第5話 早瀬隆一への復讐
最後の標的は、かつての恩師・早瀬隆一だ。
高校時代、レイカにとって彼は尊敬すべき教師だった。生徒一人ひとりに親身に接し、公正で誠実な人物に見えた。
だが、それはただの演技に過ぎなかった。
早瀬隆一、かつては教育者だったが、今では「クリーンな政治家」として名を馳せている。
教育改革の旗振り役として演説を行い、若者支援のための革新的な奨学金制度を推進。政界では清廉潔白な改革派として評価され、企業との「クリーンな」関係を強調し、不正を一切許さない厳格な姿勢を見せていた。しかし、その裏では数々の汚職と不正取引が隠されていた。
レイカは早瀬の表と裏を暴くため、慎重に計画を練り始めた。
まず、彼の資金の流れを追う。政治家としての収入だけでは到底説明がつかない莫大な財産。その出どころを調べるうちに、複数の企業との裏取引が浮かび上がった。
表向きは教育支援事業への投資だが、実態は不正入試の斡旋、違法献金、さらには国家予算を利用した利権の横流しもしていた。
だが、決定的な証拠に仕立て上げるには、内部からの確実な情報と証言が必要だ。外部調査だけでは繋がらない点がある以上、早瀬の内側にいる者――特に秘書の証言が鍵となる。
早瀬の秘書を買収するのは容易ではなかった。レイカはまず、秘書の背景を徹底的に洗い出す。彼は早瀬の忠実な部下として知られていたが、知らぬ間に利用され、彼の名前が入った書類が複数の不正取引に使われていた。秘書にこれを知らせ、こちらの味方に引き入れようと、レイカは考えた。
そこでレイカは、秘書の行動を細かく調べ上げた。毎朝決まったカフェで新聞を読み、定期的に特定の弁護士事務所を訪れ、ストレスが溜まると深夜のバーに行く――そのすべてを把握した。
ある日、彼が訪れるバーで偶然を装ったように見せかけ、話しかけた。ありきたりな手法ではあるが、人間は酒が入ると初対面の相手とも打ち解けやすく、味方に引き入れやすいものだ。
「こんばんは。早瀬代議士の秘書さん。最近、あなたの上司について、いろいろ噂を聞くのよ。あなたはとても頑張っているわ。それなのに、こんなに報われない未来が待っているなんて……」
「え? あっ、黒木レイカさん? ……報われない未来? いきなり、なにを言い出すんですか?」
最初は警戒していたが、レイカが巧みに話を誘導し、彼の不安を突くと、表情が変わった。
「……報われない未来ってどういうことですか?」
「あなたのボスはね、とても汚い男よ。平気で部下に罪をなすりつけるわ」
レイカが差し出したのは、早瀬の不正の証拠。
——不正入試に関する内部メモ。学内での選考過程の改ざんを指示した具体的な文書。
——企業との裏取引に関するメールの履歴。秘書が業務として処理していた内容が、実は違法献金に加担させられていたことを示す。
——不審な資金の出入りに関する未公開の帳簿。
そして、そのどれもに、秘書の名前の署名が入った書類が添付されている。秘書は絶句する。これには見覚えがある。自分がサインした書類なのだから。しかし、それをよく見ると、細かな部分が改ざんされていた。まるで自分がすべての責任を負うように仕組まれた書類だった。
「……僕がすべてに関わったことになっている。これが公になれば、破滅だ」
「なにかあったら、すべてをあなたに押し付けて逃げる魂胆だったのよ。あいつはクズだし、こんなことは、きっと初めてじゃないはず。今こそ裏切るときなんじゃないかしら? 私が助けてあげる」
その一言が決定打だった。
「……お願いします」
秘書の協力を得たことで、レイカが掴んでいた証拠に具体的な裏付けが加わった。外部から集めた情報と内部証言が結びつき、より確実なものとなる。
「これだけあれば……あいつはもう逃げられないわね。あなたの身の安全は私が守るわ。だから……内部告発しなさい」
◆◇◆
翌日——ニュースは早瀬の不正を一斉に報じた。もちろん、レイカが裏で動いた。さらに、選挙運動中に早瀬から性的暴行を受けたという女子大生まで用意する念の入れようだ。ウグイス嬢として働いていた女性の人権を踏みにじるとは、まさに彼らしい。女関係でもえげつない事件を引き起こしていた。
週刊誌はこぞって彼のスキャンダルを大々的に取り上げ、SNSではハッシュタグが乱立。彼の過去の発言が皮肉たっぷりに掘り返される。YouTuberたちは連日動画を投稿し、炎上解説や暴露レビューが相次いだ。街頭インタビューでは市民の怒りの声が響き、ワイドショーはこの話題一色となる。
騒動が加熱する中で、内部告発が相次ぐ。これを受け、捜査当局が動き出した。検察は証拠を精査し、早瀬の資産や関連企業への強制捜査を決定。家宅捜索では不正献金や賄賂の詳細な記録、司法機関への圧力を指示した書類なども次々と押収された。
決定的な証拠が揃ったことで、検察は逮捕状を請求。ついに早瀬は逮捕され、手錠をかけられる。その瞬間の映像はテレビやSNSで拡散され、彼の政治生命は一瞬にして崩壊した。
