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これは、某大賞に応募した、本作の修正版です-10

ここまで読んで頂きありがとうございました。楽しんでいただければ幸いです。

 秀人は流石に五階まで駆け上がると息が切れるなと思って、そもそもそういう風に思っているだけなんだよなと嘆息した。

 そのまま奥の方まで明かりを飛ばしていくと、ほんの少し先に黒い塊が見えた。

 今までの動物のようなものと違い、どろどろに腐った黒い大きな塊に幾つもの赤い目が付いている。

 気色の悪いゲームに出てくるような化け物に、秀人は少し臆しながらも槍を構えて走り出す。

 唐突に周辺に幾つもの秀人を包み込むような大きさの炎や雷撃……かと思えば、地面が凍って滑りやすくなる。

 それらから身を守る結界のような魔法を、秀人は発動させる。

 攻撃してくる魔法は、おそらくはかなり恐ろしいものだとは思うが……それらは秀人の結界の前で容赦なく消えていく。

 そのまま槍で突いてやると、確かに穴は開く。

 けれど引き抜いた頃にはすぐにくっついてしまうのだ。

「魔法攻撃で吹き飛ばしても良いが……そういえば武器に魔法みたいな効果を付加させるのって無いのか? ゲームみたいに」

 そうすいれば切った範囲に魔法を撒き散らせる事になるから、爆風で魔法陣を周辺に放り出す心配は無いだろう。

 そう思って秀人は魔法を使う装置に触れる。

 だー、と上から検索していき、

『武器への炎の攻撃付加(小):使用している武器での攻撃の際に、武器に炎の効果を付加させて敵へのダメージを追加します』

 それを選択する。途端に槍の周辺に炎が渦巻いていく。

 その炎の魔法を先端部分に集まるように意識して、そのまま再び先ほどの“賎しき者共”に飛び掛る。

 あちらの攻撃が一切秀人のダメージにならないので、秀人は落ち着いてその槍を使い“賎しき者共”を薙ぎ払った。

 悲鳴を“賎しき者共”が上げて、切り裂いた場所から炎が吹き上がる。

 もしかしたなら再生が遅れているだけかもしれないので、そのまま容赦なく秀人は“賎しき者共”に攻撃をして、そして完全に動かなくなったの確認してからようやく攻撃をやめた。

「やっぱり魔法攻撃を受けた所は再生しないのか……魔法により、存在が変質するから再生できないのか?」

 イメージでいうと、焼いた肉と生肉のような……変質という意味で。

「でもこの方法は結構良いかもしれないな……あれ?」

 そこでピシッと、秀人の槍にひびが一筋は入る。

「まさか、今の魔法の副作用か? ……この技は極力使わないようにしよう。武器がもったいない。でも、もうこんなのは現れない……よな?」

 自分で呟いてみて、何となくそういうのが現れる気がしながら……そこで秀人はあるものをみつけた。

「石版? でも柄が書いてあって……もしかして、これが魔方陣なんじゃ……」

 なので、秀人は、自身の顔が隠れる大きさのその石版を拾い上げて、ノエル姫達の待つ階下へと向かったのだった。


 階段を下りてきた秀人に、ノエル姫が抱きついた。

「ノ、ノエル姫?」

「……心配したのよ?」

「あ、そうですか。その……俺、強いですから」

「それでも心配なものは心配だもの! もう……でも、なんとも無くてよかった」

 そうほっとしたようなノエル姫だが、そこで、正樹が近づいてきた。

「とりあえず何とかなったみたいだね。それで、それは魔法陣の破片?」

「だと思ったから持ってきたんだが……ミリー、どうだ?」

 そう言って秀人は手渡そうとして、こんなもの女の子のか細い腕だと流石に無理だろうと思ったので、地面に置いてしゃがみこむ。

 ミリーもしゃがみこんでじっと見て、

「多分これはそうね。“賎しき者共”を呼び寄せるものみたい。しかも他と干渉しあって、いるから……今すぐ解除してしまった方が良さそうね」

 そう呟いて、ミリーは何やら呪文のようなものを唱え始めて、その石版のある部分に触れて、するとその部分が青く光る。

 そして今度は別の言葉を呟いてから、別の場所に触れて……それを幾つも繰り返していく。

 やがて、石版自体が白く輝いたかと思うと、すぐに発光は収まる。

「ふう、これでもう大丈夫」

「そうなのか。何が変わったのかさっぱり分らない。正樹は分るか?」

「全然」

「どうして異世界人はそんななのかしらね。でもまあ、これで後は、2、3、4階を駆除していけばいいだけの話だから、問題わないわね。後はこれの写真だけ撮っておいてと……」

