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1.

 十年前、ユーラシア大陸の中央で、謎の大爆発が起きた。

 半径200キロメートルに渡り巨大なクレーターを作り出した原因不明の大爆発の後、世界に突然、『マモノ』と呼ばれる化物が出現するようになる。

 動物に不自然な進化を促したような姿をしたそれらは、人間や数多の生物種を捕食し、発生から僅かな期間で地球の生態系に修復不可能な程の甚大な被害を加えた。

 世界各国で一斉に被害が出る中、人類は天敵となったマモノに対抗する為、都市の周囲に巨大な壁を製造。更には、マモノに対抗する為に専用の訓練を受けた特殊部隊――通称、騎士団を結成。マモノへの対抗手段として各地に配置する。

 同時に、マモノに対抗できるだけの才能や能力を持つ子供たちを集め、騎士団になる為の訓練を施す教育機関も同時に設立。

 世界は、人類史で初めて、対人以外の戦争を経験しようとしていた。


1.

 木々を揺らす深い響きに、途切れがちだった意識を覚醒させる。

 大樹に預けていた身体を起こし、俺は姿勢を低くして周囲を見わたした。

 時刻は――深夜の二時といった所か。月明かりがあるので自分の身体を見渡す程度の光はあるが、森林を歩くには心許ない。それも、こんな化物の住む森では尚更だ。

「さて…………」

 常識的に考えれば、絶体絶命以外の何物でもない。……しかし、この程度の状況ならば、今の俺を仕留めるには至らない。

「……………………」

 静かに息を吐いて瞳を閉じ、脳内のスイッチを切り替える。

 視界を開くと、白黒の濃淡で描かれた世界が、闇夜を越えて何処までも続いて行く。

 現実味の薄い、モノクロの景色を見渡すと、浮かび上がる様な赤い光が、陽炎の様に揺らめきながら俺を囲んでいる。その数は四つ。

 ――胸を穿つような恐怖感を、息と共に吐きだした。

 輪郭の無い陽炎が、じわじわと俺との距離を詰めて行く。

 右手を腰に下げた大柄のホルスターに手を伸ばす。抜いたのは、片手でも取り回せる様に切り詰めた自動散弾銃だ。

 獲物も味方もまとめてぶっ放すような扱い難い代物だが、一人で先行していたのが幸いした。これなら誤射の危険性無く引き金を引ける。

 銃口を樹木に邪魔されない位置にある赤色に狙いを付け、引き金を引絞った。

 高い轟音が木々を揺らす。骨の軋む感覚に眉を顰めながら、爆音に散った陽炎から即座に視線を巡らす。

 銃声を合図にしたかのように三つに減った陽炎が俺へと疾駆する。

 炎の様に揺らめく赤色が近寄る度に輪郭を確かにする。人間大の狼に良く似た姿のマモノ。その刃物の様に凶悪な牙が眼前に迫っている。

「――――っ」

 後ろに態勢を倒しながら、空の左手を腰へと伸ばした。

「――――ぐっ!」

 皮の鞘から無骨な山刀を抜き去り、俺の真上を越えて行くマモノの腹に突き刺す。くぐもった咆哮。勢いそのままにマモノの腹を蹴り上げて刃を抜き、身体を起こしながら右手の銃の引き金を引いた。

 再びの轟音に目の前の赤色が飛散するように消しとぶ。

 ――これで、残るは一匹。

 右腕は既に限界だった。散弾銃をその場に打ち捨て、左手の山刀を両手で持ち直す。

 立ちあがり、周囲に目を向けるが、残る一体の姿がない。

 逃げた……? いや、そんな様子は無かった。だが周りにその姿はない。

 要するに――

「――上……か……っ!!」

 見上げるより先に、山刀の刃を頭の上に掲げた。

 鈍い音と、激しい衝撃と重みが両手に掛かる。俺の刃と化物の牙が火花を散らし、僅かな鍔迫り合いの後、受け流して地に落とす。マモノは器用に空中で回転すると、俺と距離を取って着地した。

 距離は約五メートル。特注性とはいえ、山刀の刃は四十センチ程度。マモノの突破力を考えれば、この距離は致命的だ。それは奴も分かっているのだろう。マモノは締まらない口から涎を垂らしながら唸り声を上げ、肥大した前足に力を込める。

「――――――――っ」

 ちりちりとした痛みが眉間に走る。生存本能が逃げろと告げている。だがお断りだ。ここでこいつを仕留めないことには帰れない。

 既に銃声を二発も鳴らしている。あまり時間を掛けると面倒くさい事になるだろう。

 勝算がないわけじゃない。山刀を構え、化物と相対した。どう動いても此方から奴を討つことは出来ない。それなら、奴の力を利用して迎え撃った方がいい。

 柄を握る手に力を込める。全身の神経をマモノに集中させると、瞳に映る赤色の輪郭が徐々にはっきりとしてくる。

 確かな恐怖と微かな興奮に心臓の高鳴りは最高潮へ。

 ――だが、そんな俺の感情を破壊するかのように、聞き慣れた声が森に響いた。

「――先輩、伏せてっ!」

「ち…………っ」

 舌打ちをしてその場に身を伏せた。同時に、甲高い音と激しい光が連続する。

 まるで突風にでも吹かれたかのように、マモノの巨体が真横に吹き飛び、乾いた地面に落ちた。

 弱々しいうめき声を上げたそれから、徐々に赤色が薄れていく。それの生命活動が停止すると同時、赤い光は途切れ、俺の視界は完全な白黒の世界へと移り変わる。

「……………………」

 はぁと息を吐いて、瞳を閉じる。目のスイッチを切り替え、通常モードに。

 両手に持った山刀を鞘に納め、腰を曲げて投げ捨てた散弾銃を拾う。散弾銃をホルスターに戻しながら視線を上げると、すぐ目の前に、見知った少女の姿があった。

 少女は俺の前に仁王立ちして、幼さの残る顔を歪めて俺を睨む。

「はぁ……先輩は本当にもう。任務中にいきなり遭難したかと思えば、勝手に敵と遭遇して、勝手に窮地に立って。あたしが来なかったら死んでたかもしれないじゃないですか。ちゃんと一緒に行動してください!」

