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4 —12(ドキドキ!石花の入浴シーン:ホラーです)

 石花は鼻歌を歌いながらシャワーを出しっぱなしにしていた。シャワーが気に入っていたのだ。すぐに浴びられるように出しておきたかった。


 撫で付けていた髪にお湯をかける。今までなら愛人たちに背中を流させていたのだが、誰も連れてこられなかったので自分でやるしかない。


 だがシャワーがある。シャワーがいい。


 どうにかして持って帰りたいものだと思いながら頭を洗っていると、うっかり開けた目に裸足が見えた。斜め後ろに立っているようだ。アコニ殿が気を利かせて誰か寄越してくれたのだろうか。振り返る。


 誰も、いなかった。気のせいだったらしい。


 きよは今日から唯一の愛人だ。今までいた愛人たちは全員、両親に放り出されてしまったのだ。


 姿の見えなくなった千代子を、千代子の両親は心配して家に押しかけてきた。それに困り石花は自身の両親に頼った。千代子は流行り病で亡くなったとして処理され、次の妻はフミになった。石花は両親に怒られて、囲っていた愛人は放り出された。愛人など囲っている場合ではないと。こんなことをしているから、千代子のようなことになるのだと。

 石花は不満だった。昔から殿様は妾の一人や二人、いたものだ。石花にも当然必要に決まってる。女たちも石花の妾になれて喜んでいたのに。確かに嫌だとか気持ち悪いだとか言うが、それも恥ずかしがって言うだけだと石花は思っている。


 ようやくシャワーを止める。もう一度湯船に浸かろうか、と思った時、視界の端に白い和服が見えた。やはり誰かいたのかと思いながら見る。


 誰も、いなかった。やはり気のせいだったらしい。


 湯船に浸かる。この湯船はアコニに言って作らせた。シャワーはどうしますかと聞かれてとりあえずつけろと命じたけれど、これはよかった。高くついたが、これならきよも喜ぶだろう。思わず笑みがこぼれる。

 この家自体、気に入っている。特注のきよとの愛の巣だ。日本には時々帰ればいいと思っている。家は心配せずとも、親が勝手に金を生み出してくれているのだ。働くこともない。ずっと一緒にいて愛でてやれば、きよも心を開くだろう。

 何かあれば隠してしまえばいいのだ。千代子は見つかってしまったが、今度は隠す場所を作っておいた。少々換気の音がうるさいが、うまくいっているから今度は大丈夫だ。この家は特注だからな。


 身体を洗うかと湯船から出て、シャワーをひねる。石鹸を手に取って、おやと両手を眺めた。この石鹸は桃色をしているな。そう思いながらシャワーのお湯を受けて、さらに首を傾げた。お湯が赤い。故障だろうか。


「おい!」


 立っているはずの護衛は静かだった。故障かどうか見てこいというはずだったのに。見に行くべきだろうか。迷いながら顔を戻した。

 真横に人が立っていた。白い着物。赤黒い血で汚れた手。そのまま視線を上げると、彼女はうっすら笑った。


「ちっ!千代子ッ!」


 椅子から転げ落ちる。だが視界がもう一度まともに働いた時には、彼女はいなかった。


 誰も、いないのだ。


 気味が悪い。慌てて石花は風呂を出た。忙しく身体を拭いて、浴衣を着た。ふと鏡に目を止めた。今日も僕はかっこいいな。少々濡れているから、水も滴るいい男……。


 電灯がちかちかと光った。すぅっと電灯が消える。


 後ろに、誰か立っている。ぴったり石花に隠れるようにして。白い着物がうっすら、石花の肩から見えている。すぅと細い指が石花の肩にかかる。黒い髪が石花の肩口から増えて、青白い額が。


 石花は慌てて洗面所を飛び出した。護衛は誰もいない。何をやってるんだ!石花は人を探して進む。

 薄暗い廊下に人影を見つけて、石花はほっとして声をかけた。


「おい」


 振り向いたのはベルドだ。どうやら逃げていたらしい。石花は警戒した。こいつは危険だ。きよをたぶらかす男だからな。何をしてくるか分からない。じりじりと近づく。ベルドはゆっくり下がった。

 ところが、その足が静かに止まった。焦ったような彼の視線が手元を見ている。青白い手が彼の手首を掴んでいた。ふわりと後ろから抱き抱えるようにする腕。男の肩口から覗くのは死んだ千代子の顔だ。


 その顔は不気味に微笑んでいた。


 まるで吸い込まれるように男は部屋へと消えた。男が叫ぶ暇もないほどの速さで。反射的に追いかけようとした石花だったが、断末魔のような恐ろしい男の声が響いて足が止まった。

