無かった。
皆が寝静まった深夜。
秀人は目が覚めた。
「緊張しているのかな。ちょっと外の空気でも吸ってくるか」
そう背伸びをして、秀人は部屋の外に出ようとして、部屋のドアを開けるとばったりとメアに会った。
三つ網の髪を下ろしているためか、その雰囲気がいつもと違う気がして、秀人は少し悩んでから、
「メアさん、ですか?」
「ええ、そうですけれど」
そう答えてくすくすと笑う。
その様子が何処となく悪役というか悪女っぽく見えて、部屋のドアを開けたまま秀人は少し考えてから、
「俺達の部屋の前にいたという事は、何か用事があったのでしょうか」
「ええ、貴方に会いに。勇者秀人様?」
にいっと妖艶に笑って、そっと秀人の腕に自身の腕を絡ませようとして、それに気づいた秀人はささっと避けた。
そんな捕まえ損ねた秀人を見てメアが、
「こんな美女に言い寄られて、鼻の下を伸ばさないわけ?」
「いや……何ていうんでしょう、もっと清純な子が好みなんです」
「つまらない男ね。あのじゃじゃ馬のノエル姫が、貴方にはやけにしおらしいから、どんな男かと思って様子を見に来たのに……普通っぽいというか、影が薄いというか」
「良識と常識があるだけです。それで、用件は何ですか?」
「……私達の方に来ない?」
怪しげな勧誘をされて、秀人は黙った。
そして天井の方を見上げて、これはアレですか、悪の親玉みたいな奴に、俺達の方に来ないかと誘われているとか、はたまた敵対勢力に勧誘されているとかそういうパターンですか、と秀人は考えて、
「ちなみに、私達というのは、どういう方々ですか?」
「そうね……“賎しき者共”を、この世界に呼び込んでいる者達かしら」
「そんなものに協力しろと? しかも突然言われても……」
「貴方の力を最大限生かせるように“賎しき者共”を呼んで、それを打ち倒してみせる。そうすればこの世界の人間たちはどうなるかしら」
面白そうに笑うメア。
そうすれば確かに、こう、理想的な勇者が出来上がるだろう。
ただ、秀人は自分で火をつけて、水をかけるといったマッチポンプは好きではない。
それにそんなだったら早くもとの世界に戻りたい。
この世界で良い思いが出来るといっても、秀人の体は所詮藁人形だか何だかがこの世界の本体であり、擬似的にしか体験できない。
なのだが、試しに秀人は聞いてみる事にした。
「それで、どんな良い思いができるんだ?」
「この世界の勇者になって酒池肉林、それこそ私を抱いてもいいわ」
「それで断ったなら?」
「そうね……すでに、勇者がこの町にいると分っている。そして、勇者がいる場所に“賎しき者共”が現れるとすでに噂を流しておいた。どういう意味か分る?」
勇者である秀人のいる場所に“賎しき者共”が現れる。→お前のせいで! ……以下略。
無料でやるには割に合わないなと、秀人は考えていると、
「ちなみにすでにその準備は終わっているわ。後は……」
「所で、ノエル姫はお前がそういう存在だって知っているのか?」
「知らないわ、だって私、その機関のスパイだもの」
「それを俺がばらさないとでも?」
「あら、貴方、私と取引しないつもり? 大勢の人が死ぬかもしれないのに」
「……何処から攻撃してくるか分らないのに? そんなで未然に防げるとでも?」
「そうだな……俺、そこまで責任持てない」
「……は?」
「だって俺、この世界に連れてこられて分けも分らず手伝わされて、勇者にされただけだし」
「で、でも、私たちのほうが凄く良い思い出来るわよ? ノエル姫なんかよりも美人の女の子侍らせて……」
「結局この世界では、俺が経験できるものって、リアリティのある疑似体験にしか過ぎないんだよな」
「! な、何を言って」
「というわけだから、正樹、捕まえてくれ」
「はーいっと」
ひょっこり現れて正樹に、メアは捕縛された。
とりあえずローブで手足をぐるぐる巻きにしてから結界を張って閉じ込めておく。
「く、苦しい……死んじゃう……」
そうメアがか細い声を上げるも、正樹がふうっと嘆息して、
「この縄は特殊で、そんなに苦しくないように、けれど動けなくなるように自動で縛り上げるんだ。なんでも、縛り上げるのが不器用な人がいて、その人専用で作ってあげたうちの会社の素晴らしい発明品なんだ」
「……この」
「というわけで、うちの会社の人に連絡しておいたから、このメアって子の組織もすぐに分るし、もし本当に“賎しき者共”をこの世界に呼べるなら、その発生ポイントも吐かせれば観測できる」
「ふ、ふざけるな、お前、前から生意気……」
「いやー、こっちが本性だと思わなかった。だから切れた時怖かったけれど、うんうんそうか……」
正樹の余裕に、秀人は色々と突っ込みたい衝動にかられたが、それよりも、
「……こんな深夜に連絡して連絡がつくのか?」
「うーん、夜行性の人もたくさん居るから、問題ないだろうね。……おお、来た来た。確認してすぐに対応するよ。ヒャッホー、だって」
「……喜ぶ所なのか?」
「え? 嬉しいだろう? これで原因が分れば対策立てられるし、その情報を真っ先に手に入れられれば、うちの会社の商品も売り込めるし、このレーダー+予想出現地点の算出だってできるんだ。良いことずくめじゃないか」
「そうだな。それで、こいつらが準備した“賎しき者共”はどうなんだ?」
「今のところレーダーに変化は無いね。もともとそこそこ大きな町だから、獣や魔物といった害あるものが入ってこないようになっているし、そう簡単に攻撃は仕掛けられないと思うけれど」
そう正樹が説明するのを聞いて、メアは、
「そんな余裕ぶっていられるのも今のうちだ。今回我々が全力を尽くして、強い“賎しき者共”を召喚したからな。こんな町の結界は、紙も同然だ」
「……自分は大丈夫だと思っているのか?」
「召喚主である我々をやつらは襲わない!」
「こんな事を言っているけれど、区別がつくのか?」
そう秀人がメアを指差して、正樹に聞くと、少し正樹は悩んでから、
「“賎しき者共”にも種類がいて、人間のにおいに敏感じゃないのもいるからね。それで無視されたんじゃないかな。後はその種類の“賎しき者共”が誤認するものや嫌がるものを身に着けていたとか」
「じゃあ早めにこいつらの仲間を捕まえて、勘違いを正しておいた方が良いんじゃないか? でないと危険だから」
「それもそうだね。追加でその話を書いて送っておくわ」
そう言って、正樹はなにやらスマホもどきに打ち込んでいた。
結局、その“賎しき者共”は夜が明ける時間になっても、メアの言うようにこの町を襲う事は無かった。
次回更新は未定ですがよろしくお願いします。




