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7.生きろ


 朝から感じていた胸騒ぎの正体が目の前にいた。

 情報になかったはずの忍達。その全てが自分たちより遥かに上手だということは分かっていた。目的である密書は自分の手の中。しかしそれは敵が決して二人を逃がさないということでもある。巴は思わず気配を殺しながら息を大きく吐いた。気づかれては、いない。


「……囲まれたな。」


 林に身を隠した義仲と巴。その中で何とか布きれで止血を終えた義仲が息を切らして言った。巴は無言で頷き唇を噛んだ。


「どうする?」


 義仲と巴はお互い既に満身創痍だった。既に武器は残り数本の苦無以外は持っておらず、用意していた薬も随分前に使い切った。きっと次敵に遭遇すれば逃げることすら困難であろう。


「どうするもこうするも、迎え撃つしかあるまい。」

「それじゃあ意味がない。……俺が囮になる。」


 義仲の言葉に、巴が目を見開いた。唇がそっとなんで、と呟く。

 巴は分かっていた。ここで残れば決して助からない。残った方が、囮になった方が死ぬのは目に見えていた。ならば二人で迎え撃つ方が可能性は高いし、そもそも目的の密書はこちらの手にあるのだ。交渉する手立ても失われてはいない。


「、何……言ってるんだ。」


 巴の声は若干震えていた。

 胸騒ぎが止まない。この正体である敵は今この場にはいないのに、ざわざわと近づいてくる感触に思わず体を強張らせた。


「生き延びろ、お前は女だ。」

「関係ない、だろう! 私は、私は最後まで、」


 真っ直ぐ自分を見てくる目に、巴は目を反らせない。

 女であることを捨てて忍になった自分に、女であるから生き延びろと言うのか。女である自分に、戦場で死ぬことは似合わないと。


「お前までそんなことを言うのか。お前が、力が全てと言った、お前がそれを言うのか! 私は、私は嫌なんだ! 女としての生も死も、全部嫌だ!」


 だから捨てた。自らの居場所を。

 だから求めた。自らの死に場所を。


「もう私から唯一の居場所を奪わないでくれ! 女と言う理由で奪わないでくれ! 私は、私はお前と、」


 いきたいんだ。

 その言葉を言う前に、義仲が巴の肩を掴んだ。その力に、思わず巴が顔をしかめる。巴は言葉をきり、その手をどかそうと手を伸ばした。


「お前に、死んでほしくない……!」


 けれど義仲の言葉に、表情に、巴の動きが止まった。

 巴は、今までこんなにも真剣で、悲しそうな義仲の表情を見たことがなかった。自分の無力が歯がゆいかのように、義仲は巴の肩を掴んで顔を伏せた。


「……今夜は月が出てない。きっとお前を連れて行ったりしないよ。だから、だからお前は行ってくれ。俺は残るから。」


 巴には、義仲の言っている言葉が何一つ理解できなかった。理解できなかったが――ただ、義仲が自分に生きていてほしいと言っているのが分かった。でも、それはつまり、義仲は、


「そこまでだ。」


 聞こえてきた声に、弾かれたように二人は距離をとった。目の前には忍び装束に身を包んだ忍が七人。目の前にいるのは組頭だろうか。他の六人は目の前の男よりも二、三歩引いて構えていた。


「密書を渡して貰おうか、そこの娘。」


 これが確信していた言葉だったのか、それとも鎌をかけたのかは分からない。ただ、二人が同時に動揺したことから男は密書を持っているのが巴だと確信したらしい。一斉に巴に視線が行ったのが分かった。

 義仲がちらりと横目で巴を見れば、巴は冷や汗を垂らしながら唇を噛んでいた。どうしようもないときにする巴の癖――義仲はこんな状況なのにも関わらず、小さく笑みを零した。


「巴。」


 義仲の言葉に、巴が振り返る。


「――生きろ。」


 否、巴が声に反応して振り返る前に、義仲は巴の背中を押した。巴は悲鳴を上げる間もなく木から落ちた。

 義仲は隙を作らぬように細心の注意を払いながら下を見た。どうやら着地は成功したらしい。しかし下から巴が自分の名前を呼ぶと同時に、目の前にいた一人が義仲にとびかかる。


