可能だ。そんな思考を頭の中で駆け巡らせていると、真っ白な部屋の中に一通の手紙が目に入る。


『それをお母さんに渡しておいて』


 リースがこの部屋を出るときにそう言って置いて行ったものだ。


「私の中には……、リースさんはいないのです」


 少女の口から放たれた言葉を、悪い冗談だと言いたいばかりに口元をひきつらせるリースの母親。

 もうここまで来てしまったら、後には引けない。フーはさらに続ける。


「リースさんはもう帰ってしまったんです。私の中にはもう……彼女はいません。すみません…あなたを騙すつもりはありませんでした。リースさんから去り際に、あなたに伝言がありました」


 何も言えないでいるリースの母親を前に、フーは先ほど拾い上げた手紙を広げ、ゆっくりと読み上げる。そこにはリースが綴った言葉の数々が散りばめられていた。




 お母さんへ。


 お母さん、久しぶりにあえて嬉しかったよ。随分やせたね。あたしがいたときは太って悩んでるくらいだったのに。

 でも、それ以外の家の様子はなにも変わっていなくて、本当にずっとあたしのこと思っていてくれたんだって、ちょっとだけ嬉しかったけど、やっぱりちょっとだけ悲しかった。


 死んでしまったあたしを呼び出してまで会おうとしていたなんて。


 あたしは素直に喜べないよ。だって、それは、お母さんが後ろを向いて前に進むということを止めてしまうということだもの。たしかに、あたしがお母さんと出会えたのは素晴らしい奇跡だと思う。


 でもそれを振り返ることなんてしないで。あたしだってお母さんに会いたいよ。


 お母さんとずっと一緒に暮らせたらって、そう思うよ。本当に。本当に、その気持ちは嘘じゃない。


 でも所詮、あたしは死んでいるの。死んだあたしがお母さんの未来を奪うことは、許されない。


 たとえ、お母さんがそれを望んでいたとしても。





 そこまで読んだところではたりと手が止まった。

 フーには、そこに書いてある最後の3行を口に出すことができなかったからだ。だが同時に、手紙の内容はここまででいいと思えた。


「……これがリースさんから預かった伝言です」


「そう、……」


 結局、自分が捨てられてしまうことに変わりはないのだから。

 

 もう自分は目の前にいる女の娘であるリースではない。ただの孤独な少女、フーに過ぎないのだから。


「私がここにいる意味もなくなりました。――本当に、申し訳ありません。せっかく、お金を使って私を買って下さったのに」


 椅子から立ち上がって床に三つ指を立てて頭をこすり付けるフーの姿を、女はしばらく見下ろした後、しゃがみこんで彼女の俯けた顔を覗き込み、優しい声で囁いた。


「なにやってるの? シチュー冷めちゃうわよ」

「……、え……」


 信じられない言葉だった。変な夢でも見ているのかと思ってしまうほどだ。

 床に正座でついたふくらはぎがまるで根を張ってしまったかのように動かなくなってしまい、ぽかんと口を開けたまま上目づかいで見上げるフーを女は、何かがさっぱりと晴れたような笑顔で見つめる。


「ほうら、はやく」

「あ、あの! 私の中には……」

「もう、リースはいないんでしょ。そんなこと、実の娘に言われないと気づかないなんて私も馬鹿ね」


 自分が口先から出そうとした台詞をそっくりそのままとってみせて、女は乾いた笑いを浮かべる。もはやその瞳に、見る者を不安にさせるような翳はなく、少女を露天商で買ったときとは別人のようだ。


「……、……」

「ねえ、あなたの本当の名前を教えてくれない?」


 捨てられると思ってた。


 自分はもう誰からも必要とされず、誰のそばにもいれず、誰の心にも止められず、人生の傍観者として生きていく。


 だから名前も、誰でもいいと言う意味でフーというものを与えられていた。


 名乗る必要など訪れないと思っていた。でも、それが、それが……。


「……た……しは……」


「……たし……は、……わ……たしは……」



「……、私は……フー……。私の名前はフーです……」




「フーちゃんって言うのね」



「――フーちゃん。さ、はやく食べましょ」


 シチューはとっくに冷めていた。


 だが、それは彼女が自分の意志を通して味わったふたつ目の味だった。


 いつも心の中で、誰かが食べるのを見守るのみだったフー。いままでずっと自分以外の誰かであったフーにとっては、シチューそのものの温度ではなく、自分が改めて触れた人の温もりとして感じられたのだった。


