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第十八話【駅前商店街夏祭り企画】 桃香、浴衣を作る

「せっかくだから桃香ちゃん、浴衣も作らなくちゃ」


 そんな話を桜子さんから言われたのは数日前。七月に入ってしばらくしてからのことだった。


 私と嗣治さんが結婚式を挙げてからこの商店街とその周辺では少しだけ変化があった。先ずは商店街の近所に事務所をかまえている国会議員の重光議員が事務所で働いていた女性と婚約したこと、それから商店街で幾つか新しいお店がオープンしたこと。それから未だ他の人には内緒だけど、とうてつにどうやら新しい家族がやってくることになりそうだってこと。


 もともとこの商店街は古くからこの土地に住んでいる人が多いんだけど、こうやって新しい住人がどんどん増えていくのはそれなりに大変なこともあるけれど、それを差し引いても喜ばしいことだねとは自治会長を務める櫻花庵の御隠居さんの言葉だ。


「浴衣ですか? でも着る機会なんて殆どないですし勿体ないですよ」


 桜子さんは通販で出ているお値打ちな既製品を買うのではなくて、商店街のある呉服屋さんの紬屋さんで仕立てるつもりでいるのだから私のようにタンスの肥やしになる可能性大な人間には非常に勿体ない。


「花火大会とか夏祭りとかあるでしょ? 今年は嗣治君と一緒なんだから着飾ってあげたら? 奥さんが綺麗だったら旦那さんだって鼻が高いでしょうし?」

「そうなのかなあ……」


 そっか、旦那さんの為にって考えもあるのか~そう言えば嗣治さん、前に浴衣がどうのこうの言ってたなと納得しかけていたら、そのまま紬屋さんに連れて行かれて浴衣を作ることになってしまった。あれれ?と思っているうちに、紬屋の奥さんがニコニコしながら記事の見本帳を手に出てきて桜子さんと話を始めてしまう。桃香ちゃんだからやっぱり浴衣の生地は桃色が良いわよね?とか、花柄も良いけど金魚も可愛いわよ?とか。そして思い出したように私に桃香ちゃんはどう思う?と話を振ってくる。


「この金魚柄も可愛いけどどうかしら?」

「ちょっと可愛すぎない? 桃香ちゃんは可愛いけどもう人妻ですもの、もう少し落ち着いた柄が良くないかしら?」

「じゃあこっちの朝顔は? ピンク色だけど模様としては古典的なものだし突飛ではないわよね。帯は紺色のこれを合わせたら落ち着くんじゃない?」

「あ、あの桜子さん?」

「なあに?」

「浴衣、私よりもお孫さんとかに作ってあげた方が良くないですか?」


 そんな私の問いにニッコリと笑う桜子さん。


「孫達には生地だけここで買わせて貰って家で仕立てているの。夏休みに遊びに来るからその時に間に合うようにね。だからそこは心配しないで良いのよ?」

「いや、えーと……」


 そこを心配しているのではなくて……。


「そうだ、嗣治君のはどうする? 籐子ちゃんのことだからお店で着るものはきっと仕立てているわね、嗣治君の自宅用の浴衣も作ったら?」

「え、いや、嗣治さんの分までなんて……そんなこと」

「奥さん、そこは色柄のこともあるから籐子さんに確認してからの方がよくありません?」

「ああ、そうね、そうしましょう」


 ああ、私の言葉なんて絶対に耳に入ってないよね、二人とも。もう好きにして下さい……。



+++++



「それで桜子さんに押し切られたのか」

「だって凄く嬉しそうにニコニコしながら言ってくるんだもん、強く言えなくて」


 その日の夜、嗣治さんに昼間のことを話したら、モモは本当に桜子さんに弱いんだなあと呆れ半分で笑われてしまった。その日は生地と模様、そして帯色を決めた。小物にかんしては出来上がってきてから色に合わせて揃えましょうねというのが桜子さんの言い分だ。着物に色々な小物が必要なのは分かっていたけど、浴衣にまでそんなに必要なの?って内心びくびくしている。そんなに散財させちゃって良いのかなって。途中で桜子さんを迎えに来た葛木の御隠居様も話を聞いて驚くどころかニコニコ顔で桃香ちゃんに似合いそうだね、お出掛け用に可愛い巾着袋も買ったらどうかな?とか言い出す始末で、もしかして葛木さんって超がつくお金持ちなのかもしれないって思い始めているところだ。


