第四話 桃香と桃缶 side - 嗣治
横で自分の指示通りに下準備をしている桃香の様子を伺いながら、魚をさばく作業の続きにかかった。しばらく桃香の様子を見ていてあることに気がついた。
「もしかしてモモ、料理は出来るのか?」
「できますよ。私だって今までずっと大豆バーで暮らしていたわけじゃないですし」
「そうか。ってことは、もしかして魚もさばける?」
「えっと、一度やるところを見せてもらえば多分」
だが出来たとしても最初に話していた食事があれだからな。しかも桃缶だけで夕飯を済ませてしまうような可能性もあるんだ、料理が出来る=正しい食生活をしている、ということではなさそうだ。
「あ、でも、きっと魚はさばかない方が良いような気がします」
「どうして」
「きっと研究所で証拠物件を刻んでいるみたいな雰囲気になると思うから」
「刻むことがあるのか?」
「ありますよ。繊維とか調べる時には細かく刻みますし、DNA鑑定の場合も同じで色々なものを」
「へえ。口、開けて」
「?」
俺に言われて素直に口を開けるあたりが警戒心が無いというか何と言うか、警察関係者とは思えん。呑気に開けられた口に種を取り除いた梅干を放り込む。
「すっぱっ!」
梅干だからな、そりゃ酸っぱいだろう。
「それ、昌胤寺の庭に咲いている梅の木の実で作ったんだ」
「え?! ってことは手作り?」
「ああ。毎年実がなっても捨てるしかないって若奥さんが嘆いていたから、じゃあ梅干を作らせてもらえませんかってことで。モモに渡している弁当のおむすびにも入れてるだろ?」
「梅干って作れるんだ……」
「けっこう手間もかかるんだが概ね好評だ」
そう言いながら尋ねられたので作り方の手順を話した。その間にも桃香は梅干が気に入ったようで、横から手をのばして広口の瓶に入っているのを一つ摘まんでいく。珍しいこともあるもんだ、普段はこちらから言わなければ食べることすら忘れている桃香から手をのばしてくるなんて。
「お店にも出してるんですか?」
「いや。店に出すほどの量じゃないから個人的に知り合いに分けてるんだ」
「私、貰ってませんけど……」
ちょっと拗ねた口調で呟くと、乱暴な手つきですり鉢に豆腐を放り込んで混ぜ始めた。おいおい、そんなに力任せに混ぜるんじゃない。
「モモは弁当に入れてるからいいだろ? もう少し丁寧に混ぜろ」
「わかりましたー」
分かりやすいと言えば分りやすいが何なんだ、その棒読み口調は。
しかし徹也さん以外の人間とこうやって並んで料理をするというのは不思議な感覚だった。それが桃香だから尚更のこと。初めて会った時から不思議と馬が合うというか彼女と話していると落ち着くというか。徹也さん曰く凸と凹でお互いにピッタリな相手なんじゃないか?とのことなんだが、今迄に付き合ってきた女と比べるとかなり桃香は毛色が違うように思う。可愛らしいことは確かだが好みと相性とは別物ということなんだろうか。
そう言えば以前に付き合った相手で自称料理好きとかいう女が、こうやって並んで台所に立つと貴方の方が上手だから気まずいとか何とか言って俺が料理をするのを嫌がったていたなと思い出す。上手なのは当然じゃないかこっちはプロを目指してるんだからと言ったら、すごく傷ついたとか言ってそれっきりになったっけ。その点、桃香は俺が料理していても文句を言わないしむしろ喜んで食べている。……まあ煩く言わないと昼飯を食い忘れることが未だにあるみたいだが。
「あのですね、嗣治さん」
「んー?」
「私みたいに女子力ない女って男からしたらハズレ物件なんですかね」
いきなりな質問で何と答えたら良いか正直困った。
「そんなこと言われたことがあるのか?」
「私、こう見えても仕事ではそこそこ優秀なんですよ。でもね、仕事は出来てももうちょっと女の子らしい女じゃないと付き合うのはねって言われたことが何度かあって。そんなこと言われちゃうとやっぱり私ってハズレ物件なのかなって思っちゃうわけです」
炊き上がったコンニャクや下準備をした野菜をすり鉢へと放り込みながら呟いている。
「女の子らしい女というのが何を指しているかにもよるが、相手はなんて?」
「えっと、手料理とかイベントとかそういうやつ?」
「作って食べさせたことはないのか?」
「ありますよ。美味しいとは言ってくれました。でも何ていうか家庭的な感じじゃないって」
「ふーん、他の男に食べさせたことがあるのか手料理」
