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「本題、ですの?」
「本題です。殺された商人ですが、彼には妻子がいました」
そういえばそうおっしゃいましたわね、とステラ嬢は可愛さゼロの気の抜けた口調で言う。どうやら毒気が抜けちゃったらしい。
「突然夫が帰ってこなくなり、この館に問い合わせたら死んだと通知がきたそうですよ。まるで犯罪者扱いの文言だったそうです。そして彼女たちが住んでいた町では、商人が宝石を盗もうとして死んだのだ、という噂が広がったそうです。妻と子はその町にはいられなくなりました。あまりに噂が早かったそうなので、おそらくはあなたのお祖父様が流した噂でしょうね」
あのおじーちゃんはやり手だったんだろう、こういうことに関しても。ステラ嬢もステラ嬢の両親も、みんなやり方がよく似ている。
「お金もなく、あてどなく彷徨って、落ち着けそうな村で妻子は過ごすことになりました。妻は働いて、小さな娘を養ってきたそうですよ。娘は商人だった父の話をたくさん聞いて育ちました。その無念の最期まで全て。そして妻は身体を壊し、亡くなった」
かたんと音がした。光が差し込む。えっというステラ嬢の声がした。
「娘は父の無念を晴らすために、商人になりここまで来たんですよ」
光に慣れた目に、ステラ嬢が見えた。椅子に座った彼女は凍りついている。そりゃそうか。動かした棚から人が見えたら。
ベルドはステラ嬢を振り返った。
「この部屋は亡くなったリーリア様の部屋ですよ。あなたのお祖父様が盗み聞きをしたのもここです」
レイストがシトリン嬢の手を取り、部屋へと入る。ベルドがマキヨ嬢に手を差し伸べた。マキヨ嬢は躊躇いなくその手を取る。
思わずという風に立ち上がったステラ嬢は、感心したように棚を観察した。
「こんなところに……。あぁ、みんな聞かれちゃったのですね」
「あなたの場合は直接手を下していないので、私のルールからは外れますよ」
「そうだとしても……。私の不利には違いないのですわ。あの家は気に入らないと殺すのだと詳細に語られたら、お祖父様亡き今、太刀打ちできませんもの」
ステラ嬢はシトリン嬢を見上げた。
「あなたのお父様のしおりは見つかって?」
シトリン嬢は失礼しますねと断って、本棚に足を進めた。見上げて、一冊取り出す。赤いしおりが出てきた。何か文字が書いてある。
そして彼女はポケットから古い紙を一枚取り出した。並べて示す。
「これですね。こちらが母の原案」
「あぁ……同じね。お店の名前は、あなたの名前なのね……」
朝の紹介、ちゃんと聞いてたんだね!ある意味覚えてて偉い。
はぁとステラ嬢はため息をついた。諦めた表情を浮かべてシトリン嬢を見上げる。
「あなたの望みは何かしら。お祖父様のしたことは、確かに正しくないことでしたわ」
「おや、意外ですね。認めるんですか、見たわけでもないのに」
レイストの皮肉な口調に、ステラ嬢は唇を吊り上げて笑う。
「お祖母様の自殺は外には知られてないんですのよ。しかも落ちたところがどこかなんて、遺体を調べた人しか知りませんわ。お父様から聞いてたんですわ。あれはお祖父様が何かやらかした末の自殺だって。商人の死も殺しだったんじゃないかって噂も知ってます。彼だけ身元がはっきりした関係者でしたもの。説明されたら納得しかありませんでしょ?」
一応ちゃんと考えることはできるんだなぁ。なんか勿体無い子だ。美人だしさ。
「ブルーダイヤモンドは差し上げられませんけど、他のことでしたらできるだけ対応いたしますわ」
「どうしてブルーダイヤモンドはダメなんです?」
「どこにあるか知りませんもの。ないものはあげられません」
では、とシトリン嬢が口を開いた。ステラ嬢は緊張した顔で彼女を見上げている。
「本の買取を私にさせてください」
「それで、いいんですの?」
「えぇ」
ステラ嬢は拍子抜けしたように、どうぞと答えた。もっとすごいことを要求されると思ってたんだろう。
でも多分、この家はシトリン嬢にとっては宝の山だ。本の商人だもんね。本の価値が分からないステラ嬢は、シトリン嬢に任せきりになるはずだ。シトリン嬢は儲け放題できる。
「もう一つよろしいですか?」
ベルドが小さく手を上げる。
「何かしら」
「私の妻に謝罪を。彼女は気にしていなかったようですが、妻への暴言は私が許しません」
むっと唇を引き結ぶ。謝らなさそうーと思ってたら、ステラ嬢はぺこりと頭を下げた。おや。
「ごめんなさい。悪かったわ、馬鹿にして」
「ステラ様が……謝った……!」
「驚かないでもらえますこと? まぁ……。私は今まで謝りませんでしたけど……。お祖父様みたいにはなりたくない、と思ってしまいましたもの」
おじーちゃんに怒られないかい、それ。と思ったら、おじーちゃんはベッドに座って、うんうんと頷いていた。どうやら、おじーちゃんも後悔してたようだ。
「お祖父様が、満足そうな顔をしておられますね……」
マキヨ嬢も当然見えている。マキヨ嬢の視線を追いかけて、本当に見えてますのねと呆れた顔をするステラ嬢。
「羨ましくはないけど、いい能力ね。少なくとも、私はお祖父様の気持ちが知れて嬉しいですわ」
「あ、ありがとうございます」
本当に憑きものが落ちたみたいな顔をしてるね、ステラ嬢。そういう顔してた方がよさそうだ。
では、とベルドは本をどけて、本棚の奥に触れる。宝石箱を出してきた。
「こちらもお渡ししておきます。隣の部屋……裏から見た時に、これに気付きまして。謝ってもらえないようなら無視しようと思いましたが」
宝石箱の中をそっと開けると、うわぁ!でっか!キレー!青いダイヤモンドじゃん、すごぉ!マキヨ嬢の拳くらいはある。ネックレスだねぇ!
ステラ嬢は案外喜ばない。パタンと蓋を閉めた。
「これもちょっと考えますわ」
「それがよろしいでしょう」
そう言ったベルドを眺め、ステラ嬢はマキヨ嬢に視線を移した。ステラ嬢の方が背が低いから見上げることになる。
「いい旦那様ですわね。羨ましい……」
うふふとマキヨ嬢が嬉しそうに笑った。ステラ嬢はきょとんとしたあと、笑った。もしかしたらマキヨ嬢が笑うところ、見たことなかったのかもしれない。
「これはレイスト様に預けておきますわ。私は警察署へ行って、経緯をお話してきます」
さっさと部屋を出ていき、アメリーナァ、ちょっとついてきてくださいましーという声が響く。宝石箱を押し付けられてしまったレイストは首をすくめて、これどうしましょうかと呟いた。




