第四十三話 何となくクリスマスな雰囲気?
「……」
「……」
「もう!! そんなにくっついて回ったら仕事にならないじゃないですか!!」
病院に一泊してからというもの、何故か所長と澤山君が仕事中の私について回るようになった。別に自分の仕事を放棄している訳でもなく張り付いて私の仕事を邪魔する訳でもなく、とにかく気が付くとどちらかが近くにいるって言うかじっと様子を伺っていると言うか。とにかく物凄く落ち着かないんだけど!!
「だってモモニャン」
「だってじゃないです! あっち行ってて下さい、落ち着かなくて逆に胎教に悪いです」
「そんなと言っても今この機器で調べものしてるんだからさあ……」
「うー……」
分析器の前に立っている所長の言葉に唸ると困ったような笑みが返ってきた。
「まあでも進歩だよね。桃香君の口から胎教なんて言葉が出るようになったんだから。これでやっと妊婦さんらしくなってきた」
「仕事して下さい、し・ご・と」
「はいはい」
ぜんっぜん反省した様子が無い……。
「もう勘弁して欲しいよ……」
++++++
「うふふふ、それは大変なことになってるのね」
「笑い事じゃないですよ、芽衣さ~ん。もう自宅でも嗣治さんがあれこれ煩いのに職場でまであんな風に付き纏われたら、私、ストレスMaxで倒れちゃいます」
クリスマス用の玄関ドアに飾るリースの作り方を教えてもらう為に顔を出したお花屋のエスポワールさんで職場のことを愚痴ったら芽衣さんに笑われてしまった。
「桃香ちゃんの気持ちも分からなくも無いけど、心配する職場の人の気持ちも分からなくも無いわね。だって後輩君のカノジョさんが突き飛ばしちゃったりしたんでしょ? しかも次の日は病院に一泊したんだし。そりゃ心配するなって方が無理よ」
「でも心配するのにも限度ってものがありますよ。ほんと、ちょっとしたホラーですよ、振り返ったらあの二人のどちらかがいるって。もう心臓に悪いったら……」
そりゃ悪気が無いのはこっちだって重々承知してるんだ。だけどやっぱり限度ってあるわけで過剰な心配の仕方をされるとこっちの身がもたないよ。自宅まで送りますとか言い出さないだけマシなのかなとも思うけど。ブツブツと呟きながら最後の仕上げの金色のリボンをリースに巻きつけていく。その様子を見ていた芽衣さんがウンウンと満足げに頷いた。
「ほんと、桃香ちゃんって手先が器用よね」
「え、そうかな。芽衣さんがやったことをそのまま真似しただけですよ?」
「器用でなかったら見ただけで真似なんて出来ないと思うもの。うちの旦那さんが昨日同じように娘と作ってたけど途中でリボンが捻じれてグチャグチャになっちゃってね、娘に散々怒られてたわよ」
美羽ちゃんに怒られている真田さんを想像して変な笑いがこみ上げてきた。あのちょっと強面の真田さんが小さな美羽ちゃんにお説教されてしょぼくれているところなんて楽しそうだから見てみたい気がする。
「真田さん、なんでも器用にこなしそうに見えるのに意外ですね」
「こういう細かい作業は苦手みたい。だから俺は鑑識にはなれないっていつも言ってるもの。ところで今年のクリスマスは旦那さんと一緒に過ごせそうなの? 去年は確か……カボチャ頭よね?」
去年の澤山君のデートが駄目になった原因のカボチャ頭の強盗。そう言えばカボチャ絡みで芽衣さんのところにも聞き込みが来ていたんだっけ。生のカボチャをわざわざ使ってマスクを作り強盗に入るお馬鹿なんていないわよねって笑いながら話していたんだけど、何故か現場に落ちていたカボチャマスクが生のカボチャだったんだよね。だから警察としてはハロウィンの季節にカボチャを売っていたお店に対して聞き込みをかけるのは当然のことで、そのカボチャを売っていた芽衣さんちに警察がやって来ても当たり前のことだったんだ。
「私の方は今のところ何事も無いんですけど、嗣治さんの方が忘年会シーズンに入って忙しくなってきてますからね。今年は平日だし多分お互いに普段通りな感じかな」
「あら、そうなの?」
