バンドワゴン
半飲みのペットボトルを片手に、
屋上に住む少年のパソコンには、設立したダークウェブにてとある依頼が書き込まれた。
「〝手に入れて欲しい物があります。周囲の人達が持っていて私だけが持っていない物です〟か……」
不健康な形の痩せこけた少年は依頼を請け負う。
タンクトップの上からジャケットを着込めば、下に停めてあるワゴン車まで階段を駆け下りた。
「家賃を払いな……」
「その金を今から貰いに行くんだよ!」
出会い頭の大家の催促をも振り切って車を飛ばす。
助手席の財布から免許証が溢れ落ち、そこには〝安斎賢也〟と名前が書かれていた。
場所の指定は【革友会】と呼ばれる、
各都道府県に一つ二つある、地域密着型の傍迷惑な宗教団体の一つだ。
地元に住んでいれば一度や二度、信者が助手を連れだってやってくる。
安斎が住むマンション(低家賃である屋上のプレハブ小屋だが)にも大家をカモって来ては、
見た目で舐められる少年の口八丁手八丁で追い返していた。
ーー用心棒代くらい出せっての……
アクセルをガンガン踏み込みながら危険運転をしている彼は憤っていた。
すると前方の車が急停止して来たではないか。自分もワゴンを停めると、
窓越しに中年層のチンピラがドアを蹴ってガンを飛ばして来たではありませんか。
「てめぇ舐めた煽りしてくれるやないかい!! 俺にはドラレコがあるんだぞボケェ?!」
「……それって車の前方ですか? それとも後方ですか?」
「ちゃんと後方じゃぁ!! おぅ…… はよ慰謝料出せやぁ?!」
「じゃぁこのやり取りもしっかり映ってるんですね?」
「あぁ??」
「脅迫罪と器物損壊です」
「何だと?! てめぇが先に喧嘩売って来たんだろうが!!」
「そんなつもりはさらさらありませんが
今回に限っては喧嘩両成敗です。助言をすればアンタがドアを蹴ってガンを飛ばさなければ、
アンタは100%被害者面になれたんです。短気は損気ですよ?」
「テメッ……!」
「それに今、不利なのはアンタだ。
煽り運転もとい妨害運転罪は五十万円以下の罰金。
一方で俺は脅迫罪と器物破損罪を訴えて合わせて六十万円以下。
つまり俺の方が十万円分得するんですよ? 分かって貰えます?」
「このぉ…… てめぇ表出やが…!!」
安斎は腕に覚えがあった。
絡んできたチンピラを近くのゴミ捨て場に捨て置くと、
正当防衛を自負しながら目の前の車を脇に停め、そしてそのまま目的地へと再出発した。
田舎特有で駐車場が滅茶苦茶デカい。
その中央に構える、革友会の本部施設もかなりの迫力だった。
山の木々に囲まれ、外界に目線を向けさせない地形が何とも、それっぽい雰囲気を醸し出している。
「ご入信の方ですか?」
「そうですぅ」
「ではまず先にパンフレットを」
受付の信者には拍子抜けを食らう。
余所の大きくて有名な場所だと、ドン引きするくらい大きな挨拶が基本というイメージだから。
「初見の方は始めに施設の中の案内になりますので、
スリッパを履いてあちらの西側通路、赤紫のカーペットをなぞって向かって下さい」
「うす!」
慎重な安斎はここから既に疑いを以て行動していた。
自分が受けた仕事とはいえ、何でも率先してという心情を彼は持ち合わせていない。
この時にもスリッパやパンフレットに、何かしらの洗脳材料が仕掛けられていないか、
自慢の観察眼を凝らしている。
ーー注視すると視野が狭くなる…… 気を付けるべきは内観の雰囲気そのものも有り得るな……
カーペットに導かれて右に左に曲がり進んでいくと、
講習会場とプレートに書かれた部屋へと導かれる。
辺りは白一色の壁なので、既にここが本部のどの位置なのか分からない。
部屋の中は一際印象深く思える広さ、教壇が構えられて脚立を必要とするドデカい黒板があった。
「ようこそ安斎君。今日の入信希望者は貴方を含めて二人ですので、
もう一人の方がいらっしゃらるまでどうぞ寛いでいて下さい」
「……アンタは?」
「積極的に質問する姿勢は素晴らしいです。私は革友会の幹部を務めます妻良です。
これも神様の思し召し、どうぞよろしくお願いします」
「……こちらこそ」
暫く雑談していると、もう一人の希望者が姿を現した。
「ゲッ……!!」
「あっお前ぇ?!」
なんとさっき安斎と一悶着を起こした中年男性ではありませんか。
「えっと柴塚定殻さんですね?」
「あっ…… あぁ」
「では全員揃ったので少し話をしましょう。大丈夫です!!
