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第三十八話 ツグモモのちょっと大人なお悩み? ①

「……」


 いつもよりちょっと早く目が覚めた仕事がお休みの朝、ちょっと寒くてお布団の中に潜り込むと横で眠っていた嗣治さんが無意識なままブツブツと何か呟きながら腕を回してきた。その手はまだ膨らんでいるのかどうか微妙な感じのお腹に当てられている。


 私のお腹に赤ちゃんがいると分かってから嗣治さんは前にも増して食事のことや普段の生活のことであれこれと口を出してきて、それはそれは口うるさい旦那様へとレベルアップしていた。嗣治さんの小言に対してあれあこれ言い返すのがそれなりに楽しくて私は別に嫌とは感じていなくて、それを職場の菅原さんに話したら御馳走さまでしたと言われてしまう始末。とにかく夫婦円満ならそれで良いんじゃない?って思うわけ。


 だけど、そんな円満な夫婦生活の中で一つだけ気になることがある。


 それは言いにくいことなんだけど夜のこと。診察に行った時に色々な冊子を貰ってその中には夫婦生活のことについて書かれているものがあって、こういうのって直接口にして話すのも恥ずかしいから嗣治さんに渡しておいたんだけど、それ以来、そのう……何故だか夜、私に触れなくなったっていうかエッチしなくなったって言うか。


 そりゃ分かるまで毎晩していたってわけじゃない。だけどこの三か月間一度もしないなんてちょっと変だと思わない? 触りもしないんだよ? 水族館でキスしそうになったことがあることからして、そういう気持ちが無いわけじゃないってのは感じるんだけど、あの日の夜だって結局なにもなくて、私てきにはちょっとガッカリしちゃったかなって感じなのに。 


 別にエッチしないから愛情が減ったとかそんなふうには考えないけど何だか複雑。もしかして妊娠して今は私への気持ちよりお腹の赤ちゃんへの愛情の方が大きくなったのかな?とか。そりゃ赤ちゃんが大事なのは私もだけど、やっぱりちょっと複雑な気持ちかな、とか。あれ? これって私、赤ちゃんへのヤキモチとか? うう? お母さんになるのにそれって何だか恥ずかしいよね、誰かに相談しようかなって考えていたけどやっぱりやめておく。


 あれこれ考えていたらますます目が冴えてきちゃった、もう眠れそうにないな。せっかくのお休みだからベッドでのんびりとぬくぬくしていたかったのに。嗣治さんの手をほどいてベッドから降りるとカーディガンを羽織ってキッチンへと向かう。ポットにお水を入れてスイッチを押してから洗面所へと向かった。


「休みなのに早いな」


 歯磨きをしてるとちょっと眠そうな顔をした嗣治さんがやってきた。


「うん、目が覚めちゃってね。せっかくだからこのまま活動を開始しようかなって」

「今日は何をする予定?」


 私の隣で歯ブラシを手にしてこちらを見下ろしてくる。


「特に決めてないんだけど川向こうにできたショッピングモールに行ってみたいな~とか。あそこに可愛い赤ちゃんのグッズとか売っているお店が入ってるんだって」

「まさか車で?」

「うん。それと観たかった映画があるからそれも観てこようかなって」


 この一帯では交通機関がとても便利に運行されているからそれほど自分ちの車を出す必要性は感じないんだけど、たまには車を出さないと埃をかぶっちゃうよ。それに予定外でたくさん買い物をした時なんかは絶対に車の方が便利だし。ただ嗣治さん的には私が一人で車を運転して遠方に行くというのが気に入らないみたいで、今もちょっとだけ渋い顔をしながら歯磨きしている。


「ダメ?」

「いや、ダメとは言ってないだろ?」

「でも顔がさあ……」

「モモが安全運転なのは分かってるし、何か大きなものを衝動買いした時の為にも車で行った方が良いのは分かってる」


 だけど心配なんだって顔。


「別に次の嗣治さんの休みと重なる時でも良いんだけどさ、その日ってクリスマスケーキを一緒に作るって決めた日でしょ?」

「ああ、そうだったな」

「あ、今の言い方、もしかして忘れてた?!」


 私が信じられないって顔をしたものだから嗣治さんは慌てた様子で違う違うって手を振っている。本当に? 今の言い方って本当に忘れていたって感じだったよ?


