2 —26
マキヨ嬢の後ろにベルドが立つ。マキヨ嬢が包丁を持つ右手に、ベルドは右手を重ねた。
はい、もうマキヨ嬢の耳が真っ赤です!
「マキヨ君、人参はしっかりおさえろ」
「わ、分かったわ」
マキヨ嬢が包丁を持つとなれば、一人で持たせるわけにはいかない。そういう話になって、ベルドはあっさりと後ろからマキヨ嬢を操ることを提案した。マキヨ嬢もその時点ではほっとした顔をした。マキヨ嬢が包丁を持つ危険性は彼女が一番よく知っているのだ。
だけど、こうして実践すると思った以上に密着することに気付いたらしい。そりゃそうだよ、何故気付かなかったのと心の中で突っ込んだけれど、時すでに遅し。
マキヨ嬢は推しに手を重ねられる恥ずかしさに心掻き乱されながら、しかし左手を切らないように注意しつつ、耳元で聞こえる推しの声に集中力を失いながら、さらに包丁が怖くて碌に押さえられない食材をベルドの言葉通りしっかり押さえるという作業まで加わって。
えぇ。混乱状態ですわ。
「マキヨ君。落ち着けば手は切れない。落ち着け」
めっちゃ難しいこと言うじゃん。マキヨ嬢の肩乗り状態のわたしは、心の中でため息をついた。
これなぁ。ベルドが気付いてないのがなぁ。多分、この動揺が包丁への恐怖心としか捉えられてないんだよ。実際違うんだけど。
ベルドが右手しか使えないって話になった時、包丁怖いならやめておこう、俺に触れられるのも嫌ならいいんだぞ、外食でも大丈夫だしと提案したのに、例の如く嫌じゃないわと答えてしまったからなぁ、マキヨ嬢。推しが手を握ってくれる誘惑に勝てなかったらしい。
「そう。左手を少しずらして」
慣れてきたらしいマキヨ嬢。わりとやればテンポは悪くない。ベルドも急かさない。ありがたい。
ベルドに操られながら、包丁はとん、とんと音を立てた。しばらくして、少々不恰好なにんじんのみじん切りができた。
次にベーコンを切って、慣れてきたところで玉ねぎをみじん切りにしてもらう。マキヨ嬢が号泣してしまったので、途中からはベルドが交代した。丸々のにんじんは無理だったけど、無惨な状態になった玉ねぎは片手でもみじん切りにできる。少々刻んだ玉ねぎがぴょんぴょん飛んじゃうけどね。
油を入れて、玉ねぎとベーコン、にんじんをベルドが炒める。にんじんは本当ならレンジでチンしたいところだけど、この家には少なくともレンジはないので、ベルドにできるだけ小さくしてもらってある。塩胡椒は彼に任せよう。案外と勘がいいんだよね、ベルドは。
ちなみにマキヨ嬢は未だ号泣しながらまな板を洗っている。
「ケチャップ入れて」
けっこうたっぷり入れて、ストックキューブと砂糖ちょっと、少しの醤油とりんご果汁に塩胡椒で味を整えてもらう。味噌はないけど醤油はあるらしい。
ちなみにこの世界のケチャップはわたしが前世で使っていたよりもあっさりしていそうなので、色々足してはいる。前世のケチャップは日本人向けだったと思うんだよね。
「味見してみて。どう?」
「まぁ、いいような気がする」
そして炊いたごはんを投入。ごはんはちょっと不安がある。日本のお米と違うもんね。合うかな?ごはんを投入した途端、ベルドが混ぜにくそうだったので、マキヨ嬢がフライパンの取っ手を持った。
マキヨ嬢にケチャップライスをお皿に盛るように指示する間に、ベルドには他のフライパンで上に乗せる卵を作ってもらおう。牛乳で少し薄めたものだ。バターを引いて、少し待って混ぜてもらう。卵でケチャップライスを包むなんて芸当は彼らには無理だからね。乗せる方向で行こう。乗ってたらいいんだよ、乗ってたら。上からケチャップかけて。
はい、オムライスー!
