バカね、余命のせいで私を振ったあなたは……
「なあ、俺と……付き合ってくれませんか?」
放課後の教室。見目麗しい商家の息子が私の行く手を遮った……。丁寧な言い方だけど敬語ではない。
私、カレン・イージスは彼と喋ったことがなかった。この貴族学園高等部では確かに同級生だ。
でも、彼は私と違って、陽気で明るくとおしゃべりで性格も良さそうに見えて、男女貴族庶民問わず、友達が多い印象だった。
陰気で暗く、余命僅かな私とは真逆の存在。
ほら、今だって、廊下の陰から見守っている友達が見える。茶化している感じではなくて、真剣に彼を心配している。
きっと、彼のこれまでの人生を表しているんだろうね。私とは……全然違う。
「……あのさ、いいって事でいいのかな?」
「そんなわけないでしょ。はぁ……というか、なんで私なの? ただの男爵家だし、暗いし、可愛くない――」
「可愛いよ。俺にとっては世界で一番可愛いと思うよ」
「は、はぁ〜〜??」
思わず顔をそらしてしまった。あれは本気の目だ。嘘告白でも冗談でもなんでもない。
……私が『普通』だったら、付き合っても良かったのかもしれない。そんなふうに思える程度には素敵な男の子だった。
「ねえ、あなた、私が……余命が後三年って知ってるでしょ? クラスの自己紹介の時に言ったから」
馴れ合いは嫌いだった。どうせ死んで別れるなら、関わらなければ悲しくならない。それに、私は特殊なスキルを持っている。
負の感情が高まる人の嘘がわかるスキル。
『カレン・イージス16歳。スキルのせいで余命はあと三年です。スキルは人の嘘がわかります。ですので絶対に私に話しかけないでください』
本当なら学園に行く気もなかった。……でも、両親が……どうしても、貴族学園の制服を着ている私の姿を見たい、と言ったから……仕方なく……。
「じゃあ、これからよろしくね。僕はルイス・スカーレッド。気軽にルイって呼んでね。俺は人の記憶が消せるスキルを持っているんだ」
「――っ!?」
ルイスの顔が目の前にあった。吸い込まれそうな瞳だった。私に好意を抱いている、その言葉に嘘は感じられなかった。
だから、私は、気がついたらコクリと頷いていた。心臓のバクバクが止まらなかった。
***
「だから、ルイス……あのね、私は余命三年しかないのよ。知ってるでしょ? スキルと魔力の関係を。魔力保持量が少ないと強すぎるスキルを抑えられなくて、寿命を吸い取るって」
「うん、知ってるよ。でも関係ないよ。俺は君の事が好きになったんだ。気持ちが抑えられなかった。どんなに短くてもいい。俺は君のそばにいたい。あと、ルイって呼んでね」
彼はどんな時も私のそばにいようとした。学園、放課後、帰り道、あまつさえ家にまで押しかけてきた。
両親はすっかりルイスの事を気に入ってしまい、彼が来るのを毎日楽しみにしていた。
私は……両親が喜ぶならそれでいい、と思って、ルイがうちに来るのを許容していた。
「ちょっと、ルイス! 私はこんな行事に出ないって! どうせ死ぬんだから無駄なのよ」
「ははっ、そんなことないよ。いいかいカレン、人生に無駄なことなんてない。大丈夫、夜会は俺がエスコートするよ。さあ、今日はドレスを選びに行こう!」
初めから気にしていなかった……と言ったら嘘になるかも。
私は、あの吸い込まれるような瞳に魅了されていたのかもしれない。
彼と一緒にいると、嫌なことを全部忘れられる。
自分が余命わずかなんて些細な事だと思えた。
学園で、ギルドで、様々な場所で友達が出来た。知り合いが出来た。世界が広がった。
いつしか、彼と一緒にいるのが当たり前になっていた。
いつしか、彼に惹かれている自分に気がついた。
いつしか……、彼が……愛しく思えて……、そんな自分が、どうしていいかわからなかった。
だって、私、死んじゃうんだよ……。
「いいかい、カレン。人生なんて何が起こるかわからない。そんな人生で君に出会えた奇跡なんだ。いいかい、これ以上の奇跡なんて二度と起きない」
「ルイ……、私……、でも……」
何度も何度もルイと別れようと思った。私がひっそりと消えれば、二人とも苦しい気持ちにならない。悲しい別れなんて存在する余地もない。
恋なんて感情を忘れてしまえばいい。
