悪役令嬢はスマイルを販売中
バイト先の控室兼休憩室にある鏡に向かって口角を上げる。
(鏡よ、鏡…)
今日も上手く笑えているか、チェックする。
私は朝比奈菫。
先日現れなかった悪役令嬢。
誰も私を知らないなんて本当に笑える。
何故、みんな私を知らなかったのか。
少しだけ、私の話をします。
大祖母様に連れられて観た、華やかな舞台の世界。
子どもながらに憧れ、近づきたくて習い始めたバレエ。
奥の深い芸術。
身体能力の限界を毎日超えていく感覚に夢中になり、本格的に学びたいと思うようになった。
お父様もお母様も私の夢を誰より応援してくれた。
毎日のレッスン。
コンクール。
発表会の配役オーディション。
留学を夢見て、語学も学んだ。
送り迎えは家族や親族が協力してくれた。
結果が出ず泣いた日は、何度も励ましてくれた。
厳しい世界だった。
それでも、夢は少しずつ近づいていると信じていた。
あの日までは。
足に、ツキツキと痛みが走った。
捻った覚えはない。
それでも熱を持ち、少しずつ腫れていく。
「今日は休みなさい。念のため病院へ」
先生の言葉に、私は苦笑した。
「ただの捻挫かな」
そう思っていた。
まさか、その日が”最後のレッスン”になるなんて知らずに。
お世話になっている整形外科の先生から大病院を紹介され、足に骨腫が見つかった。
手術は、すぐに決まった。
大きく切除した足の骨。
幸い良性だった。
でも、それは「元通り」を意味しなかった。
足のバランスは変わってしまった。
削った場所は痛み続けた。
軽い運動は勧められた。
でも、バレエだけは違った。
「もう踊れません」
ポワントの形に足を作れない事実に打ちのめされた。
神様から今までの努力を全て否定された気持ちになり、塞ぎ込んだ。
手術からリハビリ。
ようやく学校へ通えるようになった頃には、高校二年も半分を過ぎていた。
クラスメイトは、私の存在を忘れていた。
学校と家を往復するだけの日々。
何もしない時間だけが増えていく。
——もう、飽きた。
私は校則と生徒会則を隅々まで読み込んだ。
そして、この学校ならではの盲点を見つける。
どこにも、「アルバイト禁止」とは書かれていなかった。
何かしたい。
何もしない毎日は、もう嫌だった。
まずは、父の誕生日に向けて…。
「バイト代でプレゼント買いましょう!」
お母様も昔、お父様にプレゼントを買った話をしていた。
「玲さんにはね、『自分では買わないハイブランドのマフラー』を贈ったの」
時給と予算を考えると、私はネクタイが精一杯。
これを当面の目標にして…。
高校生が働ける職場は……。
登校中にあるハンバーガーショップのクルー募集が目に入った。
よし、面接に行こう。
駅前の商業施設で履歴書を買い、3×4サイズの写真を撮る。
家に帰ってからお母様に履歴書の書き方やバイト先を相談する。
「いいんじゃない?」
お母様は履歴書を覗き込みながら笑った。
「男性陣は反対しそうだけど、その辺は私から話しておくわ」
その日の夜、兄達が慌てた様子で家に帰ってきた。
「すみれ。お小遣いが足りないなら、にぃにに言ってよ。何が欲しいの?今日は遅いから明日、すぐに買いに行こうか!」
2番目の兄が帰宅直後に私の部屋へ入ってくる。
私に一番甘い2番目の兄。
一番父に似ている顔は、世間一般では容姿端麗や眉目秀麗と言われる類。
私のレッスンの送り迎えを一番積極的にしてくれて、家にいてもゲームや本など退屈しないように差し入れしてくれる。
大好きだけど、一番過保護な兄。
「にぃに。違うの、欲しいものを自分の力で買ってみたいの。まずはお父様から順番にプレゼントを買いたいの。もちろん、にぃににも用意するつもりだよ?」
「なら、そんな誰が来るかわからない所ではなく、ウチのお手伝いしなよ。ちゃんと希望の時給を渡すから…」
「それじゃ甘えちゃうから嫌!お家と学校だけじゃ飽きたの!社会に出てみたいの!」
「社会って…。接客だよ?変なお客さんだって来るんだよ?それに学生の内は遊びなさいよ、ね?」
「……。遊ぶ友達いない…」
私は顔を膨らませて、兄を睨む。
「とりあえず、やってみたいの!お母様はいいよって言った!」
「え?母さんが?不味いな…。ちょっと父さん!」
すると丁度帰宅したお父様が私の部屋を覗く。
「お前も来てたのか…」
「父さん、来てたのかじゃないですよ!すみれちゃんが!…反抗期かもしれない…」
