第十話 ツグニャンケーキ
今回のエピソードは前回の第九話の続きをトムトムさん・饕餮さん・私との三連作コラボで書くことになりました。
トムトムさんの作品【希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~】、饕餮さんの作品【希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々】、そして私の【桃と料理人~希望が丘駅前商店街~】で今回のエピソードを少しずつ違った時間軸と角度で描く予定です。
あれから暫くは何となく魚住さんの前を通るのが気まずくて、通勤の行き帰りは商店街の反対側を通ってみたり裏道を通ってみたりしていた。そんな中で商店街の裏側にお風呂屋さんがあるのを見つけて思い切って入ってみた。比較的新しいお店みたいで綺麗だしマンションのお風呂と違って広いし、意外と遅くまで営業しているってこともあって仕事の帰りとかに気が向けば寄るようになった。こういうのを怪我の功名とか言うのかな?
そのせいで嗣治さんのところに行く時間が遅くなったり行けなくなったりしてるんだけど、それはまあ仕方が無いってことで。勿論お風呂屋さんを見つけて寄っているってことはちゃんと話してあるので、何処かでまた行き倒れているんじゃないかって心配されることはないと思う、多分。
それから落ち込んでばかりもいられないってことで、ちょっと新しいことをしてみることにした。それがツグニャンシールのキャラケーキ。
モモニャンシールでキャラ弁を作ってもらったので、今度は私が何か作りたいなと思ったのね。それで先ずはキャラ作り。嗣治さんをイメージしてツグニャンシールっていうのを作ってみた。最初に嗣治さんにシールを見せた時は俺はこんなに色黒じゃないって文句を言っていたけど、イラストは気に入ってくれたみたい。
そしてそれをキャラケーキにって考えてんだけど、何せ女子力皆無の私がケーキ作り、しかもキャラケーキなんてものを一足飛びで作れるはずもなく、少し悩んだ末にトムトムさんの孝子ちゃんに相談してみることにした。
相談しに行った時に参考にと見せた嗣治さん作のキャラ弁で俄然やる気スイッチが入ったのか、孝子ちゃんは指導係を快く引き受けてくれたんだけど、何故か回りが変な感じでざわついたのが不思議でならない。孝子ちゃんは確か製菓の専門学校に通っているんだよね? 問題ないと思うんだけど何故だろう。
その謎が解けないまま何度も二人で試行錯誤を繰り返し、孝子ちゃんの指導のもと無事に美味しくて可愛いツグニャンケーキが出来上がった。さっそく嗣治さんのところに届けようと思って孝子ちゃんとケーキの入った箱を持ってとうてつに行くことに。基本的に持ち込みはマナー違反だけど、まあ見せるだけなら問題ないよね? あとで皆で食べてもらっても良いし。
「こんばんはー。つぐはるさーん、いいもの出来ましたよー♪」
お店に入ると何だか店内が異様な雰囲気になっている。いらっしゃいと言ってくれた籐子さんもちょっと困惑気味と言うかなんと言うか微妙な顔をしている。一緒に来た孝子ちゃんも何だお店に入るのを躊躇うような雰囲気だ。そんな殺気立っている空気の中心に居たのは、あ……嗣治さんのお父さん。
「何しにきたんだ桃香」
嗣治さんもなんだか不機嫌そう。また喧嘩でもしたのかな。目つきがツグニャンと同じような逆蒲鉾型になっているよ。
「何しにって失礼ですね、せっかくツグニャンケーキ作ったのにぃ。あ、お父さんもこんばんはー」
カウンター席に座って心なしか小さくなっているお父さんの横に座る。孝子ちゃんはうしろのテーブル席にいた彰さんを見つけ少し安心した顔をしながらそちらの方へと行ってしまった。
「ツグニャンケーキ?」
「前に渡したシールがあったじゃないですか。あれを孝子ちゃんと一緒にケーキにしたんですよ」
