疲れ目
「疲れ目」
最初の景色
見えたのは沢山の人の笑顔。私へ向けられた笑顔は、視界に溢れんばかりに広がっていた。
尊い我が子
赤子は存在そのものが尊い。生きているだけで祝福されるべき存在なんだ。目の前の我が子はそれだけ愛おしい。一家全員がこの子を笑顔で見つめている。みんな、ありがとう。
優しい声
寝ても覚めても誰かの顔がある。夢の中ではママの笑顔、お部屋でもみんなの笑顔。涙が溢れてきた。特に理由は泣くとも涙が出てくる。聞こえる音も見えるものも知らないことだらけだ。溢れた涙が視界を塞いで、ぼやける。ママの優しい声が頭に響いた。胸の中の心地よい揺り篭の中で眠りにつく。
ー数十年後
夢の景色
ママが私を見ている。みんな、見ている。ママは私が30歳の時に心筋梗塞で亡くなった。だから、この光景はありえない。何十年も色々なものを見てきた。頭で心で考えて、生きてきた。目だけじゃない、心でものを見ていた。今は、現実も夢の境も曖昧で、わけが分からない。夢の中では相変わらずみんなが微笑んでいた。長い人生の中で私は目も心も疲れてしまった。もう現実の何も見たくないのだ。懐かしい匂いのする揺り篭は私をのせてゆらゆらと揺れている。夢と現実の境をゆらゆらと。
母と2人
窓から夕日が射し込む病室で母は眠っている。たまに起きてはうわ言のように、「ママ、ママ」と口を開く。まるで赤子のようだ。病院の固い椅子は座り心地が悪い。外では夕食の準備をするため慌ただしい音が鳴り響いている。狭い個室には私と母しかいない。昔から物静かだった母親の寝顔をただ見つめ続ける。少しだけ、母の目が開いたような気がした。昔と変わらない、疲れきったお母さんの目がーー




