表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桃と料理人 - 希望が丘駅前商店街 -  作者: 鏡野ゆう
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/55

第四十七話 手作りじゃないけれど

「桃香ちゃん、今年のバレンタインはどうするの?」


 そんなことを急に菅原さん達に尋ねられてお茶を飲もうとしていた手が止まった。


「どうするって何がです?」

「旦那さんにチョコレート、あげるんでしょ?」

「私、普通にデパ地下で買ったものになると思いますよ」

「そうなの? てっきり手作りとかしてるんだと思ってた」

「料理人の旦那さんに手作りチョコを贈るだなんてそんな恐ろしいこと出来ないですよ」


 以前にケーキ作りに挑戦したことがあるからだと思うんだけど、さすがに仕事の合間に手作りのバレンタインチョコ作りは無理無理、絶対に無理。今だってご飯の用意をする時は嗣治さんに色々と教えてもらいながらしているのに一人でこっそりチョコレートの準備なんて絶対に無理!! だってなにか不測の事態が起きたらどう対処して良いか分からないんだもの。もしチョコレートがお鍋の中で焦げちゃったらどうするの? こっそりとお鍋、買い換える? どう考えてもやめておいたほうが世のため人のため、嗣治さんのためだと思う。


 世の中の流れはどうなのか知らないけれど私は無理せず大人しくデパ地下で美味しそうで可愛いチョコレートを選んで渡すって決めている。それが一番無難な感じだし売られているこの時期限定のチョコレートをあれこれ見るのもそれなりに楽しいから。それに大事なのは気持ちだもんね? 別に手作りじゃないからって気持ちがこもってないとかそんなことないし、それは嗣治さんも分かってくれていると思う……多分。



+++++



 そして今年はお腹に赤ちゃんがいることもあるから人混みで押し合いへし合いな行列には巻き込まれたくはなくて、少し早いけどバレンタインの三日前に仕事が休みなのを利用して早い時間にデパ地下を訪れた。今はまだそこそこ混んでいるかなって状態だけど、これ、前日の夕方になったら凄いことになるんだろうな……そんなことを考え似ながらショーウィンドウの中を覗き込む。毎年迷っちゃうんだよね、高けりゃ良いってものでもないし、だからと言って嗣治さんは料理人だから味にはきっと煩いだろうし……。私が貰うなら正直言ってお菓子メーカーの板チョコでも良いんだけどな。


「あ、これ可愛い」


 とある一角に飾られていたチョコレートコーティングされた動物たちの行列に目が止まった。これって売り物? 値段、書かれてないよね、もしかして一個ずつの別売りなのかな、それとも飾っているだけなのかな……。


「あの、この動物の行列なんですけど……」


 奥でリボンを箱に巻いていたお姉さんに声をかける。


「はい、なんでしょう」

「このチョコレート細工の動物なんですけど、これって売り物なんですか?」

「ああ、それですか。そこに飾ってあるのは見本なんですけど、それ予約注文で作るバレンタイン用のチョコ細工なんです。もしかしてお客様、予約されたいとか?」

「バレンタインまで三日しかないんですけど今からでも大丈夫なんですか?」

「予約は昨日までだったんですけどね、ちょっと待ってもらえますか、お店の方に確認取るので」


 お姉さんはエプロンのポケットから携帯電話を取り出して電話をかけると誰かとお話を始めた。なんだか仕事の邪魔をしちゃったみたいでちょっと申し訳ないかな……。もし駄目だったとしても仕事の手を止めてしまったお詫びにここのチョコにしよう。可愛い動物達の横にあるキューブ型の生チョコも美味しそう、普通のチョコとホワイトチョコが市松模様になるように箱に詰められていて見た目も面白い。あ、でもこっちのストロベリーとホワイトの市松模様も可愛いな。


「お客様」

「あ、はい。すみません、お手間を取らせてしまって……」

「いえいえ。いま店舗の方に確認したら一セットぐらいなら追加注文を受けて付けるということなので、期間外ですが予約受け付けることが出来ますけど、どうされますか?」

「是非お願いします!」


 半分諦めていたから凄く嬉しい。ワクワクした気持ちのままでお姉さんが持ってきた予約表に名前と連絡先を書く。自宅に送りますよとのことだったんだけどお届け予定日の十四日は私は仕事で夜まで不在だし、そうなると下手したら嗣治さんが受け取ってしまうかもしれないので本当は私物を職場に送り付けるのは良くないんだけど守衛室止めで送ってもらうことにした。お姉さんは送り先が科捜研だと知ってちょっとびっくりしたみたい。明日、職場に行ったら守衛室のおじさんに受取りをお願いしておかなくちゃ。


「ところで、この動物達、どうやって作ってるんですか?」

「ああ、それ、体の部分が色々な果物をチョコレートでコーティングしたもので、そこに耳や尻尾をつけたりして細工をしているんですよ。手作りなので大量生産できなくて予約制になったんです」

