王と王女
ローリータナベスタの東にある公園から西に約ニ十分の場所にある石橋を渡ると繁華街があり、その繁華街を抜け、更に徒歩十分程の距離に大きな門があった。
その門の左右には衛兵らしき少女が立っている。
身長は小さく顔つきも幼い。
この国には男性が居ないのか、繁華街でも女の子しか目につかなかった。
涼とクララはお偉いさん――この国を取り仕切っている実質、王女のような人物――に会う為に城に向かっていたのだが、男性を連れている所為か周りの視線がクララと涼本人に刺さる。
クララは特に気にしていない様子だが涼にとっては厳しい状態だった。
というのも世間の目が厳しかった以前の世界での感覚がある為、幼女を連れて歩いているのを沢山の幼女に見られているというのは落ち着かないのだ。
幼女と言っても様々で、どこからどこまでを幼女と呼ぶのかは人それぞれだろう。
身長が低い、声が幼い、顔が幼いなど色々あるが、涼にとってはこの国の女の子は全員が幼女の部類に入る。
こんな状態が数十分も続けば精神的にキツいだろう。
城に着くまでクララと色々な話をしていた涼なのだが、周りの目が気になって大半の内容は頭に入っていなかった。
涼とクララは衛兵の少女に理由を話して城内に入った。
「な、なぁ……」
「なに?」
「城には着いたけど、よく平気だったな……」
「何のこと?」
クララは気にしていなっかたのではなく気付いていなかっただけのようだ。
「何って……俺達、かなり見られてたよな?」
そこでやっと気が付いたのか、クララは立ち止まって「あ~」と首を縦に振った。
「そりゃね、独身のわたしが男性を連れてたら注目もされるよ」
クララはそれだけ言って再び長い廊下を歩き始めた。
クララにとってはそれ程気になることでもないようだ。
その様子に涼は言葉が出なかったので、クララの後について歩き出した。
広い廊下を数分歩くと大きな扉が見えてきた。
それ程、この城が広いと言える。
その扉の左右にも衛兵の少女が立っていて、理由を話して中に入れてもらう。
すんなり通してもらえるところを見ると、かなり親しい関係のようだ。
中に入ると三十人くらいで座って食事が出来そうなくらいに長く大きなテーブルの一番奥に座る少女が涼の目に入った。
クララは部屋に入るや否や奥に座る少女に声をかけた。
「おーい。ロリちゃーん!」
クララは大きく手を振りながら呼びかける。
その声に反応して、テーブルの上の書類らしきものから顔を上げてクララの方を見た。
「クララか。今日も相変わらず騒がしいな」
ロリと呼ばれた少女はクララの明るく元気な声とは対照的に落ち着きを放った凛と透き通るような声をしている。
髪は光沢のある艶やかな黒の長髪で腰辺りまで伸びていて、頭には斜め左に黒い薔薇のコサージュが付いたヘッドドレスを着けている。
服はプリンセスラインのスカート部分がフレア状になっている、黒を基調とした姫袖のドレスに身を包んでいる。
ドレスには沢山のフリルがあしらわれている。
所謂ゴスロリドレスだ。
「それと、私をその名で呼ぶなと毎回言っているだろう。私の名前はドロレスだ」
ドロレスと名乗った少女は溜息混じりにクララに言う
「良いじゃない。可愛いんだから」
ドロレスはその言葉に再び溜息を吐いた。
「それで? 私に何の用だ? 隣の男の事か?」
ドロレスはそう言いながら涼の方へ目を向ける。
「うっ……」
ドロレスのすべてを見透かすような瞳に涼は固まる。
クララはドロレスに涼との経緯を話した。
「成る程。異世界から来たのか。リョウと言ったな。話を聞いた限りでは君は以前居た世界で結婚していなかったのか?」
「ああ。する相手も居なかったし、そんな機会も無かったからな」
「元の世界に戻る気は無いのか?」
「今のところは無いな。こっちのがいいし。色々と」
「不思議な奴だな」
ドロレスは少し微笑む。
そしてドロレスは筆を走らせ紙に何かを書いていく。
書き終わると封筒に入れて、それを涼に差し出した。
「何これ?」
「簡単な手紙だ。これをコーレンス王国の王、リオンに渡してくれ。度々、争奪戦をしている国だからな。クララから聞いていると思うが争奪戦への参加と結婚がしたいなら国籍と住民登録が必要だ。この手紙を渡せばリオンがすべてやってくれるだろう」
涼は受け取った手紙を上着のポケットに仕舞った。
それからクララにコーレンス王国に連れて行ってもらうことになった。
コーレンス王国はローリータナベスタの北東約四十キロの地点に位置する小規模の王国だ。
国民の数は二万人程度しかいない。
元々はもう少し少なかったのだが、何度か行われている争奪戦でお持ち帰りされた女の子達が居る為、国民の数は少ずつ増えている。
流石に徒歩では疲れるので天馬車――ペガサスが引く、空飛ぶ馬車――に乗って向かうことになった。
ペガサスという架空の生き物を初めて見た涼は興味深く観察していた。
その天馬車に乗り込んで約二時間程度でコーレンス王国に着いた。
涼は天馬車の中でクララにコーレンスのことや国王について色々と聞いていた。
国王のリオンはドロレスに想いを寄せているらしく彼女の言うことなら喜んで聞くという。
だから、ドロレスは涼に手紙を渡したのだ。
