第十四話 本人達より周囲が張り切っている件
「嗣治さんと桃香ちゃんって教会で結婚式ってイメージじゃないよね」
そんなことをいきなり言ってきたのは昌胤寺の若奥さん。今日は何故だか若夫婦でとうてつに食事に来ている。って言うか今夜の店内は常連さんと言うよりも商店街自治会のメンバーが多いんだけどどうしてだろう。
「そうですか? んと、じゃあどんなイメージ?」
「桃香さんはね、洋装でも和装でも似合うと思うのよ。だけど嗣治さんがね、ほら」
「あー……」
「おい、その“あー”とうのはどういう意味だ」
私が納得した声を上げたので嗣治さんがカウンター越しにこちらを睨んできた。確かに嗣治さんて普段はジーンズだったりするけれどタキシードとかスーツのイメージは無いよね、どちらかと言うと和装の方が似合いそう。それは私でもなるほどって思える。
「あのね、これはあくまでも提案なんだけど。うちのお寺で仏前結婚ってどうかな。そうすれば自治会の人だけではなくて商店街の人も参加できるし。もちろん桃香ちゃんの職場関係のこともあるから無理なら無理で良いんだけどね」
「お寺で結婚式ですか。あ、うちの職場の先輩が仏前結婚式だったって言ってましたよ、ご主人がお坊さんらしくて」
ただね、と心の中で呟く。その旦那さんちょっと不思議な人で、たまに奥さんが帰ってきたらカーッとか言って何かを祓っているらしいんだよね。それってさ、何か憑いてきたってことだよね? 昌胤寺のご住職さんもそんなことしたりするのかな? 今のところそんな話は聞いたことないけど、その話を先輩から聞いてからちょっと気になっていたりする。
「二人で考えてみてくれるかな?」
「そうですね、家に帰ってからでも二人で相談してみます」
とは言え、まだ具体的にいつ結婚式を挙げようかとか全く考えてないんだよね私も嗣治さんも。なんだか二人で結婚しようって決めたら急に安心しちゃったって言うかマッタリ気分になってしまって。そんな話を嗣治さんのところのお義姉さんに話したから、結婚は勢いが必要なんだからそのまま突っ走るぐらいの気分でないと乗り切れないわよ?なんて脅されてしまった。
嗣治さんの方も何やら心配そうな徹也さんから“お前達ちゃんと式を挙げるつもりでいるんだよな?”とか確認されちゃってるし、なんだか当事者の私達よりも周囲があれやこれやと動き出している気がするのは何故?
「そんなに式にこだわる必要あるのかなあ……」
「あら、じゃあどうするつもりだったの?」
「え?」
お膳を下げてきた籐子さんに尋ねられた。
「私も嗣治さんもそれなりに忙しいので、家族でお食事会みたいなのをするだけでも良いかなって話だったんですよ」
そんなことを言ったら後ろでこの前と同じような感じで今度は異議が一斉に上がった。嗣治さんは更に徹也さんに何か言われている。
「だけど桃香ちゃん、一生に一度のことなんだから式はちゃんと挙げておいた方が良いと思うわよ?」
「そうなんですかねえ……」
私も嗣治さんもイベント好きじゃないのがこんなところでも影響しているんだよね。別に入籍だけして家族でご飯でも一緒に食べたら良いじゃないか程度にしか考えてなかった。だけど今の反応を見る限り、ここの商店街の人達は違う意見らしい。
「ねえ桃香ちゃん、私達ね、結婚のお祝いに振袖を仕立てているんだけれど、それを着て結婚式を昌胤寺さんで挙げたらどうかしらって思うのよ。それだとあまり大袈裟な感じにはならないでしょ? あ、でも嗣治君はちゃんと紋付よ?」
桜木茶舗の御隠居さん夫妻がニコニコしながらカウンター席の方へとやってきて、奥さんの桜子さんが朗らかな口調でそう言った。
「着物だなんてジジババらしい贈り物でしょ?」
「桜子さんは気が早くてね、一ヶ月ほど前からあれやこれやと用意し始めてしまったんだよ」
「一ヶ月前って……」
「だって仕立てには時間がかかるんですもの。間に合わなかったら大変だと思って」
私と花子ちゃん夫婦からの贈り物だから受け取ってね?とニッコリと笑った。
「それと桃香ちゃん、お墓のことなんだけどね」
桜木の御隠居さんがちょっとだけ真面目な顔になった。
「もし良ければこちらに移さないかって住職と話をしていたんだ。今の話だとこの辺りにずっと住むつもりだってことだろう? だったらお父さん達のお墓も近くにあった方が何かと安心だろ?」