「へえ、じゃあ体はイチゴとかバナナとかそういうものなんです?」

「そんな感じです。何の果物かは食べてからのお楽しみってことで。ああ、もちろん闇鍋的なハズレは無いので安心して下さい」

「へえ、実物が届くのが楽しみです~」


 それだけ予約して帰るのも申し訳ないので市松模様に箱に詰められている生チョコを職場で配る義理チョコ用として購入することに。まあ所長や澤山君達に渡しても結局は皆でおやつに食べることになっちゃうんだけどね。捜査一課の芦田さん達には無し。ただどういう訳か皆でおやつを食べている時にひょっこり顔を出すことが多いので、きっと今回もそうなるんじゃないかな……ってことで少し多めに買っておこう。あと自分用にはオレンジ風味のチョコキューブを買った。あまり食べると太っちゃうしカフェイン摂取は注意しなくちゃいけないけどこれぐらいは大丈夫かな。



+++++



 そんな訳でバレンタインの当日、守衛さんのところに届いたチョコレートを持って家路を急ぐ。今日は嗣治さんの仕事がお休みの日。何処かで飯でも食うか?って出掛ける前に言われたんだけど家が良いって返事しておいたからきっと今頃は夕飯の準備をしてくれている頃だと思う。……考えてみると嗣治さんって本当に私には勿体ない旦那さんだよね、休みの日でもそうやってご飯の用意をして私のこと待っててくれるんだもの。


「ただいまー!!」


 玄関に入ると美味しそうな匂いが漂ってきた。んーと、これはビーフシチューの匂い。ってことは嗣治さんは朝からコトコトとお肉を煮込んでいたってことなんだよね、さすがプロの料理人。そして私のお腹は正直でシチューの匂いを嗅いだ途端にグーッて鳴った。お口の中が既にお肉になっているよ……。


「お帰り。なんだか御機嫌だな」

「うん、嗣治さん、これ!!」


 紙袋から出したのは可愛いハート模様の包装紙でラッピングされたチョコレートの箱。中に入っているチョコレートが丸くて立体的なものが多いのでいつもより箱が大きいから嗣治さんも箱を見てちょっと驚いたみたい。


「お待たせしました、バレンタインのチョコレートでーす!」

「なんか今年の箱は大きくないか?」

「うん。中味を見たらどうしてか分かるよ。今から開ける?」

「モモが着替えている間にシチューを温めておこうと思ってるんだが……」


 つまりは夕飯を食べた後、下手したらお風呂入った後に開けようかなってことらしい。そう言えば去年も渡した箱を開けたのは寝る間際だったっけ。


「じゃあチョコ見るのは後で?」

「なんでそんなにガッカリした顔をしてるんだよ」

「え、だって私も見たいかなって」

「見てないのか?」

「見本は見たんだけど、実際のチョコはまだ見てないの」

「つまりは俺に食べて欲しいとか見て欲しいと言うよりモモ自身が早く見たいと……」

「も、もちろん嗣治さんにあげるのがメインなんだよ、バレンタインだし! だから嗣治さんが見たい時に見れば良いと思う、うん」


 慌てて反論してみたけど嗣治さんはどうだかって顔をしている。うう、そりゃ早く実物を見たいけどさ……更には一個ぐらい味見したいかなあとか思ってるけどさ!!


「分かった分かった。せっかくだから、今ここで開けよう」

「良いの?」

「だってここで開けておかないとモモが落ち着いて飯食わないからな」

「そんな子供みたいなことしないよ」

「いや、絶対に落ち着いて食べないから。ほら、こっちで開けるぞ」


 そう言ってリビングの炬燵のところに行くと嗣治さんは座ってラッピングされたリボンを丁寧に解き始めた。そう言うところも感心しちゃう。私は仕事では証拠品のことを超丁寧に扱うけど、自宅ではその反動かこういう包装されているものってあまり考えずバリバリ破いて開けちゃう人。ああ、別に嗣治さんがお爺ちゃんお婆ちゃんみたいにリボンや包装紙を溜め込んでいるってわけじゃないんだよ、ただ丁寧だってだけで。


「あまり聞かない店名だな、何処で買ったんだ?」


 包装紙に書かれた店名を見ていた嗣治さんがそう言った。言われてみれば私もこの前行った時に初めて見たお店だったかもしれない。


「駅前のデパ地下だよ。新しいお店かもしれない、私も今まで見た記憶がないし」

「ふーん。……こりゃまた面白いのを買ってきたんだな、モモ」


 箱の中は甘い香りのするちょっとした動物園。ただのチョコレートを入れた箱ではなくて仕切りも動物園みたいな檻の模様になっていたり箱の中が草原みたいな絵が描かれていたりとなかなか凝ったもので、チョコしか見ていなかった私としてはちょっとビックリ。とにかく今まで私はチョコレートをなめてました、ごめんなさいって感じで凄いよ、これ。


「まさか箱の中までこんなになってるとは思わなかった」

「そうなのか?」

「うん。私が見たのはウィンドウに並んでいるチョコだけだったから」

「そうなのか。しかしこれ、食べるの勿体ないな」

「食べなきゃもっと勿体ないよ?」

「確かに。食べるのは後でも良いんだよな?」

「うん、見れただけで満足」

「じゃあさっさと着替えて来いよ。飯、温めておくから」

「はーい」


 着替えながらさっきのチョコで嗣治さんの職人魂に火がついたりしないよね?とか思った。だって私が作ったモモニャンシールでキャラ弁まで作っちゃう人だよ? もしかしたら今回の動物のチョコレート、自分でも作れるか?なんて考えているんじゃないかな。それはそれで楽しみかもしれないなあ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