「あのくらい、俺一人でもどうにでもなった。……つうか、どっちにしろ目的は達したんだから、これで良いだろ」

 この森に住まうマモノの捜索及び殲滅。それが俺達に当てられた任務だった。この森に着いてから、既に三日も経過している。任務を果たすか、続行困難になるまで帰還は許されていないので、さっさと帰りたかった俺は独断で目的達成に勤しんだというわけだ。

「良くないです! 何の為の四人一組ですか! 先輩は何時も自分勝手過ぎるんです!」

 目の前に立つ年下の少女は、俺の眼前に指を突きさして憤慨する。

「良いから早くこっちに来てください! 教官も立花くんもカンカンなんですから! 全部先輩の所為ですからね!」

「ポイントメイカーになんたる仕打ちだ……」

 もっとも、自分でも褒められた行動でない事は自覚しているので、毒づくだけに留めておく。

 しかし……だ。失敗は許されず、生死を賭けた任務とあっては、独りの方が下手に気を回す必要が無くて、よっぽど気楽だと思うのは、俺だけなのだろうか。

「とにかく、野営地に戻りますよ。もう、コンパスもライトも持たずにこんな奥まで入り込んで……帰る時はどうするつもりだったんですか」

 言いながら、片手にライトと、もう片手には俺の服の袖をしっかりと握って、道なき道を行く少女。

 夜目が利く。などと言っても、彼女は納得してくれないだろう。しっかりと握られる手を見下ろしながら、お節介な後輩に気付かれないよう、俺は小さくため息を吐いた。



 ――ここらで、俺が所属する『学校』の話をしておこう。

 正式名称は『第十五騎士候補生訓練施設』なのだが、そこに関わる人間は大抵学校という通称で呼ぶ。

 学校とは、西日本中から集められた五百名の騎士候補生と、二百名の教官。更に数十名のスタッフからなる全寮制の訓練施設で、入学から五年の訓練機関を得て騎士団に配属されることになる。

 このご時世、衣食住の約束された学校に入学したいと望む人間の数は多い。その割に生徒総数が四ケタにも満たないのは、厳しい適性検査と入学試験があるからだ。

 それだけに、学校に通う生徒たちはその狭き門を突破してきた才能あるエリート達ばかりで、もちろん俺も、そのご多分に漏れず、容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群の人生勝ち組……だったら良いのになぁ。

 俺ときたら、マモノの襲撃によって家族兄妹惨殺された挙句、保護された施設で無理やり検査を受けさせられ、適性有の判定が出たと思ったら次の日には学校に拉致されていたという中々波乱万丈な経緯でもってここに在籍しているので、周囲のエリート連中から浮いてしまってしょうがない。

 ……まあ、それならそれで良いのだけど。

 今の状況に対する不満は、特に無い。若干の所在悪さは気になるが、それでも、下手に他人と関わって、面倒くさい事になるよりは、今の孤立した状況は、中々に心地がいい。

 それが褒められたことではない、ただの逃避だとしても。俺にとっては、他人と関わる方が、よっぽど苦痛なのであった。



 無事学校に帰還した後、自室でシャワーを浴びて着替えた俺は、その足で食堂に向かう。時刻は朝の五時半。この学校の良い所は、食堂が二四時間営業な事である。今日みたいに遠地での実地訓練なんかがあった時、どうしても生活リズムが不規則になってしまうからだ。

「ふぁあ……」

 なので、朝飯には少し早いような時間だが、感覚的にはむしろ夕飯に近かった。というか、さっさと飯食って寝てしまいたい。

 食堂に着くと、流石に時間が時間だからか客の数はまばらだった。座る所に困ることは無いだろう。

 入口から食券の券売機まで真っ直ぐに歩く。

 話しかけてくるような奴は一人も居ない。快適だ。……と。

「あ、先輩先輩。今からご飯ですか?」

「……………………」

 つい数十分前まで聞いていた声に、俺は振り向く。

 俺の肩ほどの身長しかない黒髪の少女。俺と同じ班に加えられているそいつは、名前を有里かのんという。

 大きな瞳と幼さの残る顔立ち。肉付きの薄い華奢な身体付きだが、高い身体能力と射撃センスを変われて学校に入学した、現在十四歳の天才美少女という奴だ。……もっとも、天才なんてこの学校には吐いて捨てるほど居るのだが。

「…………………」

 俺は、笑う彼女の顔から視線を逸らし、再び券売機へと歩を進めた。

「ちょ、ちょっと待ってください先輩っ!」

「げふっ」

 シャツの裾を掴まれ、歩き出していた俺は自分のシャツに首を絞められる。

「何しやがる!」

「先輩が無視しようとするからじゃないですか!」

 振り払おうとするが、有里の力は意外に強く、彼女の手は未だ俺の裾を握っていた。

「ここで会ったのも何かの縁です。一緒に食べましょうよ。ね、先輩」

「嫌だ……。というか、あんまり俺に付きまとうんじゃねぇ」

「わっ。中学生っぽいお言葉。先輩もう十七歳ですよね? そんなこと言わずにー。同じ班なんですからもっと交流を深めましょうよ。ついでに奢ってくださいっ」

「…………俺に付き纏うんじゃねぇ」

 交流を深めたいんだったらせめて後半の本音を隠せ。それでもお断りだけど。

「…………はぁ」

 深いため息を吐く。この能天気美少女は、どうしてこんなに俺に付き纏ってくるのだろう。俺と会話するような物好きはこの学校内でも十人と居ないが、その中でも、ここまで踏み込んでくる奴は有里くらいのものだ。

