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桃と料理人 - 希望が丘駅前商店街 -  作者: 鏡野ゆう
本編

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13/55

第十二話 元カノが現れた

ツイノベしたものに加筆したものです。

「お久し振り、嗣治」


 嗣治さんが料理をのせた小皿を私の前に置いている時、いきなりその人はやってきた。


「……」

「まさか忘れちゃったなんてことはないわよね?」


 ちょっと媚びるような笑みを浮かべているその女性、歳は私より少し上な感じのとても綺麗な人だ。しかも胸が超デカい。ここの女将さんの籐子さんも大きいけど、この人は更に大きいかも。それを見ていると色々と世の中って不公平だなぁなんて思えてくる。半分くらい分けてほしいよ。


「あの……嗣治さん、席を外しましょうか?」

「すぐに帰るだろうから気にするな」


 そんな言葉を交わしたところで初めてその人は私の存在に気付いた様子。こちらを見下ろすと“あら居たの?”みたいな顔をされてしまった。居ましたよ、すみませんねぇ。


「こちらは?」

「俺の恋人だ。モモ、こいつは寺田みのり。大学の時にゼミが同じだった奴」

「酷いわね、それが元カノに対する言葉なの?」


 そんな気はしたんだよね。みのりさんの私を見る目がこちらを値踏みするような感じでちょっと嫌な感じだ。


「随分と趣味が変わったわね」


 そんなこと言われなくても分かりますよーだ。私そんなに巨乳じゃないし。貧乳で悪かったですねーだ。少しだけムッとなりながら嗣治さんが置いてくれた戻り鰹の角煮を一口。美味しいじゃないか。


「美味しい♪ お父さんが作ったのも美味しかったですけど、嗣治さんが作った角煮の方が美味しいです♪」

「当たり前だ、俺はプロだぞ」

「本当に料理人になるなんてね。せっかく大学で経済学部まで出たのに」


 まるで料理人さんをバカにしたような口振りに嗣治さんもムッとした様子。私だってちょっとムカついた。


「大学出たからって料理人になっちゃいけないってことないですよ」


 気がついたら私の口からそんな言葉が飛び出していた。徹也さんだって大卒だけど料理の道に入ったし、そんなの本人の自由じゃない? 私だって大学は理工系じゃないけど科捜研に勤めているし。要は本人が何をしたいかってことだと思うんだけど。


「嗣治さんがしたいことなんだから、そんな風に言うのやめてもらえません?」

「何も知らないからそんな風に言えるのよ。彼、この道に進まなければ父の会社に入れたのにそれを振り切ってまで料理人になったのよ?」

「だから何なんですか。したくない仕事を続けるよりやりがいのある仕事の方が大事です」


 父の会社ってなんだー? もしかして凄いお嬢さん?


「それにここに勤めているお蔭でモモとも会えたしな」


 正確には私が行き倒れてたんですけどね。嗣治さんのお蔭で最近はとっても健康的に生きてますけど。


「何の用だかしらんが俺はこの仕事をやめるつもりはないぞ。それに近々俺はこいつの嫁になるらしいからな」

「ですです。嗣治さんは私のお嫁さんになる人なんですよ。人の大事な嫁に今更そんな中年のおっさんみたいな色目を使わないで下さい」

「なっ……」


 周囲のお客さん達が何やらやんややんやと騒いでいるけど気にしない。まあ後できっと羞恥心に悶え苦しむかもしれないけどね。


「とにかく嗣治さんは私の嫁なんです。だから何をしに来たんだか知りませんけど、とっととお引き取り下さい。私はすごく嫉妬深い旦那なんで、怒ったら何するか分かりませんよ?」


 そう言いながらお箸を相手の鼻先に向けた。


「モモ、行儀が悪い」


 すかさず嗣治さんのダメ出しが出たので、ごめんなさいと言ってお箸を引っ込めた。


「嗣治、付き合う相手は選んだ方が良いんじゃなくって?」

「モモは俺の作った飯を美味しいといって喜んで食べてくれるし、一緒に料理を作る時も一生懸命だし、これ以上はないぐらい俺にはぴったりの相手だ」


 後ろからどさくさに紛れて惚気るなーという野次が飛んできた。


「そういうわけなので、お食事でないのならお帰り下さいな」


 ニッコリとほほ笑む籐子さん。うわあ……なんだかニッコリ大魔神って感じで怖い。



+++++



「何か言いたそうな顔だな、モモ」


 ニッコリ大魔神になった籐子さんがやんわりと彼女を店から追い出した後、食事を再開した私を見ていた嗣治さんがそんなことを言ってきた。


「別に何も言いたいことなんてありませんよ」

「嘘吐きめ」

「嘘じゃないですー」


 そりゃ本当はちょっとだけ聞きたいとは思ってるんだ、さっきの人のこと。あんな美人でスタイルも良くて、しかもお金持ちのお嬢さんっぽいのにどうして別れちゃったのかなって。それってやっぱり嗣治さんが料理人になったからなのかな?とか。