コーレンス王国の入り口で天馬車から降りた涼とクララは要件を門の前に居る衛兵に話し、入国した。
度々、争奪戦を行っている国だけあって入国は簡単にさせてもらえた。
門を潜ると大きな噴水のある広場があり、その広場から北、東、西の方向に道が伸びている。
そこから各方面に行けるようになっている。
国王がいる城は北西にあるので涼とクララは西に伸びる道を歩いていく。
道なりに進んでいくと城の門が見えてくる。
西の道は住宅街らしく国民の家が数多く立ち並んでいる。
この国の男性は以前の世界の男性と変わらず筋肉質の人やスラッとした体型の人など色んな人がいる。
身長も普通で女の子のように小さくはない。
城までの道中でクララはこの国の男性や元はローリータナベスタに居た少女達に話しかけられる。
クララはこの国でもよく知られているようだ。
「クララちゃーん! 絶対結婚しようねー!」
「頑張ってね~♪」
「クララあああああ!!! 俺と結婚してくれえええええ!!!」
「ならわたしに勝ってお持ち帰りしてね~♪」
「何!? クララちゃんは俺のだぞ!」
「いや! 俺のだ!」
「喧嘩しないでね~」
「「はい! ていうかその男誰!」」
指差された涼はビクっと身体を強張らせる。
「リオンさんの所に連れて行くの。暴力はダメだからね」
「「はい!」」
一瞬、涼に矛先が向きかけたがクララに声をかけた男性二人はクララの言葉に素直に従がった。
涼はふぅ……と安堵の溜息を漏らした
その後もどちらがクララと結婚するかなどと言い合っていた。
その二人の他にも色々な男性から声をかけられていた。
その大半が結婚してくれというものだが、中には「クララたん踏んで! 罵って!」などと危ない発言をする人も居た。
どんな世界でも変態は居るんだなと思う涼であった。
そうこうしている内に城の門までやってきた。
クララを見た門番が近寄ってきた。
「これはクララ様。リオン様に何かご用件でしょうか?」
「そうなの。ロリちゃんからリオンさん宛てに手紙を預かってるから渡しに来たの。隣の男の人についてのね」
「そうでしたか。ではお通り下さい」
門番の男性に通され城内へ入る。
城の中に入ると大きなシャンデリアが吊るされており、床も大理石のようなもので創られていて、とても豪華な雰囲気を醸し出していた。
中央の大きな階段を上り更に奥の部屋へと進んで行く。
迷わずリオンの所へ向かうあたり、何度も訪れているのだろう。
「な、なぁ」
「なにかな?」
「簡単に城の中に入ったりしてるけど、クララって一体……」
先を行くクララに涼は疑問を投げかけた。
「わたし、ロリちゃんと昔から仲が良いからね。その繋がりでリオンさんとも結構会うんだよね。争奪戦だってしてるし」
「成る程」
「ここだよ」
道中、結構入り組んでいるように感じたがクララについて歩いていた涼はほとんど覚えていなかった。
ここで一人になったら絶対に城から出られそうになかった。
クララが大きな扉を両手で押して開いた。
部屋の奥に玉座が見え、玉座に一人の男が座っていた。
半袖のTシャツのような服とジーンズのような服に身を包んだ国王とは思えない姿だった。
柔らかく優しい雰囲気を纏った銀髪の男は部屋に入ってきた涼達を確認すると玉座から立ち上がった。
「やっほー。リオンさんこんにちは~」
「おや、クララさんではありませんか。今日はどうされたのですか?」
リオンとクララは軽く握手を交わし親しげに話をする。
「これ、ロリちゃんからリオンさんに」
「ドロレスさんから私に手紙ですか! 恋文でしょうか!」
「いや、それは無いよ」
リオンとクララの会話について行けず完全に蚊帳の外になっている涼。
「そうですか……。では何でしょうか? 見知らぬ方も居るようですし」
クララから手紙を受け取り中身を確認するリオン。
手紙に目を通したリオンは「成る程。解りました」と言って涼とクララを玉座がある部屋の左側にある部屋へと案内した。
そこには十人程が座れるテーブルと椅子が何脚かが並んでいるだけの狭い――と言っても一般的な家庭と比較するとかなり広い――部屋だった。
涼は適当に座るよう促され入ってすぐの向かって左側の椅子に腰を下ろした。
続いてクララがその左隣に腰を下ろした。
足が着かないのでリオンが椅子を引いた。
椅子に両手をついて足をブラブラさせるクララの姿はとても愛くるしく抱きしめたい衝動に駆られそうになる。
そして最後に涼の向かい側にリオンが腰を下ろした。
「ドロレスさんの頼みとなれば断れませんからね。戸籍や住民登録は私がすべてやりますので、あなたはこの紙にサインして下さい」
そう言ってリオンが涼の前に差し出したのは、この国に関してのことや、その他諸々が書いてあった。
正直読むのは面倒だった涼は適当にサインした。
「ありがとうございます。あなたの住む場所はすぐに手配致しますので暫くお待ちください」
リオンが涼のサインした紙をズボンのポケットに仕舞い込んだ。
「リオンさん、わたしお腹空いた」
クララはまるで自分の家のように寛いでいるようだった。
「そうですね。丁度お昼の時間ですからね。食事を用意させましょう」
涼とクララはリオンの城で食事することになった。