音がした。
階段を下りてきた秀人に、ノエル姫が抱きついた。
「ノ、ノエル姫?」
「……心配したのよ?」
「あ、そうですか。その……俺、強いですから」
「それでも心配なものは心配だもの! もう……でも、なんとも無くてよかった」
そうほっとしたようなノエル姫だが、そこで、正樹が近づいてきた。
「とりあえず何とかなったみたいだね。それで、それは魔法陣の破片?」
「だと思ったから持ってきたんだが……ミリー、どうだ?」
そう言って秀人は手渡そうとして、こんなもの女の子のか細い腕だと流石に無理だろうと思ったので、地面に置いてしゃがみこむ。
ミリーもしゃがみこんでじっと見て、
「多分これはそうね。“賎しき者共”を呼び寄せるものみたい。しかも他と干渉しあって、いるから……今すぐ解除してしまった方が良さそうね」
そう呟いて、ミリーは何やら呪文のようなものを唱え始めて、その石版のある部分に触れて、するとその部分が青く光る。
そして今度は別の言葉を呟いてから、別の場所に触れて……それを幾つも繰り返していく。
やがて、石版自体が白く輝いたかと思うと、すぐに発光は収まる。
「ふう、これでもう大丈夫」
「そうなのか。何が変わったのかさっぱり分らない。正樹は分るか?」
「全然」
「どうして異世界人はそんななのかしらね。でもまあ、これで後は、2、3、4階を駆除していけばいいだけの話だから、問題わないわね。後はこれの写真だけ撮っておいてと……」
そうほっとしたように呟き、カメラ?を取り出すミリー。
そして正樹も、“賎しき者共”の探査レーダーを見て何処か気楽そうだった。
一番恐ろしい“賎しき者共”は倒されたから、怖いものなんてあるはずが無かった。
「それじゃあ上の階から一つづつ駆除して行きましょうか」
ミリーとノエル姫が先陣を切ろうとしたので、そんなノエル姫を慌てて秀人とメアが抑えて、ミリーは正樹が抑えた。とはいえ、
「正樹が手を繋いでくれるのであれば、先陣切らないであげるけれど、どうする?」
正樹が、うえっ、と呻き声を上げてミリーの手を握った。一方、ノエル姫は、
「秀人、私も手を繋ぎたい……」
「すみません。でも今回だけは、俺に守らせてもらえませんか?」
「……埋め合わせのデート、楽しみにしているよ?」
「はい!」
そうお互い顔を見合わせて微笑むノエル姫と秀人。
そしてそれをミリーが羨ましそうに見て、自身の唇に指を触れながら考え込んでから、
「正樹、デートもしてくれないと悪戯しちゃうぞ」
「はいはい、いいよ」
「……本当? 本当に!」
「……一回だけで、ホテルには行かないからね」
「うん!」
嬉しそうに正樹の腕に抱きつくミリー。
そんな二組のカップルを見て、何で私だけお一人様なんだろうとメアはちょっとだけ悲しく思ったのだった。
そして、着々と建物内を制圧……駆除を圧倒的な力で持ってするという作業ゲーを行ったわけだが。
「これで全ての階、制圧。転がった魔法陣の石版も、建物内は一通り私が解除して、写真に収めたし。あとは、あの魔法陣のある所から感じるわね」
とミリーに言われて、秀人達はその広い場所に向かった。
そこは三回から入ることが出来、階段で下に行くことができた。
天井には吹き飛ばした跡だろう、大きな穴が開いていた。
そこかしこに散らばる石の破片から探していくのは至難の業のように思えたのだが、それをミリーはどんどん見つけていく。
それを一つの場所に集めて、ミリーに魔法陣の魔法を解いてもらう。
その間、特にする事もなく転がっていた木箱の上に秀人は座っていると、ノエル姫がやってきて、
「お疲れさま」
「お疲れ様。それで矢は後どれくらい残っているんだ?」
「102本かな。でもこの調子だと、秀人が言ったよりも残せそうだね」
「良い事だよ。何事も無く全部終わってそれから……デートか」
「そうそう、約束だもの。この前はミリーちゃんの件で途中だったから、今度は何処に連れて行ってくれる? 秀人」
「また俺が選ぶんですか?」
「楽しみにしています。頑張ってね」
くすくす笑うノエル姫に、秀人は可愛いなと思ってしまう。
本当にノエル姫は前にもまして、見ているだけで離れ難い気持ちにさせられる。
そう思うと、この世界からもとの世界に戻るのは、何時なのだろうという不安が押し寄せて、けれど、元の世界に戻りたい感情が秀人にはある。
秀人の帰る場所はあそこなのだから。
そんな秀人とノエル姫の様子を横からジーとメアが見ていた。
「メア、どうしたんだ?」
「いえ……ただ短剣は私には必要が無いので返しておいたほうが良いかと思い、見ておりました」
「……完全に安全だと確認できるのは宿に戻ってからだ。まだ何が起こるかわからないし。メアのことは頼りにしているから」
「……そうですか」
メアが、疲れたように嘆息して去っていく。
実際に取りこぼしの“賎しき者共”を容易に仕留めていたのだから信頼は出来る。
音がした。
耳を劈くような高くて、そして何かが引き裂かれるような音がする。
思わず耳を塞いで、秀人は周りを見回した。
とても大きい、のっぺりとした灰色の、手足が胴体に比べて異様に細い、人のような形をした粘土細工が秀人達の前にゆっくりと姿を現したのだった。




