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8.忍


「! ……義仲?」


 義仲の言葉通り、巴は密書を持って走っていた。師匠の元まで辿り着ければ援軍を呼べる。それまで、それまで持ちこたえてくれと願って。ひたすら握りしめたままの苦無は、既に使い物になりそうにない。残り数本の苦無。果たして自分は師匠の元まで辿り着けるのだろうか。そんな、不安を抱えて。

 大きな風が巴の頬を撫でた。それに、巴はふと足を止めた。嫌な予感がした。朝からしていた妙な胸騒ぎだ。ざわざわと喉までやってくるソレに、嘔吐感すらした。一気に体温が奪われたような感覚に陥り、気持ち悪さが全身に沁み渡った。手足が痺れて動かなくなる。いや、そんなまさか――。


「そこまでだ。」

「!」


 バッと振り返ったそこには、先ほど対峙した敵の忍達が立ちふさがっていた。動かない体を無理矢理動かし、一気に距離を取る。体制を整えてから、新しい苦無を構えた巴はそこで一旦頭を整理させた。――先ほど対峙した忍達? それでは、それでは……義仲は?

 巴は素早く思考を巡らせた。確かあの場にいたのは七人。この場にいるのは四人。ならば残りの三人と今、義仲は戦っているのだろう。そうだ。いくらあの義仲とはいえ、七人もの忍を相手にするのは無理だったのだ。どうせあと少ししてから追いつてきて、いつものようなあのへらへらした顔で悪かったな、なんて言って――。

 しかし、巴のそんな希望を打ち砕くかのように目の前の男が感情のない声で淡々と言った。


「小僧はよく戦った。最期の最期まで、命乞いすらせずに。良い死にざまだった。」

「……嘘だ。」

「娘、密書を渡せ。」


 目の前の一人が、苦無を構えた。それに続いて後ろの三人が巴と距離をとったまま動き出す。


「――!」


 巴が一番近くの敵に集中していたときだった。瞬きをする暇すらなく、敵の一人が巴に向かって一直線に走ってきた。手には忍刀を持っている。


「くっ!」


 間一髪で体を捻り、それをかわした巴。しかし、体制が崩れたのを見計らって投げられた手裏剣を避けられず、もろに喰らう。

 咄嗟に自分も苦無を投げ返すものの、冷静な判断なしの攻撃は一向に当たらない。そしてそのまま目の前の敵に集中していると、今度は上から敵の影が落ちる。素早く苦無で受け止めるものの、そのせいでがら空きになった背中に別の敵が容赦なく襲い掛かった。


「が、あ!」


 巴の背中に、無数の苦無が突き刺さる。

 どさ、倒れこんだ巴の懐から隠し持っていた密書が落ちた。巴はそれを、光の消えた瞳で見つめた。こんなもののために、義仲は死んだのだろうか。それとも、義仲はこんなものを守る私を守るために、死んだのだろうか。

 巴の脳裏に、既に顔も覚えていない家族の声だけがよみがえる。私の名前を呼んで微笑む両親が、少しずつ秀次を抱いて微笑む両親に変わっていく。それを見ながら唇を噛みしめる少女。あれは――私だろうか。泣くことも出来ない不器用な少女。愛されたくて、認めてほしくて、それが叶わなかった哀れな少女。少女が自ら進む闇に光はない。ああ、そう言えば初めの頃は夜が怖くてよく月を眺めていたっけ。

 巴は苦無を握って立ち上がった。まさか巴がまだ立つとは思わなかったのか、目の前の敵は思わずたじろいて一歩距離をとった。

 義仲、それから師匠。私は嘘をついていました。武術が苦手だと言ったこと。だから兵法を身に着けたと言ったこと。あれは、全て嘘なのです。

 巴が苦無を持ちかえた。とん、とん、と足で地面をたたく。体が軽く何度か浮く。そのまま、巴は目の前の敵を見据えた。

 逃げたかっただけ。自分の限界に気づいて、力では勝てないと諦めて逃げたかっただけ。気づきたくなかっただけ。女を捨てたはずの私が、忍の三禁に触れるだなんて。それが、よりにもよってお前だなんて。ああ、今更気づいても――遅いのにな。

 巴の瞳から涙が落ちた。その雫が地面に零れる前に、巴の体が宙に浮く。警戒していた敵は、咄嗟に苦無を構えたが衝撃はない。しかし驚きに見開かれた目が次第に瞑られ、どさりと体が地面に沈んだ。その後ろから、苦無を構えた巴が次の敵に視線を移す。


「……毒、か。そう言えば門番に霞扇の術を使ったのも、お前だったな。」


 男が声を漏らすも、巴の耳にはもう何も入っていないようだった。とん、とん、とまた地面を足で叩く。体が宙に浮いて、消える。風のように。

 大きな風が吹いた。思わず目を瞑る敵は、次に気が付けばもう巴の苦無に切りつけられていた。敵は、驚きに目を見開いた。

 巴は、目を瞑ったままだったのだ。


「獅子を起こしたのは俺、か。」


 そっと呟いた男は、そのまま自分に向かってくる苦無を受け入れた。

 闇に消えよ、己の心。感情すらも押し込めて。流れる雫は朱となれ。頬伝うは涙に非ず。

 巴の体は止まらなかった。風が吹いている間中、巴の体は宙に浮き、時々木や地面を蹴ったかと思うとまた宙に浮いた。その間も、やはり巴は目を瞑ったまま、唇を噛みしめていた。

 泣くな、心。無心となって敵を葬れ。泣くな、記憶。捨てきらなければ忍びにはなれぬ。生きろ、巴。そう言った貴方を忘れて。


――忍べ。





 闇にいき  闇に殉する  覚悟なれ

 忍べよ忍べ  散りゆく者よ





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