平日の入信者数なんてこんなもんですよ!」
広い部屋に並ぶ沢山の席が有り余ってる中、淋しく最前列に座らされた安斎と柴塚。
しかし安斎目線からすれば、柴塚という沸点が低そうな男が宗教とか、
中々先入観だけでは納得出来ないでいた。
「えぇこれから話すのはちょっとした口頭試問です。まぁ重要事ですが……
ここに入信する上で動機をお聞きしたいのです。大事でしょう?
それでは柴塚さんからお願いします」
「……毎日同じ事して何が楽しいんだって話だよ。
働き具合の情報がすぐ耳に入る田舎での評価は、すぐに変わるんだ。
真面目にやればやるだけ近所の人間の愛想も良くなるが、
休んだりサボったり、そういう社会的評価の上げ下げが酷くてなぁ。
頼んでもいねぇのに、そういう噂話は光の速さで広まって窮屈でいけねぇ」
「えぇえぇ解かります解かります!!」
「時々、家に来る宗教勧誘の奴等は言ってしまえば招待特典目当てだろ?
壺だの札だのも売れれば何%かは自分の懐に入るって聞いた。
正直汗水垂らして安月給の今の仕事よりも、勝ち馬に乗った方が得だと思ってな!!
ここがどういう場所かは知らねぇが、まぁここへ来た理由は〝金〟だよ」
ーー躊躇無くとんでもねぇ正直者だなぁこのオッサン……
安斎は恐る恐る妻良の顔を見やるが、当の妻良は至極のスマイルを崩してはいなかった。
「えぇえぇ解ります解ります!! さぞお辛かったでしょうに……
ここに出家する際の日々の修練内容は、後のご案内にて説明しますのでそう不安がらず。
金という忌物にさぞ打ちのめされて来たのでしょう。
……では次に安斎君 どうぞ!!」
「えっ?! あぁ……
昭和の頃に起こった学生運動って活動家達の暴動がありまして、
ここいらじゃぁ日本赤軍の様な、台頭したデカい組織ではなかったって話だけど、
都会の方のベトナム戦争や沖縄問題とは違って、
ここら辺の当時は火力発電所を巡り、環境破壊を止めさせる運動があったんだって。
……地元の警察を相手に小規模な争いだったらしい」
「えぇ存じてますよ」
「俺はそのメンバーの三世でさ、学校じゃぁまともな扱いされず中退して、
マンション屋上のプレハブ小屋でしょうもない人生を送っていた。
動機は隣のオッサンと同じで、変わらない毎日にウンザリしたから」
「なるほど、承知しました。
ではそろそろ施設のご案内へと移らせて頂きます」
妻良が扉を開き、お先にどうぞと言わんばかりの笑顔で自分達を通路に導いた。
ここは迷路なので勝手な行動は出来ず、安斎の今日の活動は取り敢えず潜入だけで終わるだろう。
「ここが食堂です。朝昼晩三食無料ですから、遠慮せずに時間帯を合わせて食べて下さいね。
そして上に見える二階は各々の寮となります。その他にトイレなどはそこの掲示板から確認出来ます」
広場には同じ服を来た信者達が普通に生活していた。
よく見ると安斎よりも年齢が低い子供達の姿も見える。
「彼等は信者方の子供…… 二世や三世ですね。あまりこういう言い方は嫌ですか?」
「いや別に…… 大丈夫です」
「あとで皆さんに紹介しますので、取り敢えず案内はここら辺でいいでしょう。
ここの食堂にある掲示板を中心に、目視できる範囲は皆さんが自由に行き来出来るスペースです。
勿論、外の中庭のお散歩自由ですので!! それでは次に教祖様へのご挨拶に参りましょう」
さすがと言うべきか、誰もが注目したがる宗教のトップは警備も厳重。