「そんなに怒らなくても良いじゃないですか……先輩ってば」

 因みに、コイツは俺の事を先輩と呼ぶが、同時期に入学しているので実は同期だ。有里が、どうして俺の事を先輩と呼ぶのかというと……良く分からない。単純に年上だからかもしれない。

「ねぇねぇ、良いじゃないですか先輩。どうせ春日教官に怒られて落ち込んでいるんでしょ? あたしが慰めてあげますよー? ……って、わ、わっ!」

「……………………」

 有里を背中に張り付けたまま、俺は歩きだした。無言で財布から千円札を出して券売機に入れ、後ろを見る。

「……で、何が食べたいんだ?」

「え…………?」

 キョトンとした顔で首を傾げる有里を見下ろしながら、俺は言う。

「奢ってやるから、とりあえず離れてくれ」

「え、あ? い、いや、本当に奢ってくれなくとも……というか、冗談のつもり、だったんですけど」

「良いから食え食え。俺の奢りなんだから幾らでも高いもの食べて良いんだぜ? なんだ? カツ丼か? 親子丼か? 併せ技の方が良いか」

「あ、あたしはそんな大食いキャラじゃありませんよ!? ……じゃ、じゃあ親子丼で!」

 有里の分の親子丼と、ついでに自分はカツ丼を選んだ。俺の裾から手を離した彼女に、俺はにこやかな笑みを浮かべながら食券を手渡す。

「あ、ど、どうも……」

 対する有里は、自分から言い出した事のくせに形容し難い顔で俺を見返している。

「なんだよ」

「い、いや……先輩にそんな反応されると凄く不安というか。素直過ぎて裏があるのじゃないかと疑うというか……」

「ひでぇ…………」

 複雑な表情を浮かべる有里を連れて、カウンターまで行く。食事は、人がいないお陰ですぐに出てきた。

 俺と有里は、両手にお盆を抱えると、踵を返し。

「――じゃ、そういうことで」

「……あ! ちょっ、先輩!!」

 勝った……! 両手が盆で塞がった今なら、有里に掴まれることもない。

「ひ、酷いです! 話しが違います!」

「なんでだよ。俺は奢るっつっただけで一緒に飯食うなんて言ってないぞ」

 親子丼を溢さないよう、早足で追いかけてくる有里から、同じ様に早足で逃げる。

「こんなに空いているんだから一緒に食べれば良いじゃないですかーっ!」

「こんなに空いているのに何で一緒に食べなきゃならん」

 まあ、満席でも、俺が座ると周りの人間は何故かすぐにどっか行っちゃうんですけどね。

「ずるいです卑怯です横暴です! なんでそんなにあたしを避けるんですか嫌いですか嫌いなんですかあたしがっ!」

「あー…………」

 ……面倒くさい。

 とりあえず、特別嫌っているわけではないのだが、それはそれという言葉を、コイツは理解してくれるだろうか。……しないだろうな。

 つっても、まさか立ったまま飯を食べるわけにもいかない。このままだとどっちにしろコイツと向かいあって食事を取ることになるだろう。

 どうしたもんかと考えていると、ふと、学食の端っこで、一人うどんを啜る知人を見つけた。

「あー……ほら。俺は守袖と食べるけど。……それでも良いなら、一緒に食うか?」

「う゛っ…………」

 有里は足を止めると、俺の視線の先に居る守袖を見て、僅かに眉を顰めた。流石の有里も、アレは苦手らしい。

「く……っ。仕方がありません……今日は引き下がります。でも、今度はこうはいきませんからね!」

「次なんてねーよ」

 捨て台詞を吐いていそいそと遠くの席に移動する有里を見送りながら、俺は肩をすくめた。……ったく。なんでアイツはあんなに俺の事を構うのかね。放っておいて欲しいんだけどな。