 そうほっとしたように呟き、カメラ?を取り出すミリー。

 そして正樹も、“賎しき者共”の探査レーダーを見て何処か気楽そうだった。

 一番恐ろしい“賎しき者共”は倒されたから、怖いものなんてあるはずが無かった。

「それじゃあ上の階から一つづつ駆除して行きましょうか」

 ミリーとノエル姫が先陣を切ろうとしたので、そんなノエル姫を慌てて秀人とメアが抑えて、ミリーは正樹が抑えた。とはいえ、

「正樹が手を繋いでくれるのであれば、先陣切らないであげるけれど、どうする?」

 正樹が、うえっ、と呻き声を上げてミリーの手を握った。一方、ノエル姫は、

「秀人、私も手を繋ぎたい……」

「すみません。でも今回だけは、俺に守らせてもらえませんか?」

「……埋め合わせのデート、楽しみにしているよ?」

「はい!」

 そうお互い顔を見合わせて微笑むノエル姫と秀人。

 そしてそれをミリーが羨ましそうに見て、自身の唇に指を触れながら考え込んでから、

「正樹、デートもしてくれないと悪戯しちゃうぞ」

「はいはい、いいよ」

「……本当? 本当に!」

「……一回だけで、ホテルには行かないからね」

「うん!」

 嬉しそうに正樹の腕に抱きつくミリー。

 そんな二組のカップルを見て、何で私だけお一人様なんだろうとメアはちょっとだけ悲しく思ったのだった。


 そして、着々と建物内を制圧……駆除を圧倒的な力で持ってするという作業ゲーを行ったわけだが。

「これで全ての階、制圧。転がった魔法陣の石版も、建物内は一通り私が解除して、写真に収めたし。あとは、あの魔法陣のある所から感じるわね」

 とミリーに言われて、秀人達はその広い場所に向かった。

 そこは三回から入ることが出来、階段で下に行くことができた。

 天井には吹き飛ばした跡だろう、大きな穴が開いていた。

 そこかしこに散らばる石の破片から探していくのは至難の業のように思えたのだが、それをミリーはどんどん見つけていく。

 それを一つの場所に集めて、ミリーに魔法陣の魔法を解いてもらう。

 その間、特にする事もなく転がっていた木箱の上に秀人は座っていると、ノエル姫がやってきて、

「お疲れさま」

「お疲れ様。それで矢は後どれくらい残っているんだ?」

「102本かな。でもこの調子だと、秀人が言ったよりも残せそうだね」

「良い事だよ。何事も無く全部終わってそれから……デートか」

「そうそう、約束だもの。この前はミリーちゃんの件で途中だったから、今度は何処に連れて行ってくれる? 秀人」

「また俺が選ぶんですか?」

「楽しみにしています。頑張ってね」

 くすくす笑うノエル姫に、秀人は可愛いなと思ってしまう。

 本当にノエル姫は前にもまして、見ているだけで離れ難い気持ちにさせられる。

 そう思うと、この世界からもとの世界に戻るのは、何時なのだろうという不安が押し寄せて、けれど、元の世界に戻りたい感情が秀人にはある。

 秀人の帰る場所はあそこなのだから。

 そんな秀人とノエル姫の様子を横からジーとメアが見ていた。

「メア、どうしたんだ?」

「いえ……ただ短剣は私には必要が無いので返しておいたほうが良いかと思い、見ておりました」

「……完全に安全だと確認できるのは宿に戻ってからだ。まだ何が起こるかわからないし。メアのことは頼りにしているから」

「……そうですか」

 メアが、疲れたように嘆息して去っていく。

 実際に取りこぼしの“賎しき者共”を容易に仕留めていたのだから信頼は出来る。

 音がした。

 耳を劈くような高くて、そして何かが引き裂かれるような音がする。

 思わず耳を塞いで、秀人は周りを見回した。

 とても大きい、のっぺりとした灰色の、手足が胴体に比べて異様に細い、人のような形をした粘土細工が秀人達の前にゆっくりと姿を現したのだった。


 その大きさは低く浮かんでいる雲と同じくらいの高さだった。

 特撮物の怪獣を連想するような怪物に、秀人も含めて全員が唖然とした。

 その足が、ただの平らに見えていたが、それが現れてから少し経つと無数の口が開いた。