「確かに君の余命が後二年半しかない。別れは確かに悲しい……。でも、その悲しみを上回る幸せがここにあるんだ」
ルイは自分の胸を叩いた。
「例え、俺が記憶を失くしたとしても――君の事は絶対に忘れない。悲しみも痛みも全て乗り越えて、君を探しに行くよ」
「……バカ、私、その時は死んじゃってるよ」
「そんなことないよ」
その時、初めてルイから嘘の気配を感じ取れた。何が嘘かわからなかった。
私は自分のスキルが嫌いだった。
私は自分が嫌いだった。
子供の頃から人が考えている事がうまく理解出来なかった。嘘を正論で貫き、そのせいで友人が出来ず、他者と揉めて……深い後悔と悲しみに襲われた。
心がトラウマとして覚えている。
私はいつまで経っても子供だった。
嫌なことから目を背けて……、ずっとずっと、一人ぼっちだった。
余命が後二年半……、ここ最近はその事実を完全に忘れている時もあった。
「……そんなこと、ないよ……」
「ルイ?」
ルイの手が微かに震えているのが見えた。
***
その日は雨だった。
私の家まで毎朝迎えに来てくれるルイを待っていた。今日に限ってルイは来なかった。これ以上待つと遅刻してしまうから、私は一人で家を出た。
学園の校門の前に、傘を差したルイが立っていた。私を見て――笑顔を浮かべてくれなかった。
何かの予感があった。
ルイが苦い顔で私に――
「カレン、大事な話があるんだ。……ごめん、俺……親の仕事の関係で……遠い場所に行かなきゃならないんだ。……だから……俺と、もう――」
続く言葉は予想出来た。
「「別れてくれ」」
声が重なる。ルイの瞳が揺れる。
私の心に一滴の何かが落ちた。波紋が広がり、様々な気持ちが湧き上がる。
勝手に私に告白して、勝手に私を振り回して、勝手に別れを告げる。
ああ、なんてクズ男なんだろう。と、昔の私なら思っていたのかも知れない。
嘘を見抜いていたはずなのに深い悲しみに襲われて、自暴自棄になっていたのかも知れない。
ルイがどんな力を使ったのかわからない。嘘が隠れている。
ううん、スキルを使わなくても、ルイが嘘をついているって丸わかりだ。
だって、ルイの目が腫れているんだもん。
「カレン、俺は――」
「ねえ、ルイ。私に隠していることあるでしょ?」
「そんなものはないよ。……俺は、俺は――自分勝手な男だから、カレンと付き合う資格なんてない。……駄目だってわかっていた。最後に君の記憶を消せばいいと思っていた……、俺は……」
私は傘を投げ捨てて、ルイを強く抱きしめた。私にとってルイは命の恩人。余命なんて関係ない。人生なんて短くても、幸せなものに変えることができる、ということを教えてくれたんだ。
ルイは空を見上げていた。そして――私に向かって手を伸ばした。
「なあ、カレン。約束してくれ。……君の記憶を消して――残りの人生を大切な人たちと一緒に楽しんでくれ――」
ドクン――という衝動が『脳』から発生した。記憶が消される前兆だった。
ルイが唇を強く噛みしめる――
「――俺の余命は……後一週間なんだ」
ドクンッ――
記憶を消したら、この苦しいから解放される。記憶を消したら、穏やかな平穏な日々を過ごして、私の人生が終わる。
「ごめん、俺のわがままで、カレンに悲しい思いをさせて……だから……カレンは……俺との記憶を消して――残りの学園生活を楽しく過ごしてくれ」
ドクンッッ――
「もう逃げないって決めた。私は――ルイと出会って世界が変わった。ルイがどんな理由で私に告白してきたかわからないけど――わかるような気がする」
矛盾なんてどうでもいい。だって――
「恋って、止められないんだね……。ルイ、私に……恋を……教えてくれて、ありがとう。――だから――」
ドクンドクンドクンドクンッ――
ドクンドクンドクンドクンッ――
スキルの力が私の脳を書き換えようとしている。ルイとの思い出を、この半年間の全ての記憶を消去しようとしている。
それはなぜ? 悲しくなるから? でも――私には「恋」という気持ちがある。
たった半年、なのに私は生まれてから経験したことのない日々を送っていた。それは私にとって大切な宝物。
だから絶対に消させない――
悲しみは『思い出』で塗り替えればいいんだ!!