恐らく余程のことが無ければ、ここへ足を踏み入れさせないという圧を感じる。
そしてその教祖が座する場所の装飾は、今まで白一色とは程遠い煌びやかな内観だった。
「女木島猊下…… 新たな迷い子を連れて参りました」
「よくぞ辿り着きました。話は耳に届いております」
高い場所に座る、一番オーラを発している風のお爺ちゃんがゆっくり降りて来ると、
それはまるで神が降臨した風の音楽が流れ始めた。
「ここは天国の扉の前です。人は死を身近に感じて始めて死に関心を持つ者。
元々は皆、あの世で生まれ、なのに現世では赤子へと転生し、その記憶を持たないのです。
何故この世の摂理は人から業を忘れさせるのか? 何故だと思う少年よ?」
「あぁ…… 善人になる為じゃないでしょうか?
地獄での苦痛を忘れさせるのが仏様の御慈悲とか……?」
「ほぉ……」
女木島が両手を挙げると、周囲の選ばれし信者達は挙って拍手を安斎に贈った。
「良い家族を迎え入れましたね妻良。貴方達に真の扉が開きますことを」
そう言って彼は元の座に戻って行く。
妻良の誘導により再び食堂に帰された安斎達は、次に寮へと案内される
「私物はこちらで保管させて頂きます。今日は疲れたでしょうからゆっくり休んで下さいね?」
なんと柴塚との相部屋にされてしまった。
そして妻良が扉を閉じた瞬間、柴塚は辺りを調べ始める。
「監視されてるかもだぞ?」
「知るかよ…… 俺がマジでここに出家しに来たと思ってんのか?」
「いいや、全く、これっぽっちも」
「お前もなんだろ? 本当の目的言ってみろよ」
「……それはこの部屋に監視カメラが無いと判断したら教えてやるよ」
しかし本当に監視カメラは見当たらなかった。
食堂や通路、中庭に至るまで分かり易いカメラが備え付けてあったにも関わらず、
ーー油断を誘う為に敢えて超小型を内蔵してるのかもな……
考えてもしょうがない安斎は、取り敢えず信者が統一している純白の服に着替えた。
辺りの物色を開始して、何も無い部屋で一番ワクワクする引き出しなどを開けてみると、
「……何も無いか」
自分にとって面白い物などの大体は、教団側にとって処分したい物だろう。
つまんないと引き出しを思いっ切り閉めると、次はクローゼットを覗いてみる。
しかし自分達用の純白の服が並んでるだけで面白味は無い。
ーーあと気になるのは…… 風呂場だ
柴塚が部屋の隅々を調べ回っている余所で、安斎が風呂場のタイル一つ一つを調べていると。
「あった……」
四角に入る極薄の亀裂。両爪を差し込めば、ギリ取り出せる正六面体の石を手前にスライドさせた。
「何だこりゃ?!」
「シッ……!! 宗教で暮らす人間の大体は清潔感を大事にする。
ここの信者や幹部連中。あの女木島っていう神気取りの爺ちゃんでさえ爪は綺麗にしていた」
「よく見てんなぁ……」
「皆の共通認識は疑問を鈍らせる死角を作らせるんだ…… 四角い石だけにな」
「関係ねぇだろ」
「部屋には大した小道具も無いから考えもしないんだろうなぁ。
まさか爪が長い人間だけが入れる穴が風呂場にあるなんて発想はよ」
「さっそく入って見ようぜ安斎!!」
「ハァ…… 俺達はまだ来て初日だぜオッサン
まずは奴等の行動パターンを知る。そしてやるならどのみち皆が就寝する夜だよ」
「……了解」
晩飯の時間帯に外に出ると、食堂にて点呼確認された。
