『八ヶ月』
「ごめん。君に嘘をついていた。」
そう言えたら、どれだけ楽だろう。
誠は三十九歳。
会社の健康診断で見つかった異変は、精密検査の末、進行した悪性腫瘍だった。
手術は受けた。
抗がん剤も放射線治療も受けた。
だが、医師は静かに告げた。
「五年生存率は、およそ五%です。」
治療で一度は落ち着いても、再発の可能性は極めて高い。
その言葉を聞いた夜、誠は病室で声を殺して一人泣いた。
もう恋愛もできない。
誰かの幸せになれる未来を俺が奪ってはいけない。
そう決めた。
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一年後。
仕事で出会った紗也香は、よく笑う人だった。
「誠さんって、一緒にいると安心する。」
その一言が、凍っていた心を溶かした。
「付き合ってくれませんか?」
彼女にそう言われた日。
彼女の俺だけに向けられた笑顔を、俺は失いたくなかった。
「今だけ…」
そんな自分の弱さに負けた。
紗也香に恋をしていた。
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「これから二人でゆっくり歩いていこうね。」
紗也香が幸せそうに笑うたび、誠の胸は締めつけられた。
薬は「持病の薬」と説明した。
三か月ごとの検査も、「健康管理だよ」とごまかした。
病院で主治医は言う。
「再発の兆候があります。」
肺にも、小さな影。
肝臓にも転移が見つかった。
誠は診察室で静かにうなずいた。
「誰にも言うつもりはありません。」
医師は苦しそうな表情を浮かべたが、誠の意思を尊重した。
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熱を出す日が増えた。
食事も思うように食べられない。
「最近、痩せた?」
「仕事が忙しくてさ。」
嘘ばかりだった。
本当は癌が全身へ広がり始めていた。
夜、隣で眠る紗也香の寝顔を見ながら思う。
この幸せを、あと少しだけ。
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ある日。
誠は倒れ、そのまま救急搬送された。
もう隠せなかった。
病室で初めて紗也香にすべてを話した。
「…知ってたの?」
涙で震える声。
「五年生存率五%って言われてた。」
「どうして言ってくれなかったの!」
「君が離れるなら、それでもよかった。でも…君と一日でも長く一緒にいたかった。」
紗也香は泣きながら何度もゆっくり顔を横に振った。
「そんなこと…、二人で話し合えばよかったのに…。」
そして泣き疲れたあと、小さく彼を抱きしめた。
「…私はあなたのそばにいたいだけ。それが私の幸せだから。」
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数日後。
誠は紗也香の手を握ったまま、静かに息を引き取った。
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葬儀のあと、主治医から一通の手紙を受け取る。
>
紗也香へ。
君にはすべて話すべきだった。
それでも僕は、病人としてではなく、一人の男として君に愛されたかった。
君と過ごした毎日は、僕が病気になってから手に入れた中の、一番幸せな時間でした。
ありがとう。
どうか君は長生きして、新しい誰かに愛されて、たくさん笑って、僕といた時間よりも何十倍も何百倍も、幸せに過ごして下さい。
手紙を胸に抱き、紗也香は空を見上げ元気だった頃の誠の姿を思う。
人生はあまりにも短かい。
それでも誠は、最後まで、誰よりも深く人を愛し、愛された人だった。




