価値の無い石
そこで、田中正樹は地図を取り出した。
「これが、この世界地図なんだ」
そう言って差し出した黄ばんだ紙には、世界地図のような大陸やらデフォルメ感満載の山や湖や川と、巨大な海蛇やら何やらが描かれていた。
趣としては、古代の神話やら何やらを放り込んだような地図。
正直、何これ、と、科学文明に毒された秀人は思った。と、
「この世界について分ってくれた?」
「……日本を太らせたような世界だな。メタボは体に良くないぞ?」
「ははは、そうだね。それで、僕達が居るのはこのあたり。この、ヨークト王国だね」
そこには金色の模様があり、おそらくこれがこの世界のものだろうと思うのだが……何故か読む事も、意味も分ってしまった。
「……見た事がないただの柄のように思えるのに、何で俺は読めるんだ?」
「凄いでしょ! わが社の開発した、自動翻訳魔法! ……ただ時々変な風に誤訳するから、それは気をつけないといけないんだけれど……こうやって今この世界の人達と話せるのも、全部その自動翻訳魔法のお陰なんだ」
ご都合主義的な展開……と言ってしまうのも簡単なのだが、こうやって話したり出来る時点で、どういう原理かは分らないが凄いとは思う。
思うのだが、やっぱり夢なんじゃないかなと秀人は思えてしまう。
そんなに便利なものが、簡単に出てくるものだろうか。
以前聞いた話だが、世の中を動かしているのは、ここまでしか出来ない物の積み重ねによるという。
便利になった今の世の中、奇妙なほどに科学による万能感が支配するが、それだけ複雑でより多くの人間自身が理解できない分、科学と人間の関わりが薄くなる。
そんな科学と人間の乖離が、万能感という夢を見せるのだ。だから、
「この翻訳機能の問題点は何かあるのか?」
「……誤変換かな?」
「……どの程度致命的なんだ?」
「……相手を口説く時、往復ビンタを食らう感じ?」
「問題ないな。今の所恋愛フラグは……即急に改善してくれ」
ちらっとノエル姫を見てこっそりと田中正樹に秀人はお願いする。
そんな秀人を見て田中正樹は、
「あー、秀人も一応サンプルでさ。それで問題があるなら修正していく形かな」
「……仕方がないな」
そう嘆息してノエル姫を秀人が見ると、目が合った瞬間にっこりと微笑んだ。
可愛い、凄く可愛い。
うおおおおお、とちょっとだけ心の中で思いながら秀人は、必死で別の話題に思考を逸らそうとして、そういえば地図の話をしていたのだったと思い出した。
「それで、話を地図に戻すが……他にも幾つか国はあるな」
「うん。でも今は異変の影響で、行き来するのが難しくて……やっぱりある程度安定した国でないと色々問題が多くて。それで、秀人が勇者として召喚されたわけだ」
「その異変が、あのトカゲもどき、か?」
「トカゲ? んー、多分そうなんじゃないかな。実の所、“賎しき者共”の種類はまだ良く分っていないんだ。発生原因もね。世間では、魔王が復活しただの何だのって言っていたけれど、魔王の方も、そんなものは知らない! という状態で」
それを聞いていて秀人は変な顔をした。
「……居るのか? 魔王」
「いるよ。もともと、この世界は大まかに二つに分かれていたと見せかけて、色々裏で繋がっていたけれど、その二つ、つまり、人間と魔族に分かれて敵対関係にはあった。ただ彼らは魔法力も強くて魔法技術もあるからね。とはいえ、色々彼らも問題を抱えていて……けれど、彼らなら自力で異世界の人間を召喚出来るんじゃないかな」
「……召喚で思い出したんだが、そういえば、何であんな良く分らない草原みたいな場所に呼び出されたんだ? 呼び出される場所は指定が出来ないのか?」
「いや、この国の魔道研究所があの“賎しき者共”に襲われてね。召喚に必要な藁人形を何とか壊されないようにしようとして、出来た分だけ緊急避難という打ち上げをしたんだ。それで、たまたまその時の風向きが複雑で、四方八方に散らばってしまって……その内の一つが、秀人になったわけさ」
なるほどと、秀人は思う。召喚と言うと普通、魔方陣みたいなものがあってその中に呼ばれるイメージがある。あるのだが……。
「藁人形さえ出来れば召喚ができるのか?」
「うん、藁人形に複数の魔法の工程を経て召喚という下りになるのだけれど、あの時はそれが終わって後は召喚されるのを待つだけの状態で、あの“賎しき者共”に襲われてね。それで打ち上げたんだ」