痛みなんてどうでもいい。
忘れる痛みに比べれば。
頭の中で、弾け飛んだ音が聞こえた。それと同時に、私の心が軽くなり、何でもできる気分となった。
「――ルイ、私、絶対にあなたの事を忘れない。……本当はすごく悲しいよ。でも、あなたはまだ生きている! だから……最後まで、一緒に生きよう。それがたった数日でも、一日でも、数時間でも、数秒でも――。……だから――今から言う質問に答えて」
私はルイの顔を両手で抑えた。ルイは困惑の表情を浮かべていた。
「……私に……プロポーズ、しないの?」
ルイは天を仰ぎ、大きなため息を吐く。
「そんな顔されちゃ……、はぁ、俺はもう死ぬんだぞ」
「バカね、あなたも私の余命を知っていて告白してきたでしょ」
「……ああ、そうだったな。恋は盲目ってやつなんだ」
「きゃっ!?」
ルイは私の身体を抱き寄せて――私の耳元で囁いた。
「……カレン、愛してる。奇跡なんて起きない。俺は死ぬ。それでも――一分一秒でも俺と一緒に居てくれ。結婚しよう」
「はい……」
そういった瞬間、ルイは微笑みながら――その場に崩れ落ちた。
***
奇跡なんて起きない。
たったの十八年。
たったの十七年。
私たちの人生は他の人と比べたらとても短いのだろう。
「……奇跡なんて起きないけど、小さな奇跡なら起きたでしょ? ねえルイ」
ルイは私に余命を告げた後、校門の前で倒れてしまった。記憶を消すという強いスキルがルイの身体を蝕んでいた。
目が覚めたルイは……記憶をなくしていた。なのに――
『おはよう。……君の名前はわからないけど、君は僕の奥さんじゃないかい? ……だって、一目見たら恋をしてしまった。ねえ、君の名前を教えてほしい――」
ルイの余命はあと僅かだった。なのに、ルイはまるで生命力を紡いでいるかのように、記憶を三日ごとに失くしながら生きながらえたのであった。
たった三日。されど、私たちにとって三日なんてすごく長く感じられる。
『ああ、おはよう。う〜ん、ねえ君ってすごく可愛いね。……絶対俺の恋人だろ? 身体が覚えているんだ。なんだろう、よくわからないけど、知らない記憶が温かい気持ちとともに浮かび上がるんだ。……ねえ、君の名前を教えてよ』
ルイは驚異的な生命力で、余命を伸ばした。一年。それはとんでもない精神力の賜物だと言えよう。
それでも、身体はどんどん弱っていった。
『これが結婚式の写真……。カレン、すごく綺麗だ。次の俺にも見せてあげてほしい』
『カレン、俺は……俺は……、君に出会えて……幸せ……だった』
ルイは眠るように安らかにこの世界に別れを告げた。
「奇跡なんて起きない。私は……多分、もうすぐいなくなる」
私が座っている車椅子を押している両親。両親のすすり泣く声が聞こえてきた。
「あのね、ルイは笑顔で亡くなったんだよ。ふふっ、記憶なんて何度も失くしたのに幸せだったって言ってたね。……私も笑って見送りたかったよ」
「でもね、やっぱり……悲しいんだよね。私、泣かない、笑顔で見送るって決めてたのに、わんわん泣いちゃった」
「私、すごく楽しかったよ。お父さんとお母さんの子供に生まれて、ルイと出会えて……、――だから――あれ?」
自分の時は笑顔でみんなとお別れするって思っていたのに……。
自然と涙が溢れ出ていた。
ルイと出会っていなかったら、積み重ねることが出来なかった思い出。
それが、私の涙へと変わり――涙が――笑顔へと変わっていく。
確かな思い。それは――
「私、幸せだったよ。――ありがとう」
それが私の最後の言葉となった――
(完)




