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『恋愛・結婚』

『八ヶ月』

作者: ミオ
掲載日:2026/07/15

「ごめん。君に嘘をついていた。」


そう言えたら、どれだけ楽だろう。


誠は三十九歳。


会社の健康診断で見つかった異変は、精密検査の末、進行した悪性腫瘍だった。


手術は受けた。


抗がん剤も放射線治療も受けた。


だが、医師は静かに告げた。


「五年生存率は、およそ五%です。」


治療で一度は落ち着いても、再発の可能性は極めて高い。


その言葉を聞いた夜、誠は病室で声を殺して一人泣いた。


もう恋愛もできない。


誰かの幸せになれる未来を俺が奪ってはいけない。


そう決めた。



---


一年後。


仕事で出会った紗也香は、よく笑う人だった。


「誠さんって、一緒にいると安心する。」


その一言が、凍っていた心を溶かした。


「付き合ってくれませんか?」


彼女にそう言われた日。


彼女の俺だけに向けられた笑顔を、俺は失いたくなかった。


「今だけ…」


そんな自分の弱さに負けた。


紗也香に恋をしていた。



---


「これから二人でゆっくり歩いていこうね。」


紗也香が幸せそうに笑うたび、誠の胸は締めつけられた。


薬は「持病の薬」と説明した。


三か月ごとの検査も、「健康管理だよ」とごまかした。


病院で主治医は言う。


「再発の兆候があります。」


肺にも、小さな影。


肝臓にも転移が見つかった。


誠は診察室で静かにうなずいた。


「誰にも言うつもりはありません。」


医師は苦しそうな表情を浮かべたが、誠の意思を尊重した。



---


熱を出す日が増えた。


食事も思うように食べられない。


「最近、痩せた?」


「仕事が忙しくてさ。」


嘘ばかりだった。


本当は癌が全身へ広がり始めていた。


夜、隣で眠る紗也香の寝顔を見ながら思う。


この幸せを、あと少しだけ。



---


ある日。


誠は倒れ、そのまま救急搬送された。


もう隠せなかった。


病室で初めて紗也香にすべてを話した。


「…知ってたの?」


涙で震える声。


「五年生存率五%って言われてた。」


「どうして言ってくれなかったの!」


「君が離れるなら、それでもよかった。でも…君と一日でも長く一緒にいたかった。」


紗也香は泣きながら何度もゆっくり顔を横に振った。


「そんなこと…、二人で話し合えばよかったのに…。」


そして泣き疲れたあと、小さく彼を抱きしめた。


「…私はあなたのそばにいたいだけ。それが私の幸せだから。」



---


数日後。


誠は紗也香の手を握ったまま、静かに息を引き取った。



---


葬儀のあと、主治医から一通の手紙を受け取る。


>

紗也香へ。


君にはすべて話すべきだった。


それでも僕は、病人としてではなく、一人の男として君に愛されたかった。


君と過ごした毎日は、僕が病気になってから手に入れた中の、一番幸せな時間でした。


ありがとう。


どうか君は長生きして、新しい誰かに愛されて、たくさん笑って、僕といた時間よりも何十倍も何百倍も、幸せに過ごして下さい。





手紙を胸に抱き、紗也香は空を見上げ元気だった頃の誠の姿を思う。


人生はあまりにも短かい。


それでも誠は、最後まで、誰よりも深く人を愛し、愛された人だった。

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