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桃と料理人 - 希望が丘駅前商店街 -  作者: 鏡野ゆう
本編

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第四十六話 千堂家伝統の?

 節分の日、千堂家に遊びに行くと姪っ子の涼香ちゃんが居間で豆撒き用のお豆の他に自分達が食べる用のお豆を数えていた。自分の歳プラス一個のお豆を食べると体が丈夫になって風邪をひかないってことで去年も千堂家に遊びに来た時に食べなさいって渡されたっけ。あまり食べ過ぎるとお腹壊しそうだなって密かに思っていることは内緒。


「桃香ちゃん、お豆幾つだっけ?」

「うーんと二十五個」

「……」

「本当だよ、まだ誕生日前だもん、二十四歳だからプラス一個で二十五個! 絶対に二十六個じゃないからね」


 そんな私の言葉に涼香ちゃんは笑いながら炬燵の上に置いてあったお豆を数えはじめた。皆どんどん歳が増えていくから数えるの面倒臭いんだよ……そんなことを言いながら涼太君は自分の分だけ取って早々にギブアップって言うかサボる気満々な感じ。なので今年は私と涼香ちゃんが皆の食べるお豆を数える係。それぞれのお皿に名前を書いたメモ書きを置いて、そこにお豆を入れていく。


「二十五も二十六も変わんない気がするけどなあ」

「そんなことないよ。涼香ちゃんもこの歳になったら分かるよ。たった一つが物凄く違うの」

「そうなの?」

「うん、そうなの」


 普段はそんなことないんだけどね。学校を卒業したと同時に一年の区切りが曖昧な感じになって自分の歳をたまに忘れる時もある。だけどこういう時だけは何故か拘りたくなるものなのよ、うん。


「そんなこと言ったらお爺ちゃんやお婆ちゃん達なんてどうなるんだか……」

「お誕生日のロウソクとか十の単位で一本とか言ってるじゃない。あれと同じじゃ?」


 確かお父さんとお母さんのお誕生日のケーキのロウソクは十の単位のロウソクがちょっと長かったような気がするし。あんな感じじゃダメなのかな?


「来年から大きなお豆、買ってこようか……」

「いっそのこと豆大福でも良いんじゃないかな」

「だけど豆大福六個も食べられないよ、いくらなんでも」

「あ、そっか。じゃあ篠原さんちの枝豆豆腐とか」

「桃香ちゃん、それ既に豆の形してない……確かに元は大豆だけど」

「ダメかあ……あ、櫻花庵さんの豆入り煎餅は? あれだったら六枚ぐらい食べられるかも!」

「うーん……豆まきからどんどん離れていく気がするよ」

「……お豆絡みのものを食べれば良いんじゃないの?」

「いやー……この豆じゃなきゃ意味ないんじゃないかな、豆撒きって言うぐらいだし」

「そっか。やっぱり面倒臭いけど数えなきゃダメなのね……」


 仕方ないなあ……と呟きながら家族全員が食べる分のお豆を振り分ける作業に戻った。とは言うものの私はお昼ご飯を御馳走になるだけでここではお豆は食べないんだけどね。これを食べるのは家に戻ってから。嗣治さんが帰ってくるのを待ちながらテレビを見つつポリポリ、かな。


「ところで今年は豆撒きしないの? 去年は数える前に盛大に撒いてたよねお庭で」

「あー……うん、今年は何だか撒かないみたい」

「なんで? お庭に大豆の芽でも出た?」


 炒った豆だから発芽はしないと思うんだけど万が一ってこともあるよね、世の中には不思議なことがたくさんあるみたいだし。


「それがね、嗣治兄ちゃんがね、部屋で豆を撒いたら桃香ちゃんが豆踏んで足を滑らせたりしたら危ないからダメだって」

「えー……?」


 そりゃ確かに去年も“福は内”で部屋にもお豆を撒き散らしてはいるけど後でちゃんと掃除機で吸ってたじゃない。だいたいお豆を踏んだぐらいで転ぶことなんて無いのに嗣治さんってば心配し過ぎ。


「心配し過ぎだよ。せっかくの豆撒きでお豆を撒かないなんてつまんないじゃない」

「だけど、うちのお父さんもお母さんが妊娠中に同じこといって豆撒き禁止になったんだよ。だから我が家ではこれで三度目の豆まき禁止令」

「えー? 兄弟そろってなの?」

「みたい」


 顔だけじゃなくてそんなところまで似ているのか、嗣治さんとお兄さん。ん?ってことは……。


「まさかと思うけどお父さんもなのかな」

「お爺ちゃん? 豆を撒かないって話をしたら直ぐに納得したところをみるとそうなのかも」

「うわあ、千堂家の遺伝子ってば行動まで似ちゃうのか、凄いね」

「何が凄いって?」


 ノンビリした様子でお兄さんが居間に入ってきた。


「お爺ちゃん、お父さん、嗣治兄ちゃんがそっくりだって話」

「そりゃ親子だからな」

「だけど行動パターンまでそっくりみたいだよ」


 涼香ちゃんの言葉にお兄さんはちょっとだけ憤慨した様子。


「俺は爺ちゃんみたいなツンデレじゃないぞ?」

「ああ、それは分かる、お父さんは溺愛型だもんね。桃香ちゃん、嗣治兄ちゃんは?」

「え?」


 話を振ってこられてとっさに答えられなかった。嗣治さんがツンデレ型か溺愛型か? そんなこと考えたこと無かった。っていうか比較対象が無いから正直どっちだか分からないよ。