「作るつもりでいたんだから良いじゃないか。有り難く受け取っておけば良いんだよ、それで桜子さんは満足なんだからさ」

「そうなんだけどね」


 けど良いのかなあ?なんて。私は桜子さんの親戚でも何でもないのに……。


「お母さんがいたらあんな感じなのかなあ」


 もちろん桜子さんの年齢からしたらお母さんと言うよりお婆ちゃんって感じなんだけど、あんな風にあれこれ言われることなんて今までなかったから、ああいうのが世に言うお母さんのお節介焼きっていうものなのかなぁって思う。


「そういうのを味わって欲しいって思ってるんじゃなのいかな、桜子さんや葛木の御隠居さんは。だからモモのことを気にかけてくれているんだと思うぞ」

「じゃあ、桜子さんの申し出に甘えちゃって良いのかなあ……」

「それで良いんじゃないのか?ってことは今年の夏祭は桃香の浴衣姿が見られるわけだな」


 なんだか嗣治さん凄く嬉しそうだね。


「……」

「だから何だよ、その顔は」

「絶対にエロいこと考えてる」

「考えてないって」

「ふーん……」

「なんだよ」

「そういうことにしておいてあげる。ところで、嗣治さん、浴衣はどうするの? やっぱり籐子さんがお店で仕立ててくれてるの?」

「夏祭りの期間はそれを着て仕事になるかな」

「へえ。じゃあ八月にはいったら嗣治さんの浴衣姿も見られるんだ」


 やっぱり嗣治さんは和装が似合ってる。そりゃ普段も素敵だけどやっぱり厨房に立っている時の方が絶対に数段素敵だし。そう言えば職場の先輩が男の人は浴衣の襟元からちらりと見える鎖骨が素敵とか言っていたっけ。んー……カウンターに女の人が座ったらそんなとこ注目しちゃうの? なんだかイヤかもしれない。


「モモ」

「なあに?」

「なんかその頭の中でよからぬこと考えてるだろ?」

「え? 考えてないよ? 嗣治さんは本当に和装が似合うから浴衣姿で板さんしているところもかっこいいだろうなって想像してただけ」

「ふ~ん」

「本当だよ? あと、そういうの見たさで来る女のお客さんとかもいるのかなーって」

「まあいるにはいるが、俺と徹也さんは料理しているからそんなのいちいち気にしてないな」

「ふーん……やっぱりいるんだ」

「それも客商売のサービスなんだよ」


 私が言いたいことが分かったみたいで嗣治さんは頭をグリグリと撫でてきた。


「心配ならいつもみたいに夕飯を店に食いにきたら良いじゃないか。ちゃんとカウンター席は空けといてやるから」

「休みの日までとうてつさんでご飯を食べるわけにはいかないでしょ? ちゃんとご飯はここで食べるよ」


 とは言っても相変わらず嗣治さんが作っておいてくれたものを温めるだけとか、あと一手間だけ加えて完成させるだけな夕飯なんだけどね。本当に良くできたお嫁さんですよ嗣治さんは。


 七夕が終わり学校が夏休みになると商店街では山手にある大学に通っている学生さん達の姿がぐんと減ったんだけど、その代わりに夏休みになって遊びまわる子供達とか、ここが実家でお爺ちゃんお婆ちゃんのとこに遊びに来ているらしい見知らぬ子供達の姿が増えてきた。そんな訳で商店街も近くの桜川で開催される花火大会や商店街の夏祭の準備で少しだけ慌しい雰囲気になってきていた。

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