6.光
どうやら今夜は雨になるらしい。
そんな情報を耳にして、男は思わず縁側に出て空を見上げた。空にあるはずの月も星も、今は一切の光を見せない。男は先ほど眺めていた文をもう一度広げた。何度も何度も広げたであろうその文は、皺が出来てくしゃくしゃになっていた。それにも関わらず、男はその文を忌々しげに見つめて後ろに放り投げた。そして、額に手を当てて大きく息を吐く。
文の差出人の言いたい事も、要求していることも分かっているつもりだ。しかしそれを承諾することとはまた別のこと。それに、これは最早自分だけの問題ではないのだ。全ては自分達で撒いた種。本人たちに委ねるしかあるまい。
男は先ほど自分で放りなげた文を頭の中で復唱した。そこには長い長い前置きと、それよりも更に長い本文。それを流し読みするように目で追うと、最後の方に小さく、まるで付け足されたように、拙い文字で書かれた言葉。
〝返してください〟
思わず出かけた舌打ちを飲み込んだ。返せ? 私がまるで奪ったかのような口ぶりに腹が立つ。この文の差出人達は何も分かっていないらしい。突き放したのは自分たちであり、手放したのも自分たちであると。何を思ってあの子がここに来たのか。何を思ってあの子が追いかけてきたのか。何も分かっていない。何も、分かろうとしていない。
男は黙って目を瞑った。ただでさえ暗い夜だ。目を瞑ればもう一切の光は映らなかった。しかし、男の目は確かにある光を捉えていたのだ。
脳裏にまだ幼い少女と少年の姿が映る。一人は行く宛てがないのだと、一人は探し物を見つけに来たのだと言った。何も言わずに、ただ名前を聞いた。一人はその場で答え、一人は暫く待ってくれと答えた。その答えにも、私は何も言わなかった。強がってはいたが、ここに来てまだ間もない頃、あの子が時々忍び泣きをしていたのも、あの子が夜な夜な意味もなく空を見上げていたのも、本当は全て知っていた。それでも、やはり私は何も言わなかった。それは深く探索されるのを恐れるだろうと思っていたからだ。しかし、この文が届いた以上、きっともう何も知らないフリを続けるのは無理だろう。
「巴、義仲……。」
今はここにいない自分の可愛い教え子達。仲が悪そうに見えて、本当はお互いがお互いを想っていることを、自分だけは知っていた。優しくて穢れのない彼ら。本当は出会ったあの日に追い返すべきだったのかもしれない。
すぐに音を上げ逃げていくと思っていた。しかし、二人はそんな様子を毛ほども見せなかった。いつしか己の昔と重ね合わせ、己の全てを伝授した。もう二人に言えることは何もない。自分が教えるべきものは全て教えたはずだからだ。もし、何かまだ二人に言えることがあるとしたら、それはもう何年も口うるさく言ってきた言葉――。
男はまた意味もなく空を見上げた。あの子が好きだと言った月も、あの子が嫌いだと言った月も見えない。自分が、もう見えなくなってしまった月も。
「いきなさい。」
見えるのは雲に覆われた闇だけだった