「んー……?」

「あれ、悩んじゃった……」

「あいつの場合は混合型な気がするけどな、俺は」

「お爺ちゃんみたいな感じじゃないと思うんだけど、お父さんみたいな溺愛型かって言われるとそうじゃない気がするね……」


 首を傾げている私のことを涼香ちゃんがニヤニヤしながら眺めている。


「でも桃香ちゃんが分かってないだけでベースは超溺愛型なんじゃないかって気がしてきた」

「まあ俺から見ても嗣治は溺愛型だろ。ただ桃香さんがこんな感じだから思うように出来なくてツンツンしているだけで」

「まさに混合型」


 親子二人でなに納得してるんだか。それに私がこんな感じって一体どんな感じ?


「桃香ちゃん、もっと可愛く嗣治兄ちゃんに甘えてみなよ。そうすれば千堂家伝統の溺愛ってやつを体験できるから」

「可愛くって……」


 これでも十二分に甘えているつもりなんだけどそれじゃあ足りないのかなあ。それに可愛く甘えるってどんな感じ? それが出来たとして急にそんなことしたら嗣治さんに頭おかしくなったとか思われない?



+++++



 その日の夜、テレビを見ながらお豆をポリポリ食べていると嗣治さんが戻ってきた。


「お帰り、嗣治さん。お豆もらってきてるよ」

「ただいま」


 リビングに入ってきた嗣治さんは何か言いたげな顔をして私のことを見下ろしている。


「なに?」

「まさかとは思うがモモ、それが晩飯代わりとか言わないよな?」


 そう言ってコタツの上にあるミカンとお豆を指さしてきた。どんだけ私の食生活が偏っていると思われているんだか、さすがにお腹に赤ちゃんがいるのにそんな訳ないじゃない!って突っ込みを入れる。まあ嗣治さんに会うまでは言われても仕方が無いような食生活をしていたら疑いたくなる気持ちは分からないではないんだけどさ…。


「いくら私でもミカンとお豆だけの夕飯なんてしないよ。今日はお母さんに持たせてもらったカレイの煮付けを食べたの。あ、もちろん言われてた豆ご飯もちゃんと炊いたし、カレイ、嗣治さんの分もあるよ」

「明日の昼に食うよ。モモ、風呂は入ったのか?」

「うん、さっき出たところ。今ならまだいい感じに沸いていると思うよ」

「じゃ入ってくる」


 お豆を食べ終わったので歯磨きのついでに嗣治さんについていく。歯磨きを始めながらドアの向こうにいる嗣治さんに声をかけた。


「嗣治さん、今年の豆撒きを禁止したんだって?」

「……ああ。だって豆を踏んで転んだら危ないから」

「それ、お兄さんもお姉さんが妊娠中に同じことしてたって知ってた?」

「そうなのか?」

「うん。でね、その時に涼香ちゃんと嗣治さんはお兄さんと同じ溺愛型なのか、お父さんと同じツンデレ型なのかって話になった」


 お風呂の中が急に静かになった。あれ? 何で無反応? 急にシーンとなったら心配になるじゃない。嗣治さん大丈夫?


「ねえ、聞いてる?」

「……聞いてる」

「お兄さんは混合型だって言っててお母さんとお姉さんは溺愛型だって言ってたけど、嗣治さん的にはどっちだと思う?」


 また無言で返事がない。歯ブラシをくわえたままお風呂を覗くと何とも微妙な顔をしながら嗣治さんが湯船に浸かっていた。


「聞えた?」

「聞えたよ。俺、モモを溺愛しているって見られていたのか」

「そうみたい」

「モモはどうなんだ? 俺はモモのことを溺愛していると思うか?」

「私、比較できるものが無いから分からなくて答えられなかった」

「だけど今まで付き合った男はいるだろ、そいつ等と比べてどうなんだよ」


 そんな不愉快そうな顔をして“今まで付き合った”なんて言わなくても良いのに。


「んー……そこまで印象に残るような長いお付き合いをしたことないから何とも言えない」

「そうか。別に今の状態が嫌じゃないんだよな」

「私?」

「ああ」

「全然嫌じゃないよ」

「じゃあ今まで通りで問題ないよな」

「まあね」

「なんだ、他にも何か言われたのか?」

「涼香ちゃんにはもっと可愛く甘えたらって言われた。そうしたら千堂家伝統の溺愛を体験できるよって」


 その言葉に笑い出す嗣治さん。だよねー、絶対に私が“可愛く甘える”なんて想像つかないよね。だけどちょっと笑いすぎだと思う。


「あ、ごめん、寒くなるから閉めるね」

「モモ」

「なあに?」

「俺はモモは今のままで良いと思ってるが、もっと甘えてくれても良いと思ってるぞ。それに“可愛く”が加わったら言うこと無しなんだけどな」

「なんでそこでニヤニヤするの」

「可愛い桃香なんてなかなか見れないからな」

「なんかその後が怖いから絶対に嫌だ」


 そう言いながらお風呂場のドアを閉めたけど中から嗣治さんの笑い声がしばらく聞えていた。うん、私の勘は絶対に当ってる、そういう笑い声だよ、間違いない。

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