表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

バカね、余命のせいで私を振ったあなたは……

掲載日:2026/02/13


「なあ、俺と……付き合ってくれませんか?」


 放課後の教室。見目麗しい商家の息子が私の行く手を遮った……。丁寧な言い方だけど敬語ではない。


 私、カレン・イージスは彼と喋ったことがなかった。この貴族学園高等部では確かに同級生だ。

 でも、彼は私と違って、陽気で明るくとおしゃべりで性格も良さそうに見えて、男女貴族庶民問わず、友達が多い印象だった。


 陰気で暗く、余命僅かな私とは真逆の存在。


 ほら、今だって、廊下の陰から見守っている友達が見える。茶化している感じではなくて、真剣に彼を心配している。

 きっと、彼のこれまでの人生を表しているんだろうね。私とは……全然違う。


「……あのさ、いいって事でいいのかな?」


「そんなわけないでしょ。はぁ……というか、なんで私なの? ただの男爵家だし、暗いし、可愛くない――」


「可愛いよ。俺にとっては世界で一番可愛いと思うよ」


「は、はぁ〜〜??」


 思わず顔をそらしてしまった。あれは本気の目だ。嘘告白でも冗談でもなんでもない。


 ……私が『普通』だったら、付き合っても良かったのかもしれない。そんなふうに思える程度には素敵な男の子だった。


「ねえ、あなた、私が……余命が後三年って知ってるでしょ? クラスの自己紹介の時に言ったから」


 馴れ合いは嫌いだった。どうせ死んで別れるなら、関わらなければ悲しくならない。それに、私は特殊なスキルを持っている。


 負の感情が高まる人の嘘がわかるスキル。


『カレン・イージス16歳。スキルのせいで余命はあと三年です。スキルは人の嘘がわかります。ですので絶対に私に話しかけないでください』


 本当なら学園に行く気もなかった。……でも、両親が……どうしても、貴族学園の制服を着ている私の姿を見たい、と言ったから……仕方なく……。


「じゃあ、これからよろしくね。僕はルイス・スカーレッド。気軽にルイって呼んでね。俺は人の記憶が消せるスキルを持っているんだ」


「――っ!?」


 ルイスの顔が目の前にあった。吸い込まれそうな瞳だった。私に好意を抱いている、その言葉に嘘は感じられなかった。


 だから、私は、気がついたらコクリと頷いていた。心臓のバクバクが止まらなかった。



 ***



「だから、ルイス……あのね、私は余命三年しかないのよ。知ってるでしょ? スキルと魔力の関係を。魔力保持量が少ないと強すぎるスキルを抑えられなくて、寿命を吸い取るって」


