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悪役令嬢はスマイルを販売中

掲載日:2026/07/06

 バイト先の控室兼休憩室にある鏡に向かって口角を上げる。

(鏡よ、鏡…)

 今日も上手く笑えているか、チェックする。

 

 私は朝比奈菫。

 先日現れなかった悪役令嬢。

 誰も私を知らないなんて本当に笑える。


 何故、みんな私を知らなかったのか。

 少しだけ、私の話をします。


 大祖母様に連れられて観た、華やかな舞台の世界。


 子どもながらに憧れ、近づきたくて習い始めたバレエ。

 奥の深い芸術。

 身体能力の限界を毎日超えていく感覚に夢中になり、本格的に学びたいと思うようになった。

 お父様もお母様も私の夢を誰より応援してくれた。

 毎日のレッスン。

 コンクール。

 発表会の配役オーディション。


 留学を夢見て、語学も学んだ。


 送り迎えは家族や親族が協力してくれた。

 結果が出ず泣いた日は、何度も励ましてくれた。


 厳しい世界だった。

 それでも、夢は少しずつ近づいていると信じていた。


 あの日までは。


 足に、ツキツキと痛みが走った。

 捻った覚えはない。

 それでも熱を持ち、少しずつ腫れていく。


「今日は休みなさい。念のため病院へ」

 先生の言葉に、私は苦笑した。

「ただの捻挫かな」

 そう思っていた。

 

 まさか、その日が”最後のレッスン”になるなんて知らずに。


 お世話になっている整形外科の先生から大病院を紹介され、足に骨腫が見つかった。

 手術は、すぐに決まった。

 大きく切除した足の骨。

 幸い良性だった。

 でも、それは「元通り」を意味しなかった。

 

