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4 — 7

 数分後。


 座敷牢の前に石花と通訳、護衛、そしてレイストとマキヨ嬢が並んだ。マキヨ嬢の後ろ控えるのはスミエさんだろうか。顔が隠れてるから分からないな。


 木の格子の隙間から、ものすごく心配した表情を浮かべたマキヨ嬢が顔を見せる。ベルド、と切なげな声で呼ぶ。わたしは頭の上で丸を作ってみせた。大丈夫だよ。

 小さく分からない程度に頷いて、再びベルドの名前を呼んだ。


 その間にレイストが牢の中に入ってくる。布団をめくる。寝ているベルドがいるのを確認して、布団を戻した。まだ逃げてなかったのかって顔してるなぁ。ちょっと心配してる雰囲気はある。


「この通り、意識を失ったままですよ」

「見ただろう、きよ。さぁ、私と婚姻の儀を挙げよう」


 肩に触れようとした手を、マキヨ嬢が払った。


「私に触らないで。穢らわしい」


 人が変わったように、そしてベルドに興味を失ったようにさっさと上がっていく。あれは千代子ちゃんがくっついてるなぁ。そして石花の表情からすると、千代子ちゃんじゃないかと薄々気付いているっぽい。


 立ち去ろうとする人々を眺め、レイストは少し迷っている風だ。ベルドに治療を施すべきか、というところかもしれない。行っていいんだけど。

 レイストの上着の裾を布団から出た指が引っ張る。レイストは微かに下を見て、そっと立ち上がった。鍵を閉めて出ていく。どうやら伝わったらしい。


「全員行ったよ」


 わたしの声にぱっと起き上がる。わたしは部屋にある座布団を指差す。


「布団に座布団入れておいたら、逃げたのがバレにくいよ」

「それいいな」


 早速実践して、確かに寝てるように見えるとベルドが喜んでいる。うん、なかなか上手にできてるね。わたしがその出来栄えを鑑賞している間に、彼は格子に近づいている。格子の間から腕を出した。

 お、ピッキングだな。時間かかるんだろうけど。どんなふうにするのか見たいな。見えるかな、こっちから。

 

 わくわくしながら、わたしが後ろから覗き込んだのと同時に鍵は落ちた。


「早っ!」

「このくらいはな」

「どうしてピッキングとかできんの?」


 ベルドは明らかに困った顔をした。


「あー……興味本位で練習したことがあるから」


 興味本位かぁ。そういえばコインとか紙とかコッソリ渡すの上手だし、もしかして手品師を目指してたとか?それがなぜか死神探偵になっちゃったのか……?