「うん、知ってるよ。でも関係ないよ。俺は君の事が好きになったんだ。気持ちが抑えられなかった。どんなに短くてもいい。俺は君のそばにいたい。あと、ルイって呼んでね」


 彼はどんな時も私のそばにいようとした。学園、放課後、帰り道、あまつさえ家にまで押しかけてきた。

 両親はすっかりルイスの事を気に入ってしまい、彼が来るのを毎日楽しみにしていた。


 私は……両親が喜ぶならそれでいい、と思って、ルイがうちに来るのを許容していた。


「ちょっと、ルイス! 私はこんな行事に出ないって! どうせ死ぬんだから無駄なのよ」


「ははっ、そんなことないよ。いいかいカレン、人生に無駄なことなんてない。大丈夫、夜会は俺がエスコートするよ。さあ、今日はドレスを選びに行こう!」


 初めから気にしていなかった……と言ったら嘘になるかも。

 私は、あの吸い込まれるような瞳に魅了されていたのかもしれない。


 彼と一緒にいると、嫌なことを全部忘れられる。


 自分が余命わずかなんて些細な事だと思えた。


 学園で、ギルドで、様々な場所で友達が出来た。知り合いが出来た。世界が広がった。


 いつしか、彼と一緒にいるのが当たり前になっていた。


 いつしか、彼に惹かれている自分に気がついた。


 いつしか……、彼が……愛しく思えて……、そんな自分が、どうしていいかわからなかった。


 だって、私、死んじゃうんだよ……。


「いいかい、カレン。人生なんて何が起こるかわからない。そんな人生で君に出会えた奇跡なんだ。いいかい、これ以上の奇跡なんて二度と起きない」


「ルイ……、私……、でも……」


 何度も何度もルイと別れようと思った。私がひっそりと消えれば、二人とも苦しい気持ちにならない。悲しい別れなんて存在する余地もない。

 恋なんて感情を忘れてしまえばいい。


「確かに君の余命が後二年半しかない。別れは確かに悲しい……。でも、その悲しみを上回る幸せがここにあるんだ」


 ルイは自分の胸を叩いた。


「例え、俺が記憶を失くしたとしても――君の事は絶対に忘れない。悲しみも痛みも全て乗り越えて、君を探しに行くよ」


「……バカ、私、その時は死んじゃってるよ」


「そんなことないよ」


 その時、初めてルイから嘘の気配を感じ取れた。何が嘘かわからなかった。


 私は自分のスキルが嫌いだった。


 私は自分が嫌いだった。


 子供の頃から人が考えている事がうまく理解出来なかった。嘘を正論で貫き、そのせいで友人が出来ず、他者と揉めて……深い後悔と悲しみに襲われた。


 心がトラウマとして覚えている。


 私はいつまで経っても子供だった。


 嫌なことから目を背けて……、ずっとずっと、一人ぼっちだった。


 余命が後二年半……、ここ最近はその事実を完全に忘れている時もあった。


「……そんなこと、ないよ……」


「ルイ?」


 ルイの手が微かに震えているのが見えた。



 ***




 その日は雨だった。

 私の家まで毎朝迎えに来てくれるルイを待っていた。今日に限ってルイは来なかった。これ以上待つと遅刻してしまうから、私は一人で家を出た。


 学園の校門の前に、傘を差したルイが立っていた。私を見て――笑顔を浮かべてくれなかった。

 何かの予感があった。


 ルイが苦い顔で私に――


「カレン、大事な話があるんだ。……ごめん、俺……親の仕事の関係で……遠い場所に行かなきゃならないんだ。……だから……俺と、もう――」


 続く言葉は予想出来た。


「「別れてくれ」」


 声が重なる。ルイの瞳が揺れる。

 私の心に一滴の何かが落ちた。波紋が広がり、様々な気持ちが湧き上がる。

 勝手に私に告白して、勝手に私を振り回して、勝手に別れを告げる。


 ああ、なんてクズ男なんだろう。と、昔の私なら思っていたのかも知れない。

 嘘を見抜いていたはずなのに深い悲しみに襲われて、自暴自棄になっていたのかも知れない。


 ルイがどんな力を使ったのかわからない。嘘が隠れている。


 ううん、スキルを使わなくても、ルイが嘘をついているって丸わかりだ。


 だって、ルイの目が腫れているんだもん。


「カレン、俺は――」


「ねえ、ルイ。私に隠していることあるでしょ?」


「そんなものはないよ。……俺は、俺は――自分勝手な男だから、カレンと付き合う資格なんてない。……駄目だってわかっていた。最後に君の記憶を消せばいいと思っていた……、俺は……」


 私は傘を投げ捨てて、ルイを強く抱きしめた。私にとってルイは命の恩人。余命なんて関係ない。人生なんて短くても、幸せなものに変えることができる、ということを教えてくれたんだ。


 ルイは空を見上げていた。そして――私に向かって手を伸ばした。


「なあ、カレン。約束してくれ。……君の記憶を消して――残りの人生を大切な人たちと一緒に楽しんでくれ――」



 ドクン――という衝動が『脳』から発生した。記憶が消される前兆だった。



 ルイが唇を強く噛みしめる――






「――俺の余命は……後一週間なんだ」





 ドクンッ――

 記憶を消したら、この苦しいから解放される。記憶を消したら、穏やかな平穏な日々を過ごして、私の人生が終わる。



「ごめん、俺のわがままで、カレンに悲しい思いをさせて……だから……カレンは……俺との記憶を消して――残りの学園生活を楽しく過ごしてくれ」



 ドクンッッ――

 


「もう逃げないって決めた。私は――ルイと出会って世界が変わった。ルイがどんな理由で私に告白してきたかわからないけど――わかるような気がする」



 矛盾なんてどうでもいい。だって――



「恋って、止められないんだね……。ルイ、私に……恋を……教えてくれて、ありがとう。――だから――」



 ドクンドクンドクンドクンッ――

 ドクンドクンドクンドクンッ――



 スキルの力が私の脳を書き換えようとしている。ルイとの思い出を、この半年間の全ての記憶を消去しようとしている。


 それはなぜ? 悲しくなるから? でも――私には「恋」という気持ちがある。


 たった半年、なのに私は生まれてから経験したことのない日々を送っていた。それは私にとって大切な宝物。


 だから絶対に消させない――


 悲しみは『思い出』で塗り替えればいいんだ!!