「あったか……い……あったかいよ…」

「おかしなこと言うのね、これじゃ冷製スープよ」


 そこでふたりは笑いあった。


 ふたりがふたりとも、今までに浮かべたことのないくらい曇りのない輝きに満ちた笑みだった。


 フーが初めて呼び出し人としての掟を破った瞬間であった。





(……リース、ありがとう)





*****




 薄汚れたコンクリートで塗り固められたビルが所狭しと並び、その中をトロリーバスが行き交う。夕方になれば豆腐屋がやってきて、夜になればラーメンやそばの屋台を中年の男が引いて回る。どこか懐かしい街の中にある、これまた懐かしい駄菓子屋にひとりの少女が来店した。


「おや、リースじゃないかい。呼び出し人に呼ばれておいてほっぽり出してきたのかい?」


 店主はいかにも気の良さそうなお婆ちゃんといった様子で、少女の顔を見るや否や名前を呼んで話しかけるあたり、このリースという少女は駄菓子屋の常連らしい。


「うん。ああいう湿っぽいのは、どうも合わなくてね」

「そうかい、ちゃんとフーにはなにか言って来たのかい?」

「大丈夫手紙書いておいたから」


 リースが記した手紙には最後にこう書かれてあった。



――――、――――。


 でも所詮、あたしは死んでいるの。死んだあたしがお母さんの未来を奪うことは、許されない。

たとえ、お母さんがそれを望んでいたとしても。

 

 だから、フー。あなたがそれを叶えてあげるの。大丈夫…。きっと、フーならできるはず。


 フーは大切なあたしの友達だから。



 あの手紙にはリースの母親への想いだけではない、自分とこの駄菓子屋でともに鯨肉のカツを食べた友達、フーへの思いも。そしてフーに死んでしまった自分の代わりを託すということも、そこには書かれていた。


「あ、カツレツちょうだい、おばあちゃん」


 フーのことを懐かしむためか、早速リースはカツレツを注文する。


「ほい、100円ね」

「えー、お金とるのーっ?」

「あたり前じゃ、いつもただで食えると思うなっ」


 リースはしぶしぶ100円を払う。それを受け取ると駄菓子屋の店主は、薄く切った安い鯨肉に衣をつけてフライヤーの油の中に入れた。


「で、フーちゃんは大丈夫なのかい。掟を破れば、もう呼び出し人の仕事はできないと聞いたが」

「…大丈夫だよ、フーはもう呼び出し人なんかじゃないから」

「……そうかい。それはよかった」


 黄金色に輝く高温の油の中で泡を噴きながらカツレツがきつね色を帯びていく。いい塩梅になったところで、トングで網の上に掴み上げて余分な油を落とす。


「ほれ、できたぞ」

「ありがとう」


 揚げたての熱々を串で通して、手渡す。リースはそれをにっこりと笑いながら受け取るとはふはふと荒い息遣いで口の中に空気を通して冷ましながらカツレツを頬張り始めた。


「ちょっと心配しとったよ、お前さんがこの死者の街から出て行って帰ってこないんじゃないかと」 

「やっぱり、死んだ者には心地いい住処ってのがあるのよ。あたしは、もう死んでしまったこの街が好きだ。お母さんには会えないけど、ゆったりと時が流れているし」



「おばあちゃんのカツもおいしいしね」



 カツレツをぺろりと平らげて衣のかすを頬につけながら、リースは死人に似合わない屈託のない笑顔を向ける。店主もそれに気のいい笑みで答えるのだった。







 そして、何もない真っ白だった部屋の中に一枚の写真が飾られた。


 写真には、リースと手を繋ぎながらにっこりと笑うフーの姿が写っていた。






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