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3 —11

 宿は立派な宿だった。二人部屋と一人部屋を合わせて三つ予約してあったらしい。二人部屋はわたしたちの部屋、一人部屋はレイストの部屋。そしてもう一部屋は、明日の朝、到着するレイストの助手さんの部屋だ。


 その一つ、わたしたちの部屋に集まっている。ソファに各々座って。わたしはマキヨ嬢の膝の上。特等席だ。


 さて、マキヨ嬢の他愛無いこととは。


「私、ステラ様と同じ学校で。私は途中から編入だったの」


 どうやら前世で言うところの小学校や中学校みたいなところだったらしい。年頃は中学生かな。


「ステラ様は有名だったの。可愛いのもあったけど、それ以上に……。彼女が気に入ったものは、人のものでも奪うこととか、気に入らないものには攻撃する、とか」


 嫌な中学生だなぁ。金持ちの子だから、いかにもお嬢様だったんだろうけど。もっと、金持ちばっか集まる中学校に行った方がよかったんじゃないのか?そしたら、下手に手出しもできなくて、こういうことにならないだろうに。


「被害者だって黙っている被害者ばかりではないでしょう?」

「はい。そうしたら、そのためにどこまでできる? って言われるんです」

「どこまでできるってなーに?」


 わたしが首を傾げる。答えにくい質問だったらしく、マキヨ嬢は言葉を探すように視線を彷徨わせている。


「たとえば、筆箱を取られたとするわね。返してほしければ跪いて許しを乞えとか」

「どっかの女王様気取り?」

「マキヨ君、一番マシなのでそれか?」


 あー、固まっちゃった。そうなんだなぁ。


「親も黙ってないでしょう?」


 レイストが助け舟を出す。マキヨ嬢が再開した。


「あまり言うとステラ様の親が出てくるの。で、言われた子の親に怒ったり、圧力をかけてその子の親の事業の邪魔をしたり、お金で解決しようとしたりするから言いにくいの」


 モンペじゃん。しかもわりと悪質なやつ。


「よく孤立しないな」

「お付きの子が二、三人いつもいたから。忠誠心を試したりもしていて、大変そうだったわ」

「例えば?」

「私のこと好きよね、どこまでできる? みたいな……。気の弱い子は、私の足を舐められるわよねって言われて」

「女王様かよ」

「う、うん。裸足で顔を蹴られたり」


 うわぁとレイストが引いている。確かに彼はこの手の話は苦手そうだ。

 しかしこれは……。まさか。


「マキヨ嬢はその中にいたの?」


 とんでもないわとマキヨ嬢は首を横に振った。よかった!


「怖いから、関わらないようにしてたの。でも私、黒い髪と瞳だから、……学校では珍しくて」

「目をつけられた?」


 あんまり言いたくなさそうだなぁ。黒髪と目が珍しい件は勢いで言っちゃった感がある。

 確かにステラ嬢はああして、いかにもおじいちゃんっ子みたいな体を装ってるわけだし。それにマキヨ嬢自体、あまり人の悪口言うの苦手そうなんだよね、普段から。


 子供の時のことだし悪くとらないでほしいのだけど、とマキヨ嬢は前置きした。


「最初に仲良くなった女の子が、私の髪の色と瞳の色を褒めてくれたの。珍しくて綺麗だねって。そうしたら、その……。ステラ様はそれを聞いたらしくて」

「その女の子ってステラ嬢の取り巻き?」

「いいえ。私のクラスの女の子だったし、ステラ様は私より年上だもの。ステラ様の取り巻きには年下の子はいなかったわ」


 同レベルの子を従えたいわけだ。年下は簡単に取り巻きにできるから。

 で、褒められてたら年下の子でも面白くないんだな?


「最初にノートがなくなったの。代わりにトイレに来いって紙が置いてあった。勉強できなくなるから、仕方なく行ったの。そうしたらステラ様が来て、水をかけられてノートが濡れちゃって」

