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第三十話 贈り物考察 side-桃香

たかはし葵さんの作品【Blue Mallowへようこそ】とのコラボ作品です。

「千堂さんの場合、背骨や腰骨に歪みは見られないので単なる仕事での使い過ぎという感じね」


 林整骨院で私に施術をしてくれている宮迫さんが背中や腰に手をやりながら言った。宮迫さんは三十代後半の女の先生で見た感じ背筋がピッと伸びていて、女の私から見ても凄くかっこいい。気をつけないと仕事中に猫背になりがちな私としては物凄く羨ましいなって思う。


「良かった。歪んでますとか言われたらどうしようかって思ってたんですよ」

「だからと言ってこれからもあまり無茶はしないようにね、特に今はお腹に赤ちゃんもいることだし。じゃあ始めますね、痛かったら遠慮なく言ってね」

「はい、お願いします」

「リラックスしていてくれて大丈夫よ。あ、携帯はいじっててくれても良いから」

「あ、助かります。ちょっと調べたいことがあるので」


 カーテンの向こう側でマッサージを受けているらしい璃青さんに聞こえないように声を潜めた。宮迫さんは仕事関係の調べものだと思ったらしく、同じように声を潜めて“りょうかい”と返してくれる。御免なさい、それ、勘違いです。私が知りたいのはお花の種類とその他諸々のこと。お好み焼きを食べながら璃青さんが私に見せてくれた写真。それは花束で璃青さんがユキ君から贈られたものらしい。


「へえ……こんなお花もあるのね」


 普段するように警察関係のデータベースに関しては重過ぎて携帯電話の通信環境では使えないから、一般サイトを探し出してお花の種類を特定する。利用するサイトが違うだけで基本的に調べ方は同じで要は調べるコツってこと。


― だけど花言葉って複雑…… ―


 同じ花でも色によって花言葉が違うとかざらにあって、ユキ君が璃青さんに贈った花束の花も色によって全く違ったメッセージになりそうな感じだった。だけど私が見せてもらった花の感じからするとユキ君は璃青さんにお隣さん的な感情以上のものを抱いているのは間違いないんだよね、うん。


― あ、だけど意識してこの花を選んだのかな…… ―


 お花屋さんで花束を作ってもらう時に店員さんがユキ君の話ぶりを聞いて女性への贈り物だからって勝手に気を利かせたとかそういう可能性もあり? ユキ君はこの花束を何処で購入したのかな? やっぱ駅前のエスポワールさん? うーん、あまり先走るのもどうかと思えてきた。こういうのって謎かけと同じで当の本人が調べて知った方が楽しいよね、ああ、楽しいってのは正しくないか、えっとこういう場合は何て言うのかな、意義がある?感動もひとしお? とにかく、そうなると璃青さんはまだまだ悩まなきゃいけない時間が続くかも。


― 私だったら嗣治さんにお花もらったら単純に喜んじゃうんだけどなあ……単に嬉しいだけじゃダメなのかなあ? ―


 そこまで考えて、ある事実に気が付いた。私、嗣治さんからお花もらったことない。お誕生日やクリスマスのプレゼントとかはあるけど、それは物だったりケーキだったりでお花って一度も無いかも。


― …… ―


 だけど嗣治さんが花を買っているところって想像つかないかな。ちょっと仏頂面でエスポワールさんでお花を選んでいるところなんてあまり想像できない、いや、まったく出来ない、いやいや、想像したくないかも。そんなことを考えていたら急に変な笑いがこみ上げてきちゃった。


「あら、くすぐったい?」

「いえ、そうじゃなくて。ちょっと考え事をしていたらおかしくなっちゃって」

「そうなの? 楽しいこと?」

「旦那さんが似合わないことしているとこを想像したらおかしくて。普段とは違うことってあまりしない方が良いですね」

「んー……していることにもよるけど、滅多にしないことをすると碌なことがないって言うからね」

「ですよね~~」


 嗣治さんには申し訳ないけど、お花を買うのはパスしてもらった方が良いかな、なんて密かに。


「璃青さ~ん」

「なあに?」

「お花のことですど、やっぱり自分で捜査するのが一番だと思いますよ」

「捜査?」

「じゃなくて、調査? とにかく自分で調べ方が納得できるものが出てくるんじゃないかなあ」

「桃香ちゃん、忙しいものね。ごめんね、調べて欲しいだなんて我がまま言っちゃって」

「いえ、別に調べるのは良いんですけどね、こういうのって自分で調べた方がワクワクするんじゃないかなって」


 璃青さんが溜息をついたのが聞こえた。


「そこが私と桃香ちゃんの違いなんだなあ……」

「どういうことです?」

「桃香ちゃんはワクワクするんでしょ? 私はどっちかと言うと悩んじゃうのが先にきちゃう」

「璃青さんそれって超後ろ向き」

「分かってる~~」


 もしかして私が脳天気すぎなのかな?と真剣に悩んでみる。だけど事件や病気のことならともかく、気になる人からのプレゼントなんだからそんなに後ろ向きになることなんて無いんじゃないのかなって思うんだよね。単純に喜んだらダメなの?って。