 次いで目玉らしきものがぎょろぎょろと、周りを見回している。

 それにノエル姫が悲鳴を上げて秀人に抱きついた。

 けれどそんな事を気にする余裕はその時の秀人にはなく、想像を超えた何かに呆然と見上げていた。

 そこでミリーが雄叫びを上げながら炎の塊を打ち込んだ。

 その狂ったような様子に、正樹は慌てて、

「ミリー、落ち着いて!」

「正樹は、アレがわからないの! あんな怪物かい……ぁあああああ、がく」

 そこでミリーがぐたっと正樹の腕の中に倒れこんだ。

「……スタンガンのようなものを持っていて良かった」

 そんな正樹に、秀人が今一危機感が分らず、

「でも、ミリーのあの様子から考えると、あれ、相当危険なんじゃないか?」

「だね。とりあえず測定数値は……あ……ええっと」

 表示された数値に目を落として、正樹は引きつった笑みを浮かべた。

「100万だって」

「じゃあさっきの奴百匹分か」

「……実は言っていなかったけれど、このレーダー100万以上は表示できないんだ」

 つまり、それ以上あれは強い事になって……そんな未知の生物を睨み付ける秀人。

 まだそれは動く様子はないようだった。と、

「……ああもう、なにするのよ正樹」

「……復活が早い……」

「この程度、私の着ている服の防御力で多少はどうにかなるわよ。私とした事が取り乱してしまったわ」

「でも全部魔方陣は解除したはずなのに……」

「呼び出しの魔法陣が発動してから、呼び出すまでに時間差があるのかも。これだけ凄いものだし……」

 蒼白な顔をして、ミリーは見上げて、

「しかも魔法攻撃しても気にしない程度の相手か、まだ動けないのか」

「……だったら今のうちに攻撃して倒すか、弱らせた方が良いかもしれないな」

 今の台詞を聞いて秀人はそう判断して、ノエル姫にまず視線を移す。

「矢をとりあえず、10発ほどお願いします」

「わ、分ったわ」

 ミリーの魔法程度ではどうにもならない事は分っている。

 では、この矢ではどの程度だろう?。

 次々と放出される猫の攻撃に、その巨大な“賎しき者共”の足に小さな穴が開く。けれど、みていたノエル姫が、

「穴が、ふさがっていく?」

「……俺がさっき戦った強めの“賎しき者共”は、確か再生していたとなると……正樹」

「なに?」

「ノエル姫達を連れて、今すぐここから去ってくれ」

「……そうだね、これは僕達ではてに負えないから。残念だけれど」

「俺が倒されても、藁人形に戻るだけだから、そんなにノエル姫は心配そうな顔をしないでください」

 秀人は、そんな不安そうな顔をしたノエル姫に微笑むと、ノエル姫はちょっと考えてから、つかつかと秀人に歩み寄り……そのままキスをした。

 ノエル姫の顔が近づいてきて、ふにょっと柔らかくて温かい感触を覚えて……甘酸っぱいような、けれどほろ

苦いような、切ない感覚を覚える。

 その触れた唇はすぐに離されて、ノエル姫は秀人ににこっと微笑んだ。

「デート、楽しみにしているから。そうしたら今度は、秀人の方からキスしてね」

「え……あ、う……はい……」

 そんな事を言われてしまい顔を赤くして、秀人は頷いた。

 駄々をこねないあたり、ノエル姫らしいと思う。

 秀人の戦闘の邪魔になる事も分っているのだろう。

 そう思いながら秀人は“賎しき者共”に視線を戻し、槍を取り出す。

 ひび割ればだいぶ深くなっていた。

 気づかれると心配されそうなので、現状ではどうにもならないので、わざと手で握って隠して“賎しき者共”を倒していた。

 先ほどの最上階にいたもの以外はいつもの雑魚であったため、それほど問題はなかったが……。

「まずは使えそうな魔法を片っ端からいくか。余裕のある状況じゃなさそうだし」

 そう秀人は呟いて、装置に触れて魔法を使う。まずは一箇所を重点的に潰す事にした。

『神殺しの風の刃による圧殺』

『竜神の凍れる咆哮による凍結』

『雷神の槌による雷』

『冥府の王の業火による焦土』

 威力の強いものを探して、一通り打ち込んでいく。

