片っ端から
「どうもー、異世界貿易会社ゴランノスポンサー、の田中正樹です。説明に参りました!」
現れた人影は、魔法使いっぽい格好をしていた。
何故魔法使いっぽいかと言えば、秀人は現実に魔法使いには会った事が無いし、これからも会う事は無いだろうという程度に科学文明に毒された健全な男子高校生だからだ。
なのでゲームや小説といった物語の中でしか、秀人は魔法使いとは面識が無いのである。
そして、その目の前の魔法使いっぽい格好をした男は、クラスメイトであり、おそらくはこの世界でこんな目にあっている原因とも言える田中正樹だった。
そんな彼を見ながら、秀人は頭痛がしたように頭を押さえて、
「……早く目覚めるんだ俺。こんな悪夢のような展開は沢山だ」
「残念、これは夢じゃないんだなー、これが。でもまあ、僕達には、夢みたいなものだけれどな」
「……一応聞いてやる。夢みたいってどういうことだ?」
「ああ、こちらの時間で100年が、僕達がいた現実では1秒なんだわ。だからうとうとっとしたその僅かな時間がこの世界の出来事なのさ!」
「……これは夢だ。夢……」
そう嘆く秀人の肩が、軽く叩かれた。
振り向くとノエル姫が居て、困ったような顔をしている。
「秀人もこの世界が夢だと思っているの?」
「いや……常識的な展開だと、そうだな……例えば王国が危機に瀕しているので、異世界から勇者を召喚しましたとか?」
「? 今の話だとそうでしょう? この国が危機に瀕していたから、あの異世界貿易会社ゴランノスポンサーにお願いをして、貴方という勇者を藁人形を使って召喚したの」
「……普通、魔法使いの研究所とか、そういうのが召喚しないのか?」
「……それだけの技術がうちの国には無いのよ。だからぼったくりの、異世界貿易会社ゴランノスポンサーに力を借りざる終えないわけ」
そう、ずけずけと言うノエル姫。
結構きついお姫様だが、装ったりせずはっきり言う頼もしいタイプの女性らしい。
こういうタイプの女の子も結構好みだよなと、秀人の中で好感が少し上がる。と、
「随分な言い草ですね。こっちだったアフターサービスやら何やら入れると、そんなに儲けがないのに……。それに今まで何人も勇者召喚に失敗しているし」
「だったらこれは、げーむだー、って勝手に行って自滅するような奴を何で選んだ。しかも近隣の村で、女の子に手をだそうとした馬鹿が居て、苦情が来ているじゃない!」
「いや、きっと異世界だからモテモテになれるかも、って奴が結構多くて……きっとこの世界をよく知らないから、夢があるんですよ。ほら、知らない事はよく分らないから、夢とか希望があるように見えるでしょう?」
「こっちは遊びじゃないんだから! もうちょっとまともなのを呼びなさいよ!」
そこで少し苛立ったような口調になるノエル姫に、田中正樹は、
「今回はどうですか?」
「……まあ、良いんじゃないかしら」
ちらちらと、ノエル姫は秀人を見る。
その表情は何処か気になる異性を、目を合わせるのが恥ずかしいけれど見たいかな? といったように見えて、やっぱりこれは恋愛フラグなのかと秀人は真剣に考えようとした。そこで、
「えっと、秀人には、何から説明をしようか」
「……まずは夢で無いと仮定して、初めから」
「分った。まず、ここに来る前の昼休みに、あの変な契約書を渡しただろう?」
「ああ、ノート線が引いてある紙に、鉛筆書きで『異世界で勇者になりたいと思いませんか? 明るく楽しい、そんな職業です。アットホームなこの会社ならではの数々のサポートも受けられて、とっても安全。さあ、この名前欄に自分の名前を書いて、契約成立ぅ!』と、魔法少女っぽいキャラが書かれたいかにもな紙か」
「あの魔法少女キャラ、アールちゃんていうんだ。現在、マスコットキャラとして数々のグッズ販売に力を入れ……怖い顔で見られているので、続けますが、それが本物の契約書です。名前を書いた時点で契約が成立して、異世界に召喚となります」
「……流石にこれは無いだろう、これは」
「んー、でも、法的な効力は無くても、魔法的な効力はあるわけだ。とまあそんなわけで、秀人には勇者をやってもらいたいんだ」
「危険じゃないのか?」
「この世界の僕達は、藁人形だって前は話しただろう?」
「藁人形の割りに、随分肉体っぽい感覚があるし、手だってこう関節が動くじゃないか。
そう、手をふらふらと揺らして見て、どう考えても藁人形じゃないよなと秀人は確認する。
そんな秀人に、田中正樹は、
「この世界の、僕達の元となる藁人形は、大体十センチくらいの大きさなんだ。それを、魔力で覆って体を作って、意識をこちらに飛ばしているんだ」
「魔力? この世界の? そうなると、少なくとも触れれば簡単に倒せる程度の魔力は俺の体にはあるから、それだけの力があるなら、十分この世界の住人で問題ないんじゃないのか? それとも他に何か特別な理由があるのか?」
例えば勇者だけしか使えない剣とか防具とか、伝説のほにゃららとか……高校生の今でも、その単語はわくわくするし、そんな物語の主人公になってみたい気がする。
けれど、田中正樹は首を左右に振り、
「いや、その魔力はもともと僕達の世界の住人が持っているものだ」
「……まさかその魔力を使い切ると、元の世界に戻れないとか……」
そんな恐ろしい予想が頭をよぎって、秀人は問いかけるも、それに田中正樹はおかしそうに笑った。
「まさかー、漫画か何かの読みすぎだよ。魔力が無くなればこの世界の体も消失するから、自動的にもとの世界に逆戻りだ」
「いま、お前が言うなと叫びたかったんだが……。それで、今の俺達の状態を簡単に説明するとどうなるんだ?」
「そうだね、今のこの状態は、異世界に転生して新しい人生を送っているようなものだけれど、意識はあるから異世界に旅行して居る、そんなどちらとも言える状態さ」
一応もっともらしい話を聞いている気がする。
そしてそうなると秀人を選んだ理由は、
「で、その魔力があるから俺を選んだと?」
「この世界で言う魔力の検査は、あっちでもやれるにはやれるんだけれどさ、随分と失敗しちゃってこれ以上は赤字になるって事から、片っ端から送り込んで、この世界に存在できる奴らなら良いか、ってなった」
「ようするに、片っ端から送り込んで、ここに存在できるだけの魔力がある奴は残ると」
「うん。そうそう」
「性格とか考えないとまずいんじゃないのか?」
「基本的に人格なんてあやふやなものは、選んで呼ぶなんて出来ないからね。だから魔力が強いからという理由の召喚が多いんだ」
「つまり?」
「単純で数値化できる、例えば魔力が強いといった一つだけのパラメータという単純さ。かつ、魔力が強いって事で対象が少ないから、召喚対象を設定しやすいともいえる。それらの理由から、召喚に必要な要因が少ないので成功しやすいんだ。分ったか?」
大体の話と理由は分ったので、秀人は頷いた。
納得できるかどうかは別として。
そして、後は何を話していなかったかなと、田中正樹は腕を組んでそこでああと頷いた。
「あと、この世界の話……勇者と、うちの会社の関係についてだな」
そう聞いて、説明って眠くなるよなと、ぼんやりと秀人は思ったのだった。
あけましておめでとうございます(一日遅れですが)。今年もよろしくお願いします。