今の西脇家のお墓は両親達が住んでいた場所の近くのお寺でここから一時間ほどのところ。仕事でなかなか行けてなくて、お墓参りも新年やお盆、そしてお彼岸だけになってしまっている。確かに近くだったら私も安心なんだけど。
「だけどお墓って……」
お高いですよね?って話。
「こちらに任せてくれればきちんとあちらのお寺とも住職が話をつけてくれるよ。同じ宗派で顔見知りらしいし」
「そうなんですか」
「じゃあ決まりだね、私達できちんとするから安心しなさい」
「え、でも」
「桃香ちゃんは私達の孫も同然だしね、遠慮しないでこちらに任せておきなさい。あ、それから新居の方はどうするつもりなんだい?」
「ああ、それはですね……」
嗣治さんが住んでいるマンションは単身者向けだし、私が住んでいるアーバン希望が丘もファミリー向けの部屋もあるけど私が住んでいるところはそれよりも少し狭い間取り。もちろん二人だけで住むのであれば十分なんだけど、将来のことを考えるとどうかなっていう微妙な広さだ。
「重光先生の事務所の近くに新しい分譲のマンションが建ったじゃないですか、あそこはどうかなって話してるんです。今までと生活圏は全く変わらないし互いに頭金ぐらいの貯金は十分にあるので」
ね?と嗣治さんの方に視線を向けると彼は黙って頷いた。
「なるほど、あそこなら今までと殆ど変らないね」
本当は私の職場に近いところに引っ越しても良いんだぞって嗣治さんは言ってくれたんだ。だけど私はここの商店街が好きだし、嗣治さんの家族もここに住んでいるんだから住むならここって決めていた。そんな時に目についたのがあのマンションの分譲中の文字。不動産会社に連絡したらまだ空きはあるってことで、次の日曜日に二人で見に行く予定なんだ。結婚式のことでは周りをヤキモキさせているみたいだけど、新居に関してはちゃんと準備してるんだよ?
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その日の夜、改めて嗣治さんに結婚式のことを話してみることにした。
「嗣治さんはどう思う?」
「何が?」
「結婚式のこと。徹也さんにもずっと何か言われてたでしょ?」
「ああ、あれな」
どうしたものかなって顔をしながら溜息をついている。仕事の間も徹也さんからあれこれずっと言われていたらしくって、このまま自分達の希望通りにはいかないような風向きだというのが嗣治さんの心境らしい。
「だけど桜子さん達が作ってくれるという振袖を着たモモを見たいってのはあるな」
「そうなの?」
「ああ。ただ、俺が紋付っていうのがだな……」
「でも似合うと思うよ。板さんの恰好だって似合ってるし嗣治さんは絶対に和装が合うと思う。あ、夏祭用に浴衣をつくるのも良いね」
それを着て花火大会とか見に行けたら良いなあと思う。お互いに仕事があるから難しそうだけど、お盆休みにある地元の花火大会なら何とか行けないかな。
「浴衣かあ……」
「嗣治さん」
「なに?」
「なんだか今、ものすごーくエッチなこと考えてなかった?」
「え?」
私の指摘にギョッとなる。あ、図星だ。絶対に浴衣であれこれなことを考えてた。
「いや、別にやらしいことを考えたわけじゃなくて、浴衣を着た桃香も色っぽいだろうなって想像しただけだ?」
「なんで最後に疑問符がつくの? 怪しい、怪し過ぎる」
「そんな顔してないで早く寝ろ。明日も仕事で早いんだろ?」
「あ、ごまかす気なんだ」
「そんな気は無いって。明日も早いのは本当だろ?」
「だけど絶対に話を強制終了出来たってホッとしてる」
ブーブーと言うと嗣治さんの表情が急に変わった。
「……ほお」
「ほお?」
「こっちは明日も早いだろうって気を遣ってやっているのにそんなことを言うのか、モモ」
「へ?」
「そうかそうか。気遣いは無用ってことだな、だったら遠慮なく」
「え?」
「先に言っておく。ご馳走様♪」
「え、ちょっと待って! 嗣治さん、ちょっと待ったぁぁぁ」
「聞こえんなあ」
ぎゃああああ、嗣治さんが悪代官になったあ!!
そんな訳で満足げな顔をして眠っている嗣治さんの横で、私は改めて【後悔先に立たず】ということわざの意味を噛み締めることになったのだ。