 やれやれと息を吐いて踵を返し、俺は守袖の向かいの席に座る。

「よう守袖。ここ、良いか?」

「……………」

 真向かいに座る黒髪の女性、守袖は、口に箸を咥えたまま無言で頷いた。

 肩甲骨くらいまで伸ばした、墨の様に黒い髪。つり目がちな黒い瞳に、きめの細かい白い肌。細いが、引き締まった身体付き。

 日本人形みたいな外見をした彼女は、周囲の視線を引き付けると同時に、何処か近寄りがたい雰囲気を醸し出している。

 だが、誰が知ろう。彼女こそこの学校一の天才――否、天災、守袖有銘だと言うことを。

 ただでさえ才技に溢れた天才達の集うこの学校で、それでも尚、理不尽を形にしたかのような実力差と才能を周囲に見せつける、俺の様な凡人から見れば災害の様な奴。

 俺が孤立なら、守袖のそれは孤高で。寡黙な性格とその実力で自然と他者を撥ね退ける、俺のような半端なチンピラではない、正真正銘の問題児という奴だ。

 問題児同士だからってわけではないが、数少ない、俺が会話をする人物の一人である。

「今日は――」

 と、そんな問題児が、うどんを啜りながら抑揚の無い声で告げる。

「今日は、早いんだな」

「ああ。早いっていうか、さっき訓練から帰って来た所なんだよ。今から寝る所だ」

「そうか」

 苦笑しながら答えると、守袖は大して興味なさげに相槌を打った。コイツのこういうところが好ましくて、俺は、守袖にだけ少しだけ気を許している。

「お前のその眼があれば、夜間の訓練も楽なんだろうな。羨ましい」

 相変わらず表情の読めない守袖が、言いながらうどんを一口。

「……そんな良いもんでもないぞ。コレ」

 眉を顰め、瞼の上から自分の瞳を撫でる。

 技術も運動神経も人並みな俺が、この学校に通うことになった理由。『騎士になる素質』とやらが、この両目には宿っていた。

 何故かは知らないが、俺の両目は生物の『命』とも言うべきモノを見ることが出来た。

 少し意識して集中すれば、色彩がシャットダウンされて命のあるものだけが赤い光に包まれた姿で浮かび上がって見える。

 この赤い光は、実際の視覚とは関係なく見ることが出来るので、夜間や障害物の多い森林での策敵には非常に優れている。

 ……でも、その程度だ。

「精度もそんなに高いわけじゃないし、見たくもないものを見ることだって沢山だ。……大体原理も分からないから、あまり人に言えるもんでもないしな」

「原理が分からなければ信用できないなんてことはないだろう。そんなこと言ったら、わたしはぱそこんを使えないぞ」

 そういう問題じゃない。それと、お前は今だって使えないだろ。機械音痴なんだから。

「うん……まあ、それでも科学的な理屈付けが欲しいって言うなら、そうだな。お前のその眼は、共感覚ってやつの派生系なんじゃないかな」

「共感覚……?」

「うん。きっと、お前の眼は、眼球で見ているんじゃないんだ。生き物が発生させる音とか、匂いとか。あとは振動かな? そういう情報を統合処理して、視覚に赤色っていう形で見せているんだと思う」

 レーダーみたいなものだ。と、守袖は付け加える。

「本当に生き物を視ているのなら、虫みたいな小動物や、広義的にいえば植物だって赤色に視えてなきゃいけない。でも、お前のはそうじゃないんだろ? 多分、お前が動物だと認識したものの情報だけを、脳内で取捨選択しているんだと思う」

「……詳しいんだな」

「うん。まあ、わたしも似たようなものが見えるから。人間の身体って、結構適当なんだよ。型番は同じなんだから、基本的に人間の性能ってのは、そこまで変わるわけじゃないけれどたまにわたし達みたいなのが出てくるんだろう」

「その言い方だと、まるで不良品みたいだな」

 俺はともかく、学校中のエリート共のプライドをへし折った最強無敵の守袖さんがそんな事を言ったら、また要らない敵意を向けられてしまう気がする。

「実際不良品なんだよ。人間には本来要らない機能があるんだから。冷蔵庫に保温機能が付いていても困るだろ? 使いようによっては役に立つかもしれないけど」

 分かるような分からないような例え話を終えて、守袖は割り箸を揃えてお盆の上に置いた。何時の間にか食べ終わっていたらしい。

 一方俺は、箸も付けていなかった。

「じゃあな、先崎。また明日」

「ああ。また」

 だからといって、ここで引きとめたりはしない。そういう関係を、俺は一番気に入っている。

「……………………さて」

 去っていく守袖の背中を見送ってから、俺は割り箸を割った。



 食事を終え、部屋に戻る直前、よりにもよって一番会いたくない顔と出くわした。

「げっ…………」

「げっとは随分とご挨拶だな、先崎誠也」

 目の前に立つ男は、眉を顰めながら俺を非難する。だが、コイツも心の中では同じ事を考えている筈だ。

 俺よりも少し背の高い、髪を短く切り詰めた、まるでスポーツ少年といった雰囲気の男。

 名を、立花瑞樹。身体能力も頭の回りも学校のアベレージ以上。それでいて人柄も良く、他人に信頼されやすい性質――と、まるで俺と真逆の人間だ。

 誰とでもすぐに仲良くなれるのがこの男の特技らしいが、勿論それにも例外は存在する。それは例えば、優等生然とした彼が恐らくは一番嫌いとするであろう問題児達――例えば俺とか。

「君、昨日の訓練ではどうしてあんな無茶をしたんだ」

「俺は無茶なんてしてないぞ。自分の能力を考えて、自分にできる事をしただけだ」

 で、何の因果か、もしくは運命か、俺の天敵であるこの男は、俺と同じ班なのだ。

 説明しておくと、学校の生徒たちは入学3年目から3人一組の班に分けられ、実地でのマモノ討伐を中心として訓練を行う事になる。俺が所属する班は、俺、有里。立花。加えて指導教官一名といった形。

 なので、この男との関係も既に一年と少しになるわけだが、それでも、俺とコイツの関係が良好になる様な兆しは一向に見えなかった。俺としてはわざわざ仲良くする気もないし、適度に距離を保ってくれればそれでいいのだが、コイツはそうはいかないらしい。

