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女性のさー、手がいいよね。肘から指先までの綺麗なのがいい。これがドアの隙間から出てて、スーって中に入っていくとかさ、ベッドの下から出ててスーって引いて行くとかさ、そういうの好き。開いた窓に引っ込んでいくとか。二階三階ならなおいい。おいでおいでとか、足掴んでくるとかもいいな……。
「リル、不埒なこと考えてるでしょ」
「えっ! ぜんぜーん!」
考えてたのねとマキヨ嬢は呆れたように言って、目録と本棚を見比べた。
本の目録はね、あったんだよ。執事さんがまとめてくれてたんだよ。でも量が膨大すぎて、目録の確認にわたしまで駆り出される始末。
とはいえ、わたしは字は読めない。形で見て判断するしかないんだけど。
ここは読めてくれよと思うけどねぇ。曲がりなりにも転生してるんだし、しゃべる聞くはできるんだから文字もついでに読めるようにしておいてほしい。なんでそこはわたしだけリアリティ溢れる設定なんだよ。
数字は分かるよ、数字は一緒だから。足し算とか引き算、掛け算割り算も一緒。だからベルドのお手伝いくらいはできるんだけど、何書いてるかはさーっぱり読めないのよ。
そりゃね、幽霊としても二流三流かもしれないからねぇ。綺麗な指先なんて程遠い毛むくじゃらの呪いの人形だもん。前世のへっぽこ設定がここに活きてしまっているのかもしれない。
わたしは目録の上で大の字になって寝た。マキヨ嬢はわたしの隣に座る。
「飽きちゃった」
「あら、一緒ね」
「遊ぼうよ、マキヨ嬢」
「もう少し頑張ったらね」
頭を撫でられていなされてしまった。わたしは寝返りを打って文字を見る。読めない。
「似たような形ばっかりでつまんない」
「そうね」
「マキヨ嬢、これなんて書いてあるの?」
マキヨ嬢はわたしの手元を覗き込んだ。ふと眉を寄せる。おや、これは何か重要な手がかりが。
「夜の……何かしら。読めないわ」
「マキヨ嬢も読めない字ってあるの?」
「字は読めるけど単語が分からないわ。ベルド、これなんて書いてあるの?」
わたしを抱き上げて、マキヨ嬢が立ち上がる。近くで同じように目録を照合していたベルドに、わたしが持っていた目録を見せた。ベルドはマキヨ嬢の指先を見た。
「……君たちには早い単語だな」
「えっちな本か!」
「リ、リル!」
慌ててわたしの口を塞いでいる。そこから声出てないんだけどね。
ベルドは苦笑いを浮かべた。
「それに近いな。もっと高尚かもしれないが」
おじーちゃん、なんて本潜ませてんだ。でもどれだろ。ちょっと興味ある。この世界のえっちな本ってどんなだろ。
わたしがちょっとやる気を出したのを見てとって、マキヨ嬢はわたしの目録を取り上げた。
「もう! リルはこっちの目録をチェックして!」
「へいへーい」
わたしが一気にやる気を無くしたのを見てとるマキヨ嬢。しかし目録は譲らないらしい。怒ったような戸惑ったような顔も可愛いな。
マキヨ嬢がチェックしていた目録を見る。半分以上チェックされていた。真面目ー。
「リル、全然進んでないじゃない……」
「だってさぁ! 文字読めないんだもん! つまんない」
ベルドがひょいとマキヨ嬢が持っている目録を取り上げた。
「休憩しよう。こんなもの、今日中には絶対終わらない。もっと人がいないとな」
置いてあった椅子を二脚持ってきてマキヨ嬢を座らせる。ベルドは隣に腰掛けた。わたしはマキヨ嬢の膝の上。登山開始の時間だ。
「どうしてこんなに本を集めたかなぁ」
マキヨ嬢の腕を登りながらぼやくと、そうだなとベルドが本を見上げる。
「よく床が抜けないものだな」
「ねー。本って高い買い物?」
「物によるだろうな」
「ここにある本は?」
「安いものもあるだろ」
ふぅんとわたしはベルドに飛び移る。落ちた。飛び移るどころか、正確には飛べてなかった。飛距離はいくら飛んでも伸ばせないらしい。向上心のない身体だなぁ。
「でも目録を見る限り、同じものは二冊ないな、ここの本は」
「そうなの?」
それはなかなか。忘れて同じの買っちゃうとかありそうなのに。わたしも前世ではたまに同じの買っちゃったことある。新刊だと思って買ったら持ってたみたいな。
「もしかしたら二冊買ってしまって、ここにいらない方を置いているだけかもしれないな」
ベルドの足にしがみついて登る。膝まで登って一息ついた。
「本の傾向なんかは?」
そうだなぁとベルドは目録を捲る。
「わりとバラバラだな。政治もあれば、専門書もある。自己啓発本もあるし、絵本もある」
「そしてえっちな本もあるんだね」
「リ・ル!」
怒られたぁ。
「ごめんて。でも絵本と政治の本を一緒にはしないよねー」
「買った順番に置いていったんじゃないか。こうして見ると読んだ形跡もないな」
ま、ここは書庫だもんね。どう見ても元は客室なんだけど、本を読むスペースって感じじゃない。あまりにも本が多すぎる。日焼けしないように保管はされているけれど、設置した本棚に入り切らずにやはり床に積んであるんだから。
「じゃあ買いたくて買っただけで、読む気はなかったってこと?」
「ステラ嬢が読むなら別だがな。集めるのが目的だったんじゃないか?」
読まない本を買うって、相当に金持ちの道楽感がある。何か隠したかったとかかもしれないけど、こうして残されると後が大変だ。
わたしはだらりとベルドの膝の上で大の字になる。ベルドはわたしのお腹に手を置いた。
こうして見るとベルドの手もいいな。指長いし筋張っていて男の人らしい手だけど、形が綺麗だ。ちょっと手荒れしてるけど。
でもやっぱお化けは女の子の手だよね!
「また不埒なこと考えてる」
何故かバレるんだよねー!
「ちょっとした現実逃避じゃーん。ねーねー、目録は今度にして宝探ししようよー。こんな本だらけのところで飽きるじゃーん」
「確かに飽きたな。レイストのところへでも行ってみるか」
その時だ。ドアがすーっと開く。そのドアを掴む綺麗な指と爪……。
「あなたたち、さぼってましたねぇ?」
レイストだった。パッと立ち上がるマキヨ嬢。わたしとベルドは動かなかったけど。
「飽きたぁ」
「飽きた」
「マキヨさんだけじゃないですか! 真面目にやってるの」
「……ごめんなさい、私も飽きました」
まったく仕方のないとレイストはぼやいた。
「そんなことだろうと思って来たんですよ。私の方は一部屋終わらせてきましたので、宝探しにでも行きましょう」
なんだ、レイストも多分飽きたんだな!
「私は飽きてませんよ、リル」
何故かバレるんだなぁ……。