どうやら飯時にするらしい。そして予想通り、俺と柴塚は爪を切る事を妻良から言い渡された。
部屋も点検されていたので、石を戻してきたのは正解。
爪を切られたが問題はなかった。何故なら、
「こうも予定通りなら少し怖いなぁ安斎!!」
「シッ!! 口を開くなよオッサン!!」
二日を要して信者達を見張る管理職達の動向を、目で記録した安斎は、
夜中に絶対に部屋に誰も入って来ないという確証を得ていよいよ、
風呂場に出来た大人がギリギリ入れるサイズの穴を潜る。
試しに切り残しておいた小指の爪も、そのままなので石を動かせる。
一応見張りとして柴塚はお留守番。
中は湿っていて少し冷たい空洞。
道を見下せることから地下に続いているようだ。
多少滑るように落ちる安斎に待ち受けていたのは、ネカフェで寝れるサイズの個室だった。
「ライト…… ライト……」
所持品を奪われる前に背中に貼り付けていた防水のスマホで辺りを照らすと、
壁一面には真っ赤な文字が綴られていた。
「〝誰もが探している、誰かを探している〟か……
ネットに依頼してきた奴と同じ奴か…… それとも別の人間か……
関連するのは皆が持っている物と誰もが探している者
こっちの謎を優先すると、依頼主が探しているのは物ではなく人ということになるが……」
他に何か無いか探している間に安斎は、
この二日間で交流した子供達との会話を思い出していた。
〝 夜に外出すると〝山姥〟に連れてかれるんだって 〟
〝 それは怖いね…… 〟
〝 ここらは山姥伝説が有名で、実際に食われた人がいるらしいよぉ 〟
〝 ……じゃぁ九時には寝ないとだな 〟
試しに事の真相を妻良さんに聞いて見ると、
〝 躾の一種ですよ。だけど行方不明者は実際に出ています 〟
〝 警察は…… こういう場所って来てくれるんですか? 〟
〝 呼べば来てくれますよ。ですが結局は誰一人見つからないんですよ 〟
〝 ………… 〟
〝 それに加えて山姥伝説が浮上し始めまして、
ただでさえここって、あまり外の人には印象良くないでしょう?
警察も薄気味悪がって、捜査打ち止めの号令が出れば、好き好んで立ち入らないんですよ 〟
〝 ……ありがとうございます 〟
地下の個室には新聞紙やゴシップ記事が並べられていた。
「〝昭和の時代に取り壊された火力発電所、火葬場に擬態して続行か。〟
〝相次ぐ行方不明者、山姥伝説と騙って人身売買疑惑。〟
〝革友会の幹部数人、嘗ての学生運動の残党か?!〟
……まさか、ここにいる奴等の中に爺ちゃんの知り合いでもいるのか?」
ここで得られる情報は、安斎のこれから取るべき行動を加速させる宝の山だった。
そして最後に見たレポートの記入者の名前が、さらに予想外の真実を知らせる。
「柴塚…… 木乃実?」
安斎は急いで地下通路を戻った。
風呂場の壁を元に戻して部屋に向かうが、そこに柴塚定殻の姿は無かった。
「……あのオッサンどこに行ったんだ?」
すると今度は何処からともなく悲鳴が、
部屋を出て食堂の方へ向かうと、何と窓の向こうの中庭にて、
長髪の白髪、そして片手に包丁を持ったまるで、
「山姥?」
「うぅ……」
山姥のもう片方の腕には幼い少女が担がれている。
騒ぎを聞きつけた幹部達も集まり、不審者用のこない手を持って立ち向かう。
「妻良さん!」
「下がって安斎君!! まさか本当にあんな化け物がいるとは……」