早瀬の頭の中には混乱と恐怖が渦巻いていた。これまで地道に築き上げてきたものが、一瞬にして崩れ去ったのだ。清廉潔白を装い得た信頼は、今や嘲笑と怒りに変わり、支持者たちも手のひらを返すように彼から離れていく。
逃げ道を探そうにも、すでにどこにも出口はない。かつて権力を握っていた男は、今や見せしめとして世間に晒される存在となった。言い訳は通じず、助けを求めた仲間たちも彼を切り捨てる。
尊敬される政治家だったはずの自分が、今ではただの汚職まみれの性犯罪者として罵られる。
「女を無理やり暴行しておいて、清廉潔白気取りか!」
「教育改革? お前がやってたのは不正入試の斡旋だろ!」
「税金で贅沢三昧、国民をバカにしてたんだろうが!」
「お前が守ってたのは自分の懐だけだ! 恥知らずめっ!」
怒号が飛び交い、SNSでは彼を皮肉る動画やコラージュ画像が瞬く間に拡散されたのだった。
刑務所の鉄格子の向こうに広がる景色は、かつて自分が見下していた人間たちがたどった末路そのものだった。
だが、そこにはさらなる地獄が待っていた。
「おや、元政治家先生様じゃないですか」
看守の一人がニヤリと笑った。その男の名札には、かつて暴行された被害女性と同じ名字が記されていた。
「お前のせいで人生を狂わされた人間がどれだけいるか、わかってんのか?」
彼は刑務所内で看守長としての権限を持ち、日常的に早瀬の行動を管理する立場にあった。小さなミスも厳しく咎め、毎日のように人格を否定する罵倒を浴びせた。
「今まで散々好き勝手やってきたんだ。お前も少しは人の痛みを知れよ」
さらに、囚人たちの中には、早瀬の汚職によって人生を狂わされた者もいた。
詐欺罪で服役中の男が、かつて選挙資金を横流しした企業の元社員だと知ったとき、早瀬の背筋は凍りついた。
彼はその企業の不正に巻き込まれ、冤罪で投獄されていたのだ。
「お前のせいで俺は全てを失ったんだ……ここでたっぷり償ってもらうぜ」
理不尽に運命をねじ曲げられた人間たちが、早瀬を見下ろしながら嗤う。刑務所の鉄格子の向こうには、逃げ場のない奈落が広がっていたのだった。
◆◇◆
「おい、面会だぞ」
刑務所に入って間もなく、早瀬は看守の無機質な声に呼び出された。殺風景な廊下に、その声だけが響く。
「いや、そんなはずないだろ? 女房はさっさと逃げたし、子供とは縁を切られた。友人もいなくなった。俺に会いに来る奴なんているはずがない」
「美女だぞ。目の保養になる。会っとけよ」
看守がニヤリと笑う。拒否権などないと言わんばかりに、乱暴に早瀬の腕をつかみ、無理やり立たせて面会室へと引きずっていく。すべては看守長の指示のもとで行われており、早瀬はここでの生活を著しく制限されていた。この場所では、陰湿な嫌がらせが日常茶飯事だ。
かつては他人を踏みにじり、私利私欲のために悪事を重ねてきた早瀬。だが、いざ自分が追い詰められると、驚くほど脆い。
「なんだよ……ここは刑務所だろ? みんな罪人なのに、なんで俺だけ虐げられるんだよ? 死んでやるっ……!」
壁に拳を叩きつけながら叫ぶ。しかし、その様子を監視モニターで見ていた看守長は、薄く笑った。
「簡単には逝かせねぇよ、クズがっ!」
◆◇◆
面会室で向かい合う二人。
「先生、久しぶりね」
「お前……黒木レイカ? なんでこんな有名人が、犯罪者に落ちた俺に会いに来るんだ?」
栗色の髪をふんわりとカールさせ、優しげな雰囲気をまとったレイカ。かつての七瀬凛の面影は、どこにもない。
「あんたに人生を奪われた女だもの。落ちぶれた姿を見たくなるのは当然でしょう? なぜ、私の鞄に金を入れたの? 私はお前に恨まれるような筋合いはないわ。美優は私に嫉妬していたと言うけれど、あんたにはどんな理由があったのよ?」
「……凛? 七瀬凛なのか? お前は死んだはずじゃ……」
「噂なんていい加減なものよ。それより、なぜ私を嵌めたの?」
沈黙。
やがて、早瀬は歪んだ笑みを浮かべた。
「……政治家になりたかったんだ。俺は教師のままで終わる男じゃない」
「私を陥れたことで、あんたは政治家になれたって言うの?」
「ふっ。お前の親父……本当に自殺だと思っているのか?」
「えっ? ……私の両親は、自殺じゃない? ……」
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※翔のときと似通った展開になってしまいました。
やはり現代日本でざまぁってなると、こんな感じになってしまいがち。
しかし、最終話はちょっと違う感じにしたい、と思っています。
一応恋愛小説なんで、甘々な描写もいれたい。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
あともう少しだけ、お付き合いいただけると、幸いです




