世界は、勇者を必要としなくなった
確信したのは、
祈りが“拒否”された瞬間だった。
⸻
俺は、膝をついていた。
神殿の床は冷たく、
指先の感覚が少しずつ薄れていく。
それでも、
祈り続けていた。
「まだ、役目は終わっていない」
「俺たちは——」
言葉が、そこで途切れる。
⸻
返事が、来ない。
沈黙ですらない。
“応答が存在しない”。
それが、一番近い感覚だった。
⸻
「……そうか」
喉が、乾く。
これは、聞こえていないんじゃない。
聞いていて、返す必要がないのだ。
⸻
立ち上がると、
神殿の壁に刻まれた紋章が目に入る。
勇者の証。
選ばれし者の印。
——少し前まで、誇りだったもの。
⸻
外に出ると、街が見えた。
平和だった。
拍子抜けするほど、
何事もなかったかのように。
⸻
だが、よく見ると違う。
人々が、
自分たちで判断している。
神託を待たない。
英雄を探さない。
「今回は、こうしよう」
「前は失敗したから、やめよう」
そんな会話が、
当たり前に交わされている。
⸻
「……勇者、いらないじゃん」
思わず、呟く。
声にした瞬間、
胸の奥が、きしんだ。
⸻
かつてなら、
俺たちが前に出て、
決断していた。
世界は、それを求めていた。
少なくとも——
そう信じていた。
⸻
学者の話を思い出す。
「最近、世界が“自立”し始めている」
「奇跡に頼らず、
失敗を前提に、選択するようになった」
それは、
良い変化なのかもしれない。
だが——
⸻
「じゃあ、俺たちは何だ?」
口の中で、
その言葉を転がす。
勇者。
転生者。
選ばれた存在。
それらが、
一気に空虚になる。
⸻
その夜、
異変ははっきりと現れた。
⸻
【世界防衛機構:稼働】
【対象選別:進行中】
視界の端に、
見慣れない文字が浮かぶ。
心臓が、跳ねた。
⸻
「……今度は何だ」
集中すると、
“世界の視線”を感じる。
俺を、見ている。
いや——
測っている。
⸻
【転生者:例外判定】
【役割適合率:低下】
「……例外?」
背筋が、冷える。
例外は、
守られる存在じゃない。
⸻
「まさか……」
嫌な予感が、形を取る。
⸻
【世界安定への影響:未確定】
【監視:継続】
⸻
俺は、理解した。
この世界はもう、
俺たちを“主役”として扱っていない。
⸻
勇者は、
世界を救う存在だった。
だが今——
⸻
俺たちは、
世界にとっての変数だ。
扱いづらく、
制御しづらく、
放置すると危険な存在。
⸻
「……ふざけるな」
声が、低く漏れる。
俺は、この世界で
必死に生きてきた。
信じて、
戦って、
応えてきた。
それを——
必要なくなったから切り捨てる?
⸻
その瞬間、
理解が一つ、繋がる。
⸻
世界が自立した?
違う。
誰かが、世界を“そうなるように”整えた。
⸻
「……管理者」
ようやく、
その名前をはっきり口にする。
⸻
神ではない。
英雄でもない。
世界を、
道具として見られる存在。
⸻
拳を、握る。
「そりゃ、俺たちは邪魔だよな」
奇跡に頼る者。
役割にしがみつく者。
⸻
「でも」
顔を上げる。
「だからって——」
⸻
【世界防衛機構:優先度更新】
【管理者:排除対象】
【協力候補:転生者】
⸻
息が、止まる。
世界が、
俺を“選んだ”。
⸻
「……はは」
乾いた笑いが出た。
「そういうことか」
⸻
世界は、
勇者を必要としなくなった。
代わりに——
⸻
管理者を、必要としなくなった。
⸻
俺は、剣を握る。
これは、使命じゃない。
祈りでも、奇跡でもない。
⸻
居場所を取り戻すための戦いだ。




