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全員固まって移動中、シトリン嬢がお手洗いに行くわとマキヨ嬢に囁いた。マキヨ嬢は頷いて、男性陣に先に行っててくれるように言った。マキヨ嬢はあの部屋の場所は分かってるからね。
二人で外に出てトイレに入る。水洗トイレ、都会は家の中にあるんだけどね。こういう古い建物は外にあることが多いみたい。後付けだよね、こういうトイレって。
この辺を考えると、割と近代に近いんだろうとは思うんだよ。わたし、歴史に詳しくないから分からないけど、少なくとも車は走ってる。レトロなやつ。
交代でトイレを済ませて外に出た。そこで、あぁ、待ち構えてるじゃん……。ステラ嬢とアップラーだ。
ステラ嬢はアップラーに顎で指示した。シトリン嬢の前に立ちはだかるアップラー。ステラ嬢はマキヨ嬢の前でにっこり笑った。
「ついて来てくださる?」
はい、よくない。困った顔をして、マキヨ嬢は従った。館の中に戻って向かうのは、多分一階の図書室。よくない。絶対よからぬことを考えてる。
これはわたしの出番ですね!でも後ろから殴ったとか言われたら困るから、誰か通り過ぎないかなー……。あ、アメリーナが前から歩いてくるじゃん。
ちょうどすれ違うところを見計らって、わたしは元気よく飛び出した。
「びょーん!」
短距離だから、すぐにぬいぐるみに戻る。ごっという音がした。わたしは全然痛くないけど。この距離ならアザにもならんさ。
そのままぽとりと落ちてみせる。わたしはぬいぐるみだもーん!
ゔぁ!と可愛くない声を出して、ステラ嬢は跪いた。
「な、何しますの! この私を殴るなんて!」
「お、お嬢様、今のは……」
「え? 何よ!」
マキヨ嬢は凍りついている。はやーく!はやくなんか言ってくれないと、はやーく!
「ふぁー!」
わたしの間抜けな声に、マキヨ嬢はハッとした。ステラ嬢を気遣うようにしゃがみ込む。
「申し訳ありませんステラ様このぬいぐるみは定期的に飛び出すのです大丈夫でしたか?」
「えっ、ええ」
「もしかしたらお怪我をされているかもしれませんアメリーナさんに診てもらった方がいいかと! もしくはお医者様を呼びましょうか!」
よく一息で言えたなと思えるくらいの早口だった。アメリーナは診ないと思うけどね!
「あ、あなたが殴ったんじゃないの?」
「私、殴れるものなんて持っていませんし」
マキヨ嬢はわたしを拾い上げて鞄に収める。もう一度飛び出せるように設置するのは素晴らしい。
「殴る理由もありません」
毅然と言い切って立ち上がった。見下ろされるのが嫌なのか、ステラ嬢も憤然と立ち上がる。
「そうですね、私も見ていました……。人形が勝手に飛び出すのを……」
アメリーナの言葉に、ステラ嬢は胡乱な目つきでわたしを見た。
「気味の悪い人形ね。そんなもの持ち歩いてるなんて、あなたって本当に気持ち悪い。幽霊とか、まだ言ってるのね。さすが魔女ね」
クスッと馬鹿にしたように笑うステラ嬢。お前だったのか、マキヨ嬢を魔女呼ばわりしたの。もっかい頭突き食らわせてやろうか。
対するマキヨ嬢は落ち着いていた。
「ベルド様にもらった大切なぬいぐるみなので」
わたしの頭を優しく撫でる。
「私には可愛いんです」
いいぞ、もっと言ってやれー!ステラ嬢がすんごい顔してるぞぉ!
その時だ。マキヨ君と後ろから声が聞こえた。ベルドじゃん。マキヨ嬢が振り返る。軽く駆け寄ってきたベルドを見上げた。
「どうした」
「リルが飛び出しちゃって」
「そうか。怪我は?」
あぁんとステラ嬢はわざとらしくアメリーナに寄りかかる。さっきのすんごい顔はどこへやら、最初に会った時と同じ可愛い顔を苦しげに演出する。
「人形が私の頭に当たりましたの。ベルド様、部屋まで送ってくださる?」
ベルドが冷めた笑みを浮かべた。
「構いませんよ。ちょうどお話したいことがございまして」
この様子だとしおりは見つかったのかな。
ベルドはマキヨ嬢に向き直る。
「マキヨ君、レイストとシトリン嬢と合流したら、レイストに従ってくれ」
「分かったわ」
「怪我はないな?」
「えぇ」
ベルドに導かれて歩き出すマキヨ嬢。がっつり恋人繋ぎしてるし。後ろを振り向けば、ステラ嬢が不満気で不機嫌な顔をしている。さっきのよよよ感はどこ行った。よよよ感があれば、抱っこして送ってもらえるとでも思っていたのだろう。今までの彼氏はそういう感じだったんだろうなぁ。
無事にレイストたちと合流する。一緒に合流してしまったアップラーが、それこそステラ嬢がベルドに求めていただろう、お姫様扱いで心配した。三階にお姫様抱っこで運ぼうと申し出るアップラーを無下に断り、ステラ嬢はベルドと三階へ上がって行った。
アメリーナがアップラーにお茶でもと勧め、連れて行ってくれる。これ幸いと言わんばかりに、レイストは三階を指差して階段を静かに上がり始めた。
レイストが向かったのはステラ嬢の部屋の隣のドアだ。静かに開けると、こちらも本だらけ。元は衣装部屋のようだ。クローゼットが壁際に並んでいるもの。本の間を縫って、ステラ嬢の部屋側のクローゼットを静かに開ける。中に入っていく。クローゼットは板が切れていて、奥へと進めるようになっていた。
続いているのは暗く細い空間。懐中電灯で顔を照らしたレイストは、人差し指を唇の前に立ててみせた。怖っ!
音を立てないように、レイストはステラ嬢の部屋側の壁を動かす。あら、声が聞こえる。
「医者でもありませんしね」
「でも、私の肌は本当に美しいんですのよ」
「興味ありません。そういう話をしにきたわけではありませんので」
声が氷点下だよ、ベルド。めちゃくちゃ珍しいと思う。あんまりこういう声出さないよね、ベルドって。わたしなんかしょっちゅう呆れられはするけど、こういう声は初めて聞いた。
「では、どういう……」
「グラヘンさんの転落死のことです」
あぁ、とステラ嬢は言った。どう聞いても、あぁ、そういう奴いたな、のあぁだと思う。今思い出した感しかない。
「あなたが死ぬように仕向けましたよね、ステラさん」