「何が自分に出来ることだよ。あんな暗がりの中勝手に抜けだして。有里の助けが間に合ったから良かったものの、そうでなかったら、君は死んでいたかもしれないんだぞ?」

 因みに、コイツに俺の眼の事は教えていない。教える必要もない。

「でも、そのお陰で残りのマモノを一掃することが出来ただろ? 俺が行かなかったら、今日もまた森の中を当ても無く彷徨うことになっていたかもしれないんだぜ?」

「うるさい。自分の命を囮にするなんてどうかしてる。作戦はもっと綿密に行うべきだ。君だって死にたくはないだろう?」

「…………そりゃ、まあ」

 死にたくはない。……確かに、自分が死ぬのは怖い。が、俺にはそれよりも、もっと恐ろしい事があるわけで。

 だから、その為なら、例え何を言われようと、俺は幾らでも自分の命を賭けて戦うだろう。……そして、その時、周りに他人が居ると色々と不都合が起きる。

「……ともかく。僕の作戦の邪魔をしないでくれ。君の性能はそこまで高くはないんだ。今までは謎の幸運で生き残っているようだけど、今後も運が続くとは思えない。……そうなったら、君一人に死んでもらうことになる」

 だから、結局俺とコイツは、何時だって何時までだって平行線なのだ。お互いにお互いの事を邪魔だと思っているのだから、上手く行きようがない。

 苦虫を噛み潰した思いで歩き出し、立花の横を通り抜ける。立花は何も言わず、無言で俺を見送った。



 今日も今日とて実地訓練である。帰宅して三十時間も経っていないのにこれだ。疲れもとれない。

「お、先輩じゃないですか。珍しく早いですね」

 ロビーの集合場所でぼんやりと立っていると、不意に後ろからジャケットの裾を引っ張られた。

 声を掛けてきたのは、もちろん有里だ。にこにこと笑う彼女に、意識して顔を顰める。が、有里はそんな俺の感情を完全に無視して、相変わらず能天気な笑みを浮かべながら俺とコミュニケーションを取ろうとする。

「先輩先輩ー。また森林地帯での実地訓練ですよ。面倒くさいですね」

「そうだな」

 そればかりは心から同意する。

 実地訓練と言っても色々ある。他の班と合同してマモノの討伐に向かうとか、本場の騎士団に混じりマモノの掃討作戦に加わるとか、戦闘以外にも補給部隊の手伝いなどだ。が、どうしてか俺達の班ばかり、失敗がすぐ死に繋がるような、妙にシビアな任務を言い渡されている気がする。

「あたしたちって、他の班と合同したことありませんよね。何ででしょう」

「さぁねぇ」

 肩をすくめる。そんなこと俺に分かるわけがない。

「……嫌われ者が居るから、共闘したくないのかもな」

 ……まあ、その方が楽だ。一度単独行動の気楽さに慣れてしまうと、中々他人と協力することが出来ない。

「気になるなら、教官様にでも聞いてみろよ。なんか答えてくれるかもしんないぜ」

「むぅう…………」

 唸る有里から視線を逸らし、再び前を向く。と、前方から歩いて来た、妙齢の女性が、俺を見て目を丸くする。

「おや珍しい。先崎くんがもう着いてる」

「…………ども」

 どいつもこいつもと思いつつ、口には出さず頭を下げた。

 美しい容姿や大人びた雰囲気に比べ、子供っぽい仕草が魅力の大人の女性。それが俺の所属する五班の教官、春日瑠璃なのである。

 教官――春日さんは、俺の前に立つと、俺と後ろに立つ有里を交互に見据えて、意味ありげに笑う。

「……仲良しさん?」

「ちが…………」

 否定しかけて、そういえば、有里が未だ俺の裾を握っているのを思い出した。

「……………………」

「……………?」

 察して欲しくて有里の顔を見つめるが、有里はキョトンと首を傾げるだけだ。春日さんはにやにやと笑いながら俺達を見つめている。……いや、だから、そんなんじゃないんだって。

「…………あー」

 ……一瞬、無理やり引きはがそうかとも考えたが、それもまた、何だか妙に意識しているように見える気がしたので、有里の事は気にしない事にする。

「……それで、未だ立花の奴が来ていませんけど」

「ああ、大丈夫大丈夫。何時も遅れてくる先崎くんは知らないだろうけど、彼ってね、いっつも時間ぴったりに来るんだよ」

 ……それはまた。融通の利かないアイツらしいというか、一番正しい筈なのに、何故か性格悪く見えてしまうあたり、奴の人物像を顕著に表わしていると言える。

 腕時計を見ると、集合時間である十時まで五分ほど時間があった。折角なので、さっきまでの疑問を聞いてみることにする。

「春日さん」

「ん。どうしたの? 先崎くん」

「今日からの訓練も、また森林内でのマモノの討伐なんだよな?」

「うん」

 頷く春日さんから有里へ目を落とす。有里は、相変わらず俺の裾を掴んだまま、春日さんに目を向けていた。

「どうして俺達の班は、そういう任務ばっかり与えられるんだ? 妙に任務が偏っている気がするんだが」

 ふむ。と春日さんが口元に手をやった。視線を逸らす。その様子は、俺の質問を疑問に思っている。というよりも、何かを知った上でそれを言っていいものかどうか迷っている感じだ。

「……ううん。一応、これは秘密なんだけど。まあ後一年だしね。言っちゃっても良いかな」

 こほん。と春日さんは咳払いをして、指を一本立てる。

「これは、他の人には秘密だからね?」

 俺と有里、二人で頷く。しかし自分で聞いておいてなんだが、さすがは、我らが教官様だ。枕詞に秘密と付ければ何でも喋って良いとでも思っているのだろうか。

「騎士団の中に特殊別動隊ってのがあるの。知ってるよね? 君達五班は、実はその特別隊の候補生なの」

「え……ええっ!?」

 有里が、驚いたように声を荒げる。

 マモノは人間を越える圧倒的な力を持つが、飛び道具も無ければ、戦術を組み立てるような知恵もない。鋼の様な外殻と鉄骨も砕く攻撃力さえ除けば、普通の動物とそう変わらないのだ。

