第四十四話 クリスマスのケーキ
「嗣治さん、これ、本当に全部を刻むの?」
二人揃って休みになった日、お昼ご飯を食べた後に目の前に並べられたテーブル上の果物の山を眺めながら、横でケーキ作りの準備を始めた嗣治さんに恐る恐る尋ねてみる。
「ああ。刻むと量が減るからちょっと多いかなって思うぐらいを用意した方が良いんだ。それに余ればジャムやマーマレードにできるだろ?」
「そりゃ朝ごはんのテーブルに色々な手作りのジャムが並ぶのは嬉しいけど……」
「モモ、気が早いぞ。俺の見たところじゃ使い切るからジャムにまで回らない筈だ」
「うっそ~こんなに多いんだよ?」
「何だ、俺の見立てに疑問でも?」
「ありません……」
嗣治さんが分量で大失態をしたのはれいの豆乳クッキーの件だけ。あれ以来きちんと分量は守られているし、見立てを誤ったこともないので大量に何かが作られちゃって大変なことになったということは今のところ無い。そうなると逆にあの時はどうしてそんなことに?って思っちゃうんだけどね。まさかエッチを我慢していたから?なんてことはないよね……。
「なんだ?」
「うん? なんでもないよ」
慌てて目を逸らすと嗣治さんは首を少し傾げてこちらを胡散臭げな顔をして見詰めてくる。また何かくだらないことを考えているんだろ?って言いたげ。
「とにかく、モモはここに座ってひたすら果物を刻むのが仕事。タルト生地と中に入れるカスタードは俺が作るから」
「えー、私も生地を作ってみたい」
「残念でした。混ぜた生地は既に出来上がっていて冷蔵庫で寝ている状態。あとは焼く準備をするだけだ。生地作りは今度な」
「嗣治さん、ずるい! いつの間に作ったの? 作るところ見たかったのに!」
「昨日の夜。どうしても生地を先に作って寝かせる時間が必要だったからな。起きていたらモモにも見せてやろうと思ってたんだが、帰ってきたらもう寝てただろ?」
「ぶぅぅぅ」
「連休でもっとゆっくりしている時に最初から作ってやるからそんなに膨れた顔するな」
笑いながら冷蔵庫から生地を取り出すと、それを大き目のまな板の上に乗せてでめん棒を使ってのばし始める。なんだか面白そうでつい見入っちゃって何度も手がお留守になっているぞって注意されてしまった。これってあれかな、隣の家の芝は青いって心理ってやつ?
とにかく嗣治さんが私に刻むように命じた果物はかなりの量。イチゴ、キウイ、缶詰の黄色いモモ、それからこっちは切らなくても大丈夫そうなブラックベリーとラズベリーが少々にミカンの缶詰まで出してある。缶詰のフルーツを買ってきたのは多分この作業を私にさせるからで、本来の嗣治さん的にはかなり手抜きな果物の揃え方なんじゃないかなって思う。
だけど私からしたらこれでも十分に大変に作業だよ。何が一番大変かって皮を剥いて刻むキウイ。チクチクした皮を剥いている時に何度かイラッてなって放り投げたくなっちゃった。やっぱり私って料理には向いてないかも……。
「嗣治さん、そこの小さなカップは?」
キッチンのカウンターに同じ大きさの小さな陶器のカップが並んでいる。こんなの昨日まで無かったよね? 何に使うもの?