「妖怪じゃないでしょ。ただの怖い婆ちゃんですよアレ」
「どちらにせよ誘拐犯だ。君は部屋に戻ってなさい!!」
信者数人が立ち向かうが、山姥は包丁を振り回して誰も寄せ付けない。
一歩一歩下がり、そして最後には入って来たであろう入り口を通って施設の外へと抜け出た。
そして山奥を目指して颯爽と逃げる。
妻良達は姿を見失い、明け方に捜索隊を出す準備を整い始める。
「まさか…… 根も葉もない噂だと思っていたのに……」
「だが実在した…… 今こそ教祖様に助言を賜る時!!」
「誘拐された子供は誰だ?」
「久留美ちゃんです!」
慌ただしい空気が教団に流れる中、
とある一室だけ無人による静寂が流れていた。安斎と柴塚の部屋だ。
一方で遠くまで逃げ切った山姥。
担いでいる少女を近くに寝かせると、同時に握っている包丁もその場で手を離した。
「フゥ…… フゥ……」
「走り疲れた顔は如何にも人間味を帯びてますね」
「!?」
再び包丁を構える山姥の目の前には安斎が、
彼女の目に映る少年はなんとも勇敢で、恐怖を感じさせない表情で近付いて来る。
「誰だい…… お前さんは……」
「俺の名前は安斎賢也です」
「賢也……? 〝安斎〟だって?!!!」
「ダメ元で聞いてみますが…… アンタは爺ちゃんを知っているな?!」
「っ……」
「教えて下さい。あの場所の秘密を」
「…………」
山姥は再び包丁を手放し、その場に正座すると安斎の顔を懐かしむ様に覘き込んだ。
「大きくなったねぇ…… 噂には聞いていたよ。聖生さんに孫がいるって……」
「爺ちゃんの名前…… マンションの大家さん以外の口から初めて聞いたよ」
「私達活動家は酷く嫌われていたからねぇ。お前さんも苦労なさった顔だ……」
「あの施設は何です? 何でアンタは子供を攫ったんだ?!」
「あそこは…… 宗教活動はただのお飾りさ。
あの施設を造った開祖女木島って男の正体は、〝殺し請負人〟さ」
「なっ……」
「その女木島も私や聖生さんと同じ、環境破壊する奴等を批判する一つのグループだったんだ。
私達の様にただ看板を掲げて訴える穏健派と違って、女木島は過激派でね。
よく意見が食い違っては突っ走り、警察や一般市民に暴力を働いていたもんだ」
「…………」
「時が過ぎればまぁ流行が薄れた衝動か、学生運動が全国的に鎮圧され始めたタイミングで、
私達のグループも自然と解体されていった。だけど女木島だけは折れることがなかった。
彼からすれば私達は立派な裏切り者さぁね。
そして奴は姿を消し、どういう訳か環境破壊の本丸だった火力発電所を立ち上げていたのさ」
「それが…… あの施設」
「元々は火葬場だった場所を改造したのさ。タービンやプラントって単語はよく知らないけど、
女木島の悪魔的発想なのは、人を燃やし、その火力で発電までして金儲けを企んだのさ」
「……じゃぁその女の子は」
「この子は別件だが……
家族から殺して欲しいと、金を握らされた話はかなり流れてきている。今までの行方不明者も全て……」
乾いた音と共に老婆の胸から血が噴き出し、そのまま動かなくなった。
安斎が恐る恐る後ろを振り向くと、そこには銃を持った女木島率いる幹部衆が。
「何か知ったかな? 安斎君?」
「何も知らないって言っても殺す気満々ですね女木島猊下殿……
いや…… ただの人殺しの…… 女木島のクソジジイか……」
「勢いが先行しても何も良い事ないぞ? お前の爺さんや柴塚とかいう探偵のようにな?」
