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3 —12(リルが寝たのでマキヨ君経由の三人称視点です)

 リルが寝ているのは分かりやすい。本当にただのぬいぐるみのようになるからだ。それがたまに不安になる。動き出さない人形になったらどうしよう。


 マキヨはベッドの枕元で寝ているリルを眺めた。でもたまに、寝言は言うのよね。


「マキヨ君、寝ないのか」


 静かに問いかけられて、マキヨはベルドを見た。隣のベッドで新聞を広げている彼の視線は、マキヨに向いていた。こ、こっちを見てたのね。思わず視線を逸らす。


「リルが、……怒ってたなぁって思って」

「当然だろう。リルなら特にな」


 リルの感情の豊かさに、最初は驚いた。

 本家からの呼び出しにリルを連れて行った時。リルは義兄の、見せかけの言葉と行動に激怒した。マキヨの手の中から飛び出したリルに呆気に取られたものだ。その時は止められるはずがないと誤魔化したけれど、まさか飛び出すと思っていなかったというのが正直なところだ。あの程度のことだったから。

 そう、ベルドとマキヨにとって、あれは『あの程度』。我慢できる範囲内のことだ。


 でもリルは違う。猛然と自分のことのように怒り、子供らしくそれを口にする。今回もそうだ。


 それはマキヨにはなかなか理解し難いものだった。


 全ては災害のようなものだ。大雨が降って水に流されても、文句を言うところがない。雷が落ちて全部燃えても、仕方なかったねと諦めるしかない。もちろん回避しようとはする。でもできなかったなら、ただ通り過ぎて酷いことにならないのを祈るだけ。


 リルは違う。大雨が不当だと怒り、誰かに怒りを止められなければ今回のように、雷に喧嘩を売ろうとする。子供だから分からないのだろうけど、とマキヨは思っている。


 不憫な話ではあるのだ。子猫の頃に殺されて、その前も人として亡くなっているとか。大いに理不尽をその身に受けているのに、理不尽を認識することがなかったからこういうことになるのだろう。


 とはいえ、個人の素質もあるだろう。他の感情も豊かだ。よく笑うし、しょげることもある。いたずらをしていると楽しそう。ベルドに捕まっても楽しそうだ。表情は人形なので全く変わらないのだが、声と仕草で分かる。

 羨ましい。私には欠けているもの。だから羨ましい。


「感情豊かだものね」

「まぁ、そうだな。マキヨ君、リルが何故そんなに他人のことで怒るのか、考えたことはあるか?」

「それは……不憫だと思うから?」


 きっとマキヨでは怒れない。ただ、かわいそうねと思うしかないはずだ。


「マキヨ君が大切だからだろ。大切な友人であるマキヨ君だから、傷つけられたらリルは怒る」


 大切。思わず繰り返す。大切だから。


「私、大切に思われてるのね」


 そういうことは、最近はベルド以外に言われたことがない。だから、こうしてベルドに教えてもらわないと、マキヨには自分が大切に思われていることが分からない。


「俺も同じように思われてるらしくてな」


 珍しく、ベルドは戸惑ったように言った。


「この間のヘイリオンの、あっただろ。首絞めてくれってマットに頼んだ。マキヨ君なら止めるか?」

「……ベルドが必要って言うなら止めないわ」

「だろうな。実際には首は絞められなかったが、それを聞いてたリルに怒られた。身体を大事にしろって。無茶だって」


 怒られると思わなかったとぽつりと呟く。


「俺は怪我程度で命が助かるなら、それでいいと思ってた。仕方ないことだから。でも本気で怒られて、俺、こいつに心配にされてるんだなと思ったら、なんていえばいいんだろうな。……少し嬉しかった」


