世界は、ずるをした
勇者たちは、消えた。
正確には——
去ったわけではない。
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包囲を、解いただけだ。
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剣も魔法も構えたまま、
距離だけを取り、
白縫ユウトを中心とした円がほどけていく。
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「……引いた?」
ユウトが、ぽつりと呟く。
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『撤退ではない』
頭の奥で、管理者の声がした。
『今の距離では、
君に“当たらない”と判断しただけだ』
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「なるほど」
ユウトは、妙に納得した。
「ちゃんと考えてますね」
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『勇者は、
世界が選んだ“正解”だ』
『正解は、
無駄死にをしない』
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世界は静かになった。
だがそれは、
嵐の後ではない。
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嵐の前だ。
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「……このまま、
また来ますよね」
ユウトが言う。
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『来る』
管理者は、即答した。
『より確実な形で』
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ユウトは、足元の石を軽く蹴った。
「それ、危ないですよ」
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『何がだ』
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「世界が、
考えなくなる」
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管理者は、言葉を失った。
それは——
管理者にとって、
最も避けるべき事態だった。
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『……どうしたい』
しばらくして、
管理者が問う。
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ユウトは、
一切迷わず答えた。
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「少しだけでいいので」
「世界を、
公平にしたいです」
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『公平、だと?』
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「勇者を弱くするんじゃない」
「魔物を強くするんでもない」
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「弱い側が、
一回は“届く世界”にする」
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管理者は、理解した。
それは力の調整じゃない。
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可能性の調整だ。
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『それをやれば』
管理者は、低く言う。
『勝てないはずの者が、
勝つ』
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「いいじゃないですか」
ユウトは、あっさり言った。
「それがあるから、
世界は面白いんです」
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管理者は、
思わず笑いそうになる。
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『……一度だけだ』
『直接、俺は何もしない』
『ただ——』
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『世界の“ズレ”を、
見逃す』
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次の瞬間。
世界のどこかで、
何かが、ほんのわずかに変わった。
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草原。
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最弱と呼ばれていた転生者が、
震える手で剣を握っていた。
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目の前には、
絶対に勝てないはずの魔物。
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「……無理だろ」
本人が、そう呟く。
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それでも、
逃げずに剣を振った。
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——当たった。
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魔物が、
確かによろめいた。
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「……え?」
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誰も、
何もしていない。
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ただ——
世界が、外さなかった。
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ユウトは、
その光景を見て、静かに言った。
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「ほら」
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「これで、
世界は考え始めます」
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管理者は、
小さく息を吐いた。
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『君は……
とんでもないことをしたな』
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ユウトは、
少しだけ照れたように笑う。
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「ずる、しました?」
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『ああ』
管理者は、はっきり答えた。
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『世界が、な』
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遠くで。
勇者たちが、
再び動き始めている。
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まだ、
彼らは知らない。
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この世界が、
少しだけ“変わった”ことを。