そして店内でまたも変なざわめきが。え、何なの? 嗣治さんも何故だか少し青ざめた様子。
「味見、したのか?」
「当然ですよ。美味しかったですよ、さすが孝子ちゃんです。初心者の私でも作れるケーキを考えてくれたんですよ。だからこれは私が最初から最後までちゃんと作ったんです。ってな訳でお披露目ー」
ケーキの入った紙箱の蓋を開けて嗣治さんの前に置いた。嗣治さんが作ったキャラ弁は平面だったんだけど、それに刺激されて職人魂を燃やした孝子ちゃんは3Dに挑戦してみましょうと言い出し、私でも作ることが可能なデコレーションを考えてくれた。全体はツグニャンの色の通り、コーヒーとチョコレート味で統一されているちょっと大人の味のケーキなのだ。
「美味そうだ。初めてなのに頑張ったな、モモ」
恐る恐るはこの中を覗いた後、ちょっと料理人の顔をしながらケーキを観察していた嗣治さんがやがて顔を上げてニッコリと笑ってくれた。
「孝子ちゃんに言われるがままに作業しただけですけどね」
前も嗣治さんには言ったけど、作り方を一度見せてもらえば大体のことは出来るんだよ。ただ臨機応変な応用が出来ないので教科書どおりしか作れないし、急なハプニングに襲われるとパニックに陥るんだけどね。そんな私達の後ろで彰さんが孝子ちゃんに何か言っている。あれ、もしかして怒られてる?
「あの彰さん、私が無理に孝子ちゃんにお願いしたので……」
「うん、別のことで怒っているだけだから桃香さんは気にしなくて良いよ。ケーキ、綺麗にできて良かったね」
「はい、有難うございます」
にこやかな彰さん、明らかにオフリミットだからこちらのことは構わないでねって顔している。孝子ちゃんゴメンね、私、彰さんのそのオフリミット顔は怖くて逆らえないよ。
「なあ、この緑色の目なんだが……」
「あ、それは市販のゼリーを使ったんですよ。最初は青汁とかヨモギとかどうだろうって言ってたんですけどね、色々と試した結果メロン味ゼリーになりました」
「……まさか青汁とヨモギを試したのか?」
「試しましたよ。さすがに青汁もヨモギも甘くしても色が濃いしゼリーにしても美味しくなかったです」
勇者だ……と誰かの呟きが聞こえた。
「この調子でいったら私、嗣治さんが作ってくれたキーボ君クッキーみたいなツグニャンクッキーも作れますかねえ」
「クッキー?! やっぱり嗣治さんだったのか、俺の腹の上にクッキー乗せたのはっ」
それまで黙ってこちらを眺めていた恭一君が怒ったように言った。あ、そう言えばキーボ君がお菓子軍団に囲まれて動けなくなって救出してもらった騒ぎがあったっけ。あれの原因、嗣治さんのクッキーだったの?
「いや、なんとなく? 恭一ってよく倒れてるし、腹でも減って行き倒れてんのかと」
「俺の何処が行き倒れなんだよ!」
「ここに前例がいるから有り得ると思ってな」
私を指差さないで下さい。嗣治さんと恭一君が言い合いをし始めちゃったので私は仕方ないなあと呟きながら徹也さんにお皿と小さな包丁をお願いする。そして隣に座っている嗣治さんのお父さんにコソコソと囁いた。
「騒がしいのはほっといて一緒に食べませんか? 静かになるの待ってたらいつまでたっても食べられないし」
「いいのかね?」
「一口分ぐらい残しておけば問題ないと思います。文句を言ったらその一口も没収ですよ」
徹也さんにお礼を言いながら包丁とお皿を受け取ると、その場でケーキを切り分けた。ちょっと可哀相な気がしないでもないけど、食べなきゃ更に可哀相。
「このお髭の部分はミカンの皮の砂糖漬けをチョコレートでコーティングしたんですよ。甘酸っぱくて美味しいですよ。あ、お父さん、甘いのは平気です?」
「ん……ああ、甘いものは好きだ」
「良かった~、だったら食べましょう♪」
そんな私達の様子を見ていた嗣治さんがこっそり溜息をついたことに私は全く気付かなかった。