「ということは、気がついたら水の中とか海の底とか、森の中の可能性だってあったんじゃないか!」
「良かったな。あんな場所で。ここにも近いし」
「良くないだろう! それで他にも俺みたいな奴らが居るかもしれないんじゃないか。そいつらどうするんだよ!」
「だから、この体は魔力で作られたものなんだって。この世界で死ねば、自動的にもとの世界に戻るから」
「それは……安心、か?」
「そうそう。特に、秀人は今までに見た事がないくらいこの世界で使える魔力を持っているから、性格的にも勇者として最適だろう」
「勇者って……異変を探るのか?」
「まずはそれだね。というかあまりそういった異変があると、僕達の会社も営利企業だから撤退するしかないんだ。でも……」
そこで、ノエル姫が割って入ってきた。
「こいつらの会社が欲しい、この世界でしか取れない希少な石が二種類あるのよ」
「どんな?」
「赤い石と青い石でね。片方は、合成するのにかかる費用よりも、ここでその石を手に入れた方が得なのだそうよ。そして、もう一つはまだ合成出来ないので、原石から採取するより他は無いんだって」
「……それは気の毒に」
「いえ、違うは秀人。それがあったお陰で、こういった形で私達は異世界貿易会社ゴランノスポンサーに協力を仰ぐことが出来た。とても幸運だったわ。それに、それらは私達にとって綺麗でも何でもないただの石だから」
価値の無い石が、彼女達を救うきっかけになったらしい。
世の中どう転ぶか分らないものだが、こんな風に感情だけに流されない、芯の通ったノエル姫を見ていると、
「なるほど。そういった事情もあるのか……じゃあ、俺も少し頑張って見ようかな。ノエル姫のために」
そう秀人に言われてノエル姫は顔を朱に染めた。
「な! 何言っているのよ……」
「変な事、俺は言ったか? なんだか頑張っているノエル姫様が凄く輝いて見えたから、俺も頑張ろうかなって」
「そ、そうなの……わ、分っているんだから。で、でも……ありがとう」
そんな恥ずかしそうに微笑むノエル姫。
勘違いして慌てたノエル姫も可愛いが、こう素直なノエル姫も可愛い。
今までに居なかったタイプの女の子だなと秀人は思った。
そんな秀人に、田中正樹が、
「それじゃあ、大体説明はこれでいいかな? 良いよね?」
「……何で説明をそこで終わらそうとしているんだ?」
「いやいや、そんな事はありませんよ」
そう目を泳がせる田中正樹。
怪しいと秀人が思っていると、ノエル姫が現れて、
「こいつ、前に『説明は、自分の責任を回避するためにするものだ』って言っていたわよ?」
「ノエル姫、何でそんな事を秀人に言うんですか! 僕の信頼と実績が!」
と言い出した田中正樹に秀人は半眼で、
「そんなものは無い。ここに連れてこられた時点で」
「酷い! ……いや、多分大まかな説明はしたんだけれど、後は細かい事項だからその都度にするしかないんだ」
「へー、まあいい。それで次はどうする?」
「次はまず武器とかかな」
それうを聞いて秀人は眉を寄せる。
「素手であいつ等倒せたぞ? 柔らかかったし」
「秀人が会ったその“賎しき者共”はそうだったかもしれないけれど、もっと体の固い、そうじゃない奴らだっているかもしれないだろう? そもそもそんな体術に慣れている訳じゃないんだから、そういった体の固い相手の攻撃を受けたらどうなる?」
「……想像するのが怖い」
「だろう? だからその危険を回避するには武器は必要だ。腕が壊れるのと武器が壊れるのは、全然違うだろう?」
「なるほど……まともな事を言っているような気がする」
「と、いうわけで次は武器を探しに行きましょう」
と、王様に武器庫で最近の武器をくださいと言っている田中正樹。
木刀とかそんなものでないので、安心といえるかもしれないと秀人はぼんやり思った。
とはいえ、自分の心に秀人は嘘をつけない。
なので戻ってきた田中正樹に、秀人は、
「……伝説の武器とかそういったものは無いのか?」
「古い武器は、劣化するからね。伝説の何チャラは維持するだけで精一杯だし、技術の進歩もあるから新しい物の方が良いよ。ここ二年くらいのものが良いんじゃないかな」
「ロマンも何も無いな」
「魔法があるだけ夢と希望があるかもよ」
そう、田中正樹は肩をすくめたのだった。
次回更新は未定ですがよろしくお願いします。