 ふとマキヨの胸に湧き上がる感情。なんと言えばいいのだろう。


「悔しい……、いえ、複雑だわ」

「ん?」

「リルに負けた気がするけど、リルに勝てる気がしないわ。ベルドとリルが仲がいいのは嬉しいけど悔しいわ」


 なんだそれはとベルドは笑った。


 どう言えば伝わるかしら。マキヨは少し首を傾げた。リルのようにもっと伝えることができたらいいのに。私はどうしてこうなのかしら。もっと、ちゃんと。

 一つずつ伝えてみようか。


「私はベルドが必要って言うなら止めないけど」

「ん? うん」

「嫌だわ」


 また珍しく、ベルドはきょとんとした。


「ベルドが苦しいのも痛いのも嫌」


 ふわっとベルドは微笑んだ。か、かっこいい。その後の言葉は吹っ飛んでいった。


「そうか」

「そ、そうよ」


 あとは何だったか分からなくなったわ。マキヨは懸命に散らばった言葉を考える。


「明日は」


 ベルドの声にマキヨは言葉を追いかけるのをやめた。


「マキヨ君がやられた分はやり返すつもりでいるから、動揺しないようにな」

「あ、ありがとう。あの、無理は嫌よ」

「無理はしない。約束する」


 ほっとしながら、マキヨはリルに視線を移す。


「リルも大人しくしててくれたらいいんだけど。子供なのに物騒だと思うわ」

「マキヨ君。リルはおそらく子供じゃないぞ。大人だ」


 え!と素っ頓狂な声が出て、慌てて口を塞ぐ。ベルドが笑っている。


「リルは子供でしょう?」

「幽霊形態の時はな。だがあれは子猫の記憶だろう。子猫の頃に殺されているし、ジェナの制服を着てるし。中身はもっと大人だ」

「そ、そうなの?」

「多分な。下手すると俺らよりも上かもしれないな」

「そんなに?!」

「政治や機械の仕組みの話にある程度ついてくる。数字や経理にも詳しい。子供にしては、だがな。記憶がぼんやりしてると言うから、本来はもっと知っていることがあったんだろう。猫を挟んだんで忘れてるんじゃないかって言ってたけどな」


 そうだ、リルはベルドの書類仕事を手伝うくらいはできるのだ。


「そうだったの……」

「料理もやたらと知ってるだろう。見てるだけで大体の味が分かるんだから、相当できるんだろ。あと言うことがな。緑黄色野菜を食べろとかバランスが悪いとか」


 それはリルがよく言う言葉だ。この野菜少し苦手、とか言おうもんなら、栄養なんだから食べなさいと怒られる。


「俺たちには馴染みはないが、一般家庭だとそういうことを母親が言うそうだぞ」


 お、お母さん……。そんな年齢だとは。てっきり幽霊の見た目に違わないくらいの子供かとマキヨは思っていた。


「にしては言動が子供っぽいわ」

「それは性格だな。とはいえ、実際に年齢を聞いたわけじゃないし大人だと確定したわけでもないが、ある程度大人なのは間違いない。だから大体物騒なことを言っていても冗談だ。今日は半分くらい本気だったようだけど」

「怒ってくれたのね」

「あんなもの、俺でも怒る」


 思わずマキヨは照れた。


「私は幸せ者ね」


 ベルドは新聞をたたんだ。枕元のサイドチェストに静かに置く。


「この程度で満足されたら困るな。そうだ、マキヨ君。マキヨ君に不愉快なことを喋らせた詫びに、何か君の要望でも聞こうか。何がしたい? 君がしたいことなら何でもいい」


 あ、どうしようとマキヨは思った。そんなのすぐに出ないわ。当然だ。マキヨはベルドの横にいるだけでいいのだから。

 手を繋いで歩く、とかかしら。一緒に美味しいものを食べるとか、一緒に料理するとか……いつもどおりでいいような気がする。


 マキヨが口を開いた時だ。鈴の鳴るような可愛い声が響いた。


「鯖の味噌煮! あっ、味噌がない……」

「リル……! 今日の寝言は意味不明だし本当にひどいわ!」


 ベルドが笑ってしまい、要望を口に出しにくくなったのは言うまでもない。

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