「璃青さ~ん、難しく考えすぎなんじゃないですかあ? 例えば捜査が難航する事件でも解決してみれば意外と単純明快だったなんて事が多いんですよ?」

「お花は事件じゃないよお……」

「でもそんだけ悩むってことは璃青さん的には大事件なんでしょ? もう少し素直に受け取ってみたらどうです?」

「“素直に”かぁ……」

「え?何か言いました?」

「ううん、こっちの話〜」


 それで璃青さんが納得したかどうかは分からない。年下であまり恋愛経験の無い私が言ってもあんまし説得力が無いからなあ。こういう場合ってやっぱり桜子さんとか人生の大先輩に尋ねてみるのが良いんじゃないかな? あ、桜子さんだと大先輩過ぎて時代が違うかな。



+++++



 スッキリした気分で林整骨院を出てビルの外に出る。璃青さんがなんとなくそわそわして見えるのはユキ君と鉢合わせしないかなって期待というか警戒しているせいだったのかな。そんなことを考えながらお向かいの桜木茶舗さんへと向かった。


「こんにちは~」


 お店に入るとお茶の香りとともに桜子さんがいつものようにのんびりした感じで迎えてくれた。


「こんにちは、桃香ちゃん。体の具合はどう?」

「こんにちは、桜子さん。めちゃくちゃ眠くなる以外はいつもと変わらないですよ。元気すぎて飛んだり跳ねたりするなって嗣治さんに怒られるぐらい」


 私の言葉に桜子さんは苦笑いを浮かべながら首を横に振った。


「まあ。元気なのは良いことだけどくれぐれも気をつけるのよ」

「分かってます。ところで季節限定の緑茶が出たって聞いたので、嗣治さんに言われて買いに伺ったんですけどあります?」

「さすがに耳が早いわね。変り種の緑茶なんだけど重治さんがね、仕入先のお茶農家の息子さんが試作したものだから試しに少しだけ仕入れてみようかって」

「えっと、それってアップルティーとかそういうのと同じってこと?」

「そうね、そのような感じかしら。私は普通の緑茶の方が好きだって感じたけれど、これはこれで美味しいって思う人もいるみたいよ。意外と外国の人に好評みたいなんですって」


 商品の棚から出したのは小さな缶に入ったものと袋詰めにされたもの。


「缶で売ってるなんて珍しいですね」

「ラベルも日本らしいでしょ? その分お高いんだけれど、山手で大学の講師をしているイギリス人の先生が缶も入れ物として使えるからイギリスに帰る時のお土産にちょうど良いですねって言ってたわ。桃香ちゃんはどっちにする?」

「せっかくだから両方ください」

「分かった。嗣治さんと一緒に飲んだら感想を聞かせてね」

「はい。ところで桜子さん」


 お茶のお代を払いながらふと思いついたことを尋ねてみることにする。


「なあに?」

「男の人が女の人にお花を贈る時って花言葉とか気にします?」


 急な質問に目を丸くしてこちらを見詰める桜子さん。


「もしかして誰か別の男性からもらったの?」

「いえいえ、私じゃなくてお友達がなんですけどね。それでその子がどういう意味でその花を自分に贈ってきたのかって悩んじゃってるんです」

「それって本人に聞くのが一番じゃ?」

「聞けないから悩んでるんじゃないですか。私、嗣治さんからお花もらったことないし、男の人がお花をどういう気持ちで相手に贈るかなんてもらってないことを僻んでいるみたいで聞けなくて」

「あら、嗣治君たらダメねえ」

「私と嗣治さんのことは横に置いといてですね」


 桜子さんは少し考え込む素振りを見せた。


「時代もあるから私の時と桃香ちゃんのお友達の時とでは比較できないとは思うわ。だけどね、なんとも思ってない人にお花を贈ったりしないわよね」

「ですよねえ」

「今の若い人が花言葉なんて気にするかどうかは分からないけれど、少なくとも好意の表れではあると思うのよ」

「そうですよね、やっぱり」


 そこで何で悩んじゃうのかな璃青さん。だって迷惑しているとかそう言う感じでもないんだし、ここはユキ君に直球で質問をぶつけて……って璃青さんはそんな柄じゃないかぁ……。


「桃香ちゃん」

「はい?」

「お花が欲しいならちゃんと嗣治君に言わないと駄目よ。男の人って肝心なところで抜けてるんだから」


 桜子さんが悪戯っぽく笑った。




 ここから暫くの間、二人のことをヤキモキしながらこっそりと見守ることになるんだけどそれはまた別のお話。

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