「何を馬鹿な事を言ってるんだ?それと、菫。バイトはダメだ。校則違反だろ?」
「お父様、私校則も生徒会則も全部読みました!アルバイトは禁止と明記されていません!!」
「生徒手帳を見せなさい。もう一度確認する」
私は通学鞄から手帳を取り出し、お父様に渡す。
「……馬鹿な…」
隈なく、何度も確認するお父様。
「父さん、俺たちの母校ですよ?」
お父様の手が止まる。
「……」
「俺も今気づいたんですが、母校の生徒にアルバイトという概念が存在しないのでは?」
「ぁあー!!」
珍しく父が天を仰ぐ。
その後、1番上のお兄ちゃんも3番目のお兄ちゃんも帰ってきた。
にぃにと同じように反対し、お父様と同じように天を仰いだ。
お母様はクスクス笑いながら、
「皆、大袈裟ね。バイトの経験も侮れないものよ?せっかく菫がやる気を見せているんだから、家族は応援してあげなくちゃ。」
お父様から一つだけ条件が出た。
「成績は維持すること。わかりやすく成績が悪くなったら辞める。約束できるか?」
「はい。両立を頑張ります」
「ほどほどにな……」
そう言って私の頭を軽く撫でてくれた。
お母様からのアドバイスに従って面接を受けた。
ハキハキと笑顔を意識して。
マネージャーと名乗る社員の人が、菫の履歴書を見て、志望動機、希望する職を聞く。
「……明日から来れる?」
「え?」
「じゃあ、採用ね。この書類に保護者のサインを貰って、明日から来てください」
その場で採否を決められるとは思わなかった。
「はっはい!よろしくお願いします!」
菫は、ようやく久しぶりに笑えた気がした。
「ビッグバーガーのピクルス抜き、Lセットとフィッシュバーガーのタルタルソース抜き」
「セットにお付けするサイドメニューは?」
「ポテトとコーラ。あと、スマイルね!」
徹底した社員教育、マニュアル通りの接客。
トレーナーさん付きで初めてカウンターに立った菫は困惑した。
「えっと、フィッシュバーガーのタルタルソース抜き、ですか?当店では他の味付けはありませんが……」
「大丈夫、大丈夫!俺、ソースもピクルス苦手なんだよねー」
「はぁ…。お値段の変更もございませんがよろしいでしょうか?」
「わかってるよ」
「あと、店内でお召し上がりですか?お持ち帰りですか?」
「えー。スマイル持ち帰っていいの?」
「?」
菫はスマイルが何かわからない。
トレーナーさんに振り返って小声で聞く。
「すみません、スマイルってなんですか?」
「うーん、看板あそこ見て。スマイル0円、あれの事なんだけど…。店内飲食だったらお水サービスして、持ち帰りなら『スマイルです!』ってめっちゃ笑顔で渡して」
「わかりました」
お客さんに向かって、
「店内でお召し上がりでよかったですか?」
と確認する。
「うん、ここで食べる」
「かしこまりました」
注文の確認と会計をして番号札を渡す。
トレーナーさんと一緒にオーダーを通してから、調理場へ向かう。
「さっきのフィッシュバーガー、タルタルソース抜きでお願いします…」
「……タル抜きね、サンキュー」
調理場の人が手早く具材をサンドしていく。
ドリンクをセットする間に他のオーダー品が出来上がってくる。
手の空いたクルー達がトレーの上にバランスよく配置していく。
トレーナーさんと一緒にオーダー品が揃っているか確認して、番号札を持ったお客さんの席に運ぶ。
「こちら、お品物になります。ごゆっくりどうぞ!」
「店員さん、スマイルは?」
「……」
菫は口角を上げて笑顔を作る。
「うん、それでいい」
お客さんはそれだけ言うと、菫に興味を無くしたようにポテトを食べ始めた。
(……変なひと)
勤務時間が終わり、控室で鏡を見る。
(鏡よ、鏡……)
「……少しは笑えるようになったかな」
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
『悪役令嬢が現れませんでした』で、
「朝比奈菫って誰?」
「なんで誰も知らないの?」
と思ってくださった方への答え合わせでした。
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感想も一つひとつ大切に読ませていただいています。
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