 ベルドを見上げて考えていると、彼は楽しそうにわたしを見下ろした。


「そうだ」


 ベルドの指先がわたしの頭にそっと触れた。


「触れるんだな。リルとしては触られてる実感あるのか?」

「え、うん。うすーくだけど。わっ!」


 わたしを抱き上げる、だと!思わずベルドの服を掴む。顔が近い!これはマキヨ嬢の気持ちがちょっと分かるなぁ。カッコ良すぎて、こっちが照れる。


「へぇ。普通に触れるな」

「触ってるっていう幻覚だと思うよ」

「でも俺の服、掴んでるだろ。皺になってる」


 あれ!ものは動かせないのに、人は影響するのか。


「変な幽霊だなぁ」


 わたしもそう思う。わたしが一番そう思ってる。


 わたしを抱いたまま、ベルドは牢から出た。警戒もせずにそのまま歩き出す。


「ねー、わたしが前行った方がいいと思うけど」

「誰もいないみたいだから大丈夫だろ。どっち行けばいいんだ?」

「階段上がってまっすぐ」


 ベルドは堂々と階段を上がり、わたしが言った方向へ歩き出した。あまりにも堂々としているので、わたしの方がビビったくらいだ。

 スミエさんと思しき女性が、小さく会釈して襖を開けた。


「べ!」

「叫ぶな、マキヨ君。バレるぞ」


 マキヨ嬢は慌てて口元を押さえた。


「ベルド、リル」


 ベルドはわたしをそっと着地させる。降りた途端にマキヨ嬢がベルドに抱きついた。おぉ!いいぞ、もっとやれ。


「ベルド、ごめんなさい。わたしのせいで苦しい思いさせて」

「大丈夫だろ。吐いただけだ。マキヨ君のせいだと思ってないよ。それに今はちょっと面白い思いさせてもらってるから」


 マキヨ嬢はハッとした顔でわたしを見た。ベルドに視線を戻す。


「リルが……見えてるの? さっき抱っこしてたわ」

「あぁ。薬の影響らしいが。一時的だろう」

「大丈夫なのかしら……」

「大丈夫だろ」


 心配そうにベルドを眺めたマキヨ嬢だけど、ベルドがあまりにも平気そうだからか、その表情を和らげた。わたしを見て頭を撫でる。


「ありがとう、リル。ベルドについてくれてて」

「なーんもしてないけど」

「ここまで連れてきてくれたわ」


 どっちかって言うと連れてこられたんだけどね。


 部屋には顔を隠した人が一人。スミエさんは部屋の前にいたから、レイストに従っていたどちらかだ。あと、目をキラキラさせた千代子ちゃん。


「千代子ちゃん、フミさん、この人がベルド。ベルド、こちらが私の友達の千代子ちゃん。石花の妻で石花に殺されたの」

「千代子です。おきよちゃん、旦那様かっこいいのねぇ!」


 マキヨ嬢が照れたように下を向く。なんだってとベルドはわたしを見た。そうか、ベルドは言葉は分かんないよね。マキヨ嬢は途中からちゃんと言葉変えてたんだな。


「旦那様かっこいいねって言われて、マキヨ嬢が照れてる」

「リル! あ、あの、嬉しかっただけよ」


 こうして聞くと照れがツンに聞こえなくもないな。


 ベルドが名乗って会釈する。千代子ちゃんは言葉が分からないながらも会釈を返す。かっこいいわときゃっきゃうふふしてる様は、若い女の子らしくていい。


「そしてフミさん。石花の今の妻にされてしまった方です」


 フミさんは顔の前の紙をひらりと頭にあげた。わぁ、この人も綺麗な人だぁ。清楚系という言葉がぴったり。こちらは千代子ちゃんのはしゃぎようを見た後だからか、少し笑いをこらえたような顔で頭を下げた。


「実はね、リル。フミさんの計画では、薬とか使って石花を廃人にして日本に帰そうと思っていたのだけど」

「物騒だね」

「そう、ね。でもそのままにしておくと、また人を攫ってきて愛人にしようとするかもしれないし、千代子ちゃんみたいに殺されたりっていうことが起こりそうだから」


 そういう点では石花もどうかしている。周りは誰も止めないんだろうか。あぁ、止めないからここで止めるんだね……。


「石花についてる通訳の男がいるでしょう? 末裏(まつうら)という男なのだけれど、秘書のような男なのね。彼はそういうことを無駄によく知っていて、薬を使うとバレそうだ、って」

「じゃあ、とりあえず先に追い出したらいいね?」

「えぇ。できれば石花も廃人じゃなくても言いなりにさせられればいいって思ってるらしいけど、難しいかしら」


 どうだろうなぁ。石花はあのチキン具合ならシラフでも怖がってくれそうだけど、秘書はよく分かんないな。


「とりあえず秘書で試してみようか。秘書ってどんな感じ?」

「冷静なタイプだけど、フミさんが言うには彼も少々見えるタイプらしいわ」


 多いな!マキヨ嬢はもちろん、フミさんも見える人でしょ?スミエさんも見えてるじゃん。石花は霊能力者を集めるのが趣味なのかもしれない。


 でもまぁ、どのくらいで驚いてくれるか分からないし、ちょっとやってみるしかないな。


 不安なのは、激よわのわたしと未知数の千代子ちゃんでどれだけできるかだ。今までいた幽霊は、マキヨ嬢が呼び出した幽霊を除くとステラ嬢のじーちゃんだけ。あのじーちゃんは、ぱっと現れたりはしたけれど特に何かできたわけじゃなかった。わたしは言うまでもない。

 ということは、じーちゃんレベルがデフォルトだと、ぱっと出るくらいのことしかできないわけだ。千代子ちゃんは触れずに襖を開けてみせたけど、それ以上のことは何ができるか分かんないし。じーちゃんレベルだったら、昼間だし新築だし驚いてくれるかどうか。


 わたしはぬいぐるみに戻った。よっこらせと立ち上がる。それを見たフミさんが驚いたらしく身体を引いた。


「千代子ちゃん、一緒に来てくれる?」

「いいわよ。私は何をしたらいいの?」


 わたしは考えた。最初は……、いや、考えるまでもなくわたしにはできないことがある……。


「とりあえず、襖開けてくれる?」

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