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第八話 それぞれの家族

「あの嗣治さん、ちょっと気になることがあるんですけど」


 とうてつの指定席となりつつあるカウンター席で夕飯をつつきながら向こう側で片づけをしている嗣治さんに声をかけた。


「なんだ?」

「この前、そこで魚屋の若旦那さんとすれ違ったんですけどね、なんだか物凄いガン見されたんですが」


 ガタンと不自然な音を立ててお皿が置かれた。隣にいた徹也さんが何故か驚いた顔をして嗣治さんを見ている。ん? どうしたの?


「まさか、お前、まだ……?」

「え、いや……」


 なに? 二人で何の話をしているの? 暖簾を下ろしてきた籐子さんに徹也さんがなにやら囁くと、籐子さんも最初の徹也さんと同じ反応をした。え、ちょっともしもし、私だけ話が見えないんですけど。どういうことなんですか? 私がガン見されるのって何か聞くのが怖いような理由があるんですか?


「なんなんですか? 魚屋さんがどうしたんですか?」


 嗣治さんは何故か徹也さんと籐子さんに助けを求めるような視線を投げかけているんだけど、二人は溜息をついてそんな彼に背中を向ける。あら、なんだか見放されたみたいですよ嗣治さん。そんな二人の背中を暫く見詰めていた嗣治さんは大きな溜息を吐いてこちらに目を向けた。


「……だ」

「は? 聞こえません、なんて言いました?」

「実家、なんだよ」

「誰の?」

「俺の」

「は?」

「だから魚住は俺の実家なんだ」

「はあ?!」


 お箸で掴んでいた冷奴が器の中に落ちた。いま嗣治さん何て言った? 実家? 実家と言いましたか貴方!! 実家ってあの実家のことですよね?


「たまにお店が開いている時に前を通りましたよね? 何度か一緒に魚も見ましたよね?」


 でも全然そんな素振りなんて見せなかったじゃない? それどころか魚屋さんの御主人なんて碌に嗣治さんと話そうともしないから、私は密かに無愛想な人だなあとまで思っていたんだよ?! なのに身内なの?! もしかして御主人がお父さん?! そんな話ぜんぜん聞いたことないんですけど!


「あの、もしかして仲が悪いとか?」

「飯、おかわりするか?」


 図星なのか……。


「いえ、もうお腹いっぱいです。でもせっかく近くに住んでいるのに勿体ないですよー?」

「色々あるんだよ、他人には分からない事情っていうのが」

「そうなんですか?」


 そう言えば二人で話をしている時も家族の話なんて出たことなかったもんね。まあ私が話を振らないせいなのかもしれないけれど。でも勿体ないよ、せっかく家族がこんな近くに住んでいるのに仲が悪いなんて。あ、でも近くに住んでいるってことは嗣治さんも本音では仲良くしたいとか思っているのかな。それに確か魚屋さんが主催するお魚の解剖を徹也さんと嗣治さんがやってるし、本当に仲が悪かったらそんなことはしないよね。


「そういうモモだって家族の話なんてしないじゃないか」

「え? まあそうなんですけど……」


 ふむ……と考える。


「嗣治さん、うちの家族に会いたいです?」

「?」

「明日のお休み、一緒に会いに行きますか? 嗣治さん遅出ですよね確か」


 徹也さんと籐子さんが何やら後ろでニヤニヤしている気がするんだけど、きっと二人が考えているようなことじゃないと思うよ?


「いいのか?」

「仕事が始まるまでには戻ってくれるようにするので、一緒に行きましょう」



+++++



「モモ、ここ寺……」


 次の日、迎えに来た嗣治さんを連れて行ったのは市外にあるお寺。


「うちの家族、ここにいるんですよ」

「実家が寺なのか?」

「まさか。あ、ちょっと待ってて下さいね」


 そう言ってお寺の近くにある花屋さんに向かう。ここに来る時は必ず立ち寄る場所だ。そこでお花を買うと困惑した顔をしている嗣治さんのもとへと急いで戻った。そのお寺は保育園もしていて普段は子供たちの賑やかな声で溢れているんだけど今日は土曜日ということもあって静かなものだ。



 西脇家之墓



「私の家族、皆ここにいるんです」


 枯れたお花はいつもお寺の奥さんが片づけてくれるので買ってきたお花を供えると手を合わせた。


「私が家族の話をしないって嗣治さんは言ったでしょ? あれはしないんじゃなくて出来ないんですよ。だって思い出なんて無いから」


 物心ついた時には既に施設での生活にすっかり馴染んでいて、周囲も家族のいない子や事情があって離れて暮らしている子ばかりだったからそれほど寂しいとかいう感じなかった。ただ自分の家族ってどうしていないんだろうって疑問には思っていたけど。


「どうして一人だけに?」

「原因不明の交通事故だったらしいです。大きくなってから新聞とか調べてみたんですけど、急にコントロールがきかなくなった車が突っ込んできたとかで。相手も亡くなって結局は良く分からないままになっちゃったみたい」

「両親だけ?」

「いえ、姉もいたみたい」


 事件当時、私はまだ母親のお腹の中にいて産まれてもいなかった。母親は即死を免れたものの重体で病院の搬送先で帝王切開で私が産まれた直後に息を引き取ったとか。不思議なことに両親に親戚はいなかったようで、私は施設へと引き取られた。里親や養子縁組なども検討されたらしいんだけど何故か最後まで話がまとまることはなかったそうだ。んー……先生が言うには私って難しい子だったらしい、覚えてないけど。


「だから、せっかく家族があんなに近くに住んでいるのに仲が悪いなんて勿体ないって思うんですよ? 家族は大事にした方が良いです。そりゃ仲が悪いんだったら難しいとは思いますけど、あとで後悔するようなことになったら悲しいでしょ?」

「んー……」


 ちょっと複雑な顔をして嗣治さんは唸った。


「ま、嗣治さんが嫌なら私、勝手に仲良くしちゃいますけどね。あそこのおばちゃんがどうして私の顔を見てニコニコしているのか謎も解けたわけですし」

「変なこと言うなよ?」

「言いませんよ~。だけど嗣治さんの家族なんだから少しぐらい愛想良く振る舞ってもバチは当たりませんよね? ああ、分かってますって。気を回して仲介役を買ってでるなんてことはしませんから」


 たまにお店の前を通りかかると、御主人夫婦と若旦那さんのところのお子さん達が賑やかに喋っているのを見かける時がある。嗣治さんはそういう家族の輪の中に入らなくて寂しくないんだろうか? そんな疑問を嗣治さんの方も抱いていたみたいで、帰りの電車の中で聞かれた。


「家族がいなくて寂しいとかないのか?」


 その問いは何度か他の人にも投げかけられたことはあるんだけど、私の答えはいつも変わらない。


「最初から居なかったからそれが普通になっちゃってて寂しいとかそういうのはないかもです。周りも同じような境遇の子が多かったですしね」


 あ、でも施設で育った子は大きな意味で家族で兄弟姉妹みたいなものなので、そういう意味では大家族なんですよ?と付け加えると、何故か嗣治さんは私の手を握ってきた。わあ、恥ずかしいですよ、電車の中で手を握るなんて。ほら、あそこのおじさんが何気にこちらを見て虚ろな顔してます。昼間から社畜のおじさん(勝手に決めつけ)に見せつけるのは可哀想ですよ?


「俺がモモの家族だから」

「……え、それってどういう意味で言ってます?」

「言葉通りのそういう意味で」

「それは嬉しい申し出ですけど、それよりも実家の御家族と仲直りするのが先だと思いますよ?」


 あ、ガックリと項垂れちゃった。

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