 足のバランスは変わってしまった。

 削った場所は痛み続けた。

 軽い運動は勧められた。

 でも、バレエだけは違った。

「もう踊れません」


 ポワントの形に足を作れない事実に打ちのめされた。

 神様から今までの努力を全て否定された気持ちになり、塞ぎ込んだ。


 手術からリハビリ。

 ようやく学校へ通えるようになった頃には、高校二年も半分を過ぎていた。

 クラスメイトは、私の存在を忘れていた。


 学校と家を往復するだけの日々。

 何もしない時間だけが増えていく。


——もう、飽きた。


 私は校則と生徒会則を隅々まで読み込んだ。

 そして、この学校ならではの盲点を見つける。

 どこにも、「アルバイト禁止」とは書かれていなかった。


 何かしたい。

 何もしない毎日は、もう嫌だった。

 まずは、父の誕生日に向けて…。

「バイト代でプレゼント買いましょう!」

 お母様も昔、お父様にプレゼントを買った話をしていた。

 「玲さんにはね、『自分では買わないハイブランドのマフラー』を贈ったの」

 時給と予算を考えると、私はネクタイが精一杯。

 これを当面の目標にして…。


 高校生が働ける職場は……。

 登校中にあるハンバーガーショップのクルー募集が目に入った。


 よし、面接に行こう。

 駅前の商業施設で履歴書を買い、3×4サイズの写真を撮る。

 家に帰ってからお母様に履歴書の書き方やバイト先を相談する。

「いいんじゃない?」

 お母様は履歴書を覗き込みながら笑った。

「男性陣は反対しそうだけど、その辺は私から話しておくわ」


 その日の夜、兄達が慌てた様子で家に帰ってきた。

「すみれ。お小遣いが足りないなら、にぃにに言ってよ。何が欲しいの?今日は遅いから明日、すぐに買いに行こうか!」

 2番目の兄が帰宅直後に私の部屋へ入ってくる。

 私に一番甘い2番目の兄。

 一番父に似ている顔は、世間一般では容姿端麗や眉目秀麗と言われる類。

 私のレッスンの送り迎えを一番積極的にしてくれて、家にいてもゲームや本など退屈しないように差し入れしてくれる。

 大好きだけど、一番過保護な兄。

「にぃに。違うの、欲しいものを自分の力で買ってみたいの。まずはお父様から順番にプレゼントを買いたいの。もちろん、にぃににも用意するつもりだよ?」

「なら、そんな誰が来るかわからない所ではなく、ウチのお手伝いしなよ。ちゃんと希望の時給を渡すから…」

「それじゃ甘えちゃうから嫌!お家と学校だけじゃ飽きたの!社会に出てみたいの!」

「社会って…。接客だよ?変なお客さんだって来るんだよ?それに学生の内は遊びなさいよ、ね?」

「……。遊ぶ友達いない…」

 私は顔を膨らませて、兄を睨む。

「とりあえず、やってみたいの!お母様はいいよって言った!」

「え?母さんが?不味いな…。ちょっと父さん!」

すると丁度帰宅したお父様が私の部屋を覗く。

「お前も来てたのか…」

「父さん、来てたのかじゃないですよ!すみれちゃんが!…反抗期かもしれない…」

「何を馬鹿な事を言ってるんだ?それと、菫。バイトはダメだ。校則違反だろ?」

「お父様、私校則も生徒会則も全部読みました!アルバイトは禁止と明記されていません!!」

「生徒手帳を見せなさい。もう一度確認する」

 私は通学鞄から手帳を取り出し、お父様に渡す。

「……馬鹿な…」

 隈なく、何度も確認するお父様。

「父さん、俺たちの母校ですよ?」

 お父様の手が止まる。

「……」

「俺も今気づいたんですが、母校の生徒にアルバイトという概念が存在しないのでは?」

「ぁあー!!」

 珍しく父が天を仰ぐ。


 その後、1番上のお兄ちゃんも3番目のお兄ちゃんも帰ってきた。

 にぃにと同じように反対し、お父様と同じように天を仰いだ。


 お母様はクスクス笑いながら、

「皆、大袈裟ね。バイトの経験も侮れないものよ?せっかく菫がやる気を見せているんだから、家族は応援してあげなくちゃ。」

 お父様から一つだけ条件が出た。

「成績は維持すること。わかりやすく成績が悪くなったら辞める。約束できるか?」

「はい。両立を頑張ります」

「ほどほどにな……」

 そう言って私の頭を軽く撫でてくれた。

 

 お母様からのアドバイスに従って面接を受けた。

 ハキハキと笑顔を意識して。

 

 マネージャーと名乗る社員の人が、菫の履歴書を見て、志望動機、希望する職を聞く。

「……明日から来れる?」

「え?」

「じゃあ、採用ね。この書類に保護者のサインを貰って、明日から来てください」

 その場で採否を決められるとは思わなかった。

「はっはい!よろしくお願いします!」

 菫は、ようやく久しぶりに笑えた気がした。


 「ビッグバーガーのピクルス抜き、Lセットとフィッシュバーガーのタルタルソース抜き」

「セットにお付けするサイドメニューは?」

「ポテトとコーラ。あと、スマイルね!」

 徹底した社員教育、マニュアル通りの接客。

 トレーナーさん付きで初めてカウンターに立った菫は困惑した。

「えっと、フィッシュバーガーのタルタルソース抜き、ですか?当店では他の味付けはありませんが……」

「大丈夫、大丈夫!俺、ソースもピクルス苦手なんだよねー」

「はぁ…。お値段の変更もございませんがよろしいでしょうか?」

「わかってるよ」

「あと、店内でお召し上がりですか?お持ち帰りですか?」

「えー。スマイル持ち帰っていいの?」

「?」

 菫はスマイルが何かわからない。

 トレーナーさんに振り返って小声で聞く。

「すみません、スマイルってなんですか?」

「うーん、看板あそこ見て。スマイル0円、あれの事なんだけど…。店内飲食だったらお水サービスして、持ち帰りなら『スマイルです!』ってめっちゃ笑顔で渡して」

「わかりました」

 お客さんに向かって、

「店内でお召し上がりでよかったですか?」

 と確認する。

「うん、ここで食べる」

「かしこまりました」

 注文の確認と会計をして番号札を渡す。

 トレーナーさんと一緒にオーダーを通してから、調理場へ向かう。

「さっきのフィッシュバーガー、タルタルソース抜きでお願いします…」

「……タル抜きね、サンキュー」

 調理場の人が手早く具材をサンドしていく。


 ドリンクをセットする間に他のオーダー品が出来上がってくる。

 手の空いたクルー達がトレーの上にバランスよく配置していく。

 トレーナーさんと一緒にオーダー品が揃っているか確認して、番号札を持ったお客さんの席に運ぶ。

「こちら、お品物になります。ごゆっくりどうぞ!」

「店員さん、スマイルは?」

「……」

 菫は口角を上げて笑顔を作る。

「うん、それでいい」

 お客さんはそれだけ言うと、菫に興味を無くしたようにポテトを食べ始めた。

(……変なひと)


 勤務時間が終わり、控室で鏡を見る。

(鏡よ、鏡……)

「……少しは笑えるようになったかな」


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

『悪役令嬢が現れませんでした』で、

「朝比奈菫って誰?」

「なんで誰も知らないの?」

 と思ってくださった方への答え合わせでした。


 面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや☆☆☆☆☆評価で応援していただけると、今後の創作の励みになります。


 感想も一つひとつ大切に読ませていただいています。

菫や「タル抜きさん」の続きを書く励みになりますので、応援していただけると嬉しいです。

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