「義仲!」

「っ……走れ!」


 お互いに苦無でぶつかりながら、義仲は叫んだ。巴はそれに躊躇したが、唇を噛みしめるとその場を走り去った。


「もう一人が密書を持っている! 追うんだ!」

「おっと、お前らの相手は俺だよ!」


 義仲は苦無を手に敵の前に立ちふさがった。咄嗟に近くにあった石を投げつけて注意を引き付ける。ちらりと見た先にはもう巴はいなかった。どうやら無事に撒けたようだ。義仲はそんなことを思いながら最後の苦無を握った。


「小僧。お前らの命に興味はない。密書を取り戻せば命は助けるぞ。」

「おいおい。餓鬼と思って舐めてない? 俺だって一人の忍だってのに。」


 距離をとってそのまま移動する。少しでも、少しでも時間を稼ぐんだ。巴がもっと先まで逃げるだけの時間を――。

 そこまで考えて、義仲は一人自虐的に笑った。はは、これじゃあ巴と義仲じゃなくて義経と弁慶じゃないか。命を懸けて守る、ってことには同じかもだけど。でも、


「俺はお前を死なせたりはしないよ。」


 弁慶は義経の死をまもった。でも俺は〝義仲〟として〝巴〟の生を守るよ。

 義仲は苦無を構えて一人の敵に突っ込んだ。そのまま真っ直ぐ行かせると見せかけて体を捻る。足を払えば敵の体制が崩れる。頬に一発蹴りを食らわせれば、体制の崩れもあり敵は簡単に吹っ飛んだ。


「口先だけではないようだな。だが、」


 それを見ていた組頭であろう男がふっと笑みを漏らした。そしてその言葉をその場に残したまま、男が視界から消える。義仲が目を見張ったその時には既に――。


「ぐはっ!」

「その程度の腕ではこの人数相手にどうしようもあるまい。」


 背骨がミシミシという音がした。咄嗟に防御した腕も、ダメージが大きい。義仲は顔を歪めながら後方に大きく飛んだ。

 タイミングを見計らって放たれた手裏剣を車返しで投げつける。敵はそれに意表を取られたのか、もろに攻撃を喰らって倒れた。しかしそれに動揺することなく次の敵が目の前に突っ込んでくる。駄目だ、これは避けたら後ろの敵の攻撃を避けられない。咄嗟にそう判断した義仲は、その攻撃を苦無一本で受け止めた。否、上手くいなしたと言った方がいいだろう。


「やはりここで失くすには惜しい人材だな。」


 男がそう言いながら手裏剣を投げた。それを苦無で弾き返すも、手裏剣を囮にとんでいた男に気づかず、そのまま後方に激しく背中を打ち付ける。


「が、はっ!」


 木を背もたれにするようにして倒れこむ義仲を、男は苦無を構えたまま見下ろした。


「お前はまだ若い。その力を役立てるなら――命は見逃すぞ。」


 その言葉に、義仲はそっと自虐的に笑いながら顔を上にあげた。

 三人、いや四人。もうどう足掻いてもこの体では太刀打ち出来ないであろうことを悟る。


「……俺、忍者向いてないな。やっぱり。」


 敵側についたフリをして最後には味方の元に戻る。袋返しの術――それは師匠に何度も教わった忍法の一つであり、生きる手段の一つでもある。でも、


「はは、誰が、あんたらのなんか。」

「……そうか、残念だ。」


 その言葉が放たれたと同時に、目の前に血が飛び散った。ごめん、巴。

 朦朧とする景色の中。義仲は忍になる前の自分を思い出していた。決まっていた将来、全て捨てた自分。似ている境遇の巴を放っておけなかった。巴、なあ巴。お前を一人の女として見ていたかったのは俺だ。好きだ、愛してる。きっと初めて会った時から。お前の名前を聞いて、咄嗟に義仲と名乗ったんだ。でも、お前はきっと俺のそんな気持ちにも気づいていたんだろうな。はは、やっぱり俺忍者向いてないな。自分の気持ちにすら、忍べなくて。

 見上げた先は雲に覆われた空しか見えない。ああ、やっぱり月は、俺と大切な人を引き離すんだな。


「ごめんな、  。」


 呟いた言葉は、風に煽られて消えた。

 やはり月は雲に隠されたままだった。



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