 なので、通常マモノの群れを相手にする時は、人数を用いた火力で遠距離から一気に殲滅する。というのが、騎士団の基本的な戦略である。

 人間にはマモノと違い、遠くから攻撃する術がある。戦術もある。それを上手く使えば、いかなマモノの群れといえど然したる脅威ではない。

 だが、その戦法が使えない場所が存在する。それは、森林地帯や洞窟。或いは廃棄され朽ち果てた市街地等、障害物が多く多数の人員を割けないような地形である。

 なので、そのような場合、通常の騎士団所属の騎士とは違う、特殊な部隊が派遣されることがある。それが特殊別動隊。通称『特別隊』だ。

 少数でもマモノと戦えるだけの戦闘力。突然マモノと出くわしても十分に対応できる適応力。特に、至近距離での戦闘に長けた騎士だけを集めたエリート部隊。

 なるほど。言われてみれば、確かに俺達がこれまでしてきた訓練は特別隊の任務そのものだ。どうして気が付かなかったのか。

「驚きました……びっくりですよ先輩! あたしたちエリートですよ!」

「そりゃお前はな…………」

 しかし、有里や立花が選ばれるのは未だ分かる。この二人は現四年生の中で……いや、全生徒の中でもトップクラスの実力を持つ天才児達だ。

 だが、俺はどうだ? 確かに多数での任務が主な通常騎士団よりは、スタンドアローンな特別隊は俺の性にあっている。戦闘能力も、どちらかと言えば近接戦向きだ。

 だが……時に通常部隊以上に綿密な作戦と協力が必要な特別隊に、俺の様な協調性の無い人間はあまり向いていないと思うのだけど……。

「ちゃんと秘密にしといてね。ほら、立花くんも来たみたいだし、そろそろ出発しよ。今日向かう場所はちょっと距離があるから、ちゃんと準備の再確認するように」

 そんな、俺の疑問を無視し、春日さんは右手の人差し指を俺の後ろの通路へと向ける。指の先を追って目を向けると、揺るぎない直立姿勢でこちらへと歩いてくる立花の姿があった。

 再び腕時計を見る。予定の時間まであと三十秒。アイツがこの場所に着くまで、大体……。

「…………きもちわるっ」

 思わず呟いてしまう。

 時間を守るのは良いが、ここまで順守されると、本当に気持ち悪いとつくづく思ってしまった。



 春日さんの運転する車に揺られてなんと五時間。

 県境に沿うように伸びる山脈の途中、高速道路の半ばくらいにある、既に廃棄されたパーキングエリアで車を降りる。

 ここから臨時用の非常階段を降りて、整備もされていない山の中に降りるわけだけども……。

 ガードレールから山中を見下ろし、有里が口を開く。

「…………ここ、確かA級危険地域に指定されていた気がするんですけど。大丈夫なんですか?」

「んー。危険地域って言っても、全地区ってわけじゃないしね。私たちが降りるのはB級地域だから、普段と変わらないよ」

「だからって……」

 大人の笑みを浮かべる春日さんに対し、有里は不安げに顔を歪めている。

 その隣に立花が立ち、同じように見下ろしながら感情の籠らない声で呟いた。

「確か……今回の任務は、山道に出現して車を襲うマモノの捜索と討伐。でしたね。ですが、ここまでA級地域に接していて、満足に捜索出来るのですか?」

「んー。一応、目標の外見情報は持っているし、もしも期間内にB級地域で見つからなかったら、特別隊が出動するんじゃない?」

「あくまで僕達は訓練生で、これはただの訓練……と。なるほど。それなら危険は少なそうですね」

 言いながら、立花は横目で隣に立つ有里を見下ろす。しかし有里はそんな立花の視線に気づかず、何故か車の前に立つ俺へと顔を向けてきた。

「……………………」

「…………?」

 なんでそんな不安そうな顔で俺を見つめる。

 追い払うようにしっしと手を振ると、何故か有里は強張った顔を緩めて笑い、再び高架線下に視線を戻した。

 理由は分からないが、何故か有里は妙に俺に懐いていて困る。お陰で、それを見ていた立花が、有里とは真逆の視線を俺に向けてきている。

 ……そんなに睨まれても、俺の所為じゃないから。

「…………はぁ」

 一度息を吐いて、片手に下げた山刀を腰のベルトに差す。何も着けていない時よりも、重たい散弾銃と山刀をぶら下げている時の方が心境的に落ち着いてしまうというのは、何というか、我ながらどうかしてる。

「はい集合。それじゃ、これから皆で降りるけど、ちゃんと皆、注意を怠らないようにね」

 一応、B級とは言え危険な事に変わりない筈なのだが、この人が教官だといまいち締まらない。まるで遠足気分だ。

 立花も同じ事を考えているのか、普段から浮いている眉間の皺をさらに深くして頭を垂れていた。



 森林に降りると同時、俺は瞳を切り替える。

 この瞳が的確に生物の姿を捉えるのは、精々半径20メートル程度だが、何となく生物が居るであろう方向や、最近生物が通った道筋等もぼんやりとした光として映し出される。これも守袖の説明通りなら、周囲に残る生物の痕跡を無意識に処理しているのだろう。