そりゃ桃香の歳を考えれば付き合った男がいてもおかしくはないのだが、それが何となく面白くないと感じる自分に少し戸惑った。
「え、反応するのはそこですか?」
「俺は桃香に作ってばかりで、桃香の手料理なんて食べさせてもらったこと無いなと思っただけだ。相手は多分お袋の味みたいなのを期待していたんじゃないか? それとイベント、たぶんクリスマスとかその辺のことを言っているんだろうが、もっとはしゃいで欲しかったとか」
「ああ、そういうことなんですね。ってことはやっぱり私ってハズレ物件かも。こっち出来上がりましたよー。どの器に入れるんですか?」
それってどういう意味だ?って尋ねる前に桃香が白和えを入れる器を探し始めたので食器棚から出して渡してやった。
+
「いただきまーす」
「どうぞ召し上がれ」
いつものように両手を合わせていただきますをして箸をとる桃香を眺めながら自分も箸を手にした。
「なあモモ」
「なんでひょー?」
きゅうりとしらす干しで作った簡単な混ぜご飯を頬張りながらこちらに目を向けてきた。
「さっき言ってたやっぱりハズレ物件かもってどういう意味だ?」
「そんなこと言いましたっけ?」
「言った」
「んー……あ。つまりですね、私、相手が望むお袋の味もイベントの楽しみ方も知らないので、相手の望むようには出来ないってことです。私にとってお袋の味ってのはテレビの中でしか見たことのないものだし、イベントは年中無休みたいな仕事のせいで特定の商品が売られている日みたいな感じになっちゃってるし」
「なんだそりゃ」
「まさに、なんだそりゃ物件なわけです。だから、長いこと関わってると嗣治さんもきっと呆れちゃって変な奴だって思うようになりますよ。あ、今でも十分に変な奴か」
アハハ~と笑いながらいわしを一口食べて美味しい~と喜んでいる。
「それってさ」
「ふぁい?」
「俺と本気で付き合うつもりはありませんっていう牽制?」
「うぐっ」
俺の言葉にむせそうになって慌ててお茶に手をのばす桃香。
「あのな、好きでもない女に毎日のように弁当をかいがいしく作る男なんていないだろ」
「でもそれって男女逆でおかしいとか思わないんですか? さっき私の手料理を食べさせてもらってないとか言ってましたよね?」
「それは事実を言ったまでで、別にモモが料理を作るのが苦手なら無理して作ってもらわなくても良いし、料理は俺の得意分野なんだから俺が作れば良いんじゃないかって思ってる」
「そうなんですか……」
「それとイベントに関しても俺はそれほど重要視してないから気にはならない」
そのせいで付き合っていた女に文句を言われたことすらあるのだから。
「どうしても気分を味わいたいって言うならクリスマスぐらいケーキを焼いてやるぞ?」
「ケーキ、焼けるんですか?」
「一応は。だけどケーキはやはり本職の人に作ってもらうのが一番だよな。トムトムで予約しておくのが一番だと思うが。なんだ、そのあからさまなガッカリ顔は」
「ちょっと期待したから。だけどそうですよね、年末なんて居酒屋さんは繁忙期で大変ですよ、ケーキを焼いてる場合じゃないです」
稼ぎ時じゃないですか私にケーキ焼くより居酒屋さんのお仕事の方が大事ですよと、一人で納得している桃香を見ていると何となく物悲しい気分になるのはなんでだろうな。それと同時に無性に甘やかしたくなる衝動が起きるのもちょっとした驚きだ。
「モモさ、もうちょっと我が儘を言っても良いと思うぞ?」
「我が儘、ですか?」
「ああ。こういう時は、嗣治さんの焼いたケーキが食べたいんですって言えばいいんだ」
俺にそんなことを言われて困った顔をしている。
「でも私、トムトムさんのブッシュ・ド・ノエルも捨てがたいです」
「……ああ、そうかい」
まさかトムトムのケーキに嫉妬を感じる日が来ようとは。
「あ! 別に嗣治さんが作ってくれたケーキを食べたくないわけじゃないんですよ? えっとほら! 去年とかトムトムさんの前を通ったら写真が貼ってあって、美味しそうだなーって」
「へえー」
「あのー……白和え、美味しいです……」
「それはモモが作ったんだろ?」
「……」
俺がヤキモチ妬いてどうするんだって話だよな。本当に男女逆転している気がしてきた。
とにもかくにも、このちょっと風変わりな食生活をしているお嬢さんのことがいつのまにか大事な存在になっていたのだから人生というのは分からないものだ。