見たことのない料理に警戒心を抱きつつも、二人はいただきますと手を合わせた。美味しいかな?オムライスってにんじんは入れないことが多いと思うんだけど、わたしは入れるの好きだったんだよねぇ。
あと栄養素的に。緑黄色野菜だからと思って入れてた。
マキヨ嬢が顔をほころばせる。分かりやすいなぁ。ベルドは……こっちも真剣に食べちゃってるから美味しいんだろう。よかったよかった。よくよく考えたらこの二人は食べ物に偏見がない。見た目がアレだからとか絶対言わないもんねぇ。マキヨ嬢のお姉さんとかだったら……お嬢様ライクなのに食べそうだな。
「そういえばマキヨ嬢のお姉さんって、何しに来るの?」
思い出しついでに尋ねてみたら、マキヨ嬢が口をもぐもぐさせながらわたしを見た。めいっぱい口に入れるんだよね、この子。
「マキヨ君が元気か見に来てる」
「服を持っへ来へくれうの」
飲み込んでから喋りなさいよ。でもまぁ、ほとんどは喋れてるか。
「服?」
「私の服はお姉さまがデザインしたものだから」
そうだったのか。確かにマキヨ嬢と同じような格好って見ない。マキヨ嬢は膝丈のワンピースにタイツってのが多いけど、他の人は長めのスカートだったり、腰の位置が分かんないような服装だったり、大方足元まであるスカートなんだよ。スーツは稀に見るんだけどねぇ。それも都会の人ばっかりだよね。
マキヨ嬢はケチャップライスをスプーンで突きながら言う。
「私、足元までの服が絶望的に似合わないの。なんていうか……魔女って言われて。お姉さまが私専用の服を作ってあげるわっておっしゃってくださって」
そうだったのかぁ。今日のコーディネートもそうかな。白いブラウスと……えーと。
「ピナフォアドレス、っていうんですって」
学生さんみたいで可愛いよね。
「マキヨ嬢によく似合ってるよ」
「本当?」
めっちゃ嬉しそうな顔するじゃん。
「うん、かわいいかわいい。ねぇ、ベルド」
「そうだな」
こういう同意はさらーっとするんだよなぁ、この人。しかも全っ然恥ずかしげもなく。こういうところはいいおうちの子だからだろうか。おかげでマキヨ嬢がまた照れてる。
「あ、ありがと」
くー!この雰囲気で恋人じゃないなんて!これはわたしがなんとかせねば。お姉さんの気持ちが分かる。
「今度お姉さまが来たら」
マキヨ嬢は照れた顔のまま、わたしをちらりと窺った。
「リルとお揃いの服をお願いしようと思って」
くぅ!かわいい!悶絶せずにいられない!
「是非! お願いします!」
「マイラ様が喜ぶな。マキヨ君からのリクエストは少ないから」
オムライスを綺麗に平らげて、ベルドが笑った時だ。
ドアノッカーの音が響いた。
二話目はここで終わりです。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
ブックマークして読んでくださっている方、新たにブックマークしてくださった方も、本当にありがとうございます。すごく嬉しいです。あと、続けるかどうかの迷いが薄れて大変ありがたいです。
評価してくださった方もありがとうございます。びっくりしましたが、とても嬉しいです。大丈夫これと思いながら投稿しているので、少々迷いが薄れてありがたいです。
さて、次話のことですが、二話目を書いた後に気が付いたのですが、題名に「リルの冒険」と入れたわりに、二話目ではリルは奇声を上げていただけということに気付きました。
ですので、三話目を明日から投稿しようと思います。内容は……多分簡単です。ご了承ください。
さァ続きを書いてくれ給え、読んであげよう!と思ってくださる方は、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。