「さっきの人、いいとこのお嬢さんですよね、雰囲気からして。きっとお料理とかも上手なんだろうなって思っただけです」

「確かに。大学で会った時には料理教室に通っていたから上手ではあった」


 美人で胸が大きくて料理が上手、そしてお金持ち。うはあ……完全に負けてる。色々な意味で勝てる気がしないよ、ちょっとガックリ。


「何故だか俺が料理をするのを嫌がってな」

「え? じゃあ、みのりさんは嗣治さんが作ったもの食べたことないんですか? 鰯の梅煮とか豆腐ハンバーグとか」

「無いな」

「うわあ……人生四分の三ぐらい損してますね」

「四分の三とかなんでそんな半端なんだよ」

「え、美人でお金持ちのお嬢さんだから四分の一ぐらいはきっと楽しんでいるだろうなって思って」


 嗣治さんは私の言い分になんだそりゃと笑った。四分の一は言い過ぎかな。でも少なくとも半分くらいは損していると思うんだ。


「モモはどうなんだ?」

「私?」

「俺の料理を食べて人生少しは得した感じになってるか?」

「なってますよ。嗣治さんと会ってから自宅と職場の往復だけの生活じゃなくなって活動範囲も広がったし、意外と人生って楽しいなって思える日が増えたから通常より二倍くらいお得な感じです」

「二倍か」


 あれ、なんで不満顔なの? 二倍って凄いと思うんだけど、倍だよ? もしかしてもっとお得だって思ってた? じゃあ三倍ってことにしようかな。


「二人が一緒になれば相乗効果で更にお得感が増すんじゃないのか?」


 それまで横で黙って魚をさばいていた徹也さんが口を挟んでくると、嗣治さんは勘弁して下さいよって顔をして背中を向けてしまった。その様子からして徹也さんがその話をするのは初めてじゃないらしい。


「えっと、いつも一緒にいますよ?」

「そうじゃなくて所帯を持つってことだよ。だって嗣治を嫁にするんだろ? さっさと一緒になれば良いじゃないか、魚住のオヤジさん達もまだかまだかで待っているようだし」


 徹也さんはそう言うと、お客さんのところからお皿を下げてきた籐子さんに同意を求めた。籐子さんもそうよねと頷いている。


「これだけ大勢の人の前でお嫁さんを貰うって言っているのだから、そろそろちゃんと貰ってあげないと嗣治君が可哀相よ?」

「嗣治さんが可哀相、なんですか……」

「あら、いつまでも待たせておく気?」

「あのですね、私、自分で言うのもなんですけど仕事中毒気味だし、お掃除と洗濯は人並みに出来ますけど料理苦手だからきっと良いお嫁さんにはなれないと思うんですよ」

「だから嗣治が嫁に行くんだろ?」


 すかさず徹也さんが言葉を挟んできた。


「そんなんで良いんですか? そりゃ千堂のお父さん達は良くしてくれますけど、やっぱりちゃんと何でも出来る人の方が良いんじゃないかなって……」


 いきなり後ろから大ブーイングが起きた。ええ?! 皆なに聞き耳を立ててるんですか?!


「あの!! 皆さん食べ終わったんだったらそろそろ帰ったらどうですか?!」


 今お店に残っているのはここで夕飯を食べるようになってから顔見知りになった人ばかりだ。つまりは常連さん達。え? 今日は遅くなるって家に電話したとこ? 今から嫁が来る? 小腹が空いたからもう少し食べる? ちょっと何なんですか今更!!


「そんな変な目でこっちを見ないでもらえます?」


 だけど常連さん達の期待満面な顔は変わらない。


「……見世物じゃないんですけど」

「皆、立会人になりたいのよ、きっと」


 籐子さんが困った人達ねと溜息をつきながら苦笑いしている。だからってこんな大勢のギャラリーなんて有り得ないよ。私だって羞恥心ってあるんだよ皆さん!!


「……わ、」

「わ?」

「わ……ワタシ、カエリマスヨ!!」


 あまりのことに日本語が変になってしまった。カバンの中からお財布を引っ張り出すとお金をその場において椅子から飛び降りる。代金が足りなかったら後で請求してもらえば良いや。後ろで嗣治さんの声がしたような気がしたけど、立ち止まること無くお店を飛び出した。

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