 けれど撃ち込まれて幾度となく、以前使った火竜砲とは比べ物にならない攻撃なのに、色々な場所を吹き飛ばしながらもすぐに再生する。

 時間差があるのかも、とミリーは言っていたが、その分再生されるための力が供給され続けているのだろうか?。だとすれば、

「その供給元……まさか、あの最上階にいた時の魔物の中にあった、今までと違う石みたいなやつか?」

 こう何度も攻撃して再生されたのではかなわない秀人は、今度は一つの場所ではなく全体的に攻撃していく。

 頭から足まで、狙いを定めて満遍なく連続して魔法を使っていくと、目の前の足の上の部分にそれがあることに気づく。

 めり込んだ粘土のような部分につるつると光る黄色い大きな石が入っていた。

 それが再生されていくのを見て、見失って堪るかとそこを重点的に秀人は攻撃する。

 けれど、幾度となく爆砕しても、一向に傷つく気配がない。

 このままだと無理ではと思った秀人は、直接攻撃する事にした。

 ひび割れた槍を掴んで、駆け出して飛び上がる。

 高い場所はそれほど得意ではないが、秀人はそんな事を気にしている余裕はなかった。

 見る見る小さくなっていく眼下の景色を見ることなく、その石に向かって秀人は飛び上がり、槍を打ち込んだ。

 ピキッ

 そんな音を出して石に亀裂が入る。

 ぐらぐらとその巨大な“賎しき者共”は揺れるも、すぐに収まる。

 先ほどと違う感触に、秀人はそれが正解だったと気づく。

 ただ撃ち込んだ槍は途中で折れてしまい、折れた柄の部分は地面に落ちていく。

 しかし、槍は突き刺さったままなのは、秀人には都合が良かった。

「ここを足場にしてっと……結局は、剣で攻撃するのが一番無難か」

 単純で確実な方法が、一番効果が高いんだなと思いつつも、秀人は剣に魔法をかける。

 炎が揺らめく剣を持って、その石の部分に攻撃を加えていく。

 何度も何度も打ち込んで、同じ場所に少しずつ削り落とすように刻みを入れていく。

 それがある程度深くなってから、そこで石の周辺の肉体が再生しにくくなっていることに気づいた。

 だいぶ弱らせられたと思って、あとはもう一息という所で、剣が自分の手から零れ落ちた。

 秀人が放したわけではない。

 秀人の手の部分が綺麗になくなっていた。

「確か、この世界の俺の体は魔法で出来ているんだよな」

 そうなってくるとこれは、秀人自身の魔力がなくなってきている事を示す。

 デートの約束は守れそうにないなと思いながら、片腕をその魔法の使える装置に触れさせて自分の存在全てを魔法へと変換し、攻撃にまわすよう念じる。

 そして、秀人が覚えていたのはそこまでだった。


遠くで、あの巨大な“賎しき者共”の足の辺りで爆発が起きる。

 それと同時に、大きな巨体が悲鳴のような音を上げて、さらさらと崩れ落ちて消えていく。

「秀人! 倒せたんだ」

 そうノエル姫は声を上げる。

 そしてそのまま駆け出そうとするノエル姫だが、そこで正樹のスマホもどきが音を立てて鳴り、それを正樹が確認して嘆息した。

「えっと、連絡が二つ。とりあえず巨大な“賎しき者共”は倒せました」

「見れば分るわよ! だから秀人に……」

「あと秀人は元の世界に帰りました。理由は魔力を使い果たしたから」

「……え?」

「流石に異様に魔力が高い秀人といえど、あれはどうにもならなかったらしい」

 ノエル姫は黙ってしまう。

 随分と仲が良かったから当然と言えそうだが……かといって、“賎しき者共”の弱い者達がまだ沢山ここにはいる。

「ノエル姫、秀人はノエル姫達を救っていったんです」

「そうです姫様、素敵な方だったと思います」

「ノエルちゃん、別にまた会えるって、そうでしょ正樹?」

 慰めるミリーとメア。

 そしてミリーがそう正樹に問いかけるが、

「……実は、あちらの世界では魔力ってそんなに貯まらないんです」

「え?」

「秀人はたまたまそういったものを溜める力が大きくて器も大きかったのですが……それでも、それはヒデトが生まれた時から溜め続けたもので、かなり時間がかからないと、こちらの人形に召喚が出来ません」

