4 —11(護衛餌木原さんとお人形遊び:ホラーです)
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護衛の一人、餌木原は同僚と洗面所の外に立っていた。中では大喜びの石花が風呂に入っているはずだ。
あの人、風呂長いから嫌なんだよなぁ。中で死んでるんじゃないかと思えるくらい長い。その間外に立ってろというのだから、暇で暇で仕方がない。座らせてくれよと思う。
が、座っていたら万が一見つかった時に怒られるので立っているわけだ。
こんな日の高いうちから風呂など、婚儀だからといって馬鹿馬鹿しい。どうせ風呂から出たら、あのお香くさい部屋に戻るんだろう。そうしたら、またお香くさくなるだけだ。お高い香だというし本来はいい匂いなのだろうが、あんなに強烈に香を炊いていれば、いい匂いもいい匂いじゃなくなる。その辺、分からないのが脳みそお留守の石花らしい。
しかしこの流れだと花嫁が待ちくたびれるのは間違いない。花嫁の監視はアコニとかいう商人に任せてはいるが、今のところよく逃亡されてないなと思う。
連れてきた護衛は半分以下だ。自分と隣に立ってる同僚、入口に二人。本来はもっといたのに、秘書がご乱心でこうなった。手薄といえば手薄だが、そもそも石花は狙われるような価値のある男ではない。これだけでも十分だといえる。
そう、護衛なんて必要ない。必要なのは真っ当な世話係だ。
どうやったらあんなにわがまま放題育つのだろう。石花は我慢というものを知らない。何を言ってもいい、やってもいいと思っているらしい。
何より困るのは、機嫌次第で怒り散らかすことだ。この間も女中が勝手に部屋に入ろうとしたなどと言って、ひどく叱りつけていた。掃除をしようとしたから入ったのだろうし、彼女たちも仕事だ。あんなに怒ることもないだろうに。
しかもだ。その部屋は特に何も置いていない部屋だった。大事なものが置いてあって壊すかもしれないと怒るならまだしも、何もないのに入っただけで怒るとは。石花の自室の隣の部屋だから気に入らなかったのだろうか。いや、完全に機嫌が悪かったのだろうと思う。
そんなだから、妻を簡単に殺すのだ。
餌木原は新参だから千代子と会ったことがない。雇われた時にはもう死んだ後だった。でも石花に殺されたのだということは聞いている。
だからだろ、と餌木原は思う。秘書は千代子の処理等々、手配したはずだ。だから罪悪感があるんだろ。餌木原は違う。会ったこともないのだ。怖くもなんともない。
幽霊なんているはずがない。
「なぁ」
同僚が話しかけてきて、なんだと返した。退屈だからできる話はなんでもした。もう話すネタはない。
「そこの襖、開いてたっけ」
彼が言ったのは斜め前の部屋の襖だ。確かに少し開いている。
開いていた覚えはなかったが、開いていたのだろう。餌木原は襖を閉めようと一歩踏み出した。ギョッとする。
「なんだ、人形か」
市松人形が覗いていた。こちらを見ている。
市松人形なんて必要か?どうしてこんなものを置いてあるのか、本当に理解できない。この家には理解できないものが多すぎる。もはや突っ込まないが。
不気味だなと同僚は軽く言った。こんなもの、不気味なものか。ただの人形だ。餌木原は近づいて襖に手をかけた。その時だ。
めり、と音をさせて、人形が餌木原を見上げた。驚いて手を離すと、襖は勝手に音を立てて閉まった。
「……今、こっち見なかったか」
まさかと口では言いながらも、餌木原はおそるおそる襖を開けた。市松人形はいなかった。ほっとする。と同時に、人形はどこへ行ったのだろうと思う。誰かが持って行ったのだろうか。
「誰かいるのか?」
うふふ、ともあはは、ともつかない笑い声が奥の襖から聞こえた。子供の笑い声だ。襖がゆっくり、微かに開く。また市松人形が覗いていた。
ただの人形のはずだ。だけど一瞬、こちらを見ているその視線が、まとわりつくように感じた。そんなはずはない。ただの人形のはずなのだから。
「おい、マズくないか」
同僚はビビっている。仕方ない、餌木原が確認するしかない。
一歩部屋に足を踏み入れる。ひんやりした空気が漂っていた。警戒しながら進む。奥の襖は静かに閉まった。人形の視線は途切れた。
何、誰かが襖を開け閉めしているだけじゃないか。餌木原は一気に歩みを進めて襖を開けた。
薄暗い三畳ほどの部屋を市松人形が埋め尽くしていた。そして全ての人形がこちらを見ていたのだ。はっきりとした暗い視線を感じて、思わず一歩下がろうとした。
下がれなかったのは、そのタイミングで誰かが足を掴んだからだ。視線を足下に向けると青白い手が餌木原の足首を掴んでいた。驚くほどの強い力で。
ぐいと人形部屋の方へ引かれて、餌木原は転んだ。引き摺られて、人形が降ってくる。薄気味悪い真顔が目の前に落ちてきて、餌木原は目を瞑り頭を庇った。静かになり、おそるおそる目を開く。
全ての人形が餌木原を見ていた。思わず後ずさった餌木原の耳に、子供の声が聞こえた。
「あそぼう」
寂しげな、無邪気な声。その無邪気さが気味の悪さを際立たせる。餌木原は慌てて後ろの襖に取り付いた。この奥は廊下があったはず。
廊下側で誰かが走る音が聞こえた。子供の足音のような。
「あそばないの」
市松人形が首を傾げる。無理に傾げたその首は、全部同じタイミングで外れて落ちた。
餌木原はたまらずに襖を開けようとした。その手を冷たい手が握った。
「遊んであげましょうよ」
耳元で囁く声。知らない。餌木原は関係ないはずだ。手首を締め付けてくる手は女性のもののはずなのに、餌木原に振り払えない。餌木原はぎしぎしと音がしそうな動作で、ゆっくり振り返った。
生気のない青白い肌、暗い目元、異様なまでに目立つ、肌と同じ色の白眼。そしてこちらを見る真っ黒な瞳。薄く赤黒い唇が笑う。首はドス黒い血で汚れていた。
餌木原は叫んだ。必死に襖を開け、転びながら走り出す。家の外まで転び出て、ようやく止まった。先に逃げていたらしい同僚が青ざめている。
餌木原が振り返ると、玄関にその女は立っていた。笑いながら消える。
あぁ、よ、よかった。餌木原は息を整える。ここまで来れば大丈夫だ。大丈夫。
ぼとり、と音がして、餌木原は同僚に縋りついた。反射的に見た先には市松人形が立っていた。うふふふと幼い声で笑う。
同僚が市松人形に一歩近づいた時だ。ごろりと人形の首が落ちて、餌木原は生まれて初めて気絶した。
遠くなる意識の中で、あははと楽しそうに笑う子供の声が聞こえた。




