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第二十話【駅前商店街夏祭り企画】 桃香、焼餅を焼く?

「……」


 今年の夏休みは結婚して初めてってこともあってか、何故か破格の扱いってな感じで長い夏休みとなっていて商店街の夏祭り期間中はずっとお休み。出勤は来週の月曜日からということになっていた。あいにく嗣治さんは仕事だけど、そのお陰で私はゆっくりとその間に商店街の夏祭りイベントを色々と楽しめる……筈なんだけど。


『ここの板前さんって二人とも素敵よね』

『私は右の人』

『そう? 私は左の人~』


 何故か夏祭り期間中のとうてつは男性客も多いけど女性客が心なしか多い。この時期限定で浴衣姿で働いているバイト君やバイトちゃん、そして徹也さんや嗣治さん見たさなんてのもあるのかな?とか。それと浴衣のお客さんにはサービスがあるとか。うん、お客さん商売だし商売繁盛は良いことなので別にかまわないんだけどね……。それに籐子さんの浴衣も素敵だし、私も今日は浴衣を着てきたし。


『男の人の浴衣姿っていいわよね、あの鎖骨の辺りが……』

『チラリと見える感じが萌えるわよねえ』


 え、鎖骨? 顔だけじゃなくてそんなところまで注目されてるの? いつものカウンター席で冬瓜をつつきながらチラリと視線を上げて前で調理をしている嗣治さんを見る。鎖骨……鎖骨と、胸骨と肩甲骨を連結している骨のことですね……その骨がチラリで萌える? 鎖骨萌えはともかく、この人は私の旦那様なのであまりジロジロ見ないで欲しいんですけど。


「……モモ」


 お魚をさばいていた嗣治さんが私の名前を呼んだ。


「なに?」

「目つきが怖い」

「え、そう?」

「客商売だから」

「……別に私は何も言ってないけど」

「目が言ってる」


 そんなに分かりやすいかな。っていうか顔を上げてないけど何だか嗣治さん嬉しそうにニヤニヤしているように見えるのは何故? 横に立ってる徹也さんまで何気にニヤニヤしてるふうに見えるよ?! 萌えるとか言われて喜んでるの? わ、すっごくムカムカするんですが!! 籐子さん、よく平気でニコニコしてるよねって感心しちゃうよ。私、こういうお仕事には向いてないってことなのかな。今更ながら自分の意外な面を見つけてちょっと驚いちゃう。


「……忙しそうだから帰る」

「え?」


 私の言葉に驚いて顔を上げた嗣治さん。もうその顔にニヤニヤ笑いは浮かべてないけど、だからと言って私のムカムカが直ぐに消えるわけでもなく。


「広場で屋台がたくさん出てるからそっちも覗いてみたいし」


 ここでお客さんに嗣治さん達があれやこれや言われているのを聞いているのも何となく居心地悪いし、ちょっと気分転換でもしてこようかなって気分。確か篠宮さんで凍ったお酒がどうのこうのって奥さんの雪さんが言っていたし試飲?試食?でもしてこようかな。


「じゃあ嗣治さん、お仕事、頑張ってね」


 そう言ってレジの方へと向かった。レジのところに座っていた籐子さんがごめんなさいねって顔をしてきた。別に籐子さんが謝ることなんて何も無いと思うんだよ? きっとこんなふうにムカムカしちゃうのは私の心がウサギ小屋並に狭いんだろうし。


 とうてつを出ると中央広場に出ている屋台の美味しい匂いがいっぱい漂ってきた。うん、こういう時って思いっきり食べて気晴らしが一番だよね。先ずは何を食べようかな、あ、醸さんが店頭に立ってる、先ずは凍ったお酒、飲ませてもらおう。


「こんにちは、醸さん」

「やあ……」


 あれ? なんだか元気ない? そんなことを感じたのは一瞬で直ぐに醸さんはいつもの営業スマイルを浮かべてこちらを見下ろしてきた。ん? 気のせいだったのかな?


「えっと、凍ったお酒があるって聞いたんですけど」

「試しに少しだけ仕入れてみたんだ、こういうイベントの時にはピッタリだと思って。意外と売れ行きが良いので驚いてるところ。桃香さんもどれか飲む? 女の子には蜂蜜入りの梅酒が好評みたいだけど」

「じゃあそれをください」


 醸さんは凍ったパウチの口をハサミで切ってプラスチックのスプーンと一緒に手渡してくれた。お金を渡すと中を覗き込む。


「わあ、シャーベットみたいになってる」

「暑い夏にはピッタリだろ?」

「ですね」


 お店の前に設置された木製のベンチに座ると、広場で金魚すくいや投げ輪をしている子供達の様子を眺めながらスプーンを口に入れた。それから何となく溜息が口から漏れてきたんだけど醸さんの溜息と重なって、二人して一緒に溜息をつく形になってしまい思わず顔を見合わせてしまった。


