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第三十三話 中毒再発の気配? ②

 一口食べた卵雑炊は猫舌の私にちょうど良い熱さだった。ここで食べる時っていつもそうなんだけど、熱々な筈のお料理を出されてても何故か舌を火傷することなく食べられるんだよね。それってもしかして嗣治さんが私の食べやすい熱さにしてくれているのかな?と今更ながら気が付いた。当の私が気付いていないところで色々と気遣ってくれているんだなあ……。


「……」


 そんなことも言いたいのに氷河魔人みたいなオーラを嗣治さんが出しているものだから、話しかけにくくてカウンターの向こう側で黙って片づけをしている彼をチラチラと見ながら卵雑炊とお焼きを交互に食べ続ける。半分ぐらいになったところで普段とは違う味が気になってちょっとだけ首を傾げた。


「……嗣治さん、これ、いつもと違う味がする」


 おずおずといった感じで話しかければ嗣治さんが手を止めてこちらをチラリと見た。


「隠し味に生姜を入れてある」

「生姜? こっちの卵雑炊にも?」

「ああ」

「……どうして? お店のメニューに勝手な味付けなんて今までしなかったのに」

「家でもそうしているから」

「そうなの……」


 その言葉に首を傾げる。普段ならどうしてか分かるまで質問しまくるんだけど今夜は何となくそれが出来ない雰囲気だからここで質問は打ち止め。料理に関してはからっきしな私には良く分からないけど、嗣治さんなりに何か考えがあってのことなんだろうってことで納得することにした。


「それで?」

「え、なに?」


 しばらくして嗣治さんが私の前に立って溜息をつきながら問いかけてくる。空になったお碗を下げるとお茶と小さなお団子を出してくれた。


「どうしてこんな時間まで仕事をする気になったんだ?」

「……うん、まあ職人魂に火がついた?みたいな。去年の今頃にも同じように仕事が舞い込んできたの覚えてる?」

「ああ、そう言えば遅い日が続いてたな。確か……カボチャ頭の強盗?」

「うん、それ」


 去年のことを思い起こしている嗣治さん。ちょうどマンションの手続きが終わって引っ越しの準備をそれぞれしている時に季節はずれのカボチャ頭の強盗が現れて、年末とか諸々とか色々と重なってそれはそれは忙しい毎日だった。その時は新居で新しい生活を二人で始められるのが嬉しくて疲れなんて殆ど感じてなかったんだけど。


「その時の事件って結構長引いて大変だったって話はしたよね。その時、うちに来たばかりの一年後輩の澤山君、クリスマスの日にカノジョさんとデートの約束していたんだけど結局できなかったんだ、その事件関係の諸々でなかなか家に帰れなくて。で、今年もそんなことになったら可哀想でしょ? だから人数も増えたことだし機材も新しいのが導入されたから、皆でさっさとすれば早く事件が解決して澤山君もデートのキャンセルしなくても良いかなって……」

「それで急に残業する気になったのか」

「別に残業しようって思ってたわけじゃないよ、気がついたら残業になっていただけ」


 私の言葉に盛大に溜息をつく嗣治さん。


「まったくモモ……」

「……ごめんなさい」

「いや。経緯はどうであれそれがモモの仕事なんだから残業することにとやかく言うつもりは無いんだ。だが今は普通の体じゃないんだから無茶をして欲しくない。それだけだ」

「無茶なんてして……ごめんなさい」


 してないよって言いかけて嗣治さんに軽く睨まれて謝った。


「でもね、あの……最近は外に連れて行ってもらえないんだよ、寒いのはダメとか現場で座ったままでの長時間の作業は良くないとか。だから前よりはずっと楽させてもらってるんだよ?」

「当たり前だろ」

「でもでも! たまには私も現場に行き……はい、ごめんなさい、おとなしくお留守番して中での作業に精進します」


 また嗣治さんに睨まれて慌ててお留守番すると付け加える。そしてその言葉に宜しいと頷くと再び店じまいの準備を再開する。なんだか最近お留守番が増えたのは所長の一存ではなくて嗣治さんのせいな気がしてきた。もしかして二人して連絡とりあっているとか? まさかね?