「じゃあ私はもう、二度と秀人に会えないの?」

 正樹は答えなかった。

 それにノエル姫は泣き出して、それをミリーとメアは慰めていたのだが……正樹は幾つか言わなかった事がある。

 まだそれは内々の話だったからだ。けれど、今はまだ話すべきではないと、正樹は口をつぐんだのだった。


 秀人は、はっと目を覚ました。

 周りを見渡すと見慣れた自分の部屋が見える。

「ノエル姫達はどうなったんだろう。俺はあの怪物を倒せたのか?」

 そこで秀人は一瞬のはずなのに、記憶がある事に気づく。

 もしや戻ってきたのは一瞬ではなくて……そう思いながら傍にある携帯電話の日付を見ると、確かに当日だった。時間の変化もない。そして、

「この紙に名前を書いたら、あの世界に連れて行かれたんだよな。そしてアルバイト代無し……まあそれは良いんだけれど、どうなったんだろう」

 もしもアレで秀人が倒せなかったとしたら?。

 そう思うといてもたってのいられず、秀人はアドレス帳から正樹を探してメールする。

 返信はすぐに帰ってきた。

「『あのでっかいやつは倒されてくるから大丈夫。あともう寝かせてくれ、疲れた……』か。良かった……」

 どうやら上手く倒せたようで、秀人はほっとする。

 これでノエル姫達は安全だ。

 そう思って、安堵したからか、別の感情がわいてくる。

「ノエル姫か。良い子だったよな……見かけも含めて凄く好みだったし」

 異世界人だからいずれ別れる事が分っていて、そうして付き合った関係だった。

 一緒に過ごした時間は短かったけれど、秀人には、忘れられそうに無い思い出というか……。

「キス、したんだよな」

 初めてのキスを異世界で経験した。

 確かに体は藁人形だったがあの時の感触は暫く忘れられそうに無い。それに、

「デートの約束、破っちゃったな」

 実の所、秀人もほんの少し楽しみにしていたのだ。

 もっと一緒にいたかった。けれど……。

「……これで良かったのかもしれないな。もっとお互い深みにはまる前に別れられたわけだし。きっと良い思い出になったし、だから……」

 そう自分で秀人は呟いて見るも、悲しい気持ちが湧いてきてそれを必死で誤魔化そうとする。

 けれどその思いを抑えきれず涙が目から零れてくる。

 秀人は必死になって目をごしごしと擦る。

 これで良いんだと繰り返す。何度も何度も繰り返す。

 だが涙は止まらなくなって、秀人はたまらずベットに飛び込んで枕に顔を埋めて声が出ないようにないた。

 確かに守りたいと思ったのは事実だし、けれど、今回も大丈夫だという根拠の無い自信があった。

 ほんの少しの恋人同士で良かったと思っていた。

 そして、自分が夢中になりかけている自覚も少し秀人にはあった。

 けれど、いざその時になったら、こんなに辛いとは思わなかった。

 会いたい。

 ノエル姫に会いたい。

 そこで秀人ははたと気づいた。

「もう一度あの契約書に名前を書けば、あちらの世界に行けないのか?」

 秀人はベットから飛び起きた。

 乱暴に椅子を引いて座り、焦ったようにカチカチと押してシャープペンシルの芯を出す。

 そして、急いで秀人はその契約書に名前を書いた。

 けれど、何も起らない。

「何でだよ……前は出来たじゃないか。何でだよ……」

 そう繰り返し呟きながら名前を書いていく。

 けれど、何も起らない。

 延々とその紙の隙間に秀人は自分の名前を書いて、隙間の全てを埋め尽くしてようやく書くのをやめた。

 そのままふらふらとした足取りで、ベットへ向かう。

 そして倒れ込むようにベットに秀人は転がり、絶望的な気持ちになりながら瞳を閉じたのだった。


 母親に起こされて、秀人は目を覚ました。