「探偵……?」
女木島が両腕を挙げると、幹部連中が一斉にこない手を構え出す。
しかし妻良だけは周囲に合わせようとせず、
「失礼を承知ですが猊下様。彼はまだ未成熟の少年です。
脅すだけ脅せば十分かと思いますが……」
「念には念をだ…… 同情は破滅を生むぞ妻良よ」
「っ……」
「何が起きても動じねぇって気構えでここに来たけど、教祖が銃持ってるとかカタギじゃねぇな」
安斎は逃げる術を模索していたが、生憎ここは山奥。
無事に逃げれた場合でも、遭難してしまう確率を捨てきれない絶望的な状況。
しかしそんな彼にも仲間がいたんだと思わされる瞬間が、
「やっぱりてめぇが…… 妻を…… 木乃実をぉぉぉぉおおおお!!!!」
人にダメージを与えられるくらいの木の棒を片手に、突っ込んで来た柴塚。
よく見ると全身に火傷を負っているではないか。
「よくあの火葬炉から抜けて来たもんだ」
「ハァハァハァ…… 木乃実とは以前からどんな仕事も連携していたんだよ。
半信半疑で都市伝説みてぇな話だったが…… ハハ…… 事前に協力者を忍び込ませておいて良かったぜ。
火葬炉に放置されている死体の山は、バッチリ証拠として撮らせて貰った!!」
「協力者?」
女木島は油断していた。安斎の喧嘩の強さは柴塚が身に沁みて体験している。
持っている銃に強い上段蹴りが炸裂し、彼の持っている銃は真っ暗な茂みへと消えた。
そしてタイミングを見計らったのかの様、安斎の乗ってきたワゴン車が信者達を追いかけ回す。
「大家さん……」
「家賃払わねぇでどこほっつき歩いてんのかと探してみりゃぁ、
人のワゴン車を乗り捨てて出家とか良い度胸してんじゃねぇかコラ!!
知人からのタレコミが無かったら死んでたぞ賢也!! 踏み倒して勝ち逃げするつもりかぁ?!」
「いいえ!! ……でも助かったぁ」
車窓の奥から親指を立てる彼。
相手側の連携プレーに苛立ちを感じ始めた女木島は、
今度は安斎が油断しているチャンスを逃さなかった。
「クソガキがぁ!!」
女木島と安斎の視線が交わり、視野が狭くなって初めて生まれる第三者にチャンスが到来。
安斎の背後より現れたか細い足が、女木島の顎に見事クリーンヒットする。
「なっ?!」
「えっ?!」
二人の目が見開く先にいたのは老婆に連れ去られていた少女だった。
そんな彼女が親指を立てた相手は柴塚だ。
「言ったろ協力者がいるって、
俺の入った火葬炉の装置を弄って、婆さんとの脱出を見事に早業でやり遂げてくれたのが、
愛娘の久留美だったのさ!!」
「クソォ…… クソォ!!!!」
顎に当たったことで意識が朦朧とし始める女木島。
年の所為もあって思うように身体を動かせない。唯一視界には安斎だけが映っていて、
「お前の祖父は口だけの無能だったよ…… 本気の行動をしなければ主張は通らねぇのによ!!」
「そこまでなら理解してやるよ。だが何で反対してた火力発電所を逆に自分が造っちゃうかなぁ……
あと何で…… 俺の爺さんを殺した??」
「そこに倒れてる山姥と同じで邪魔して来たんだよ。馬鹿だよなぁ……
下手に暴れて…… 迷惑掛けた大卒生なんかに陸な就職先なんか望めねぇのによぉ!!
だから火葬場に就職した俺は裏で殺し請負人を始めたんだ!!
世の中には口に出せねぇでも、死んで欲しい身内の人間なんか掃いて捨てるほどいるんだからよ!!