「ねえ嗣治さん、車で行くのが心配っていうの、それって私が心配だから? それとも赤ちゃんのことが心配だから?」


 気がついたらそんなことを口にしていた。自分でもそんなことを言ったのが信じられなくて驚いたのに言われた方の嗣治さんが驚かない訳ない。歯ブラシを口に突っ込んだままこちらを見下ろして固まってしまっている。そこで自分がとんでもないことを口にしたって気がついた。


「あ、変なこと聞いちゃってごめんなさい。そんなの決まってるよね、どっちもだって。えっと、もうお湯、沸いてるかな……」


 そう呟きながらタオルを洗濯機の上に置いてそのままキッチンへと逃げた。どうしてそんなことを言い出したのかって尋ねられるのは避けられないし嗣治さんのことだから直ぐにこっちに戻ってくるだろうけど、少しでも自分の頭の中で気持ちの整理をしたかったってのもあってキッチンで無意味にカップを出したり並べ替えてみたり。何であんなこと言っちゃったかな、私……。


「モモ、ちょっとここに座れ」


 しばらくしてリビングに出てきた嗣治さんがちょっと怖い顔をしてこっちを見ている。


「え……だから、変なこと言ってごめんなさいって謝ったじゃない」


 カウンター越しに嗣治さんの方を伺いながら言う。


「いいから、こっちに出てきて座れって。……頼むから」


 なんだか聴き慣れない単語が嗣治さんの口から飛び出してちょっと驚いた。こういう時っていつも問答無用な猫掴みで引きずり出すのがいつもの手段なのに。キッチンから出てきてソファに座ると、嗣治さんは私が手にしたままだったマグカップを取り上げてテーブルに置いて横に座った。


「さっきのことだけど」

「ごめんなさい、自分でも何であんなこと言ったのか分かんない」

「別に怒ってるわけじゃないから。だけど俺がモモのことも赤ん坊のことも同じだけ大事に思ってるってのは分かってるよな」

「分かってる」

「けど?」

「けどって?」

「何か言いたいことがあるんだろ?」

「そんなの無いよ」

「嘘だ、絶対に何か言いたいことがあるって顔してる」

「そんな顔してない……」


 両手で顔を挟まれて嗣治さんの方を向かされた。


「何か悩んでいるならちゃんと話してくれないと。飯のことや目に見えることには気をつけてやれるけど、俺だってモモの心の中までは分からないんだから」

「……別に悩んでることなんて無いから」

「それが嘘だってことぐらいは分かる。最近そんな顔をしていることが多いからきっと何か聞きたいことがあるんだろうなって感じていた。モモが言い出すのを待っていたんだが全く言い出す気配がないから、今日はせっかく早起きしたことだしゆっくりと聞いてやるから、だからちゃんと話せ」


 こういう時の嗣治さんって一課の芦田さんと同じで本当にしつこい人って言うか諦めない人って言うか、とにかくブルドック並に食いついて離そうとしないんだから困っちゃうよ。このまま嗣治さんの出勤時間まで粘ってだんまりを決め込んでも、絶対に帰ってきたら尋問が再開されちゃうんだよね。だから今のうちに話しておいた方が良いのかも。だけどどう切り出して良いのか分からなくて困る。


「あのさ……嗣治さんってさ、三か月間エッチしなくても全然平気な人?」

「は?」


 あああ、本当はそんなことが言いたいんじゃないんだよ?! だけど何て切り出したら良いのか分からなくて思いっ切り変な質問しちゃった!! い、いや、だけど全くの無関係な質問でもないよね?!


「えっと、ほら、赤ちゃんがいるって分かってから全然だし、平気なのかなあって」

「……モモ、話が飛びすぎてついていけない」

「う、うん、私も何でこんなこと聞いちゃったかなって後悔してるけど、あながち無関係ってことも無いから答えを知りたいかも……」


 しどろもどろな私の顔を見つめていた嗣治さんはちょっとだけ首を傾げてから軽く溜息をついた。


「そりゃ平気だって言ったら嘘になるな、やっぱり」

「じゃあどうしてしないの?」

「え? それをモモが聞くのか?」

「なんでそんな顔するの?」


 なんで嗣治さんってばショックを受けたような顔してるの?


「モモ、クリニックで貰ってきた冊子を俺に渡したこと、覚えてるか?」

「……うん、配偶者の皆さんへってやつだよね……」

「ああ」

「覚えてるよ、貰ってきた当日に嗣治さんに渡したんだもん」


 そういうことを面と向かって話すのが恥ずかしいから嗣治さんに読んでねって渡したもの。嗣治さんも分かったって言って受け取ってくれたよね?


「あれを渡されたのは、そいうことをしたくないってサインだと思ってたんだけどな、俺。妊娠するとそういう気分になれないことが多いって書いてあったから」

「そんなこと書いてあったの?」

「読んでないのか?」

「……うん、チラッとしか読んでない」

「こりゃ、一度ちゃんと二人で読んだ方が良さそうな気がしてきた」

「え?!」

「なにが、え?だよ。まさかモモが読んでないとは思ってなかったぞ」

「だって……」

「今から一緒に読むぞ」

「ええ?!」

「ええ?じゃない。ほら、行くぞ」


 そんな訳で私は嗣治さんに手を引かれて寝室に戻ることになった。

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