 痛みなんてどうでもいい。


 忘れる痛みに比べれば。



 頭の中で、弾け飛んだ音が聞こえた。それと同時に、私の心が軽くなり、何でもできる気分となった。




「――ルイ、私、絶対にあなたの事を忘れない。……本当はすごく悲しいよ。でも、あなたはまだ生きている! だから……最後まで、一緒に生きよう。それがたった数日でも、一日でも、数時間でも、数秒でも――。……だから――今から言う質問に答えて」



 私はルイの顔を両手で抑えた。ルイは困惑の表情を浮かべていた。



「……私に……プロポーズ、しないの?」



 ルイは天を仰ぎ、大きなため息を吐く。



「そんな顔されちゃ……、はぁ、俺はもう死ぬんだぞ」



「バカね、あなたも私の余命を知っていて告白してきたでしょ」



「……ああ、そうだったな。恋は盲目ってやつなんだ」



「きゃっ!?」



 ルイは私の身体を抱き寄せて――私の耳元で囁いた。



「……カレン、愛してる。奇跡なんて起きない。俺は死ぬ。それでも――一分一秒でも俺と一緒に居てくれ。結婚しよう」



「はい……」



 そういった瞬間、ルイは微笑みながら――その場に崩れ落ちた。





 ***




 奇跡なんて起きない。



 たったの十八年。


 たったの十七年。


 私たちの人生は他の人と比べたらとても短いのだろう。


「……奇跡なんて起きないけど、小さな奇跡なら起きたでしょ? ねえルイ」


 ルイは私に余命を告げた後、校門の前で倒れてしまった。記憶を消すという強いスキルがルイの身体を蝕んでいた。


 目が覚めたルイは……記憶をなくしていた。なのに――


『おはよう。……君の名前はわからないけど、君は僕の奥さんじゃないかい? ……だって、一目見たら恋をしてしまった。ねえ、君の名前を教えてほしい――」


 ルイの余命はあと僅かだった。なのに、ルイはまるで生命力を紡いでいるかのように、記憶を三日ごとに失くしながら生きながらえたのであった。


 たった三日。されど、私たちにとって三日なんてすごく長く感じられる。


『ああ、おはよう。う〜ん、ねえ君ってすごく可愛いね。……絶対俺の恋人だろ? 身体が覚えているんだ。なんだろう、よくわからないけど、知らない記憶が温かい気持ちとともに浮かび上がるんだ。……ねえ、君の名前を教えてよ』


 ルイは驚異的な生命力で、余命を伸ばした。一年。それはとんでもない精神力の賜物だと言えよう。

 それでも、身体はどんどん弱っていった。



『これが結婚式の写真……。カレン、すごく綺麗だ。次の俺にも見せてあげてほしい』



『カレン、俺は……俺は……、君に出会えて……幸せ……だった』


 ルイは眠るように安らかにこの世界に別れを告げた。

 






「奇跡なんて起きない。私は……多分、もうすぐいなくなる」



 私が座っている車椅子を押している両親。両親のすすり泣く声が聞こえてきた。


「あのね、ルイは笑顔で亡くなったんだよ。ふふっ、記憶なんて何度も失くしたのに幸せだったって言ってたね。……私も笑って見送りたかったよ」


「でもね、やっぱり……悲しいんだよね。私、泣かない、笑顔で見送るって決めてたのに、わんわん泣いちゃった」


「私、すごく楽しかったよ。お父さんとお母さんの子供に生まれて、ルイと出会えて……、――だから――あれ?」



 自分の時は笑顔でみんなとお別れするって思っていたのに……。




 自然と涙が溢れ出ていた。




 ルイと出会っていなかったら、積み重ねることが出来なかった思い出。



 それが、私の涙へと変わり――涙が――笑顔へと変わっていく。



 確かな思い。それは――




「私、幸せだったよ。――ありがとう」







 それが私の最後の言葉となった――



(完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