芽衣さんちだってお店しているし真田さんは仕事じゃ?と尋ねると、クリスマス当日はお店は早仕舞いで夜にするクリスマスパーティの用意をするんだとか。今から美羽ちゃんと蓮君は楽しみにしているらしい。まあパパは目の前の交番で仕事だからこっそりケーキを差し入れする予定なんだって。ただ、去年もクリスマスで羽目を外したお馬鹿がどこかのお店で騒動を起こして現場に急行なんてことがあったらしいから、今年もそんな感じでケーキを食べ損ねちゃうも……だって。
「でもクリスマス前の月曜日が嗣治さんと私が揃って休みなんで、ちょっと早いけど一緒にクリスマスケーキを作る予定なんです」
「あら羨ましい。また写メしてくれる? 参考にしたいし」
「はい。作り方も送りましょうか? 私でも出来るって言ってましたから芽衣さんなら簡単なんじゃないかな」
「今年は無理かもしれないけど来年のクリスマスにチャレンジしてみたいからお願いできる?」
「了解です」
完成したリースを紙袋に入れてもらってお店を出た。駅前広場には十二月に入ってから大きなクリスマスツリーが飾られていて駅前は普段以上にきらびやかで賑やかな雰囲気。ここの金色のツリーと対になった銀色のツリーが商店街の中央広場に飾られていて、よーく見るとキーボ君の形をしたオーナメントや、今年になって一般公募して決まった松平市のマスコットキャラのオーナメントもぶら下がっていたりして何気に地元愛に溢れたツリーになっている。
「あ……」
駅の改札近くに見たことのある顔を見つけて思わずニヤリって感じになってしまう。そこに立っているのは真冬だというのに半径一メートルが春爛漫で絶賛お花畑中の醸さん。あの幸せそうなふにゃけた顔はきっとテンテンちゃんの帰りを待っているに違いない。
最近は更に加速している醸さんの攻撃にテンテンちゃんは真剣に中華鍋かおたまを装備しようかって悩んでいるみたいで、そんな話を休みの日に神神飯店や森崎さんちで彼女から聞かせてもらうのが楽しみの一つなんだけど、そろそろテンテンちゃんに要らない知恵を授ける人達の一人として醸さんから要注意人物リストに載せられるんじゃないかと思ってるんだよね……。なにせ開さんが厨房で料理してるのを見て中華鍋なんてどうかなって言っちゃったのは私だし。
そんなお花畑な醸さんもクリスマスはテンテンちゃんと楽しく過ごせると良いね~と生温かい、じゃなくてほんわかした気持ちになりながら立っている醸さんを見ていたら、何故かバッチリ視線が合ってしまった。ニッコリとお母さん譲りの春爛漫な笑顔をこちらに向けられて無視するわけにもいかないので、エヘッと笑い返しながら近寄る。なんか醸さんに近づくと温かくなる気がするんだけど、これって気のせいだよね?
「こんばんは、醸さん。テンテンちゃんのお迎えですか?」
「うん、そうなんだよ。こんだけ世間が浮かれていると変なヤツに絡まれたら大変だろ?」
「あー、そうかもですね……」
こういうところは何となく嗣治さんの思考と相通ずるものがあるかな、醸し出す雰囲気は全く違うけど。
「桃香さんは? 仕事の帰り?」
「今日は早引きで、今そこのエスポワールさんでクリスマスリースの作り方を教えてもらってたんです。これ、作ったリース」
紙袋の中身を見せた。リースの他にも小さなオーナメントを幾つか作ったのでそれも入っている。
「へえ、こういうの手作りするのって楽しそうだね。俺も天衣と一緒に作ってみようかなあ」
「昼間でも芽衣さんに言えば時間を取ってくれるとは思いますけど……」
あ、余計なことを言ったかもしれないとちょっと口にしてから後悔。テンテンちゃんなら都合が悪ければキッパリ断るよね……いや、この春爛漫モードの醸さんに抗うのは難しいかな、暖簾に腕押しとか糠に釘とかいう諺もあることだし、あ、四文字熟語で馬耳東風ってのもあるよね。
「あ、そうだ。どうせならクリスマスプレゼントに手作りのアクセサリーを作るなんてどうです? 確か吟さんってアクセサリー作家さんなんですよね。弟さんのお願いなら聞き入れてくれるんじゃないかな?」
「……」
あれ? なんか温度が下がった?