「……それで?」

「あの、私と服は先生が乾かしてくれたわ。ノートはダメになっちゃったけど、帰ったらお姉様の使いかけがあったから、それを使うことになって」

「他には?」

「え、他?」


 ベルドはふわっと口元だけで笑ってみせた。


「他にもあるだろう?」

「え、ええと、次は鞄で、アリを口に入れたら返してあげるって言われて、困ってたら先生が来てくれて取り返してくれて」

「他は」

「あ、あの、ベルド。私、あまり」


 マキヨ嬢の隣に移動して、ベルドはマキヨ嬢の手を握った。空いた手でマキヨ嬢の腰を引き寄せる。顔近っ!強めのファンサじゃん。


「話してくれるな?」


 実質命令なのに口調が優しすぎる。マキヨ嬢が抗えるはずもない。


「あの、えっと、次は、な、なんだったかしら」


 ファンサに動揺が隠せてない。


「そう、後ろから押されるようになったの。転ぶからやめてほしいってお願いしたら、放課後に呼び出されて、服を脱げってい、言われて、その、男の子もいたから恥ずかしいって拒否したら掴み掛かられて乱闘騒ぎになっちゃった」

「他には?」

「髪を、切られて、お、親とお姉様にバレちゃって、お姉様がステラ様にキレたわ」


 そこからは何もされなくなったから、と言ったところで、わたしは声を上げた。


「ベルドベルドー」

「どうした」

「ちょっとぶっ飛ばしてくるねー」


 立ち上がると慌てたマキヨ嬢のホールドが入った。


「リル! ダメよ」

「え、ダメかい? じゃあ……やっつけてくるね!」

「……可愛く言ってもダメ」


 せっかくあごの下で両手を揃えるぶりっ子ポーズでやったのに。ダメかぁ。

 ベルドがわたしの頭を撫でる。


「まぁ、お前なら驚かせておっことすくらいはできるかもしれないがな。落ち着け。気持ちは分かる」


 わたしは腰に手を当てて、マキヨ嬢を見上げた。


「あのさぁ、ステラ嬢のそれって本人も周りも子供だからってつもりかもしれないけど、殺人未遂やら脅迫やら傷害やら犯罪のオンパレードだよねぇ。悪くとらないのは無理だよ。それやってること悪いことだから」

「正論ですね。そしてどうやら、今もその性根は変わってないらしい」


 ひらひらとさっきの手紙を指で挟んで揺らすレイスト。


「マキヨさんがそれを教えてくれたのは、どうして?」

「あ、あの、ステラ様はお姉様と私をすごく恨んでるって聞いたから、今日はすごく驚いたんです。あのステラ様とは別人じゃないかしらって思うほどに、あまりにも普通だったので。忘れておられるのかもしれませんが」

「いや、覚えてるだろ。マキヨ君はこの国では見た目に印象に残りやすい」

「ではマキヨさんにはやり返したいだろうね。この手紙はそれもあるのか」


 どうしようかなぁとレイストが悪い顔をしている。


「まぁ、あの手の女はハッキリ落としてやるのがいいと私は思うけどね」

「え? 物理?」

「転落死させようとしてるね? 呪いの人形様」

「うん! 呪いの人形の真価を今、発揮させようかと思って」

「ダメって言ってるの。リルがよくないことするのは嫌よ」


 あ、怒っちゃった。冗談だよぉ。


「ごめんて」


 降伏の耳伏せをしつつ、しっぽを身体に巻き込み土下座する。猫時代の降伏のポーズをアレンジした、通称、ゆるしてにゃ。マキヨ嬢はもうと呟きながらも私の頭を撫でた。甘い。わたしに滅法甘い。

 ベルドはふんと笑った。わたしに籠絡されるマキヨ嬢の図が面白かったに違いない。


「しかしレイストの言い分は一理あるしリルが怒るのも分かる。ハッキリさせておかないとしつこそうだしな」

「マキヨ嬢が我慢した分はどうするの?」

「ちゃんと返してもらうさ」


 なんかわたしより物騒だと思うんだけどぉー。


「明日は調査なんだな? レイスト」

「あぁ、そのつもりだよ。全員で動いた方がいいね?」

「そうだな。レイストの連れは女性か?」

「あぁ、そうだ」

「彼女?」


 わたしの言葉にレイストは苦笑いを浮かべた。


「違う。仲間でね。今回の依頼に絡んでもらうことにしたんだ」


 へぇ。レイストが他の人に頼るなんて珍しい。利益は全て私のもの感があるんだけどねぇ。


「ではその人にも伝えておいてくれ。絶対一人にはならないこと。トイレなんかも連れ立って行った方が安全だからな。マキヨ君もいいね?」


 不安そうに頷くマキヨ嬢。


「大丈夫、マキヨ嬢。何かあったらわたしが飛び出すから」

「それは最終手段にしてくれ」

「うん! 絶対許さない」


 リルが物騒だわと困ったように笑いながら、マキヨ嬢はわたしを抱きしめた。

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