 ……まあ、そうは言っても科学的根拠にはならないのだけど。何の手がかりも無く森の中を彷徨うよりは、ちょっとは指針になる筈だ。

「……あ、先輩! また一人で行動するつもりですね!」

 班から離脱しようとした所で、変に目敏い年下少女が声を荒げて俺の裾を掴んだ。……エスケープ失敗。

「……先崎。何度も言うけど、勝手な単独行動は慎んでくれ。それで君が死んでも、誰も責任は取れないんだ」

「…………はいはい」

 この瞳のデメリットは、生物であるなら何であれ赤い光に視えてしまう為、敵味方の区別が付き辛くなることだが、例え赤い塊と化しても揺るぎない個性を放つコイツだけは、甚だ不本意だが、間違えようがない。

 ……それと、今、俺の背中で裾を掴んで離さない有里も。

「でも、何時までもここに立ち尽くしていても仕方が無いだろ? だったら、俺はこっちに向かった方が良いと思うぜ」

 言って、俺は指先をぼんやりと赤く光る方角へ向ける。

「…………根拠は?」

「俺の勘」

「……………………」

 立花が黙る。表情は読めないが、どうやら頭を抱えているらしい。

「そんな、何の根拠もない理由で…………」

「でも、先輩の勘は良く当たりますよ? 昨日だって、結局目標を見つけたのは先輩だったじゃないですか」

 と、俺の眼の事を知っている有里が、さり気なくフォローに回る。

「……………………」

 まさか有里に口を挟まれるとは思っていなかったのか、立花は言葉に詰まった。

「……分かった。どっちにしろ手掛かりは無いんだ。今回は先崎が先導してくれ。……ただし。ちゃんと僕達の事も考慮して、後衛を置いていくことはないように。……教官も、それで良いですか?」

「いいよ。今回私は、よっぽどの問題が無い限り、君たちの決定に異を挟まない事にするから。……勿論、本当に危険が迫った時は、ちゃんと注意するけどね」

 立花の言葉に、春日さんは静かに頷く。

 俺は小さく肩をすくめて再び赤い光のする方向へと向き直った。

「ねぇ、先輩。どうして立花くんには先輩の眼の事を教えないんですか?」

「教えた所で、どうせアイツは信じないよ。……それに、あんまり他人に吹聴したくねぇんだよ。コレ」

 ……いや、確かにこんな状況では非常に役立つスキルではあるのだが。だからと言って良い事ばかりではない。ため息を一つ付いて、垂れた頭を上げると、俺は背後に居る有里へと目を向けた。

「……というか、何時まで握ってるんだよお前は」

「へ? あ……」

 ようやく気が付いたのか、咄嗟に裾を握る手を離す有里。どうしてコイツはこう俺の背後を取りたがるのか。いざという時の盾にするつもりなのかもしれん。

 もう一度息を吐いて、有里から深い森の奥へ目を向ける。

「んじゃ、まあ、向かうとしますかね……」

 誰に言うでもなく呟いて、俺は足を踏み出した。



 山中の日の入りは早い。生い茂る木々や山肌が太陽をすぐに遮ってしまうからだ。

 到着が遅かったこともあり、道なき道を数時間も歩けば、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。

 立花は立ち止まって腕時計を確認すると、しんがりを務める春日さんに目を向けた。

「……流石に、これ以上の捜索は困難でしょうね。この辺で野営をすべきでしょう」

「有里、ライト出してくれ」

「え、あ、はい」

 バッグをその場に降ろしてライトを探し出す有里。

 それを見た立花は眉根を押さえて俺に目を向けた。

「先崎! これ以上は危険だって言ってるだろ。今日は休憩を取って日が昇ってから捜索すべきだ!」

「うるさい。俺はさっさと帰りたいんだよ。もう硬い土と虫に苛まれる夜は勘弁だ」

 大体、危険なんてあるわけない。俺の瞳に周囲の明るさは関係ないのだから。

「お前はそれで良いかもしれないが、僕達はそうはいかないんだ。少なくとも、僕はここで朝を待った方が良いと考える」

「勝手にしろ。俺は行く。もう近くまで来ているんだ。ここで逃したらまた一日彷徨う羽目になる」

 立花は言葉に詰まったように口を開けたまま固まると、やがて、苛立たしげに頭を掻いた。

「…………っ。くそっ! 日本語が通じないのかお前は! そこまで言うなら勝手にしろっ」

 踵を返して立花は吐き捨てる。

 勝手にしろ、ね。

 ……はっ。

 やっぱりコレが一番だ。仲間なんて要らない。一人の方が気楽でいい。

「あ、せ、先輩……っ!?」

 俺は腰から山刀を抜くと、立花に背を向けて歩き出した。

 立花が何も言わないのはともかく、春日さんも黙ったままというのは少しだけ予想外だ。……なんて、思っていると。

「先崎くん。止めはしないけど、A級地域には絶対に近づかないようにね。そうしたら、私達にもフォローできないから」

「…………了解」

 ……あまり、良い気分では無い。気まずい空気から逃れる様に、早足で木々の合間へと足を進めた。


 ――俺の瞳に光は関係ない。むしろ余計な光が無い分、夜の方が獲物の赤色がより際立って見える。

 森に降りた時から視えていた光には、既にかなり近づいている。しかし、雨でも降ったのだろうか、足元の土はぬかるんでいる上に、生い茂る草木が邪魔をして、中々思うように前へ進めない。

 とはいえ、俺一人で歩く分には然したる問題ではない。道を塞ぐ枝を山刀で切り払いながら、一直線に赤い光へと歩を進める。この調子なら、一時間もしない内に遭遇するだろう。