 しばらくして、じりじりと近づいて覗き込んだ部屋には何もない。


 いつもなら男が死んだことを喜ぶだろう。でも、これは。今の悲鳴は。


 あれは千代子だった。きよが千代子のことを話した時は何を出鱈目をと思ったのだが、まさか本当だったとは。千代子は追いかけてきたのだ。石花を。

 いや、それでもと石花は拳を握る。きよと結婚すると決めたのだ。ここまできてしないで帰るなんてあり得ない。


 まずは服を着替えなくては。決断の割に、石花はそろそろと忍足で歩き出す。

 まだ明るいのだ。怖いことなどない。そう、怖くないはずだ。


 箪笥の並んだ衣装部屋に戻る。服は用意されていなかった。舌打ちしながら箪笥を開ける。


「うっ」


 ぎっしりと人形の首が詰まっていた。触りたくなかったので着物を引っ張り出す。くすくす、と笑う声が聞こえた。たたたたと誰かが外を走っていく。ばん、ばんと襖が叩かれる。


「う、うるさいぞ!」


 誰ともなく叫んで襖を開ける。誰も、いない。


 ため息をついて部屋に戻る。着替えようとして、ふと窓に目を向けた。

 目が、合った。

 ほんの少し覗いていた髪を乱した死んだ女は、ニヤニヤしながら隠れるように消えた。凍りついていた石花の耳に、後ろから囁く声。


「まだですか? 旦那様」


 振り向く。誰もいない。


 千代子だ。よく言われた。本家に行くのにまだ用意もできていないのですか、旦那様。まだですか?風呂にまだ入っているのですか、旦那様。何をしているのですか、旦那様、まだなのですか?


 石花は頭をかきむしり、服に手をかける。その足元に人形の首が転がってきて、驚いて尻餅をついた。タンスに入っていたものだ。引き出しを見る。青白い手が一つずつ、首を外に出していた。ゆっくりと引き出しに消えていく細い手。


 着物を手にする。着付けは得意ではないが、できるはずだ。がたがた震えながら、袴に手を伸ばす。


 震えて泣きながら着たせいか、袴がよく分からずに下手な着流しのまま、部屋を出た。石花はよろよろと歩き出す。会場は、広間だ。広間へ行かないと。


 暗い広間には座布団が並べてあり、奥には綿帽子を被った花嫁が座っていた。座布団には首のない人形が座っている。

 石花は花嫁の隣に腰を下ろした。


「石花様」

「ど、どうした、きよ」

「きよは結婚できません」


 こんな話をする気力は既にない。


「だって石花様」


 花嫁は細い指で石花の後ろを指した。


「石花様には千代子様がいらっしゃるじゃないですか」


 後ろから抱きつかれる冷たい気配。見下ろした身体に巻きつくように腕が、ちぎれた手が這う。


「旦那様」


 耳元で囁かれる低い声。千代子だ。


「ほら、こっちを向いてくださいませんと」


 死んだ時の顔のまま、千代子はそこにいた。青ざめた美しい顔。黒く沈んだ瞳は今は石花を見ている。


「ち、千代子」

「石花様、千代子様、仲が良くてなによりでございます」

「違う、違う!」

「何も違いませんよ、旦那様。ずっと一緒、と誓ったではありませんか」


 泣き出した石花に、千代子は首だけで微笑んだ。


「千代子は死んでも旦那様と一緒ですよ。ほぅら、こうして、ね」


 千代子の首が石花の肩に乗っている。千代子は青白いまま笑い、ぎゃぁあと石花は叫ぶ。


「きよ、きよ、取ってくれ」

「失礼ですね、石花様。千代子様が愛してくださるというのに」

「助けてくれ!」

「きよは助けることができません。フミ様でないと……」

「フミだと?! フミは……フミは置いてきた!」


 石花の両親はフミに言った。愛人を作るようなら言いなさいと。そんなことをしようものなら千代子のことで石花を警察に突き出すと言った。

 なんてひどいことを言うのだと思ったが、裏を返せば見つからなかったらいいということだ。だからこうして。


 白無垢の女は首を振った。するりと綿帽子を取る。


「あら、ここにいますよ」


 石花はその清楚な顔を見つめた。冷ややかに勝ち誇った笑みを浮かべるフミがいた。


「旦那様、千代子様とフミとで、仲良くしましょうね」

 末裏さん、餌木原さん、石花の話と間の話から、ヨシちゃんがどこにいるのか、どんな状況であるのかがなんとなく分かるかと思います。簡単ですね!三話終わりに簡単ですと書き忘れました!申し訳ないです。明日投稿する分は答え合わせです。二話投稿します。

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