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何もできないわたしはベルドの手に手を重ねた。どうせ落第点の幽霊だから、影響はない。
あれ。ベルド、傷跡がある。右肩というか、右胸あたり。短い傷跡だ。怪我したんだな、昔。
そっと傷跡に触れたら、言葉が返ってきた。
「昔、刺された痕。それ」
「さ、刺されたぁ? 大丈夫だったの?」
「深くない。それに今は元気だろ」
いや、元気そうではなかったけど、さっき。
ベルドはゆっくり起き上がった。少し頭をぐらつかせたけど、座ってはいられるようだ。
「具合どう?」
「今は、まぁ。さっきは最悪だった」
「そうだね、見てた……。アレ!?」
わたしは立ち上がる。ベルドはわたしを見た。
「なんでガワなしで会話してるの?」
「ガワ……? ぬいぐるみのことか?」
「そう、ガワ。あれなしだとベルドとはお話できないし、そもそもベルドは見えないじゃん」
「たまにしかな」
ベルドは枕元に畳んであった服を着る。少々崩した緩い着方だ。
「水ないか。口をゆすぎたい」
「桶あっちへ持っていってたから、水道があるかも」
しゃべらない方が入っていってた方へ。洗面所があって、水道と、タオルも一式あった。
ベルドは口をゆすいで、顔も洗ってタオルで拭いた。
「飲める水ないか」
「うーん、それは分かんない」
別の部屋で、食卓に瓶が一本とグラスが被せてあるのを見つけた。ベルドがおそるおそる水を口にする。
「飲めそう?」
「まぁ。水みたいだな」
ゆっくりと水を飲むベルドを眺める。いつもと違うのはなんだろう。座椅子にもたれかかって、だるそうだなとは思うんだけど。
彼が視線をわたしに向けた時、その違和感の正体に気付く。
「瞳孔めっちゃ開いてるよ、ベルド」
「薬の影響だろ。明るいところは眩しいかもな」
「本当に大丈夫?」
「多分な」
不安だなぁ。
「マキヨ君は?」
わたしは経緯を説明した。千代子ちゃんとスミエさん、そして石花の奥さんが潜入していることも。ベルドは黙って水を飲んで聞いていた。
「ねぇ、レイストの立ち位置ってなんだろう? 敵? 味方?」
「味方だろうな」
「……これで?」
「これで」
瓶に絡んでいた針金を外しながらベルドは言った。
「そもそもあの男がマキヨ君の居場所を探してるのは知ってたんだ。そういう問合せは全部祖父と叔父が潰してたからな。だがあの女に直接問い合せられたら潰しようがない」
「あの女って」
あの女、とベルドは繰り返した。ベルドのお兄さんのお母さんだというところまでしか、わたしは知らない。
「あの女は、できればマキヨ君と手を切らせたいと思ってるようだからな。喜んで情報を差し出すだろう。知られたかもしれないという情報は、叔父から回ってきてた。こうなったら罠にするしかないんだろう」
「罠?」
「うん。あの女に対する罠」
わたしは少し瞬きして考えた。うーん、なるほど。分からん。どういうこと?
「ぜんっぜん意味分かんない」
「説明してないからな」
ちょっと横になるわとベルドは寝転がった。座布団を枕にしている。
「あの女は元々、父の兄の妻だ。兄さんは連れ子でウォルダールの血は流れてない」
寝そべって説明する探偵って斬新だな。わたしはその横に正座して聞いてるから、なかなか訳の分からない絵面になっているに違いない。
「父の兄は亡くなった。そのタイミングで正直追い出したかったんだが、しつこい女でね。父の兄の遺言で、父の愛人にしてくれと書いてあった」
「はーぁ?」
わたしの表情を見上げて、ベルドは笑った。
「俺もそういう反応した。父の兄は当主だった。それが亡くなったから次の当主は俺の父になる。当主を譲る、ついでに愛人にしろと。祖父たちはそんな話はないと憤った。そりゃそうだ。いくら最期の頼みだと書かれていても、それが前当主の書いたものとは限らない」
だが、とベルドは淡々と続けた。
「父の兄の処理のために一ヶ月、あの女は館にいた。その間に俺の母が離れで死ぬ事件が起きた。火が出てな。あの女の従者が巻き添えになって死んだとあの女は主張し、責任を取れと。そして母が死んだのをいいことに父の後妻に」
「それ、ベルドのお母さんは無実じゃないの?」
どう考えても、邪魔だから消したって感じだよね。ものすごく物騒な発想だけど。
しかしなかなかハードな内容だし、それってお母さん殺されてるかもしれないんじゃないの?めちゃくちゃ淡々と話してるんだけど。
「ま、そうだな。母は表向きは事故死、家の中ではあの女に犯罪者として扱われて、俺は家を出ることになった。出るというか、表向きは叔父の妻の親戚に預けてある扱いだ。実質、祖父さんたちが保護者の叔父預かりになった」
「カンパネルラってその親戚の名前?」
「そうだ。人殺しの息子がウォルダールを名乗るなとあの女は騒いだからな。そのくせ、何か起きればウォルダールの恥と言われるんだがな」
それはあまりにも理不尽すぎる。どうあっても文句言いたいんだな。
「それでよかったの?」
「祖父さんたちが最もマシな形だと言ったからな。そこから考えるに、父は脅されて仕方なく結婚したんだろう。脅しのネタは母さんかもしれないが、そこははっきりしないな」
「ベルドのお母さんが犯人だと世間に発表されたくなかったら、私と結婚しろ、ってこと?」
体裁としては困るか。ベルドのお家はどう見てもいいとこだもんね。その中から殺人の犯人が出る、しかもそれが亡くなったとはいえ当主の妻ともなれば、いろいろと困ることになるだろう。
大変なんだなぁ。こういういいとこのお家って。
「さぁ。多分な。俺も全て知ってるわけじゃないんだ。分からないことの方が多いかもな。中でも一番不思議なのは、結婚する際に契約書を交わしていることだが」
「契約?」
「そう。俺に怪我させたり触れることは許さないと。あの女からしてみれば瑣末なことだったのかもしれないが、どうしてサインをしたのかは不明だし、サインさせる方も俺の親だから分からなくはないが、契約書まで作るのは大袈裟にも思える」
それは……変わってるね。確かに大事な息子さんだから分かるは分かるけど、契約までするんだってことね。
そう考えて、わたしはふと最初にあの女を見た時のことを思い出した。めっちゃ我慢したやつ。
「踏まれてたじゃん」
「怪我はしてない。血が出たらアウト」
「触れてたじゃん」
あー、とベルドが言い淀む。何よ、はっきり言いなさいよ。
「そういう触れるじゃなくてだな。あの、アレだ。俺に手を出したらアウト」
「……えっ?」
「俺と不倫しようとしたらアウト」
※ お話の切れ目の関係で、今日は二話投稿します。これは一話目。よろしくお願いします。