「ひぇぇ……っ。せ、先輩足早っ!? あ、あう……っ! ちょっ、ま、待ってくださいよーっ! 蔓が! 蔓が足に……っ!」

 …………俺一人で、歩く分には、だ。

「……………………はぁ」

 ため息を吐いて踵を返すと、片手にライトを持った有里が、獣道に足を取られて右往左往していた。

「……で。なんでお前、俺に着いて来てんの?」

「それはあたしが教官に先輩の事を任されているからですっ! って痛っ!? 枝が頭に……っ!」

 眩いばかりのライトの光が、俺の目を眩ませる。モード変更中の俺の瞳は、錘体細胞よりも幹体細胞の方が活性化するらしい。まるでナイトゴーグルだ。夜目が利く分、強い光を向けられると目が痛い。

「……ライト降ろせよ。眩しい」

「え、あ、はいっ」

 四苦八苦しながらも、言われたとおりにライトを降ろす有里。……よくもまぁこれで今まで生きてこられたもんだ。

「な、なんですかその呆れ顔は! あたしには先輩みたいに便利な目は無いから仕方無いんですっ!」

「別に何も言ってないだろ……。大体、誰が何を任されたって?」

「あたしが先輩をです。先輩一人だと絶対に無茶して心配だからって」

 ……やけにあっさりと単独行動を認めたと思ったら。

「くそっ……! 何考えてるんだあの人は……っ!」

 確かに有里は射撃の名手だが、こんな夜間の森林でマモノと戦うなんて自殺行為だ。

 どうする……? 有里を連れたままではマモノを狩ること自体が困難だ。でも、このまま有里を森の中に放置するのは、不安過ぎる。

「先輩……やっぱり、戻って野営した方が良いんじゃないでしょうか……?」

「……いや。進む。どうせ獲物はすぐそこだ」

 その言葉に反発するかのように、再び歩を進め始めた。今更、アイツらの所に戻ってなんてやるものか。俺は俺のやり方でこの任務を終わらせる。

「むぅう……先輩は何時も何時もそうやって! フォローするこっちの身にもなってください!」

「誰もフォローして欲しいなんて頼んで無いだろうが。どうせ俺は落ちこぼれの問題児なんだ。気にする必要なんてない」

「そうやって自分を卑下してるくせに、何でも自分一人でやろうとする、出来ると思ってる……っ! 本当に自分を特別だと思っているのは先輩なんじゃないですかっ!?」

「うるせぇっ! 着いてくるなっ! お前が居ると邪魔なんだよ!」

「嫌ですっ!! 絶対に先輩の事を一人になんてさせませんからっ! ざまぁみろっ!」

 振り払う為に、早足で森の中を突き進む。だが、有里は何度も躓き、枝に引っかかりながらも、俺の後を着いて来た。

「この頑固者っ! あたしが死んだら先輩の所為ですからねっ!?」

「……っ! どっちが……!」

 言葉に詰まる。目の前に広がる光景に、俺は足を止めた。

「…………? どうしたんですか先輩。急に立ち止まったりなんかして」

 有里が、不思議そうに首を傾げながら、手に持ったライトで俺の前を照らす。果たして、そこに広がっていたのは――

「…………崖、ですね。しかも、結構深い……」

「ああ…………どうやら、俺が見ていた気配は、この下から広がっていたらしい」

 覗き込むと、崖の下に広がる密林全体から、霧の様に赤色が浮かび上がっている。学校の様に人の多い施設を外から見ると、この様に見える事があるが、勿論こんな山奥に人間が居る筈もない。

「……この先、A級危険地域ですよ。多分。所謂マモノの巣って呼ばれるような、そんな場所の筈です」

「…………やっぱりか」

 つまり、この森を照らすような赤い光が、全てマモノということだ。

「……どうします?」

 有里が俺の顔を覗き込んで聞いてくる。その顔には、不安が浮かんでいる。……俺はその顔から視線を逸らして、頬を掻きながら口を開いた。

「…………戻ろう。なんにせよ、目的は達したんだ。A級地域まで深追いはするなって言われてるしな」

 俺の台詞を聞いた有里が、僅かに安堵の息を吐く。……全く。流石にそこまで命知らずではない。ただでさえ有里を連れているのだから……。

「チッ…………」

 何もかも春日さんの思いどおりな気がして、俺は再び視線を崖下へと落とした。

 ……それにしても壮観だ。夜の暗闇を照らす、赤。今は殆ど視ることが出来ない、大都市の夜景の様な美しい光景が、何処までも続いている。もちろんそれらは全て俺の瞳にしか映らない、言ってしまえばただの錯覚の様なものだが――それでも、コレだけの大量で強大な、他の光を侵食する程の命の輝きに触れるのは、これが初めてで。

 ――だから、気付かなかった。

 大きな、大きな赤い光が、木々をなぎ倒しながら猛烈な勢いでこちらに突撃してきている――っ!

「…………っ! 有里!!」

「え――――?」

 気付いた時には、それとの距離は十メートルとなかった。咄嗟に有里の腕を引いて真横に跳躍する。刹那、轟音と共に眼前に迫る鋼の牙。

 赤い眼球が、俺と有里の姿を射抜く。

「――――っ!」

「きゃ……っ!?」

 半ば直感で、有里の身体をきつく抱きしめる。直後、鉄槌を真横から受けたような衝撃が全身に奔った。

 化物の巨大な体躯は、俺と有里の身体を弾き飛ばす。

 内臓が浮き上がるかのような錯覚。不愉快な浮遊感と、視界に映る逆しまの世界。一瞬の間を置いて、重力に引かれる俺と有里。

 有里が腕の中で身体を強張らせるのが分かる。しかし、どうしようもない。抵抗する事も出来ず、俺達は、遥か闇の底へと落ちていった――




次回更新は11月19日20時予定

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