「桃香さん、何か嫌なことでも? もしかして嗣治さんと喧嘩したとか?」

「喧嘩なんてしてませんよ。ちょっと自分の心の狭さにウンザリしているだけです」

「どういうこと?」


 そう尋ねられてとうてつでの女性客の会話にムカムカしたことを話した。


「考えようによっては嗣治さんがかっこいいって思われているんだから喜ぶべきことなのかもしれないんですけど、なんだか私はムカムカしちゃって複雑な気分なんです」

「なるほどね」

「それに嗣治さんはそれを喜んでいるみたいだし、本人がそれを嬉しがっているなら私がムカムカするのはやっぱりお門違いなのかなって」

「……ふむ。本人が幸せな状態なのに、それに対してこっちが腹を立てることは心が狭いって、そういうこと?」

「です」


 醸さんは私の言葉に何やら考え込んでしまった。


「なるほどね……そうだよね、やっぱり心が狭いんだよね、俺も」

「え?」

「ああ、俺も似たようなことで落ち込んでいたってこと」

「そうなんですか……」


 二人して再び溜息をついた。


「桃香さん、おかわりどう? 残りも少なくなってきたし俺のおごりで」

「え、でも……」

「一応、元は取れたから心配しなくていいよ、俺も仕事中だけど飲んじゃおうかなあ……」


 そういうわけで私は梅酒、醸さんは日本酒のシャーベットを並んで食べることになってしまった。見てくれはシャーベットだけど正真正銘のアルコールの入ったものだから、食べすぎ飲みすぎは良くないんじゃないのかなって三つ目の袋を手にした時に頭をよぎったんだけど、せっかくの醸さんの奢りを今更やめるのも馬鹿らしいし、冷たいのを食べていたら少しはムカムカもマシのような気もする。


「こらこら、二人ともなんだかシンキクサイ顔してるね。お祭りにそんな顔、似合わないよ?」


 ちょっとブルーが入った私達に声をかけてきたのは神神飯店のオクシさん。


「嫌な事があったら美味しいものを食べて忘れるのが一番。はい、これを食べて元気取り戻すね。オクシさん特性のピリ辛チヂミ」


 渡されたのは何気に赤さが際立っているチヂミ。オクシさん、お店で見かけるいつものチヂミと違うみたいなんですけど……そう言いたかったんだけどニコニコ顔でこちらを見詰めているオクシさんを見ていたら何も言えなくなっちゃって、そのまま一口パクリと食べた。食べた途端に額から汗が噴出した。


「お、オクシさん、これ、ピリ辛どころか超激辛!!」


 醸さんが店に走っていき直ぐにペットボトルを手に引き返してきた。み、水!! 水をくださーい!! 醸さんが差し出してくれたペットボトルをひったくると一気に半分くらいを飲み干す。辛いよオクシさん、美味しいけど辛すぎる!! 口から火がぁぁぁ!!


「オクシさぁん、辛いですよぉぉぉぉ」

「ああ、やっぱり。私も少し辛いかもしれないと思っていたところね、これはちょっと出すの待った」

「オクシさんが辛いって感じるって一体どんだけ辛くしたんですかあ!」

「でもお陰でシンキクサイ気分は吹き飛んだから万事OK?」


 おおおお、オッケーじゃないっっっっ!! ぜんっぜんオッケーじゃないよっっっ!!


 まあ確かにオクシさん特性の激辛チヂミでブルーな気持ちは吹き飛んだけど、辛すぎて胃がちょっとおかしくなってきちゃったよ。今度はもう少しやさしい味のチヂミが希望ですよお……。



++++++



 その日の夜、嗣治さんが帰ってきた頃もまだ胃がおかしな感じで晩御飯どころじゃなかくてグッタリ状態。それを嗣治さんは何か勘違いしたみたいで、まだご機嫌斜めなのか?って苦笑いしながら聞いてきた。


「違うよ、屋台で食べたオクシさん特性チヂミが辛すぎて夕飯を食べる気が失せちゃってるだけ。別に嗣治さんが喜んでいるなら女のお客さんにちやほやされても我慢できるもの」

「俺は別に喜んでなんていないぞ」

「でも今日だってニヤニヤしてたじゃない。やっぱり綺麗なお客さん達にちやほやされるのって嬉しいんでしょ、男の人って」


 もう良いよ、好きに喜んで下さい。暫くはとうてつさんにも行かない。


「あれは別のことで喜んでいただけだ」

「別のこと?」

「桃香がさ、ヤキモチを焼いてくれて嬉しいって気持ちだな」

「何それ」


 嗣治さんを見上げればやっぱりあのニヤニヤ笑いを浮かべている。そして私がのびていたソファの横に座ると頭をくしゃくしゃと撫でてきた。


「だから、他の女が何を言っているのかは知らないが、それでモモがヤキモチを妬いてくれていたのが嬉しいんだよ、俺は」

「……じゃあ、お客さん商売だから女の人達が言ったことでムカムカするのは、私の心が狭いとか考えて悩んでいたのは無駄だったってこと?」

「無駄ってことはないが少なくとも俺がニヤニヤしていたのは客のせいじゃない。それに徹也さんがにやけていたのも気がついていたと思うが、あれも喜んでいたわけじゃなくて、モモが可愛いくて思わずにやけたらしい」

「そうなの……」


 なんだか悩むだけ損した気分かもしれない。


「それで?」

「それでって?」

「篠宮の醸と広場で仲良く飲んだくれていたんだって?」

「飲んだくれてなんていないもん。醸さんに梅酒をご馳走してもらっていただけ」

「へえ……。モモ、俺、前に言ったよな、浮気なんかしたら酷いお仕置きがまってるって」

「え? 浮気なんてしてない……」

「結婚してまだ数ヶ月の新妻が男と二人っきりで飲んだくれているなんて許せるとでも?」

「でもでも、相手は醸さん……」


 新妻って言葉にときめいている場合じゃないみたい。ちょっと嗣治さんの目が怖い。


「それに、オクシさんもそばにいたし、途中から天衣ちゃんも来てたし……」

「だが、それまでは醸と二人で並んで酒飲んでいたんだよな?」

「……それは、そうなんだけど……」

「お仕置き決定」

「え?」


 ちょっと? もしもし? お仕置きって何? もしもーし?!


 そんなこんなで初めての商店街夏祭りは終わったのでした。



焼餅を焼いたのは桃香? それとも嗣治?

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