目が覚めたら、世界だった
※本作は「俺TUEEE」系ではありません。
主人公は人ではなく、世界の“仕様”として異世界に転生します。
深夜のオフィスは、いつも静かだった。
エアコンの低い唸りと、モニターのファン音だけが、生きている証拠みたいに響いている。
デスクに一人座り、俺は画面を睨んでいた。
表示されているのは、分厚い仕様書。
【世界観設定 Ver.3.41】
赤字、コメント、差分履歴。
誰が、いつ、どこを直して、なぜ戻したのか分からない修正の墓場だ。
「……とりあえず動いてるから触るな、か」
昼間に上司から言われた言葉を思い出し、俺は小さく鼻で笑った。
「動いてる、は壊れてないって意味じゃない」
仕様書の末尾。
警告ログが一行だけ点灯している。
【警告:仕様の矛盾が検出されました】
それを確認した瞬間だった。
胸の奥を、内側から握り潰されるような痛みが走る。
息が詰まり、視界が揺れ、指先から力が抜けていく。
キーボードに突っ伏した、その最後に見えたのは、
画面右下の警告表示だった。
⸻
目を覚ます。
……いや、「目を覚ます」という表現は正しくない。
まぶたを開いた感覚がない。
呼吸も、心臓の鼓動も、何もない。
それなのに、意識だけははっきりしていた。
視界がある。
だが距離が分からない。上下左右の感覚も曖昧だ。
代わりに、無数の文字が流れている。
【魔力循環率】
【種族寿命テーブル】
【死亡判定条件】
【再生成フラグ】
白い文字列が、空間そのものに浮かび、流れ、消えていく。
「……UI?」
思わず、そんな言葉が漏れた。
次の瞬間、背筋が冷たくなる。
「待て……俺、身体がない」
手足を動かそうとしても、そもそも“手足”が存在しない。
あるのは、認識と観測だけ。
しかも――
ログアウトできない。
⸻
突然、視界が爆発的に拡張された。
山が隆起する。
街が燃える。
誰かが生まれ、誰かが死ぬ。
すべてが、同時に見える。
「情報量……おかしい……」
だが、不思議と処理できてしまう。
そのとき、一つの項目が赤く点滅した。
【異常検知】
俺は、反射的にそこへ意識を集中させた。
⸻
辺境の小さな村。
一人の老人が、よろよろと歩いている。
背中は曲がり、肌は土気色だ。
だが、表示ははっきりしていた。
【死亡状態 = TRUE】
村人たちは怯え、誰かが叫ぶ。
「不死者だ!」
松明が掲げられ、石が投げられる。
俺は理解した。
「……バグだ」
仕様を読む。
死亡判定:心停止。
再生条件:魔力残量 > 0。
魔力減衰条件:死亡時のみ。
「死んだら魔力が減らない……」
だから、動き続ける。
「仕様が、殺してる」
⸻
俺は、恐る恐る“そこ”に触れた。
直接、文章は書き換えられない。
だが、数値だけは動く。
ほんの、わずか。
【変更】
再生条件:魔力残量 > 0.01
世界が、一瞬だけ軋んだ。
老人の身体が崩れ落ち、完全な死が訪れる。
村人たちは泣き、祈り、膝をついた。
俺は、震えた。
「……俺が、殺した?」
だが同時に、
世界全体が、ほんの少しだけ安定した感覚があった。
⸻
直後、警告が鳴る。
【警告:魔力循環低下】
【影響:作物生育率 -12%】
別の場所で、畑が枯れ始めるのが見える。
「一行直しただけで……これか」
救いと破壊は、常にセットだった。
⸻
空間が歪む。
明らかに、権限の違う存在が現れた。
光の集合体。
形を持たない圧倒的な存在。
神。
「お前は、誰だ」
声ではなく、思考に直接届く問い。
俺は、少し考えてから答えた。
「……仕様書、だと思う」
「それは我らの管理領域だ」
俺は、燃える村と枯れる畑を同時に見ながら返す。
「管理してないから、バグってる」
神は、低く告げた。
「世界に触れるな。触れれば、必ず壊れる」
俺は静かに言った。
「もう壊れてる。
ただ、誰もデバッグしてないだけだ」
⸻
巨大なログが展開される。
【更新履歴】
・転生者パッチ Ver.12
・勇者自動生成機能
・魔王復活ループ
俺は、確信した。
「……異世界転生」
それは奇跡じゃない。
後付けだ。
世界を延命するための、場当たり的な修正。
「俺は、呼ばれたんじゃない」
「……世界そのものなんだ」
仕様書は、まだ終わっていない。