てめぇらの口を塞げば、下手なゴシップも流言扱いで済ませられる。
柴塚木乃実とかいう探偵の努力も無駄だったように!! ただの戯言で終わるんだよ坊主!!」
「こんな状況でマウントなんか取ってくんじゃねぇよ」
安斎の拳が再び女木島の顎に強いダメージを与えた。
白目を剥いた彼はそのまま後ろに倒れ、そして遠くから聴こえるサイレン音と同時に、
長かった真っ暗闇の空が徐々に白み始めたのだ。
教壇の連中は軒並み手錠を掛けられて、
大家や柴塚の説得もあって安斎や柴塚の娘は家に帰れることになった。
すると一人。妻良が安斎の方に強引に近付いて来て、
「安斎君…… 私は最後まで君の身を案じていた…… 解るよね?」
「…………」
「証人台に立ってくれないかな? 助けて欲しいんだ」
「妻良さんは知ってたの? この宗教での金儲けのカラクリ」
「それは……」
「知ってて黙ってたんでしょ? 金の成る木だったから」
「うぅ……!!」
「そういう勝ち馬に乗ることを心理学で何て言うか知ってます?
バンドワゴン効果って言うんだよ」
芋づる式で連行され、残された施設の殺風景なこと。
しかし安斎は妻良の乗ったパトカーをずっと見続けていた。
大家が気を遣って話し掛けてくれる。
「大丈夫かい?」
「最初から最後まで良い人だったんだよあの人。俺の目は節穴かな?」
「誰しも二面性があるってことだ。悪人が悪人面してたら警察も世話ねぇんだよ」
そしてこの事件は終わりに向かうが、
簡単な出来事じゃなかっただけに悲劇も生まれる。
「オッサン……」
「……娘との会話は終わった。特別に相手してやる」
「奥さん…… 亡くなってたんだってな?
二日前の苛立ちも…… 今なら解る気がする」
「……あん時は悪かったな」
「……奥さんが探偵ってどんな感じ?」
「振り回されるぜぇ? あれ買ってこい。これ買ってこい。
……毎日がイベントで飽きねぇでやんの」
「へぇ…… 楽しいんだ……」
「それよりお前の依頼はどうなったんだ?
死ぬ前に依頼主の正体くらい教えてくれよぉ」
「……多分、オッサンの奥さんかな?」
「えっ??」
「そんな訳ないんだけど…… 施設には助けを求める声が無かったし……
空洞の先にあった地下室のデカい文字。おそらく奥さんが書いたのかな……
依頼してきた文と似てたから……」
「幽霊って言いたいのか? そんな…… 馬鹿な……」
柴塚は笑って逝く。安斎の小粋なジョークのつもりだった。
本当に依頼主はこの後も、何度待っても現れることはなかったのだ。
自然発生の噂には、ある公式が存在すると謂われている。
流言の拡散=重要性×曖昧さ×人々の不安(善意)
つまり今回の依頼主の正体は、
革友会への不信感が積もった不特定多数の人間の中の誰かが、
ふと安斎のサイトで助けを求めたか、もしくはただ悪戯でボヤいたか、
という確率論に基づいた、必然であり偶発した奇跡だったのかもしれない。
こんな根拠の無い理屈を広げて盛り上がるのもまた、流言の面白さである。
日の出の陽光が車窓を通して二人を包む帰り道。
気力の無い会話をしながら、家路を急ぐ中で大家が聞いてきた。
「何でそんな意味不明な依頼に乗っかったんだ?」
「……バンドワゴン効果は流行に流される意味合いもあるんだ。
味も分からないけど、今一番人気のラーメン屋に惹かれる的な?
誰かが知ってることを自分も知りたかったんだ」
「宗教に何かを求めてたのか?」
「つまんねぇ人生の中で…… 何かが始まると思ってよ」
「……結局あの有様になったけどな。んで? 次の目標は決まったか?」
「俺…… 探偵になりてぇ」
「……単純だなぁおぃ」
ご愛読ありがとうございました