 あのまま眠っていたらしいと思って鏡を見ると、寝ている間もないていたらしい。

 そう思いながら洗面所に向かい顔を洗って歯を磨く。

 机の上に並んでいる朝食を心あらずといった感じで食べる秀人。

 父親は、先ほど焦ったように出社していた。

 そう思いながらご飯を食べていると、いつものようにニュースがやっている。

 どうやらこのあと緊急のニュースがあるらしいのだが、それを見ていると高校に遅刻してしまうので見れないなとぼんやりと思った。

「本日の天気は……」

 そう流れてくるテレビに興味なく、食べ終わった食器を片付けて、再び歯を磨く。

 そしてかばんを掴み、秀人は家を出た。

 テレビは天気を流しそして緊急のニュースが流れる。

「本日より、異世界との国交を我が国は開始する事になりました。それに交換留学生を……」


 高校に来ると、妙に生徒達がざわめいていた。

 なんでも季節はずれの転校生が来るという。

 確かに席が二つほど追加されていた。

「しかも美人の女の子が二人らしいぞ!」

 との前情報だが、秀人は心が動かない。

そこで正樹がどんよりとした重い空気を背負い教室に入ってくる。

「おはよう、正樹。……正樹?」

 やけに顔色の悪い正樹がふらふらとした足取りで自分の席につく。

 そのまま正樹は深々と溜息をついた。

「……どうしよう」

「何がどうしようなんだ?」

「……すぐに分るさ」

 何を言っているんだと聞き返そうとして……そこで教師が入ってきた。

 そのまま教壇の前に教師が立ち、

「えー、本日は転校生を紹介する。二人とも入って」

 何故かその声と共にすぐ傍の正樹がプルプルと震え始めたが、その理由はすぐに分った。

「はじめまして。ノエルです」

「はじめまして、ミリーです」

 秀人は固まった。

 そして視線がノエル……ノエル姫と秀人が合うと、彼女はにっこりと微笑んだ。

 それに秀人は顔を赤くして俯いてしまう。

 というよりもまさかまた会えるなんてという思いと、好きという感情が湧き上がってきて、恥ずかしくなりさらに俯いた。

「えー、今朝のニュースで知っている人もいるかもしれないが、異世界との交換留学生が彼女達だ。席はあそこに座ってくれ」

 そう指差すと二人はその席に向かって歩いていくが、ミリーが傍を通るとき正樹はさらにプルプルと震えていて……そしてノエル姫といえば。

「デートの約束守ってね」

 そう、小声で囁く。

 その声を聞いただけで秀人は顔がかあっと熱くなってしまう。

 昨日の今日で、まさかこんな展開になるとは思わなかった。

 後から聞いた話によると、ノエル姫の母であるカミーユがもともとこれを画策していたらしい。

 昨日悩んでいた俺はなんだったんだろうと秀人は思い、少しの間悩んでいたのだが、それでもまた会えたからそれで秀人はどうでも良くなってしまった。

 現金な自覚はあるが、それでも終わりよければ全てよし。

 そう思いながらノエル姫と秀人は穏やかな時間を過ごし……なわけが無かった。

「いやぁあああああ」

 正樹が悲鳴を上げてミリーが逃げていて、そしって秀人を盾にした。

「……何で俺を盾にする」

「……ノエル姫だと引き渡されるから」

 といったように巻き込まれてしまう。

 それにノエル姫が、私と秀人の時間を邪魔しないでよ、と怒っていたりするのだが、暫くすれば日常になってしまった。

 まだまだ恋人同士というには少し幼い四人が、その後付き合うことになるのはもう少し後のお話。


 秀人の新しい“恋愛”という冒険は、まだ始まったばかりだった。

  

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