「ねえ」

「ん?」

「なんで生姜なの?」


 再びダンマリが続いて話しかけづらくなる前にと最初に不思議に思っていたことを口にした。


「ああ、それか。生姜だけじゃないんだが冷え性改善のためのメニューを組み込んでるんだよ。分からなかっただろ?」


 そう言えば去年とか一緒にベッドに入っても足が冷たいなってよく言われてた。冷たいのが申し訳なくて嗣治さんがベッドに入ってきたら足が触れないようにってしていたのを覚えている。そんなことしなくてもこっちにくっつけていれば温かくなるんだから遠慮するなって言われて、嗣治さんの足の間に私の足を入れさせてもらってたっけ。今年はまだそんなこと言われてないかも。って言うか夏が終わってから足が冷えて眠れないってことはまだ無いんじゃないかな。


「いつから?」

「夏辺りからかな。クーラーも冷えるから辛いってモモが言っていたからそろそろ何とかしないとって思って色々と調べたんだ」

「全然気が付かなかった」

「そりゃ手っ取り早く唐辛子入りの何かを食べさせれば体は温まるがそれじゃあ一過性のものだし、それ以前にモモは辛いの苦手だろ?」


 ほんと、私の味覚ってお子様並みなんだよね。七味唐辛子、山葵、更には山椒も苦手だし。薬味の美味しさを知らないなんて人生損してるぞって言われるけど苦手なんだから仕方が無い。だから実のところ生姜もたくさん入れるのは苦手。


「生姜も出来るだけ少なくして他の野菜で補うようにしているんだ。だから今まで気が付かなかったのかもな。色々と調べていい勉強にはなった」

「嗣治さんて……」

「なんだ?」

「ほんっとに出来た嫁だよね」


 しみじみ呟くと嗣治さんはやれやれと溜息をついた。


「そりゃモモが大事だからに決まってるだろ」

「……ありがと」

「どういたしまして」



+++



 とうてつが閉店するのを裏で待たせてもらっている間、私は籐子さんとあれこれ赤ちゃんのことでお話をした。ここに座って桃香さんの話し相手をしていろって徹也さんに言われた籐子さんはお店をしめる作業があるのにって抗議していたんだけど、なんだか私がいるのをこれ幸いにって感じで仕事を取り上げられてしまったみたい。申し訳ないなと思いつつ、ちょっとむくれている籐子さんが何だか可愛かった。


「あ、もうクリスマスケーキの予約してる」


 閉店の作業が終わり二人して殆どのお店が閉店して殆ど人通りのなくなった商店街を自宅に向かって歩いている途中で、トムトムさんちのシャッターに貼られているお知らせが目に留まった。そっかあ、もうそんな季節なんだよね。去年のブッシュ・ド・ノエル美味しかったなあ。


「モモ、今年はケーキは予約するなよ」

「え、なんで?」

「今年は俺が作るから」

「マジですか?! 忘年会シーズンで忙しいじゃない、無理しなくても良いんだよ? 孝子ちゃんが作るケーキ、毎年いろいろ違うから楽しみにもしてるんだし」

「ちゃんと何を作るかも決めてあるから今年は予約は無し」

「どんなの作るの? 私も手伝える?」


 私が作ったケーキと言えば、去年、孝子ちゃんに手伝ってもらったツグニャンケーキぐらいのものだから、あまり難しいものになるとそれこそ前で見物しているだけになっちゃうかも。


「どんなケーキかは作るまで内緒。大丈夫だよ、覚えれば一人でもモモに作れるケーキだから」

「本当? あれ焼く、これ焼くとかない?」

「そりゃケーキだから焼く作業はあるさ。だけどその点はちゃんとモモの技量を考えてるから心配するな。まあ下準備はそれなりに時間はかかるが、それも多分、モモが得意な分野に近い作業だと思う」


 私の得意な分野に近い? それってどういう意味だろう? それに私の技量って……。


「私、少しはお料理できるようになったと思う? 嗣治さんから見たらレベル上がってる?」

「もともとそんなに低くないだろ、モモは。ただ不測の事態が起きるとてんぱるだけで」

「それが一番の問題なんだと思うんだよね……」


 まあ嗣治さんと結婚してから不測の事態が起きて大惨事になったことは今のところ無いんだけどさ。


「じゃあやっぱりクリスマスまでには何とか事件を解決してもらわないと。それこそケーキ作り、一緒に出来な……」


 何気なく呟いた言葉に嗣治さんが怖い顔をしてこっちを見下ろしてきた。


「桃香、俺が迎えに行って無理やり担いで帰るなんて恥ずかしいことされたくなかったら大人しく時間通りに仕事しろよ?」

「……はい、そうします。大人しく定時にあがるようにします」


 私の言葉に嗣治さんは怖い顔をしたまま宜しいと頷いた。

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