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第四十五話 ゆく年くる年

 いよいよ年の瀬で今年も残すところ数時間。私の方はと言えば最近はお腹の赤ちゃんの胎動を感じるようになって、やっとお腹に赤ちゃんがいるんだっていうのを実感できるようになった。それまでは映像を見せてもらっていたから妊娠しているってのは頭では分かっていたんだけどイマイチ現実味が無かったんだよね。だからようやく妊婦さんの自覚が出てきました。自覚するの遅っ!!ってのが今の私の気持ちを話した時の嗣治さんの第一声。なんていうか返す言葉もないよ、うん。


 そして地元のニュースと言えば一押しなのが、ここを地元とする国会議員の重光先生が結婚したというニュースかな。お相手は商店街でもよく見かけられていた私設秘書の久遠沙織さん。政界財界では重光先生との姻戚を結びたいと虎視眈々な人達が多かったから、遠縁とは言え普通の家のお嬢さんってのが物凄く意外だってワイドショーでは言われていたっけ。


 ちなみに残念ながら私は片手で足りるくらいしか彼女を見かけたことがない。嗣治さんは先生と沙織さんが揃ってお店に何度か来た時に話したことがあるらしくって、嗣治さんだけズルイって言ったら仕方ないだろ?って言われた……。なんだかちょっとムカつく。


 で、私のムカつきは横に置いといて、婚約してからというもの彼女はマスコミに追い掛け回されて散々な目に遭っていたらしく、それは久遠さんが仕事をしている先生の事務所がある地元商店街も似たようなものだった。私と嗣治さんが今のマンションに引っ越してきた時も、あれこれマスコミの人がマンションに入ろうとして住人にしつこく頼み込んできたりして大変だったらしい。幸いなことにうちは私も嗣治さんも仕事で昼間は殆どいなかったからそういう被害には遭わなかったけどね。


 そんなわけで渦中の二人がやっと結婚したということで、これでマスコミが煩くあちらこちらに出現することもなくなって少しはここも静かになってくれるんじゃないかなっていうのが商店街自治会の見方。


 あ、余談だけど両家の名前入りで配られた紅白饅頭は凄く美味しかった♪


「来月は恭一君と京子ちゃんの結婚式だから、おめでたいことが続くよね」


 年越し蕎麦を食べながら呟くと確かになって嗣治さんが頷く。恭一君と京子ちゃんの結婚式は当初の予定から大幅に早まって一月入ってからの二度目の大安が日曜日ってことでその日に決まった。


 そんな急に日程を半年近く前倒しをして、しかも大安の日曜日なんて簡単に式場を抑えられるのかな?って普通は思うよね。それなのにその辺は何て言うか二人の日頃の行いって言うか運って言うか、もしかしたら何か不思議な御利益のお蔭なのか、とにかく予定していた式場には問題なく予約を入れることができて更には招待客にも欠席者が出なかったんだとか。世の中、不思議なことってあるもんだよね~って話。


「籐子さんちもいよいよだし、そういう意味でもこの商店街は益々賑やかになるね~」

「そうだな。うちも家族が増えることだし、あとは……次は誰が結婚するかって話で店の客が盛り上がってるぞ」

「また常連客さん達の間で話題になってるの? 本当にそういう話が好きなんだから」


 ちょっと呆れたって顔をしたら皆めでたいことが好きなんだよだって。まあ確かにおめでたい事がたくさんあるのは良いことだよ、その気持ちは分かる。来年はもしかしたら結婚ラッシュだったりして?なんて話がまことしやかに囁かれているぐらいだし?


 恭一君と京子ちゃんの次は誰だろう。暴走列車みたいになっている醸さんとか? あ、でもどうなのかな、篠宮さんちは順番的には吟さんの方が先なのかな? 今はそんなこと気にする人って少ないけど結婚の報告したのは吟さんが先だし、あそこの二人の力関係を考えると何となく醸さんが吟さんとテンテンちゃんのタッグに押し切られて折れる気がするんだけど……。いやいや、ここで暴走列車の本領発揮とか? 正直言ってどっちが先なんだろうってのは物凄く気になる、うん。


「ほら、お喋りは良いから。さっさと食べないと蕎麦がのびるぞ」

「分かってる~」


 色々と予想をあれこれ立ててニヨニヨしながら話していたら嗣治さんに注意されちゃった。私も最近じゃとうてつの常連さん達と大して変わらないかもしれない……。


 ところで私、嗣治さんと結婚してから知ったんだけど、年越し蕎麦って日付が新年に変わるのをテレビで眺めながら食べるものじゃなくて、年を越す前に食べるものなので昼間に食べても良いんだとか。つまり私が嗣治さんと結婚するまで食べていたのは“年越し蕎麦”じゃなくて“年越ししながら蕎麦”とか“年越ししちゃった蕎麦”だったってわけ。


 そういうわけで年越し蕎麦は年を越す前に食べるものと知った私は去年に引き続き、夕飯にこうやってお蕎麦を食べている。まあ今だって私が意識して食べているっていうより嗣治さんが作ってくれているってやつで、お蕎麦だけじゃダメだと言って炊き込みご飯も一緒に作ってくれた。本当によくできたお嫁さんだよね?