「ん? これは出来てからのお楽しみ。ほら、手がお留守」
「はーい」
そんな訳で嗣治さんがタルト生地とカスタードと更には何か別のものを作っている間、私はひたすら果物を刻み続けた。この作業、ほんとに仕事している気分になってきた。私の得意分野ってこういうことだったのかってちょっとだけ納得してしまったよ。
全ての果物を切り終わる頃には手がベタベタになっていたのでキッチンに入って手を洗った。そこで目にしたのは私が考えていたタルト生地とはちょっと形が違うものだった。
「嗣治さん、これ丸くない……」
「ああ。これ、型を探すのに苦労してな、結局は見つからなくて知り合いの職人に頼んで作ってもらった」
「えー? この為にわざわざ?」
嗣治さんがオーブンから取り出したタルト生地はお店で見かけるような丸いものではなくて、ちょっと大きめのクリスマスツリーみたいな形のものだった。
「あ、この形を見たら嗣治さんがどんなタルトを考えているか分かった気がする」
「だろ? もう少しで仕上げにかかれるから待っててくれ」
色とりどりの果物を何で私に刻ませたのかも分かってきた。なんだか出来上がるのが楽しみになってきたよ。だけどこの型、前にキーボ君クッキーを作ったから変わった型を売っている嗣治さん行きつけのお店があるってのは知っていたけど、まさかわざわざ作ってもらうなんてさすが料理人、拘るところが違うよね。
それから暫くしてカスタードを流し込んだ下地の部分が出来上がり、それを嗣治さんがテーブルの方に持ってきた。
「ねえ、これフルーツを並べるのは楽しそうだけど、二人ではちょっと大きくない?」
「まあな。だけどモモのことだからきっと下の五月さんとこにも届けるだろうからと思って」
「ってことは、色ごとに果物を分けて置いたら味が偏っちゃうよね。全部をまんべんなく置かないと」
「あー確かに。見た目からするとそれぞれに分けた方がクリスマスツリーっぽくなるけど、食べる事を考えるとその方が良いな」
「じゃあ、モールに見立てた仕切りにミカンを置いて、後はまんべんなくで良い?」
「それはモモのセンスに任せる」
「え……それが一番問題かも……センス皆無な気が……」
「大丈夫だよ」
「そうかな……」
「じゃあ、それは任せるな。並べ終えたら声をかけてくれ」
嗣治さんはそう言って再びキッチンへと戻っていく。まだ何か作るのかな? なんだか一緒に作るって言っても作業は絶対的に嗣治さんの方が多いよね。私は切って置くだけだし。……まあ料理の技量からすればこんなものなのかもしれないけどさ。何となく引っかかる気がしないでもないけど、まあ良いやと思いつつ、それぞれのボールに入れておいた果物を並べる作業に没頭した。
「モモ、出来たか?」
「うん、このラズベリーで最後~」
「じゃあ、このシロップをフルーツの上から塗って」
そう言ってボールに入った甘い桃の匂いのするシロップと刷毛を渡された。この刷毛、たまにパイを焼く時なんかに活躍するやつだ。ってことはそれと同じことをすれば良いわけね、それなら私にもちゃんと出来る。
「これ、桃缶のシロップ?」
「ああ。ジャムを使ったりもするんだが捨てるのが勿体ないから使ってみた。それにゼラチンを溶かしてあるんだ。冷めたら固まるから手早くな」
「はーい」
つまりはフルーツがあっちこっちに動いてグチャグチャにならないように固めるってことね。それに固まったら艶々になって綺麗だから一石二鳥かも。私がシロップを塗り終わる頃に嗣治さんがこっちに出てきてお皿をタルトの横に置いた。
「あ、星の形をしてるチョコ?」
「飾りつけるにはちょうど良いだろ? ホワイトチョコだからクリスマスっぽいしな」
「なんだか豪華なタルトになったね」
「クリスマス仕様だから。もうちょっと時間があったら雪の結晶の形のでも作れそうなんだが」
「嗣治さん凝り過ぎ」
「そうか?」
もう本当に料理人魂が凄いんだから……。そんな訳で星の形をしたチョコを散りばめて完成♪
「あ、そう言えばあのカップは何に使ったの?」
「あれは夜に見せてやるから楽しみにしてろ。だからモモは俺が良いと言うまでキッチンに入るの禁止な」
「えー……」
そりゃさ、お手伝いをする時でもキッチンに入らずに対面式になっているこっち側で座って手伝うことが多いから、あまりそっち側に用事は無いけどさ、禁止って言われるとメチャクチャ気になっちゃうじゃない?
「入ったらお仕置きだからな」
「お仕置きとか……分かりましたあ、入らないようにしますぅ」
目がマジで怖いです嗣治さん。
「よろしい。ところでモモ、今夜はちょっと出かけないか?」
「んー? 今から?」
「いや、もう少し暗くなってから。植物園でクリスマスの夜間の特別開園をしているだろ? 温室に大きなツリーが飾ってあるらしいぞ」
「行きたい!!」
「だと思った。ちょっと早めに夕飯を食べて出掛けよう」
「うん。あ、ちょっと待って、写メ撮って芽衣さんに送るから」
タルトを冷蔵庫に入れる為に運ぼうとした嗣治さんにちょっと待っててもらって、携帯のカメラで出来上がったクリスマスタルトの写真を撮る。必要ならレシピを嗣治さんから聞いて送ることも出来るけど、芽衣さんならタルトの作り方ぐらい知ってそうな気がするな。そんなことを考えながら先ずは写真をメールに添付して送った。
「食べるの勿体ないね、これ」
「食べなきゃもっと勿体ないだろ?」
「そりゃそうなんだけどさ」
そんな訳で二人してちょっと早いけどクリスマスっぽい休日を過ごせることになったのです。ヤッタ~♪