「ねえ、去年は天ぷら蕎麦だったのに今年のは鰊蕎麦なのはどうして?」


 去年ここに引っ越してきた時に食べた年越し蕎麦は海老の天ぷらが乗っていたんだ。だから嗣治さんが用意してくれる千堂家定番の年越し蕎麦は天ぷらが乗っていると思ってたんだよね私。でも今年のお蕎麦に乗っかってきたのは海老の天ぷらではなく鰊、しかも甘辛く煮たもの。だからちょっと不思議に思ったわけ。


「鰊の甘露煮をオヤジが届けてくれたから」

「じゃあ、この鰊は嗣治さんじゃなくてお父さんが作ったもの?」

「いや、届けてくれたのはオヤジだが作ったのはオフクロだよ。客に京都出身の人がいて作り方を教わったらしい」

「へえ。私、鰊蕎麦って食べるの初めてかも。まさか年越しの時だけにしか食べないって訳じゃないんだよね?」

「京都では意外と普通に食べられているみたいだぞ、市内には有名な店もあるみたいだし」

「そうなんだ。美味しいよ、これ」

「そうか。だったら明日、オフクロにそう言ってやってくれ。きっと喜ぶから」

「うん」


 ご飯を食べ終わると片づけは俺がするからモモはあっち行ってろって嗣治さんに追い立てられてしまったので、仕方なくリビングで炬燵に足を突っ込むとテレビのスイッチを入れた。


 そう、今年の我が家には炬燵があるのだ。


 最初はラグが敷いてあるとは言えフローリングのリビングに炬燵なんてどうかなって話してたんだよね、フローリングだし下が冷えそうだしってんで。だけど休みの間に家具屋さんに行った時、そういう部屋に置いても違和感の無い炬燵セットってのを見つけて珍しく二人で意見が一致して衝動買いしちゃったんだ。なので秋までここにあったソファは別の部屋に移動していて今は炬燵生活満喫中。下に敷かれているカーペットがフカフカして温かいし凄く気持ち良くて、私はゴロゴロしていると直ぐにお昼寝ちゃうので要注意なんだけど。とにかく炬燵万歳。カゴに入れたミカンを置いて完璧な日本の冬。マッタリ感三割増しって感じでいい感じ。


「モモ、マッタリするのは良いが寝るなよ、いま寝たら絶対に朝まで起きられないからな。除夜の鐘、聞くんだろ?」

「分かってるよ、お風呂に入るまで我慢する」

「そう言いながらもう寝そうな顔してるじゃないか」

「頑張る……」

「まあ寝ちまっても良いけどな」

「良くないよ、絶対に日付が変わったら初詣に行くんだからね」


 そう、今年は除夜の鐘を聞いて日付が変わったと同時に初詣に行こうって決めてるんだ。当然のことながら嗣治さんは良い顔しなくて今でも反対気味。だから私が頑張って起きてようとすることに対しては非協力的なのよね。取り敢えず除夜の鐘を聞きながら年越ししたいってところまでは譲歩してくれているみたいなんだけど、問題はその後。


「はいはい、モモが起きてたらな」

「起こしてくれる選択肢は無いのー?!」

「無い」


 これ以上はないってぐらいキッパリと言い切られてしまった。


「酷いよ、嗣治さん」

「なに言ってんだ、普通こんな寒い夜に風呂入った後に出掛けるとか有り得ないだろ。湯冷めして風邪ひくのがオチだ」

「そんなことないよ。前の流星群の時だって大丈夫だったじゃない」

「あの後、クシャミを盛大に連発していたくせに」

「あれは風邪じゃありませんー!!」

「だったら、あの時と同じ格好するか? モモがあの恰好をするなら出掛けても良いぞ」

「有り得ないし、あんな恰好!!」


 あの恰好は人に見られない自宅のバルコニーだから出来た服装であって、あんなモコモコの服のダルマみたいな状態で初詣になんて行けるわけないじゃない。ニヤニヤしている嗣治さんの顔からしてそんなこと重々承知ってことだよね? 絶対にイヤだから!


「だったらモモが寝たら朝まで起こさない」

「ぜーったいに起きてるから!!」

「無理無理」


 嗣治さんが笑いを含んだ声で言った。うっわームカつく!! ぜーったいに起きててやるんだから!! 初詣、行くんだからね!!



+++++



「……明けましておめでとうございます」

「おめでとう、桃香ちゃん。どうしたの、年明け早々そんなどんよりした顔しちゃって。まさか、嗣治が寝かさなかったなんてことないわよね?」


 元旦、千堂家に御挨拶しに行って顔を合わせた途端お母さんからそんなことを言われて益々気分が落ち込んじゃったのは言うまでもない。もちろん私のどんよりの原因は嗣治さんが寝かせてくれなかったわけじゃなくて、逆に起こしてくれなかったせい。く、悔しい……来年こそは絶対に起きててやるだぁぁぁ!


 新年早々に来年のこと言ってるなんて鬼が笑うどころか笑い過ぎて酸欠になって倒れるかも……。



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